機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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(61)Battle Of Titans

 

 

 

 

 鼠に飛び掛かる虎。どころの体格差ではない。

 地を這う虫に飛び掛かる肉食恐竜と形容した方が正しい。

 エヴァンゲリオン第13号機はその巨体を大いに躍動させて、地上に立つ小さな人間。使役者たる碇ゲンドウの息子。碇シンジに向かって襲い掛かろうとした。

 

 前に突き出した両手が今まさに少年を叩き潰そうとしたその瞬間。

 背後から少年の頭上を飛び越えた巨体。

 エヴァンゲリオン初号機が、第13号機のどてっぱらに向かって体当たりをぶちかます。

 空中で衝突する2体の巨人。

 2つの巨体が激しくぶつかり合った衝撃で、無数の火花と共に周囲に凄まじい衝撃波をまき散らしていく。

 

 より低く。より鋭い跳躍で飛び掛かった初号機は、第13号機の突き出された両手を掻い潜ると、その右肩を第13号機の胴体へと押し当て、さらには両手を相手の腰へと回す。

 第13号機は初号機による低姿勢からのタックルを決められた形となり、体全体が「く」の字に曲がった。

 2体とももつれたまま、地面へと墜落。巨人2体分の落下の衝撃で地面が激しく振動し、ひび割れ、そのエネルギーは大気をも揺るがし、噴煙のように舞い上がる土煙の隙間には摩擦電気による稲妻が発生するほどだ。

 

 第13号機を地面に組み伏せた初号機は、その顔を初号機とまるで兄弟のような顔の第13号機へと近付ける。

 そして咆哮。

 口を極限まで開き、連なる牙を剥き出しにして、相手を屈服させるための咆哮を吐き出す。

 負けじと、第13号機も口を大きく開けて吠え返した。

 

 

 息子を捻り潰すために飛び掛かった第13号機が逆に吹き飛ばされ、今は後方で初号機に組み伏せられている。

 その様子を首だけ動かして、肩越しに見ていた碇ゲンドウ。

「父さん」

 声を掛けられ、顔を正面へと向けた。

「綾波が作ってくれた貴重な時間を僕は無駄にしたくない」

 激しく揺れる大地を踏みしめて立っている少年。

「僕と話をしよう」

 すぐ側で巨人同士が終末戦争を繰り広げている中で、彼は静かに父親に呼び掛ける。

 

 

 互いに2度3度と吠えることを繰り返した2体のエヴァンゲリオン。

 組み敷かれた第13号機の眼孔が鋭く光った。同時に凄まじい破裂音と共に、目の前の初号機に向かって超高密度エネルギー体である光線を放つ。しかし初号機も第13号機が眼孔を光らせると同時に光線を発生させ、第13号機に向かって撃ち返したため、2つの超高密度エネルギー体は2体の巨人の顔の間で激しく衝突。大爆発を起こし、その衝撃で初号機の体は後ろへと吹っ飛び、第13号機の体も地面の上を跳ねて転がっていく。

 

 その巨体が3度地面の上を跳ね、そしてゴロゴロと地面の上を2回転したところで、第13号機は体制を立て直す。

 第13号機が跪きながら身を起こした時は、視界一杯に広がっていた土煙。

 その土煙が徐々に晴れていく。

 広くなった第13号機の視界。その視界に一番最初に入った人物。

 それは、第13号機の使役者の背中。

 その使役者の前に立つ華奢な人影。

 それは、使役者が「最後の犠牲者」と定めた人物。

 

 第13号機は吠えた。

 その身に託された最後の使命を果たすべく、大地を蹴り、その人物に再び飛び掛かる。

 

 

 少し離れた場所に立つ父親。

 その父親の背後から、立ち籠める土煙を巻き込み、切り裂くように現れた第13号機。

 2つある眼孔をさらに2つに切り裂いた4つの目を鬼火のように光らせ、大口を開け、両手を前に突き出し、飛び掛かってくる第13号機。

 しかし碇シンジの双眸は第13号機を見ようともしない。

 絶対の死を運んでくる巨大な死神を、一瞥もしない。

 第13号機の存在を無視するかのように、静かに父親の顔を見つめている。

 

 

 死神の体が碇ゲンドウの頭上を飛び越え、その先に立つ彼の息子に襲い掛かろうとしたその時。死神の顔が横に引き裂かれたように大きく歪み、暗紫色の体が横に大きく吹き飛んだ。顔面から地面に叩き付けられ、さらに地面の上を何度も跳ねた後、第13号機の体はようやく止まる。

 第13号機の横っ面に、突進した勢い全てを込めた右拳を撃ち込んだ初号機は、碇ゲンドウを飛び越えると、地面に倒れてぐったりとしている第13号機に向けて、飛び込み様に膝蹴りを叩きこもうとした。

 しかし初号機の全体重を乗せた膝蹴りが第13号機の顔面に叩き込まれる寸でのところで、眼孔を鈍く光らせた第13号機はすぐに身を翻し、反撃に転じる。

 首を捻じ曲げて初号機の膝蹴りを躱すと、地面に突っ込む初号機の頸部に目掛けて、潰された血塗れの右手を突き出す。第13号機の大きな右手が初号機の首を掴み上げ、カウンターを喰らう形となった初号機の首が激しく歪んだ。第13号機は初号機の首を握り締めたまま地面から背中を浮かせると、今度は自身の体重を全て預けて初号機を地面に叩き付けた。初号機の背中を中心に、地面に放射状の巨大な地割れが発生し、初号機の口からは鮮血が迸る。

 初号機を叩き伏せた第13号機。しかしその視線はすぐに碇シンジへと向けられた。与えられた使命を忠実に果たすべく、第13号機は大きく吠えながら三度、碇シンジへと飛び掛かろうとするが、両手両足で地面を押し、跳躍しようとした第13号機の体は地面に縛り付けられたまま離れない。見れば、首を掴んで叩き伏せていた初号機が第13号機の右腕に両腕両足を絡みつかせ、組み付いていた。全体重と全身の力を第13号機の右腕に集中させた初号機は強引に第13号機の右肘を畳ませると、口を大きく開ける。凶悪な牙が並ぶその口で、第13号機の右前腕部に噛み付いた。

 初号機の上顎と下顎の圧力に挟まれ、たちまち砕かれる第13号機の前腕。装甲が潰れ、皮膚が千切れ、肉が弾け、血が噴水のように大量に吹き出た。紫色の装甲を真っ赤に染める初号機は両腕両脚にさらに顎も加え、全身を使って絡み付いた第13号機の右腕を地面に向けて強引にねじ伏せると、第13号機も自身の右腕に引っ張られる形で背中から地面に倒れてしまった。

 

 

 すぐ側で巨人2体が凄まじい地響きを轟かせ、方々に地割れを走らせ、盛大に土煙を立てながら取っ組み合いをしている中、その親子はお互いの顔を見つめながら静かに対峙していた。第13号機の前腕から迸った大量の血液の飛沫の一つが2人の間にぼたりと落ち、大きな水溜まりを作るが、互いに身じろぎ一つしない。

 飛び散った血で白のスニーカーの爪先を汚しながら、息子が口を開く。

「父さんは、ここで何をしようとしているの?」

 同じく血で白の手袋の右薬指の部分を汚しながら、父は答える。

「ここでしか起こしえない、アディショナルインパクトだ」

「アディショナルインパクト…」

「すでに儀式は終わり、そしてインパクトは始まった。始まったことは誰にも止められぬ。お前はそこで事の行く末を黙ってみていればよい」

 

 

 第13号機を組み伏せた初号機は素早く身を入れ替えると、そのまま第13号機の腹の上に馬乗りになる。

 圧倒的不利な体勢となった第13号機は顔を正面に向けると、すぐさま両目を光らせた。第13号機の視線の先は初号機の顔。第13号機の顔面に閃光が瞬き、そこから放たれた鮮烈な光線が初号機の顔面を襲おうとするが、初号機は左手で第13号機の顎を掴むと首を強引に捻らせた。第13号機の顔が地面へと向き、初号機の顔を襲うはずだった光線は大きく逸れ、初号機の顔の代わりに第13号機の視線の先にある地面を抉り、炙る。

 

 第13号機から放たれた光線は親子の間の地面をも炙り抉った。

 地面は一瞬にして蒸発し、猛烈な蒸気と熱風が2人を襲うが、2人の顔は相手の顔を見据えたまま動かない。

 熱風で前髪が焦げ付くのを感じながら、息子は口を開く。

「父さんは、何を、望むの?」

「お前が選ばなかったATフィールドの存在しない世界」

「僕が…?」

「お前が一度は否定した世界。お前が望まなかった世界だ。私とお前とでは望むものが違う。故に我々は分かり合えない。だから、我々がこれ以上言葉を交わすことは無意味なのだ」

 

 重心を第13号機の胸の位置に預け、両膝を第13号機の両肩に乗せ、左手で第13号機の顎を押さえ付けた初号機。右手は拳を作り、それをそのままがら空きの第13号機の側頭部へと振り落とす。

 装甲と装甲が激しくぶつかり合い、激しい火花が散った。

 一発目で、第13号機の兜に放射状の亀裂が入った。その巨体の全身を覆う1万2,000枚の特殊装甲の中でも、最も分厚い箇所を殴った初号機の右拳にも亀裂が走り、血が滲み出るが、初号機は構わず2発目を第13号機の側頭部へと叩き込む。

 3発目。

 そして4発目になって、ついに第13号機の兜が割れ、その隙間から第13号機本体の頭部が覗き始める。

 

 

 

 静かに対峙している2人。

 その2人の上を、大きな影が飛び越えた。

 シンジは父親の方を向いたまま。

 一方のゲンドウは息子から視線を外し、彼らを飛び越えていった影を十字状の目で追う。

 大きな影は激しい地響きを立てながら地面へと墜落した。土煙の隙間から見えるそれは紫色の装甲を纏った巨人。

 再び、彼らの頭上を大きな影が飛び越える。

 地面に倒れている紫色の巨人に向かって飛び掛かるその影もまた、紫色の巨人だった。

 後から現れた紫色の巨人は両膝を前に突き出したまま落下すると、その両膝の着地点は地面に倒れている紫色の巨人の腹。空から降ってくる相手の全体重を腹部に一極集中させられた巨人の体が、「く」の字に曲がり、大きく開いた口から血が噴き出た。

 

 浴びせ膝蹴りを見舞った巨人はそのまま相手に馬乗りになると、左手で相手の首を押さえ込み、そして右拳を相手の顔面に振り落とす。

 1発目で兜の額が陥没し。

 2発目で左眼の眼孔がひび割れ。

 そして3発目は相手の顎に直撃し、ただでさえ血に塗れていた口の周辺がさらに真っ赤に彩られた。

 地面に組み敷かれた巨人もやられっ放しではない。首を押さえ込む相手の左腕に両腕を絡ませ、捻じ曲げ、その束縛を強引に解こうとした。

 しかし相手はそれを許さなかった。相手が己の支配下から逃れることを許さなかった。

 

 2体の紫色の巨人。並べばまるで兄弟のような。姿形がそっくりな2体の巨人。

 しかし一目見て、決定的に違う場所がある。

 

 相手を組み敷き、拳の雨を降らせている異形の巨人。

 第13号機。

 初号機と対を成す絶望の機体は、「異形」と呼ばれる所以である胸の前に畳んでいた第3、第4の手を動かし、左腕に絡み付いていた初号機の両腕を強引に解き、逆に束縛してしまった。

 両腕の自由を失った初号機に対し、第13号機は第1の手で作った拳でさらに4発目、5発目とその顔面に鉄拳を食らわせると、第1、第2の手を使って初号機の首を締め上げた。

 初号機の真っ赤に彩られた口が大きく開き、声にならない悲鳴を上げる。

 第1、第2の手で初号機の首を、第3、第4の手で初号機の両手を握り締めた第13号機は、ゆっくりと腰を上げ、そして畳んでいた膝を伸ばす。そして両肩から伸びる4本の腕を頭上に向かって伸ばすと、その4本の腕に拘束された初号機の体も地面から浮き上がり、第13号機の頭よりも高くに吊るされた。

 

 第13号機の第1、第2の10本の指が初号機の首に深く食い込む。頸部を締め上げられ、頭部へ血液を送るための大動脈が塞がれてしまう。その体は何とかして脳へ血液を送ろうと激しく痙攣するが、第13号機の手によって隙間なく塞がれた血管は一滴の血も巡ることを許さない。

 じたばたと暴れる初号機の両脚が何度も第13号機の胸部を蹴った。

 すると第13号機は初号機の首、そして両腕を拘束したまま初号機の体を右から左へと大きく振り回し、そして最後には地面に叩き付けてしまう。初号機が背にした地面が大きく割れ、初号機の体が陥没した地面の中に深く埋まった。

 初号機を地面に叩き伏せた第13号機の4本の腕は、尚も初号機の首と両腕を拘束したまま。第13号機は地面に埋まった初号機を引きずり出すと、再び頭上に高く掲げた。そして今度は左から右へと勢いを付け、全体重を乗せて初号機を地面に叩き付ける。再び大地が大きく割れ、初号機の体が裂け目の中に埋没する。

 第13号機の腕は尚も初号機を拘束したまま。裂け目から引きずり出された初号機の体は、5秒後には再び地面に叩き付けられ、新しく出来た大地の裂け目に埋没する。

 引きずり出され、そして叩き付けられ。

 引きずり出され、そして叩き付けられ。

 プログラムされたルーチンワークをひたすら繰り返す機械のように、第13号機は初号機を地面から引きずり出しては頭上に高く掲げ、そして地面に叩き付け続ける一連の行為を繰り返した。

 

 その間も初号機は全身を痙攣させながらも両脚を第13号機の胸に腹に打ち付け続けるが、第13号機の体はびくともしない。

 初号機は徐々に弱まりつつある眼光に最後の油を注ぎ、煌々と光らせて目の前にある第13号機の顔面に向けて超高密度エネルギー体の光線を叩きつけるが、しかし第13号機も息を合わせたように同様の光を放ったため、互いの光線はぶつかり合い、弾け、四散し、周囲に無数のエネルギー体の鱗粉を撒き散らすことになる。それらは至近に居る初号機と第13号機の体にまるで刃の雨のように襲い掛かり、装甲を穿ち、その下の素体を抉った。

 体中に穴を開け、血が混じった体液を迸らせながらも、第13号機はなおも初号機の両腕を拘束し続け、首を絞め続ける。

 やはり体中に穴を開け、血が混じった体液をつま先から地面に向けて滴らせる初号機。なおも眼光を光らせ、2発目の光球を第13号機に叩き付けようとするが、第13号機は初号機の喉仏に突き付けていた2本の親指をさらにめり込ませ、首の締め付けを一層強くし、初号機の眼光に宿り掛けていた火を掻き消してしまった。

 初号機の目の代わりに光ったのが第13号機の眼孔だった。凝縮されたエネルギーは球状となり、空気を切り裂くような破裂音と共に初号機の胸に襲い掛かった。

 

 大きな爆発が初号機の胸で弾ける。

 

 光球の直撃を食らった初号機の胸部の装甲は無残にも溶け落ち、溶けた装甲と共に焼かれた筋肉や砕けた肋骨がぼたぼたと地上に落下していく。

 その崩れ落ちてしまった装甲や肋骨や筋肉が守っていたもの。

 赤く光る巨大な球体。

 超高密度のエネルギー体を真正面から食らい、抉れてしまった胸の奥に収められていた巨人の心臓。

 初号機のコアが露出した。

 第13号機の4本ある腕。第1、第2の手は初号機の首を絞めつけたまま。一方で束縛されていた初号機の両腕はようやく解放されたものの、弛緩したまま地面に向けてだらりとぶら下がる。

 初号機の腕を解放した第3、第4の手は、初号機の胸へ。コアへと伸ばされた。

 その手で、コアを挟み込む。

 コアを、両手で鷲掴みにする。

 コアを鷲掴みにした第3、第4の手が、コアを引っ張り上げる。

 第13号機の2つの手は、初号機の胸からコアを引き摺り出そうとし始めた。

 

 

 

 大地に立つ細身の少年。

 碇シンジ。

 彼の視線は、彼の前に立つ父親に向けられている。

 

 息子の視線を受ける父親。

 碇ゲンドウ。

 彼の顔もまた、息子の顔に向けられている。

 しかしその顔に走る十字状の陥没。その奥から放たれる鈍い光を纏う視線は、明らかに息子以外のものに向けられていた。

 

 父親の視線は息子の顔の少し上。

 息子の頭越しに見える光景。

 息子の背後で繰り広げられている、ある惨劇に向けられていた。

 

 シンジの背後に立っているのは異形の巨人。

 全身から血を流して仁王立ちをしている巨人。

 その巨人の両肩から伸びるのは、異形の所以たる4本の腕。

 うち2本は、その巨人とそっくりな形、そっくりな色をした、もう一体の巨人の首を締め上げ、宙に吊し上げている。

 そして残りの2本の手を使って、その吊し上げた巨人の胸に埋まる赤く光る球体。巨人の心臓を引き摺り出そうとしている。

 それはもはや一方的な殺戮。

 父親の視線は、初号機のコアを引き摺り出そうとする13号機の背中を。いや、心臓を奪われようとしている初号機の顔を見ていた。

 

「父さん…」

 近くから投げ掛けられた声。

 ゲンドウの十字状の視線が声の主へ。彼の息子へと向けられる。

 しかし彼の視線が息子へと向けられたのは一瞬。その視線は、またすぐに初号機へと戻った。

「父さん…」

 再びシンジに呼ばれ、ゲンドウは律儀に視線をシンジへと向けるが、やはりまたすぐに初号機へと戻してしまう。

「僕と話しをしよう。父さん…」

 そう呼び掛けられ、息子と初号機の間を行き来するゲンドウの視線は、ようやくシンジの顔へと落ち着いた。

 しかしゲンドウは息子の呼び掛けには答えず、逆に問い返す。

「何のつもりだ…、シンジ…」

 ゲンドウの感情を押し殺したような低い声に対し、シンジは極めて平坦な声で訊き返す。

「何のことだい?」

 その一言で、ゲンドウの表情に、明らかに焦りの感情が浮かび上がった。削れた眉間に皺が寄り、唇の隙間から微かに見えた噛み締められた歯が軋む。

 そしてゲンドウの視線は再びシンジの背後の初号機へ。

 第13号機に頚動脈を締め上げられ、無数の光の刃によって体中に穴を開けられ、至近で浴びた超高密度エネルギー弾によって胸を抉られ、露出した心臓が引きずり出される寸前の初号機に。

「いいのか…」

 シンジに視線を戻し、明らかに焦燥を孕んだ声を発するゲンドウ。

「……」

 シンジは何も答えない。

 その息子の態度に、ゲンドウの顔が更に歪んだ。

「今すぐ、初号機に抵抗を止めさせるんだ」

 歪んだ十字状の目で息子を睨みつけながら言う。

「……」

 シンジは何も答えない。

 沈黙を守る息子の背後では、第13号機の第3、第4の手によって初号機の心臓が胸の外にまで引きずり出されていた。心臓と初号機本体との間は無数の管で繋がれているが、その管が濁った液体を撒き散らしながら、次々と千切れ始めている。

「シンジ…!」

 ついにゲンドウの口は声を張り上げる。

「……」

 しかしシンジは何も答えない。

 ゲンドウは全身を蝕む焦燥を表すかのように、シンジに向かって右足を一歩前に出した。白い手袋を嵌めた両拳を握り締める。

「貴様! レイの命を天秤に掛けるつもりか!」

 激しい語気で問われたシンジは、ようやく口を開いた。しかしそれは、

「何のことだい? 父さん」

 30秒前に口にしたものと同じ科白であり、ゲンドウの焦燥感に満ちた声と表裏を成すような凍てついた声だった。

 

 息子の背後からは、ブチブチと破壊的な音が鳴り続けている。

 息子の頭越しに見れば、初号機のコアに繋がれた無数の管の半分がすでに引き裂かれていた。あの管が全て千切れた時。それは初号機の肉体が死滅する時。初号機の肉体が死滅すれば、初号機と同化している者の魂もまた死滅してしまう。彼が全ての魂の救済と、彼自身のほんの細やかな願いを叶えるために起こした最後のインパクト。そのインパクトが完遂する前に死滅してしまった魂は、インパクトが齎す福音から漏れることになってしまう。

 初号機が漏らす呻き声と管が引き千切られていく音は息子の耳にも届いているはず。

 しかしシンジは、背後を振り返ろうともしない。

 涼やかな顔で、彼の父親を見つめ続けている。

 一方、父親の視線は初号機と息子との間を忙しなく行き来していた。

「こうすれば私が躊躇うとでも思っているのか。シンジ」

「……」

 父親の詰問に、シンジは何も答えない。

「レイの命を危険に晒せば、私が止まるとでも思ったか! シンジ!」

「……」

 シンジは何も答えない。

 

 ゲンドウがその被使役者たる第13号機にこの場で降した命令は一つだけ。それは使役者の望みを阻むものの排除。排除されない限り、第13号機が止まることはない。

 初号機の首を掴む13号機の第1、第2の手は、手の持ち主から遠ざけられ、そして初号機の心臓を掴む第3、第4の手は、手の持ち主に向かって引き寄せられる。相反する2つの力に晒されるコアと肉体とを繋ぐ管は次々と引き千切られ、ついに残すは数本のみとなった。

「レイに抵抗を止めさせるんだ! シンジ!」

 その数本も限界まで伸び切り、細くなり、一本、また一本と引き裂かれていき。

 そしてついに残り1本になり。

 

「レイが死ぬぞ! シンジ!」

 まるで乞うような声音で、ゲンドウは叫んでいた。

 

 

 

「父さん」

 

 

 シンジの声は変わらず涼やかだった。

 

 

「綾波は死なない」

 

 

 彼の父親の目を見る眼差しもまた、涼やかだった。

 

 

「綾波は負けないよ、父さん」

 

 

 その涼やかな眼差しに宿る、揺るぎない確信。

 

 

 

 

「綾波は強い子だ」

 

 

 

 

 初号機の首を絞め続け、その心臓を毟り取ろうとしている第13号機。

 違和感を抱いたかのように、2つの眼孔から漏れる4つの視線を初号機の顔へと集中させる。

 第13号機が抱いた違和感。

 それは初号機の顔と、第13号機の顔の間の距離。

 その距離が、20秒前よりも近いような気がしたのだ。

 頸部を絞られ、固定され、第13号機とは反対の方向へと仰け反っていた初号機の頭部。

 その頭部が、第13号機に近付いているような気がしたのだ。

 

 いや、「気がした」ではない。

 初号機の顔が、明らかに第13号機の顔に近付いている。

 第13号機の手によって絞り上げられていた初号機の首が、伸びている。

 縦に伸びるだけでなく、横にも膨張し始めた初号機の首。膨張する初号機の首の筋肉が、その首を締め上げていた第13号機の手を徐々に押し広げ始めた。

 首だけでなく、肩、胸、背中、上半身のありとあらゆる箇所の筋肉がメキメキと音を立てながら膨張する初号機。

 その膨張を利用して前へ前へと押し進む初号機の頭部。

 第13号機の顔の間近までにじり寄ると、初号機の口が開いた。

 涎の糸を引きながら開いた口の端から露わになる、異常に発達した犬歯。

 初号機は鋭い唸り声を上げ、首を震わせながら、第13号機の頸部へとその牙を突き立てた。

 異常に発達した4本の牙が第13号機の首へと食い込む。引き裂かれた皮膚と貫かれた肉の隙間から、真っ赤な血が間欠泉のように噴き出る。

 堪らず第13号機は凶悪な牙から逃れるべく上半身を激しく振り回す。暴れる第13号機の上半身に引き摺られて、その首に噛み付く初号機の体も右に左に大きく振り回されるが、そうしてるうちについに初号機の首や心臓を束縛していた第13号機の手が外れると、ついに自由を得た初号機は、13号機の首の半分の肉を齧り取った上で後方へ向けて跳躍。4本の「足」で、地面に降り立った。

 その様はあらゆる獲物を食い散らかす獰猛な肉食獣のよう。

 牙に13号機の肉片を突き刺し、口の端から13号機の首から啜った血を大量に滴らせながら、初号機は両前足を地面につき、身を低くして13号機と対峙する。首は明らかに縦と横に1.5倍以上は膨張しており、僧帽筋や三角筋やその他あらゆる筋肉が発達し、盛り上がった胸筋が胸に空いた穴をその中に収まるコアごと覆っていき、地面に付いた前足の指先からは鋭い爪が伸び、背中からは膨れ上がる背筋に押し出されるように次々と巨大なボルトが飛び出してゆく。体内で生成される異常な量のエネルギーは体内のみでは消費し切ることができず、大量の蒸気となって初号機の体のあちこちから噴出した。

 

 

「存在するはずのない…、初号機の裏コード…」

 その姿を目撃し、やや呆気に取られたような口調で呟くゲンドウ。

「14年掛けて書き加えたか…、レイ…」

 

 

 すでに人型と呼ぶのも疑わしい姿となり、地面の上を右に左にとゆっくりと這いながら「獲物」を見定める初号機。

 対して、異形の巨人、第13号機は、異形の所以たる4本の腕のうち2本を使って大きく引き裂かれた首の傷口を懸命に塞いでいる。

 その第13号機の頭部が光った。全身に漲るエネルギーを顔面に凝縮させようとするが、千切れかけの首からそのエネルギーが漏れ出てしまい、大量の血液と共に閃光が迸り、漏れ出た光の刃は見当違いの地面を抉り、破壊していく。

 それでもなお顔面にエネルギーを凝縮し続ける第13号機。練り上げられたエネルギーの塊は禍々しい光を放つ極小の太陽となり、その太陽が初号機に向けて耳を劈くような破裂音と纏いながら突進する。。

 迫りくる超高密度のエネルギー弾に対し、初号機は避けようともせずに、前足を折り、後ろ脚を伸ばして待ち構える。そして左右に極端に避けた口を大きく開くと、迫りくる極小の太陽をその口で正面から受け止めてしまった。膨大なエネルギーを孕んだ光球を受け止めた衝撃で初号機の前足と後ろ足が地面に4つの轍を描きながら後退するが、エネルギーの塊は初号機の喉を貫くには至らず、それどころか初号機は開いていた口を閉じ、鋭い牙でエネルギーの塊を噛み砕いてしまった。

 砕かれた光球の破片が方々に散り、地面を穿いて各所で盛大な爆発を起こす中、初号機は跳躍。

 空を一気に駆けると、13号機に向かって襲い掛かった。

 第13号機は飛び掛かってくる初号機を迎え撃つべく右腕を大きく振り翳し、そして握り締めた拳を前に突き出してたが、それは獰猛な猟犬と化した初号機にむざむざ腕を一本差し出してしまう行為となってしまった。突き出された拳が鼻っ面に激突する寸前に首をいなした初号機は寸でのところで拳を躱すと、伸び切った第13号機の腕に鋭い牙で齧り付く。噛み付いた瞬間に全身を鋭く回転させたため、第13号機の腕は巨大な撹拌機の中に突っ込んだように激しく捻じれ、絞られ、根本の肩からズタズタに引き裂かれてしまった。

 

 

 第13号機が右腕から大量の血を噴き出しながら倒れていく。

 その姿を黙って見つめている第13号機の使役者に対し、シンジは語り掛ける。

 

「僕は父さんと話がしたい」

 

 大きな地響きと共に舞い上がる土煙の中、第13号機の右腕を根元から食い千切った初号機は、休まず左腕にも噛み付いた。

 

「そして綾波も僕と父さんが話すことを願ってくれている」

 

 初号機が左腕に噛み付いた瞬間、第13号機の頭部が光り、激しく煌めく光球が初号機の左肩を襲った。初号機の左肩の装甲が弾け飛び、下の肉がこそげ落ち、骨もろとも吹き飛ばしてしまうが、それでも初号機は噛み付いた第13号機の左腕を離さない。

 

「だから父さん。綾波は負けないよ。絶対に。僕たちの願いが叶うまで」

 

 光球の直撃によって抉れた初号機の左肩から噴き出た血が、組み敷いた13号機の顔と大地とを真っ赤に染め上げる中、初号機はなおも齧り付いた13号機の腕を噛み砕き、捩じり切っていく。

 

「綾波は強い子だ」

 

 やがて限界にまで絞られた13号機の左腕からも血が噴き出るようになり、血の霧を作り出す。そして皮膚が裂け、筋肉が捩じり切られ、骨も粉々に砕け、ついに第13号機の左腕も胴体から離れた。

 13号機の口から、断末魔の叫び声。

 同時に初号機の口からも、相手を屈服させるための獰猛な咆哮が放たれた。

 

「それは、誰よりも父さんが一番知っていたことじゃないのかな」

 

 2体の巨人が織り成す悲鳴と雄叫びの大合唱に背を向け、ゲンドウは息子を見た。

 息子は直ぐ近くで繰り広げられている血塗られた惨劇には目もくれず、父親のことを見つめ続けている。

 

「それに父さん…」

 

 何かを言い掛けたシンジの言葉は、宙を舞っていた第13号機の巨大な左腕が彼らの近くに墜落したことで一旦遮られた。

 

 巨人の左腕が巻き上げた土煙が2人の絡み合った視線を遮る。

 

「父さんは知らないかもしれないけれど…」

 

 土煙が去り、息子と父親の視線が再び交差した時。

 

 シンジは言った。 

 

 

 

 

「アスカだって強い子だ」

 

 

 

 

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