機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

63 / 72
(63)WILL

  

 

 

 

 超大型飛行戦艦の一角。決戦を前に大量の武器弾薬が敷き詰められた薄暗い格納庫。その格納庫の隅っこにまるで周囲から隠れるようにひっそりと鎮座する、白のタンク型コンテナ。側面には「EURO NERV」のロゴ。ロゴの下に刻印された、「CODE:02」の文字。

 大きなコンテナの前に立つ式波・アスカ・ラングレーは、コンテナの側面に設置された梯子を上ると、コンテナの中央にある覗き窓に顔を近付けた。

 分厚いガラス越しに見える「中身」を、忌々しそうに見つめる。

「ふん…。このあたしに”バックアップ”なんて必要ないのに…」

 そう呟いたアスカの眉間に寄っていた縦皺。

「…なんつって」

 それが、短い吐息と共に少しだけ薄まった。

「そんな風に考えていた時期が、あたしにもありました」

 厳しい表情で「中身」を見つめていた彼女の顔に、ぎこちない微笑みが宿る。

「なんてったって…。あたしは世界を救うっつー大役を任されちゃったんだから」

 覗き窓から顔を離し、コンテナの天井まで続く梯子をさらに上っていく。

「2度目よね…。このあたしが、自分だけのためじゃない…。誰かの為に、エヴァに乗ろうって思うなんて…」

 そう呟いた彼女の梯子を上る手足が止まった。

 「1度目」の時を。そして、その時に至った結末を思い出し、彼女の細い肩が微かに震えた。その結末の象徴である、眼帯に覆われた左目を撫でる。

 コンテナの天井に立った。

「でも…」

 ハッチのハンドルを回す。

「ミスは許されないのよ…。アスカ…」

 開いたハッチの下には、彼女には馴染み深い半透明のオレンジ色の液体が満たされていた。

 オレンジ色の液体の中に揺蕩うのは、彼女の髪と同じ、緋色の髪。

 その髪を暫く見下ろしていたアスカは、両手を自身の後頭部へと翳す。背中まで伸びる緋色の髪の中に隠れていた結び目を解いた。

 彼女の顔から、その顔の4分の1を覆い隠していたもの。眼帯が、ゆっくりと離れる。

 外れた眼帯の下から現れたもの。

 紫色の肌。腐った骸のような肌の中に収まる、マグマのように燃え滾る真紅の瞳。

 

 眼帯を外した瞬間、頭の中を駆け巡った脳味噌を撹拌機で掻き混ぜられたような激痛を、歯を噛み締めて耐える。

「ただでさえ使徒を宿したこの体。さらにもう一個異物を入れるなんて嫌で嫌で仕方ないんだけどさ…」

 呼気を通じて体内の激痛を外に追い出すかのように、窄ませた口でゆっくりと息を吐く。

「なりふりなんて、もう構ってられない…。必要ならば、なんだって利用してやるんだ…」

 その場に腰を下ろし、ハッチの中に右足を入れ、次に左足を入れ。

「使徒も…」

 彼女の2本の足が、オレンジ色の液体の中に沈んだ。

「あたしの姉妹たちも…」

 両手を床に付き、腰を浮かせると、その身を一気にハッチの中へと滑り込ませた。

 

 半透明の液体の中に揺蕩う人影。

 オレンジ色の液体の中に、緋色の髪を広げて漂っている少女。

 両目を閉じ、深い深い眠りに付いている少女に、同じ緋色の髪の少女がゆっくりと近付いていく。

「もしあたしの身に何かあったら…、その時は頼むわよ…」

 両腕を広げ、長く深い眠りに付いている少女の体を抱き締める。

「”ツヴァイ”…」

 紅く燃え滾る瞳の奥から、青白い光が漏れ始めた。

 その光はやがて大きな翼のように広がり、2人の少女を柔らかく包み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 円筒状の閉鎖空間。

 

 魂の座。

 

 エヴァンゲリオンのコクピットである、エントリープラグ。

 

 その操縦席に、2人の少女が横たわっている。

 

 その2人に背後からそーっと近付いた「彼女」は、こちらに背を向けてもう一人の少女に向けてくすくすと歪んだ笑い声を立てている少女の肩を、とんとんと叩いた。

 

 その少女は肩を叩かれるままに、無防備にこちらへと振り返る。

 

 肩を叩くと同時に、大きく振りかぶっていた右拳。

 その握り締めた右拳を、「彼女」は振り返った少女の顔面に向かって一気に突き出してやった。

 その拳は見事に標的の左頬に命中。

 パコン!と小気味いい音と共に、殴られた少女の体は勢いよく吹き飛んだ。

 

 

 

 自分の体に絡みついていた少女が、殴られた拍子に座席の後ろまで吹っ飛んでしまった。

 体が解放された少女。寄生植物に養分の大半を吸い取られたかのように弛緩していた少女の全身に、血の気が戻り、筋肉に張りが漲り、みるみると生気が蘇っていく。瞬く間に復活した少女は、上半身を起こし、今しがた寄生していた少女を殴ったばかりの自分と姿形がそっくりな少女に向かって怒鳴った。

 

「遅い!" ツヴァイ"!」

 

 ツヴァイと呼ばれた少女は、人の顔をグーで殴って赤くなってしまった右手をひらひらさせながら、負けじと怒鳴り返す。

「うっさい! "アインス"! 「同化」から解けたばっかしですぐに動けるかっつーの! それにDSSチョーカー起爆させるなんてこっちは聴いてない! 危うく爆発に巻き込まれるところだったじゃんか!」

「「分離」させたあんたをこっち側に引き込むためのカモフラージュにあの爆発が必要だったのよ! あたしの「バックアップ」なんだからそんくらい分かれ!」

 相手の「バックアップ」という言葉に、ツヴァイと呼ばれた少女の顔が引き攣った。

「ホントーだったらあんたが使徒に食われちゃった時点であたしが繰り上がるはずだったのにぃ!」

 地団駄を踏むツヴァイと呼ばれた少女に、アインスと呼ばれた少女は得意気な顔で言う。

「お生憎様! アスカさまの座をそう簡単に渡してなるものですか! あんたこそ、パリの地下でコア化の波に飲まれてそのまま化石化するはずだったところを助けてやったんだから! 最後まであたしの役に立て!」

 

 全く同じ顔の少女が向かい合いながら怒鳴り合い、いがみ合っているという奇妙な光景。その奇妙な光景の中に、さらにもう一人、全く同じ顔の少女が入ってくるものだから、それは奇妙という範疇を超えて珍妙と呼ぶしかない。

「あたしの複製体どもが調子に乗って…!」

 殴られた左頬を大きく腫らした少女が座席の後ろから身を乗り出して、2人の少女を睨み付けていた。

 そんな相手を、アインスと呼ばれた少女は鼻で笑う。

「そっちこそ。あんな見え見えの罠であたしを嵌めようなんて、ちょっと調子良すぎなんじゃないの」

「なに!?」

 左頬を腫らした少女の顔が歪んだ。

「歩くインパクトトリガー同然のあたしが、何の備えもなしに第13号機に近付くかっつーの。それに13番目の使徒がフォースのトリガーとして消費された以上、最後のインパクトの贄に使える使徒なんて、もうあたしん中のバルディエルちゃんくらいなもんじゃない」

「黙れ!!」

 その少女の怒号が広げる音の波紋に、エントリープラグを満たす液体が大きく振動する。

「あんたたち複製体は「この日」のために用意された贄でしかない! 大人しく、自分の運命に従いなさい!」

 額に青筋を浮かべて怒声を叩き付けてくるその少女に対し、アインスと呼ばれた少女は再び鼻で笑うことになる。

「残念! あたしはヴィレ所属のエヴァンゲリオンパイロット、式波・アスカ・ラングレー様よ!」

 胸の前で腕を組み、座席の上に仁王立ちしながら自己紹介する少女。

「ヴィレ、即ち「意志」とは神が用意した宿命に抗うあたしたちの決意そのもの!」

 組んだ腕を解き、こちらを睨み付けてくる少女の顔に向けて人差し指を突き立ててやる。

「今、ここであんたと共にそのくだらない運命とやらも打ち砕いてやる!」

「ほざくな!」

 

 激昂した少女は座席を飛び越えてて、アインスと呼ばれた少女に襲い掛かってきた。

「ツヴァイ! あんたも手伝いなさい!」

「あーもう! 科学の粋を集めて生み出されたあたしたちが、最後はただの殴り合いかよ!」

「昔どこかの偉い学者さんたちが言ってたわ! フォースインパクトの後の人間は石と棍棒で戦い合うことになるってね! 喜びなさい! あたしたちは時代の最先端よ!」

「だったらせめて石と棍棒寄越せっつーの!」

「複製体どもがぴーちくぱーちく五月蠅いのよ!」

「五月蠅いのはあんたよ!」

「”あんた”って、どっちの”あんた”よ!」

「あいたっ!?」

「こんにゃろこんにゃろ!」

「そっちいった! 捕まえて!」

「どりゃあああ!」

「ぐはっ!?」

「ほいさあああ!」

「ぐへっ、ちょ、ちょっと! あんたが殴ってんの違う! それあたし!」

「”あたし”って、どっちの”あたし”よ!」

「あたしはあたしよ!」

「だから”あたし”って、どのあたしよ!」

「こんのうすらトンカチどもがあ!」

「痛っ!? こ、こいつよ! こいつが”ヌル”!」

「こんにゃろめ! ちょいさあああ!」

「いったぁ! だからそれあたしだってぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい地響きと猛烈な土煙を巻き上げて揉み合う2体の巨人。うち一体は2本足で立つ人型から四つ足で這う獣と化け、もう一体の巨人を地面に組み敷いて、相手の4本ある腕のうちの2本を瞬く間に食い千切ってしまった。

 四つ足の獣に組み敷かれた巨人。エヴァンゲリオン第13号機の使役者である碇ゲンドウは、彼の機体が獣に蹂躙される様を遠くから十字状に裂かれた目で傍観している。四つ足の獣、エヴァンゲリオン初号機がリミッターを解除し、機体性能を大幅にブーストさせたとは言え、第13号機はエヴァシリーズの最終にして究極形態。初号機が人の姿を捨てようと、神にも等しい。あるいはその神をも超えようとする意志を宿した存在である第13号機の前には、到底敵わないはず。

 第13号機とのリンクに僅かな歪みと淀みを感じたゲンドウは、そのリンクを辿って機体の中の確認を始めた。そして彼は複座型のエントリープラグの片方で繰り広げられている珍事を察知することになる。

 

「小細工を弄したか…」

 

 そう呟くゲンドウは、短い溜息を漏らした。

 

 2本の腕を食い千切られてしまった第13号機は、残った2本の腕を使って激しく抗う。残った右手で初号機の甲冑の額から伸びる一本角を掴み、左手で初号機の下顎を突き上げ、凶悪な牙が伸びる初号機の口がこれ以上第13号機の機体を貪らないように強引に封鎖した。

 さらに顎の下に設けれている噴気孔から冷却用の窒素ガスを噴出させて、初号機の獰猛な牙によって引き裂かれ、大量出血を起こしていた首の大きな傷口を凍らせ、無理やり塞ぐと、顔面に強烈な光を瞬かせる。そして固定した初号機の顔面に向かって、幾つもの高密度エネルギー体の光球を叩きつけた。

 それらは全て初号機が瞬時に張り巡らせた、これまでとは比べ物にならないほどの強力なATフィールドによって阻まれるが、至近で瞬く強烈な閃光が初号機の視覚を襲う。

 ほんの一瞬だけ初号機が怯み、ATフィールドが弱まった瞬間を狙って振り上げられた第13号機の左拳が、初号機の顎に炸裂する。顎が割れ、粉々に砕けた下顎の歯がばらばらと音を立てて地面に落下していく。殴られた初号機の体が大きく仰け反る。無防備になった体を狙って、さらに第13号機の顔面から一筋の光線が飛び出し、初号機の胸を貫いた。

 

 

 初号機の背中から勢いよく噴き出る大量の血飛沫は、まるで大空をはためくための翼のように見えた。

 第13号機による初号機への反撃を目視したゲンドウ。

「だが所詮まがいものだ」

 初号機の胸に風穴を開けた第13号機を見つめながら、低く平坦な声でそう呟いた。

「ただの複製体が徒党を組もうと、オリジナルには勝てん」

 そして十字状に裂かれた目から注がれる視線を、胸と背中から夥しい量の出血を来し、断末魔の叫びを上げる初号機に向ける。

「レイに…、ユイの代わりが務まらんようにな…」

 その声に乗せられたのは一抹の寂しさ。

 彼の視線の先では、初号機の体が大きく仰け反り、背中から地面に倒れようとしている。

 ゲンドウは初号機が倒れる瞬間を見る前に振り返り、視線を息子の方へと向けた。

 

 その瞬間、ゲンドウの視界全てを、一つの拳が占拠する。

 

 

 

 父親から数メートル離れた位置に立っていた碇シンジ。すぐ側で2人の巨人が終末戦争を繰り広げている最中、その場から一歩も動くことのなかった碇シンジ。

 彼の右足が、地面を蹴った。

 その華奢な体が宙に放物線を描きながら大きく浮く。そして左足で地面に着地。さらにその左足で、地面を思い切り押す。

 続いて右足が地面に付いたら、さらにその右足で大地を蹴って。

 

 父親との数メートルの距離。その距離を僅か3歩で詰め寄った彼は、振りかざした右拳に走ってきた勢いと全体重を乗せて、彼の父親の顔面に向けて叩き込んだ。

 相手の鼻骨が潰れる感触を4本の中手骨と基節骨で感じつつ、シンジは突き出した拳を一気に振り抜く。

 駆け込み様に殴られた彼の父親の上半身が大きく捩じれ、体全体が半回転し、そのまま地面に叩き付けられた。

 

 

 

 気が付けば、目の前で仁王立ちしている息子を地べたから見上げている自分が居た。

 そのまま息子を見上げながら3秒を過ごして、ようやく彼は自分が息子によって駆け込み様に全力で殴られたことに気付く。

 

 

 

 地面に尻餅を付いたままこちらを見上げているゲンドウに対し、シンジは5秒前に父親を殴ったばかりの拳を握り締めながら言った。

「綾波は誰の代替品でもない。綾波は綾波だ。母さんじゃない」

 肚の底から絞り出すようにその言葉を震える声で吐いたシンジ。

「僕は父さんと話をしに来た。綾波も僕が父さんと話をすることを願ってくれている」

 赤く腫れた右拳を一度緩める。

「でも、また父さんが綾波を貶めるようなことを言うのなら…」

 そして虚構の世界に立って以来、彼が初めて見せた激情を全て宿らせるかのように、改めて右拳を握り締め、父親に向かって突き出した。

「僕はこの拳で応じることにするよ。殴り合いは拳による語らいとも言うしね」

 しかし、シンジはすぐにその拳を下ろし、顔に出していた感情を払い落とす。

「でも…、できることなら…、僕は父さんと言葉で話がしたいな…」

 

 ゲンドウは潰れた鼻を摘まみ、折れた箇所を反対に曲げて強引に整えると、尻餅を付いていた腰を上げ、立ち上がった。

「お前に諭されるまでもない。レイがユイでないことは、この私が一番よく知っている」

 ジャケットとズボンに付いた土埃を払いながら言う。

「そう。綾波は綾波」

 シンジは父親の言葉に心底同意しながら言う。そして。

「そしてアスカはアスカだ」

 おそらく今父親の背後で。第13号機の中で。あの中に何が起きているのかシンジに知る術はないが、それでもきっとあの「絶望の機体」の中で懸命に戦っているであろう赤毛の彼女。その彼女のことを思いながら、シンジは言った。

「今、彼女たちがこの場で示している意志は誰かに仕組まれたものでもなければ、コピーされたものでもない。彼女たち自身の意志で、戦っている。だから二人は絶対に負けないよ」

 確信に満ちた顔で、シンジは父親に向けて訴えた。

 

「それに…」

 

 父親の顔をまっすぐに見つめていたシンジの視線が、一瞬だけその背後に在る第13号機に向けられる。

 「絶望の機体」の中に在る、もう一つの存在に向けて語りかけるように、シンジは言った。

 

 

 

 

 

 

「あそこには、カヲルくんだって居るしね」

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。