機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

6 / 72
(6)

 

 

 

 

 対峙する少年と男性。

 少年よりも一回り以上大きい体躯を誇り、なおかつその右手で構えているのは自動拳銃。しかしその銃口の射線を正面から受け止める少年は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、平然と立っている。

 

 少年はただ立ったまま。

 男性は右手に握った拳銃を少年に向けて構えたまま。左手に持った青い布は床に向けて。

 2人とも石化の呪文でも掛けられてしまったかのように身じろぎ一つせず、同じ姿勢のままで長い時間が過ぎた。

 

 

 2人の間の静寂を破ったもの。それは今回も2人の間に置かれた小型の通信端末機から流れる音声だった。

 

『第5ケージに硬化ベークライト注入完了。エヴァ2機、無力化に成功しました』

 

 柔和な笑みを湛える少年の目を、じっと見つめていた男性。

 数分ぶりに、瞬きをした。

 その視線を、一瞬だけ床の上の通信端末機に投げる。

 すぐに視線を少年の顔へ戻し、拳銃は構えたままで、ゆっくりと床の上の通信端末機に近づいていく。膝を折り、左手に握っていた青い布切れを今一度ズボンのポケットにしまい、床の上の通信端末機を拾い上げた。

 通信端末機を口に近づけ、側面のスイッチを押す。

「こちらコマンダー。再度報告せよ」

 

『は、はい。こちらチームデルタ。第5ケージに硬化ベークライト注入完了。エヴァ2機の無力化に成功です』

 

 男性の眉間に皺が寄る。

 

「2機。確かか?」

 

『はい。2機です』

 

「各機のナンバリングは?」

 

『はい。「7」、それに「8」。以上です』

 

 男性の表情が、険しくなる。

 

「「6」はどうした?」

 

『第5ケージに「6」の姿はありません。目下、捜索中です』

 

 男性は通信端末機のスイッチから指を外し、床を睨みつける。

「馬鹿な…。昨日の時点で稼働可能な機体は全て第5ケージに集めたんだ。30分前に確認した時も、マーク6は確かに第5ケージに繋がれていたはず…」

 

「パイロットは…?」

 その声は通信端末機からではなく、正面から聴こえてきた。

 男性は床に落としていた視線を声の主へと向ける。

「パイロットは、全員確保できているのかな?」

 絶やすことのないはずの笑みを断ち、いつになく真剣な表情を浮かべている少年の顔が、そこにはあった。

 男性は再び通信端末機のスイッチを押す。

「拘束したパイロットの人数は?」

 やや間を置いて、通信端末機のスピーカーから声。

『3名です。ナンバー4、5、6の3名を拘束済みです』

 

 その報告に、男性は目を点にする。

 焦点の合わない目で虚空を見つめたまま、ぼそりと呟いた。

「トロワが…いない…」

 ゆっくりと、目の焦点を正面に立つ少年の顔に合わせる。

「トロワと…、マーク6が…、消えた…」

 

 少年は、黙って男性の顔を見つめ返している。

 

 男性は少年の顔を見つめたまま何度か目を瞬かせた。

 3度目の瞬きを終え、いつもの表情に戻った彼は、通信端末機に話し掛ける。

「そこに日向マコトくん、あるいは青葉シゲルくんは居るか?」

 暫く間を置いて。

『はい。2人とも。捕虜の中に』

「おそらくその場に居る者で最も本部内の構造とセキュリティに精通しているのがその2人だ。すぐにマーク6とパイロットの捜索にあたらせろ。拒むようならば多少の暴力も厭うな」

『はい』

 

「ターミナルドグマを」

 通信相手の会話が終わると同時に聞こえたのは、少年の声。

「え?」

「ターミナルドグマを調べさせるんだ」

 男性は少年の顔を見つめながら、通信端末機のスイッチを押す。

「至急、ターミナルドグマを調べろ」

 

 男性はスイッチをオフにした通信端末機を胸に当てる。

「何が起きようとしているんです…」

 おそらくは現状を最も理解しているであろう人物に、答えを求めた。

 しかし答えを求められた相手は口許に人差し指を当て、黙って報告を待つよう促す。

 

 30秒ほどの沈黙の後。

 

 男性が持つ通信端末機から、小さなスピーカーを壊してしまいそうなほどの怒鳴り声が鳴り響く。

 

『マーク6を発見! ターミナルドグマへ向かってメインシャフトを降下中です!』

 

 男性は少年の顔を見つめた。

 何故マーク6の所在を知っていたか。そして何故、マーク6はターミナルドグマへ向かっているのか。2つの疑問を同時に少年にぶつけるような、厳しい眼差しで。

 

「渚司令…!」

 

 呼ばれた少年はゆっくりと頭を横に振り、そして再び人差し指を口元に当てた。

「まだだ…。リョウちゃん…」

「え?」

 

「この次に届けられる言葉…。それがおそらく…、一番大切な情報だ…」

 

 そう囁いて、目を閉じてしまった少年。

 男性は、視線を通信端末機に戻し、そして少年に倣い、沈黙を保って次の報告を待った。

 

 15秒ほどの沈黙の後。

 

 通信端末機のスピーカーから、再び怒鳴り声。

 

『パターン青です! メインシャフト内に使徒を確認!』

 

 少年は閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。

 男性は、震える手で通信端末機を握り締める。

 

『MAGIはメインシャフト内の反応を正式に使徒と認定! マーク6及び使徒、同速度で降下中! あと30秒でターミナルドグマに到達します!』

 

 男性は通信端末機を握る左腕をぶらんと下げた。

 奥歯を噛み締めた顔で、少年の顔を見つめる。

 

 少年は一度溜息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。

「どうやらおじいちゃんたちは待ちくたびれてしまったようだ。自らの手で、時計の針を前に進めるつもりらしい。鬼の居ぬ間に…ね」

 

『ヘブンズドア、開きます!』

 通信端末機から聴こえる報告に、少年は思わず笑みを零してしまう。

「ふふ。何度目かの僕が演じた役柄を、今度は彼女が果たすか…」

 通信端末機からの声は、次第に悲鳴じみたものへと変化していく。

『マーク6及び使徒、さらに前進します! リリスとの接触まで、あと30秒! このままではサードイ……』

 

 男性は通信端末機の側面にあるつまみを捻り、通信機の電源を切ってしまった。

 

 右手に握る拳銃の銃口は、ずっと少年の胸を狙ったまま。

 そして険しい顔で、少年の顔をじっと見つめる。

 

 少年はいつの間にか取り戻していた柔和な笑みを口元に浮かべ、静かに男性を見つめ返す。

 

 

 

 男性は少年を狙い続けてきた拳銃をゆっくりと下ろした。

 ふっ、と口もとに笑みを浮かべ、肩に入れていた力を逃す。

 

 急に警戒心を解いた男性に、少年は拍子抜けしたようにきょとんと目を丸くする。

 

 男性は拳銃をジャケットの裏に隠していたホルスターにしまうと、頭を掻いた。

「まったく。こーゆーのを、そーゆー星の下に生まれたって言うのでしょうな」

 男性の声音は、いつもの。彼の大らかな性格をそのまま表す、ゆったりとした声音に戻っていた。

「え?」

 少年は相変わらずきょとんとしている。

「タイミングが悪いという奴ですよ。俺の人生。いつもほんの少しだけ、タイミングが悪いんです」

「そうなのかい?」

 少年は男性を見つめる目を、ぱちぱちと瞬かせている。

「8年前もそうです。あの日、あの時、電車が止まらずに待ち合わせに間に合ってさえすれば、彼女に俺の気持ちを伝えられていたはずなんです。そうすればきっと今頃はこの腕に2~3人の我が子を抱いていたはずなんです」

「はぁ…」

 男性が何のことについて言っているのか分からず、適当な相槌を打つことしかできないでいる少年。男性は構わず続ける。

「今日もそうですよ、ああまったく。あと1日。いやいや、あと1時間でも早く決行していたら、こんな事態は防げていたのかもしれないのに…」

 捲し立てるように喋っていた男性。その声が、少しずつ勢いを失い始めた。

「あと少しで…、本物の我が子を抱いていたはずなのに…」 

 男性は通信端末機を握る左手の甲を、自身の額に押し当てた。

 目を閉じ、そのまま押し黙ってしまう。

 

 額に当てられた手で隠れてしまった男性の顔を、少年はやはり黙ったまま見つめる。

 

 

 男性が口を噤んでいたのは、ほんの10秒程度の間だった。

 

 

 額から手を離す。

 2度だけ鼻を啜り、1度だけ目尻を手の甲で拭う。

 両手を腰に当て、肩を上げ、下げると同時に短い溜息を零し、うんうんと自分を納得させているかのように2度小刻みに頷いた。

 

 通信端末機の電源を入れる。

 

「こちらコマンダー…」

 

 男性が呼び掛けると同時に、スピーカーからは極度のパニックに陥った人間の声が届いた。

『加持さん! 何やってたんですか! ターミナルドグマに正体不明の高エネルギー体を確認! 加持さん、これってサードインパ…!』

 

「落ち着け」

 相手のパニックぶりが滑稽だったらしく、男性は笑みを零しながら通信端末機に話し掛けた。

「捕虜含めて全員速やかにネルフ本部から退去。可能であればジオフロントからも脱出するんだ。それとチームフォックストロット、聴こえるか?」

 

『はい! チームフォックストロット!』

 

「使用可能なVTOLを至急本部ヘリポートまで下ろしてくれ」

 

『VTOLを…ですか?』

 

「ああ。強制停止信号プラグ、それと搭載量ギリギリまでアンチLシステムを載せてな」

 

「リョウちゃん…」

 

『ですが強制停止信号プラグはまだ試験段階にも達していませんが…』

 

「構わないさ。この時のために開発したんだ。今使わなくてどうするよ」

 

「リョウちゃん…」

 

『分かりました。5分で向かわせます』

 

「おう、よろしく。俺も5分以内に行くから。ああ、アンチL防護服も忘れないでおいてくれよ。あんな所を普段着でピクニックなんて、俺はごめんだぜ」

 

「リョウちゃん!」

 

「防護服は俺用の一着でいい。じゃあよろしく頼むよ。ああ、あとこの事は妻には内緒だぞ。通信終わり。…そんなに大きな声を出さなくても聴こえてますよ。渚司令…」

 通信端末機を顔から離した男性は、落ち着き払った様子で少年の顔を見た。

「なんて顔をしてるんです。あなたらしくもない」

 まるで2分前まで少年が浮かべていた柔和な笑みを、今度は男性が浮かべている。

 対して少年は、2分前に男性が浮かべていたような険しい表情で男性を見返していた。

「僕は今君が言っていた強制停止信号プラグもアンチLシステムも、その設計書には目を通している」

「おやおや。強制停止信号プラグもアンチLシステムも、我が海洋研究機構の極秘情報のはずですが」

 からかうような男性の口調を、少年は無視して続ける。

「無理だ。一度起きたインパクトの前に、君たちが頼みとする強制停止信号プラグもアンチLシステムも、何の役にも立たない」

 男性は脱いだジャケットを床に投げ、締めていたネクタイを緩め始める。

「やってみなくちゃ分からんでしょ。何事も挑戦です」

 ワイシャツの袖を腕まくりすると、男性の鍛えられた逞しい腕が現れる。

「馬鹿げている。君も分かっているはずだろう。君たちにはもう、サードインパクトを止める手段はないんだよ。奇蹟でも起きない限りね…」

 両方のシャツの腕を肘まで捲った男性は、わざとらしく両手を肩の高さまで上げてみせた。

「残念。奇蹟って言葉は、うちの妻が大嫌いな言葉でしてね」

 

 ここには居ない彼女の顔を思い浮かべた。

 いつもどこか不機嫌そうな顔をしている彼女の顔は、思い浮かべた頭の中でもやはり不機嫌そうな顔をしているが、いつも通りの彼女の顔を思い浮かべることができた男性は満足そうに笑った。

 

「我々がするべきことは奇蹟を願って待つより、望む結果をもぎ取るために捨て身の努力をすることだそうですよ」

 少年は穏やかな男性の声を打ち消すように、厳しい声を投げかける。

「やめよう。リョウちゃん。無駄な努力に貴重な時間を費やすよりも、今は残された時間を君の大切な人と共に過ごすべきだ」

 少年のその言葉に、一瞬だけ男性の動きが止まり、表情からは笑みが消える。

 しかしそれはほんの一瞬の間に過ぎず、すぐに表情には笑みが戻り、そして腕時計に視線を落とす。

「おっと。早く行かないと」

「リョウちゃん!」

 巨人の足もとで仁王立ちしていた少年が、一歩だけ男性の方へと踏み出した。

「なんです? 渚司令」

 

「何故…。どうしてそこまで…」

 

 「何故」と問われ、自分としは至極当然のことをしようとしているつもりだった男性は、きょとんと目を丸くしてしまった。上官の問いを無視するわけにはいかず、ズボンのポケットに両手を突っ込み、虚空を見上げながら5秒ほど考え、そして答えを導き出せたのか床を見つめてふっと笑い、少年へと視線を戻す。

 

「渚司令…」

 少年は明らかに苛立ちを纏った溜息を鼻から漏らす。

「いい加減、カヲルって呼んでくれないかな…」

 そんな不貞腐れたような態度の少年に、男性は小さく笑った。

「司令には、全てを捧げてでも、何もかも投げうってでも守りたいものってのはありませんか?」

 質問に対して質問で返されてしまった少年だったが、その問いについては真摯に答えた。

「…幸せにしたい人…ならいるよ」

 そうポツリと言った少年の顔が、その一瞬だけは外見相応の子供らしい表情になったように見え、男性は優し気に笑う。

「そっか。さすがは渚司令だ…」

「どいゆう意味だい?」

 男性は視線を床に落としながら言う。

「私には人が望む幸せを推し量ることなんてできません。私が思い描く幸せが、相手の幸せとイコールは限りませんから。だから、あなたのように誰かを幸せにしたいと思うこともできません」

 男性の顔に浮かぶのは自嘲的な笑み。

「あるいは今日この日にインパクトが起きて何もかも終わらせてしまった方が、今度生まれてくる私の子供にとっては幸せかも知れませんな。こんな海も大地も汚された地獄のような世界で生きなければならないことを考えれば…」

 溜息を一つ入れ、少年の頭の遥か上にある、暗闇の中に薄っすらと浮かぶ巨人の顔を見上げる。

「ですが子供の幸せの定義を決めるのは父親のすることではありません。父親が子供にするべきことは、子供の存在とその未来を守るためにあらゆる努力を尽くすことです」

 そして視線を巨人の顔から、まっすぐに少年の顔へと落とした。

「そして、自分の子ならば、それがどんな未来であっても、逞しく生きていけると信じてやることです」

 自身の空っぽの両腕を見つめる。

「結局、我が子には、抱いてやることもあやしてやることもできませんでしたが、…未来を残してやれたら、父親としては十分合格でしょ?」

 顔を上げ、ニッコリとした笑顔で、少年の顔を見つめた。

「ありがとう、渚司令。私の最後の上官があなたで、本当に良かった」

 少年は何も答えない。口を噤んだまま、男性の足音を見つめている。

「そんじゃ、ちょっくら行ってきます」

 男性はまるで所用でも済ませてくるかのような軽い素振りで少年に向けて手を振ると、踵を返して歩き始めた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。