機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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(59)不撓不屈

 

 

 

 

 2隻の超大型飛行戦艦の爆発により、立ち込めていた煙と撒き散らされた電磁波の嵐がようやく晴れてきた。目と耳が塞がれてしまった以上、その場での停船を余儀なくされていたネルフ旗艦エアレーズング。その巨艦にただ一人乗り込む冬月コウゾウは、センサーが回復するとすぐに索敵を開始した。

 そして敵艦もまた、その場での停船を余儀なくされていたらしい。もっとも、無傷のエアレーズングと違い、敵艦は全ての動力源を失い、直下のブラックホールが発生させている異常な重力場の潮流に乗ってただ漂流しているだけに過ぎないようだが。

 煙が晴れ、エアレーズングの2隻の僚艦の姿も見えてきた。機関部の炉心融解によって自爆させられたゲベートはその機関部を中心に船体が真っ二つに割れ、そしてそのゲベートの主砲28発の直撃を喰らったエルブズュンデは中核船体の一部を残して粉々に砕け散っている。その2隻の残骸もまた、敵艦同様にブラックホールの上をゆらゆらと漂流していた。

 

「やってくれたな…。葛城大佐…」

 

 恨み節を呟く冬月は、口にした人物が搭乗する敵艦ヴンダーへと視線を向けた。

「古の人類が見せた最期の一花…、実に見事だった…」

 コンソールに右手を這わせる。

 指揮官から与えられた命令を受け、エアレーズングに備えられた4つの砲塔が、全てヴンダーへと向けられた。

 

 右舷第2船体を失い、左舷第2船体も後方に大穴が開き、そして鯨のような姿をした中核船体もその尻尾がまるまる無くなっている。

 もはや、抵抗する力は残ってはいまい。

 しかし相手は冬月の部下として肩を並べて戦っていた時代に、不可能と断じられた作戦を幾度となく成功させ、人類の天敵を駆逐し続けた女傑だ。まだどんな奥の手を隠し持っているかも分からない。油断して、ネルフの計画の締めに綻びを生じさせるわけにはいかなかった。

 全ての砲塔に、エネルギーの充填を始める。

 

「ん?」

 

 冬月は、もはや形を留めていることすら奇蹟のように思えた敵艦の姿に、違和感を覚えた。

 頭の中で、戦闘経過記録を描き出す。敵艦が再起動し、エルブズュンデに突撃を始めてからの記録を。

 

 エルブズュンデの主砲第2射が敵艦の右舷主翼を破壊し、第3射が右舷第2船体を破壊し。そしてゲベートの突貫によって左舷第2船体を破壊し。

 ネルフ艦隊が敵艦に与えた主だった打撃は、その3つ。

 

 では。

 

 冬月の視線の先に在るヴンダー。

 右舷第2船体を失い、左舷第2船体も後方に大穴が開き、中核船体もその後尾をまるまる失ってしまったヴンダー。

 そのヴンダーの中核船体。

 

 鯨のような船体の尻尾を切り落としたのは、一体誰なのか。

 

「まさか!」

 

 冬月はエアレーズングの索敵範囲を最大限にまで広げた。

 

 撃沈され、宙を漂う2隻の僚艦。

 そしてあらゆる動力を失い、宙を漂うだけの敵艦。

 

 それ以外の反応が在った。

 その反応はエアレーズングの真下。

 4隻の超大型飛行戦艦の真下に在る、巨大なブラックホールの中から。

 光学による観測可能範囲ぎりぎりの距離に在るその反応。

 冬月は、ブラックホールの深淵を映し出す映像を即座に拡大させる。

 

「自ら新しい槍を生成したのか!」

 

 映像に映るのは、母艦に匹敵する大きさを誇る巨大な槍。

 異形の槍が、その切っ先をブラックホールに向けて、真っ逆さまに落ちてゆく。

 その背に、ピンク色の機体。

 エヴァンゲリオン8号機を乗せて。

 

 冬月の拳がコンソール上を叩く。

 その乾いた額の皮膚に、何本もの深い縦皺が寄った。

 

「この程度の小細工で碇の…、我々の計画を止められると思うな! ヴィレ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「新造の槍及び8号機、毎秒1.36キロメートルで降下中! ガフの扉まであと8分です!」

「艦長! 敵艦に新たな動きが!」

 艦橋デッキに用意された椅子に傷付いた体を座らせた葛城ミサトは、不穏な報告をしてくる北上ミドリに視線を向ける。

「エアレーズングに?」

「いいえ! エルブズュンデとゲベートです!」

 ミサトは小さく舌打ちした。北上が口にしたそれらは、ヴンダーによる捨て身の攻撃ですでに沈黙させたはずの艦。

「各艦の残骸にエネルギー反応! これは…」

 艦橋の継ぎ接ぎだらけの全周囲型モニターに、それぞれの艦の拡大映像が映し出された。

「あれは…」

 北上をはじめ、艦橋に居る全員が全周囲型モニターを見つめ、目を凝らす。宙を漂う巨大戦艦の残骸。その中で、蠢く影がある。残骸の中から、にょきにょきと生えてくる影。這い出てきた人型の影。

「エヴァンゲリオン…!」

 その映像を見ていたリツコが奥歯を噛み締めながら言う。

「ネルフ艦の主機になっていたオップファータイプ…。まだ生きていたの…」

 

 

 2つの戦艦の残骸から這い出てきた2体のエヴァンゲリオン。墓場から蘇った亡者の騎士のような顔が、いずれもヴンダーへと向けられた。

 その機体の同型機から繰り出される光学兵器によって艦を散々に痛めつけられた経験のあるヴンダーの乗員たちは、咄嗟に身を竦ませる。

 しかし2体のエヴァンゲリオンはヴンダーを一瞥したのみで、その顔をすぐに彼らの真下。ぽっかりと大きな口を開けている、ブラックホールへと向けた。

 2体のエヴァンゲリオンの背中に、まるで天使の輪のような光輪が広がる。

 光の輪の翼を背負ったエヴァンゲリオンは、彼らの揺りかごだったものの残骸を蹴ると、ブラックホール目掛けて真っ逆さまに降下していった。

 

 

「くそっ…!」

 青葉シゲルの拳が椅子の肘掛けを殴る。

 あの2体のエヴァンゲリオンが追うもの。ブラックホールを深淵を目指すもの。それは、彼らにとっての希望。

「どーすんのよ! これってヤバいんじゃないんですか!」

 北上が吠えるが、彼女も分かっている。

 全ての動力、兵装を失い、乗員も3分の2を失ったヴィレ旗艦。

「もはや…、俺たちに出来ることはなにもない…」

 鎮痛剤を打たれた高雄コウジが、朧気な意識の中で呟いた言葉。それは、艦橋に居る者全員の共通認識だった。

 ただ一人を除いて。

 

「いいえ…、まだできることはあります」

 全員の視線が、艦長席に座る人物へと集まった。

「まだ何か策が…?」

 誰よりも長く彼女に付き従ってきた日向マコトは、期待を籠めた眼差しを向ける。そんな日向の眼差しを、葛城ミサトは穏やかな微笑みを浮かべながら受け止めた。

 

「祈るのよ…」

 

「へ…?」

 ミサトの口から出てきた何とも拍子抜けする言葉に、日向の目が点になる。

「私たちは出来ることは全てやり尽くしました。だから後は祈るだけです。全てをやり尽くした者にのみ、奇蹟を祈ることが許されるのだから」

 

「かんちょぅ~…」

 艦橋の隅から、北上の弱々しい声が響いた。

「これも…、祈ってたらどうにかなりますかぁ~…?」

 北上が見つめている先。

 継ぎ接ぎだらけの全周囲型モニターに映し出されるもの。

 

 接近してくるネルフ艦隊旗艦エアレーズング。

 その全ての砲塔がこちらに向けられており、砲塔にエネルギーを充填するべく上甲板に備えられた3つの正六面体のコアが光り始めている。

 

 ミサトは下唇を噛み、今から自分たちの人生に終幕を引こうとしている敵旗艦を睨み付けたが、そんなミサトの手を隣に立つリツコが優しく握る。見上げてくるミサトに対し、リツコは微笑み掛けた。

「私たちの意志は全てあの槍に託した。大丈夫。8号機のパイロットなら、必ず私たちの意志をあのだっさいサイクロップス野郎のもとに届けてくれるはずだわ」

 いつになくおどけた口調の副長に、ミサトも笑う。

「ええ。そうね」

「だから私もできることはもう「祈る」ことだけね」

「あなたが?」

 「祈り」というものから最も遠い立場にいるはずの友人の顔を、ミサトは意外そうに見つめた。

「何か文句でも? 私だって、長いこと生きてきたら奇蹟を信じたい時だってあるわ」

「お互い歳をとったわね」

「本当に…」

 最も長い付き合いとなった友人同士。彼女たちは学生時代の時のように、お互いの顔を見ながらくすくすと笑い合う。

 しかしながら彼女たちの今の立場は学生などではなく、武装闘争組織の最高幹部である。部下に対する責任を放棄するわけにはいかない。だから、ミサトは若い部下に命じた。

「北上中尉」

「は、はい」

「私の分まで祈っておいてくれる?」

「は、はいぃ!」

 顔の前で手のひら同士をすり合わせながら「なんまんだぶなんまんだぶ」と唱え始めえた素直な部下の背中を、艦長と副長は笑いながら見つめた。

 

 ヴンダーの正面に陣取ったエアレーズングの砲塔全体が光り始めた。

 その光を見つめながら、2人は弾んだ声で語り合う。

「ところでリツコさん」

「なんですか? 加持夫人」

「シンジくんに言ったこと。「レイによろしく」って、あれなに?」

「さあ」

「あんた。またあたしに何か隠し事してるんじゃないでしょうね」

「仕方ないじゃない。シンジくんのお母さんとの約束なんだから。それに…」

「それに?」

「あなたにこれ以上荷物を背負わせたくなかったのよ」

「それはそれは。お気遣いいただきまして」

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりおいでなすったか!」

 レーダー画面上に浮かぶ背後から迫る2つの存在を見て、真希波マリは振り返った。

「さっすがは冬月センセ。ただじゃ~行かしちゃくんないねぇ~」

 

 彼女が搭乗するピンク色の機体、エヴァンゲリオン8号機。その8号機が乗るのは、8号機の母艦ヴンダーの脊髄によって創造された巨大な槍。母艦の全長に匹敵する長さの白い一本の直槍。その直槍を中心にはためくように広がる、赤い翼と青い翼。複雑な構造をした、異形の槍。その異形の槍が、8号機を背に乗せてブラックホールの中心に向かって真っ逆さまに降下していた。

 

 エヴァンゲリオン新弐号機と共にネルフ本部への突撃作戦に参加したばかり。僚機の損失と第13号機の再起動という事態を前に撤退を余儀なくされ、さらに敵機との交戦により両上肢を大破させられるという大損害を負いながらも、母艦に取り付いていたネルフ機マーク9を撃破するという大車輪の活躍を見せる8号機は、休むことなく母艦から切り離された異形の槍と共にブラックホールへの突入を敢行していた。

 マーク9を「捕食」することによって失った右腕を取り戻した8号機。それでも左腕は欠損したまま。長時間の任務と戦闘により機体及びパイロットの体力は共に限界を超えているが、パイロットは限界のその先に足を踏み入れることに躊躇するようなタイプではなく、そして彼女が乗る機体も彼女の期待に常に応えてきた。

 

 

 ブラックホールに向けて落下していく異形の槍を追う2つの機影。

 ネルフ所有のエヴァンゲリオン、マーク11とマーク12。

 先行するマーク11の顔面。ローマ数字のⅪが刻まれた仮面の額に光が瞬き、赤く光る光球が弾き出された。それは彼らの揺りかごだった戦艦の主砲に匹敵する威力を誇る超高密度エネルギー弾。そのエネルギーの塊が、異形の槍へと襲い掛かった。

 

「させるかぁ!」

 8号機は足場にしていた槍の背を蹴ると、マーク11が放った光球に向かって跳躍。右腕を前に翳し、手のひらを中心に8角形の光の輪、ATフィールドを展開させた。

 その光の壁に光球が超高速でぶち当たると、8号機は展開させたATフィールドだけではその衝撃を押し殺すことが出来ず、光球をATフィールドで抱え込んだまま後方に弾き返されてしまう。その背中が槍の背に激突するが、8号機は全身を使ってATフィールドを張り巡らせ、光球が槍に接触するのを、身を挺して防いだ。

「こんのぉおおおおお!」

 それでもなお光球は前進を止めず、8号機の機体は槍と光球に挟まれて押し潰されそうになる。

 ATフィールドと光球。2つの超高密度エネルギー体の摩擦によって8号機周辺は猛烈な高温となり、その熱が神経接続を通してパイロットにまで伝わってくるが。

「地球のみんな…! オラに元気を分けてくれぇぇぇぇ!」

 この期に及んでドラ○ンボールごっこに興じるマリは、8号機の片腕で猛烈な熱を発する光球を抱え上げてしまうと。

「どりゃああああああ!」

 ついには光球をその持ち主に向かって投げ返してしまった。

 

 異形の槍を破壊するはずの光球が、槍を破壊するどころか何故かこちらに向かって突っ込んでくる。

 想定外の事態に戸惑っているらしいマーク11は一瞬硬直してしまったが、光球と接触する直前になって体を捻り、辛うじて光球を避けた。

「悪いけど!」

 マーク11が避けた光球の陰に潜んでいた8号機。

「オーバーラッピングのための糧に!」

 8号機は残された唯一の腕を前に突き出す。

「なってもらうわよ!」

 その手が、マーク11の頭部を鷲掴みにした。 

 

 8号機の顔面に並ぶ8つの目が赤く光り、顎が下がって口の中に並ぶ凶悪な歯が現れる。8号機は限界まで開いた口で、マーク11の頭部を丸呑みにしようとする。

 

 

 背後で大きな閃光。

 あと少しで拘束したマーク11の頭部を丸呑みにするところだった8号機は、その動きを止め、次々と爆発音が轟く方向へと目を向ける。

 ブラックホールに向けて落下していく巨大な異形の槍から、幾つもの爆炎が上がっていた。

 追手の片割れ。マーク12から放たれる次々と放たれる光球が、槍に向かって雨のように降り注いでいる。

 光球の直撃を受けた槍の各所で立て続けに爆発が起き、砕けた破片がバラバラと周囲に散らばり、帯となって空へと伸びていく。母体となった空中戦艦とほぼ同じ大きさであり、なおかつ最も頑丈な部分で生成されたものであるため、マーク12による攻撃を数発受けた程度では崩壊しそうにないが、それでもこれ以上槍への攻撃を見逃すわけにはいかない。

「くっ」

 その光景を見たマリが歯噛みした直後、腹部に強烈な圧迫を感じ、マリの呼吸が2秒間止まった。

 

 突き上げた右膝を8号機のどてっ腹に叩き込んだマーク11。

 膝の上でその機体を「く」の字に曲げている8号機の、がら空きになった頚部に向かって、今度は右肘を突き落とす。8号機の逞しい首が、ありえない角度まで曲がった。さらに今度は右拳を8号機の顎に向かって振り落とす。8号機の上顎と下顎がそれぞれ逆方向に大きく捻じれ、岩のように並ぶ堅牢な歯が、ボロボロと割れ落ちていった。

 

 膝の上で全身を弛緩させた8号機。マーク11は8号機の胸倉に両手を伸ばし、胸当て装甲の隙間を掴み上げると、8号機の頭部をマーク11の顔の前に掲げてみせた。

 弛緩したままの8号機の頭部は、首の根っこからぐらりと垂れたまま。

 その項垂れた頭部を見るマーク11。そのメーク11の顔面に、光の筋が集まり始める。

 集められた光の筋はやがて光の球へと練り上げられ、超高密度のエネルギー体と化す。

 マーク11は顔面で生成した膨大なエネルギーの塊りを、目の前にある8号機の頭部に向けて弾き出した。

 

 マーク11が超高密度エネルギー弾を繰り出そうとしたその瞬間。

 突如、マーク11の顔の前に大きな手が翳された。

 手の持ち主は8号機。

 そして8号機の主であるパイロットは、LCLの中に吐瀉物と血を撒き散らしながらも、「にゃはっ」と笑った。

 

 マーク11の目の前に翳された8号機の手。その手のひらを中心に広がる、八角形の輪。

 マーク11が生成したエネルギーの塊りは繰り出された直後に、8号機が展開させたATフィールドにぶち当たる。

 マーク11の目の前で、大量の火花が舞い散った。

 

 展開させたATフィールドによってマーク11の超高密度エネルギー弾を受け止めた8号機。しかし咄嗟に張った一枚のATフィールドのみではその衝撃とエネルギーを受け止め切ることができず、突き出した右腕。再生させたばかりの右腕が、その手から二の腕に掛けてが瞬時に蒸発してしまった。

 右腕が丸ごと溶けていく痛みに歯を食いしばりながら耐えるパイロットは、8号機の機体全てを使ってATフィールドを何重にも張り巡らせ、右腕の消失によって消えかけたATフィールドをさらに補強する。

 

 ATフィールドに衝突した光球。その衝撃によって削られたエネルギーが大量の飛沫となって、マーク11に降り注いだ。

 ここに至って、自らが放ったエネルギー弾から光の刃を浴びる羽目となったマーク11は、攻勢から守勢に転じざるを得なくなった。

 マーク11の顔面を中心に広がる、八角形の光の輪。

 8号機のATフィールドと、マーク11のATフィールド。至近で展開された2つの光の壁が、激しく共鳴し合う。

 その共鳴し合う2つの光の壁に挟まれ、猛烈な速さで振動し始めた光球は、やがてその形を保てなくなり、周囲に大量の光る飛沫を撒き散らし、ついには凄まじい破裂音を伴いながら弾け飛んでしまった。

 

 至近で超高密度エネルギー弾の大爆発を受けた2体の巨人。

 弾き飛ばされた8号機はブラックホールに向かって真っ逆さまに落下する中、背中に光の輪を発生させて落下速度を殺すと、空中で静止。そしてそこにあたかも見えない踏み台でもあるかのように宙を踏み込み、赤銅色の空に向かって猛スピードで上昇を始めた。

 

 一方、空に向けて弾き飛ばされたマーク11もまた、背中に光の輪を広げて上昇スピードを殺す。

 大量の光の刃を浴び、その頭部は半分が溶け落ち、そして肩から胸、そして腹部までが大きく爛れてしまったマーク11。その半分溶け落ちた顔で、足もとを見下ろした。

 見れば、背中に光の輪を広げた8号機が、猛スピードでこちらに向けて突っ込んできている。右腕も左腕も失った状態で。その機体の中で最も頑丈に作られた部分。衝角代わりにした頭部の額をマーク11に向けながら。

 マーク11は天地逆さまの姿勢になると、背中に広げた一枚の光の輪を大きくはためかせ、そして高速で落下し始めた。

 

 8号機は頭部を向けて。そしてマーク11は振りかざした右拳を向けて。

 お互いスピードを緩めることも針路を逸らすこともせず、やがて到達することになる衝突点に向けてまっすぐに飛び込んでいく。

 

 

 

 

 ブラックホールに向けて降下を続ける異形の槍。その槍に向けて散々にエネルギーの塊りを浴びせてやったマーク12だが、派手な爆発を何度も起こし、無数の破片を撒き散らしながらも崩壊する様子のない槍に、マーク12は一度攻撃の手を止め、槍に接近。槍の中核である白い直槍の上に降り立ち、その複雑な構造を観察し始めた。

 

 槍の中核である白い一本の直槍。その槍から生えた、2枚の大きな翼。

 赤い翼と青い翼は、白い槍の先端部でまるで大樹に巻き付く蔦のように螺旋状に絡み合い、そして今マーク12が立っている白い槍の中央部でも同様に2枚の翼が絡み合い、そして白い槍の尻尾の部分でも絡み合い。

 異形の槍は、白い槍と2枚の翼とが、先端と中央と尻尾の部分、計3か所で連結する構造になっていた。

 見れば、最も多くの光球を浴びた尻尾の部分。白い槍には傷らしい傷は付いていないが、赤い翼と青い翼の連結部は大部分が破壊され、あと少し衝撃が加われば今にも崩壊してしまいそうだ。

 マーク12は、その顔を槍の先端へと向ける。

 マーク12の顔面に光が集まり、光の球体が生成される。練り上げられた超高密度のエネルギー体は、生成した者の意思に従って、槍の先端部へ向かってまっすぐに飛翔。

 光球の直撃を食らい、大爆発を起こす槍の先端部。白い槍に絡み付く2枚の翼の蔦の部分に亀裂が走り、爆風と落下の風圧に乗って大量の赤い破片と青い破片が宙を舞った。

 マーク12は休むことなく、その顔面に発生させた光球を槍の先端部に向けて次々と放っていく。先端部で次々と怒る爆発。大きな赤い翼と青い翼が大きく揺れ、槍全体から大きな軋む音が鳴り響いた、その時。

 

 頭上から急接近する物体を察知したマーク12。

 攻撃の手を止め、何かが接近してくる方向に顔を向ける。

 空を見上げた瞬間、マーク12の視覚センサーを、巨大な腕が占拠した。

 

「その槍はお前が気安く立っていい場所じゃない!」

 

 その背中に2つに光の輪を広げる8号機。広げた右腕に全体重と落下によるエネルギーを託した8号機が、その右腕を槍の背に立つマーク12の喉元目掛けて飛び込んできた。

 首を刈られたマーク12の背が大きく仰け反り、その足が槍の背から離れる。

 俗にいうラリアットをマーク12の喉にぶち込んだ8号機の右腕は、そのままマーク12の機体に絡み付いた。

「ガフの扉まであと3分…!」

 まるで槍を先導するかのように、ブラックホールへ向かって真っ逆さまに落下していくマーク12と8号機。

「このままあたしに付き合ってもらうわよ!」

 8号機は片方しかない腕でマーク12の胴体をしっかりと拘束し、その背中に背負う2つの光輪を大きくはためかせ、落下するスピードをさらに上げていく。

 

 

 

 

 槍を「彼」に届ける。

 

 その先に待つ結末はマリにも分からないし、槍が届いたところで起こりつつあるこのインパクトが止まるとは誰も保証できない。

 それでもこれだけは分かる。

 

 この槍を「彼」に届ける。

 みんなの「意志」を「彼」に届ける。

 

 我々の「意志」を貫き通した時。

 その瞬間こそが、我々の。

 ヴィレの勝利であるということが。

 

 槍さえ届けばいい。

 その場に配達人が居なくても、問題はないのだ。

 

 

 2つの光の輪をさらに大きくはためかせて落下スピードを上げていく8号機。8号機と、8号機に絡み付かれたマーク12の周辺は断熱圧縮による超高温が生じ、2つの機体は大きな炎に包まれる。

 

 

 頭の上で。すぐ側で光が瞬いた。

 顔を上げる8号機。

 すぐ側のマーク12が、なおもその顔面で光球を生成し、空に向かって放っていた。

 放たれた光球は上空の槍へ向かうが、狙いもそこそこに放たれた光球は槍から大きく逸れて赤銅色の空の彼方へと消えていく。

 するとマーク12はその顔面に複数の光球を同時に練り上げると、それを同時に槍に向かって繰り出した。それぞれが放射状に広がって飛んでいく光球は殆どが外れるが、そのうちの1発が槍に命中する。

 マーク12は再び顔面に複数の光球を生じさせた。

「往生際が悪い!」

 マーク12の顎に対して、額を突き出す8号機。

 頭突きを食らったマーク12の頭部が大きく仰け反り、同時に放たれた複数の光球は全て明後日の方向へと飛んでいく。

 それでもなお槍の破壊を諦めないマーク12は、またもやその顔面に複数の光球を発生させた。

 そして8号機もまた、さらに強力な頭突きを叩きこむためにマーク12に密着させていた胸を離し、その背を大きく仰け反らせた。

 

 その瞬間。

 複数の光を湛えていた顔面を槍へと向けていたマーク12。その顔が、仰け反った8号機の頭部へと向けられた。

 複数に分けて発生させられた光の球体はたちまち一つの大きな光の球体へと姿を変え、頭突きの予備動作に入っていた8号機の無防備な顔面へと繰り出される。

 

 マリの耳に、頭部が根こそぎ蒸発する音が聴こえたのはほんの一瞬だけだった。

 

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 生きながらにして頭部が瞬時に溶けてしまう感覚。

 人類が未だかつて経験したたことのない激痛に、マリの口から声にならない悲鳴が迸る。

 

 頭部を失い、途端に力を失った8号機の右腕を、マーク12はゴミでも払うような動作で振り落とした。マーク12から離れた8号機の体は、ブラックホールに向けて力なく落下していく。

 

 

 

 マーク12は槍のもとへと戻った。

 白い槍と2枚の翼を繋ぎとめる3つの連結部。その内の2つ。後尾だけでなく、先端部も崩壊寸前。

 あとは中央部の連結部だけ。

 

 マーク12の顔面に光が集まり始める。光たちは一つに纏められ、練り上げられ、そして生成された超高密度のエネルギー体は、かつてない大きさにまで膨れ上がった。

 マーク12は、まるで恒星のように禍々しく輝く光球を、槍の中央部に向かって撃ち放つ。

 

 槍全体をも包み込む、巨大な爆炎が生じた。

 

 ブラックホールに向けて超高速で落下中の槍。

 爆発によって発生した煙は落下の風圧によってすぐに薄らいでいく

 マーク12は槍の崩壊に備えて、槍から距離を取った。

 

 しかし槍は崩壊しなかった。

 爆発の衝撃で全体を大きく震わせながらも、槍はその形を。母体となった舟。その乗員の意志を託されるに相応しい威風を、保ち続けていた。

 

 槍を薄く覆っていた煙。

 その煙が完全に晴れる。

 消えた煙の中から現れた、槍の形を保つための最後の連結部。

 赤と青。2枚の翼から伸びる蔦は、未だ白い槍に対して強固に絡み付いていた。

 そしてその赤と青の蔦が螺旋状を織り成す連結部に在ったもの。

 それは、連結部の前に立ち塞がる巨人。

 前面に、分厚いATフィールドを幾重にも張り巡らせて槍の前に立ち塞がる、8号機の姿がそこには在った。

 

 

 間近で超高密度エネルギー弾を受け、頭部を丸ごと失った8号機。

 神経接続を断つ間もなくその熱を浴びた8号機のパイロットの顔もまた、酷く爛れていた。

 

「この槍は…、絶対に折らせない…!」

 

 それでもなお、彼女の体から闘志が衰えることはない。

 赤く爛れた皮膚。炭化した眉に睫毛。白く変色した目。もはや光も音も温もりも感じることが叶わなくなった顔から、不敵な笑みが消えることはない。

 その手は今も操縦席の両側にあるコントロールレバーを握り締め、機体に生き残ったセンサーからの情報を直接自身の脳神経へと捻じ込み、白く濁った目で目の前のマーク12を睨みつけながらATフィールドを張り巡らせている。

 

 

 8号機と対峙するマーク12は顔面に複数の光球を発生させる。どの光球も十分な破壊力を備えた、超高密度のエネルギー体。

 その光球たちが、一斉に8号機に向かって襲い掛かった。

 

 

 激しい衝撃。爆発音。エントリープラグ内の全周囲型モニターほぼ全てが爆発による閃光に包まれ、「警告」の文字が踊り狂い、警報のブザーが鳴りまくる。

 

  

 マーク12は攻撃の手を休めない。

 連結部が無数の爆炎に包まれて見えなくなってしまっても、なおも光球を次々と発生させ続け、浴びせ続ける。

 マーク12とそのパイロットに発達した思考はないが、それでも「彼ら」は本能で分かっている。

 この槍を破壊したその瞬間こそが「彼ら」の。ネルフの勝利であるということを。

 だから「彼ら」は攻撃の手を緩めない。

 大量にエネルギーを発し続けたことでマーク12の頭部が溶解し始めたが、それでもお構いなしに光球を発生させ続け、目標物に向かって浴びせ続けた。

 

 

 前面に張り巡らせたATフィールド。

 不可侵の光の壁に、亀裂が生じ始めた。

 エントリープラグ内の全周囲型モニターのあちこちでノイズが走り、まるで崩れ落ちるブロック塀のようにブラックアウトしていく。

 気泡で溢れるLCL。超高密度エネルギー体の雨とそれを受け止めるATフィールドの間で凄まじい熱が生じ、その高温は特殊装甲で守られたエントリープラグの中さえも炙り、その中を満たすLCLを沸騰させた。

 様々な条件下でパイロットの身を守ることを想定して作られたプラグスーツ。そのプラグスーツすらも各所で融解し始め、溶けたスーツの下から現れるパイロットの肌にも次々と水膨れが生じる。

 全身を炎で炙られるような激痛。

 掛けていたメガネのフレームさえも歪む高温。

 それでもパイロットは歯を食いしばり続けながら、パイロットの意思を機体に伝えるためのコントロールレバーを握って離さない。

 

 

 パイロットの意思。

 ヴィレの意志。

 

 その身を挺してでも。

 この身が滅んだとしても。

 槍を守り続ける。

 この槍を「彼」に届ける。

 

 その意思を、8号機に伝え続ける。

 

 ここから離れるなと。

 

 最後まで、この槍の盾となれと。

 

 口の端から。

 鼻の両孔から。

 耳の両孔から。

 目の端から。

 全身から鮮血を迸らせながら、マリは叫んだ。

 

 

「絶対に…! 折らせは…、しない…!」

 

 

 ATフィールドだけではなくなった。

 ついに、エントリープラグの壁にも亀裂が生じ始めた。

 

 

 ブラックアウトだらけとなった全周囲型モニター。

 まだ生きているモニターの殆ども、爆発によって生じる閃光によって光に満たされている。

 その中にあって、ただ一カ所だけが、黒と光とは違うものを映し出していた。

 

 それは8号機の頭上。

 爆炎の隙間を縫って見える、空。

 赤銅色の空。

 

 その空に浮かぶ小さな黒い点。

 その存在に気付いた8号機のセンサーが、その黒い点にマーカーを付与する。

 

 機体が崩壊し掛けていることを知らせる警告音とはまた違う、何かの急接近を伝える警告音。

 マリは、白く濁った目で頭上を見上げた。

 

 生き残った視覚センサーを通して微かに見える赤銅色の空。

 その空に浮かぶ小さな黒い点。

 8号機に向かって。槍に向かって急接近している黒い点。

 

 モニター上に、その黒い点の解析結果が表示させられる。

 

 

 

「ち…」

 

 

 

 どんな状況であろうと。

 それがどんなに絶望的な状況であろうと、諦めるということを知らない女。

 真希波マリ。

 

 

 

「ちくしょう…」

 

 

 

 その言葉は、そんなマリの口から零れた。

 

 

 モニター上に表示された、急接近してくる黒い点の解析結果。

 

 

 

 

  『接近警報: オップファータイプ マーク10』

 

 

 

 

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