機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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(65)仲よくなるためのおまじない

 

 

 

 初号機の背中から、まるで大空をはためくための翼を思わせるような、大量の血飛沫が宙に舞い散った。

 人の形を捨ててまでして第13号機を地面に組み伏せた初号機。その初号機の顎に、第13号機の拳が叩き付けられ、さらに第13号機から放たれた強力な光線が初号機の胸から背中に掛けてと貫く。

 背中から。そして胸からも大量の血を噴き出す初号機の体が、赤く彩られる第13号機の上で大きく仰け反った。

 地面へと急接近する初号機の背中。

 

 

 

 しかし初号機は弓なりになった背中が地面に着地する寸前のところで、まるで弾いたバネのように上半身を一気に前へと押し倒すと、その勢いを乗せた頭部を第13号機の顔面へと叩き付ける。

 激しい火花が方々に散ると共に、初号機に2発目の光線を繰り出そうとしていた第13号機の顎が跳ね上がり、直後に撃ち出された光線は空の彼方へと飛び、宙を切り裂いてしまった。

 第13号機の顔に急接近した初号機の顔。

 初号機の砕かれた下顎が大きく開く。

 第13号機の鼻っ面で放たれる、初号機の咆哮。

 突風を巻き起こし地響きを轟かす咆哮と同時に、初号機の下半分が砕けた口から、砕けた白い牙がボロボロと零れ落ちていく。砕かれた牙の破片たちは、外の光を浴びてキラキラと光りながら、初号機が組み伏せた第13号機の顔へガラスの破片のように降り注いでいく。

 

 そのキラキラと光る破片たちに混じって。

 光の結晶たちに混じって。

 青白い光が2つ。

 

 

 折れて砕けて零れ落ちていった牙の破片たちとは明らかに別の、初号機の口の奥から吐き出された2つの青白い光。

 第13号機の顔へと降り注いだ牙の破片たちは、顔の表面でさらに砕け、跳ね、そして顔の周辺に散らばっていくのに対し、その2つの青白い光は、第13号機の顔の上にふんわりと柔らかく降り“立った“。

 

 第13号機の顔の上に立つ2つの青白い光。

 人の形をした、2つの青白い、淡い光。

 襟元で摘まれた髪、丸みを帯びた肩、胸、腰。一見して少女と分かる、2つの淡い光。

 第13号機の顔の上に立った2つの淡い光は、示し合わせたように別々の方向へと駆け始める。

 細い2本の脚で、厳つい第13号機の体の上をとてとてと駆ける淡い光。

 1つは、第13号機の左の胸へ。

 もう1つは、第13号機の右の胸へ。

 

 左の胸へと走った淡い光。

 第13号機が纏う堅牢な装甲の胸当ての上に立つと、その場に跪いた。

 両手も装甲に付けて、さらに顔も装甲へと近付けていく。

 まるで大地に向けて口付けでもするかのように、淡い光の顔が第13号機の胸に触れた。淡い光の顔は頑丈な装甲に遮られ、そこで止まる。

 

 いや、止まらない。

 淡い光の顔が、第13号機の装甲の中へと埋没していく。顔だけでなく、首、胸、腰まで。

 まるで足もとにある穴の中を覗き込むように、淡い光の上半身が第13号機の分厚い装甲。その下にある、あるものの中へと進入していった。

 

 

 

「ぐへっ、ちょ、ちょっと! あんたが殴ってんの違う! それあたし!」

「”あたし”って、どっちの”あたし”よ!」

「あたしはあたしよ!」

「だから”あたし”って、どのあたしよ!」

「こんのうすらトンカチどもがあ!」

「痛っ!? こ、こいつよ! こいつが”ヌル”!」

「こんにゃろめ! ちょいさあああ!」

「いったぁ! だらかそれあたしだって!」

 

 

 

 装甲の下に在る、あるものの中を覗き込んだ淡い光。そのあるものの中で繰り広げられている珍騒動を見て、その顔に「うへっ」と苦い表情を浮かべると、あるものから逃げるように顔を引っこ抜く。

 装甲から上半身を引き抜いた淡い光は、振り返った。

 振り返った先には、もう一つの淡い光が第13号機の右の胸に跪き、やはり上半身を突っ込んで胸の下にあるものの中を覗き込んでいた。その淡い光も装甲から上半身を引っこ抜き、そして振り返る。

 ちょいちょいと、手招きをした。

 その手招きを見て、第13号機の左胸に立っていた淡い光は、右胸に向かって駆け出す。

 

 13号機の右胸に立つ、2つの淡い光。

 その淡い光の4本の脚が、右胸の装甲の中へと吸い込まれるように埋没していく。

 

 

 

 その光景に、渚カヲルは目を見張った。

 彼が居る第13号機の右胸に収められた複座式エントリープラグ第2号。円筒形のプラグの天井から、4本の淡く光る足が生えてきたのだ。

 足底から生えてきた体は脹脛、膝、太腿。さらにはお尻、腰、お腹、胸と、その全体像を露わにしていき、そして最後に現れたのは、カヲルの体の復元作業に勤しむ少女の形をした淡い光とそっくりの2つの顔。

 天井から生えてきた2つの淡い光は、床に音も立てずに着地する。

「トロワ…、キャトル…」

 カヲルの復元作業の手を止め、淡い光は天井から現れた2つの淡い光に向かって呼び掛けた。

 呼び掛けられた2つの淡い光。トロワと呼ばれた光は、呼び掛けた相手に向かって微笑みかける。

「サンク。よく頑張ったわね」

 サンクと呼ばれた淡い光は、彼女の“姉”に労われて、嬉しそうにはにかむ。

「私たちも手伝うわ」

 キャトルと呼ばれた淡い光は床に散らばる「色々なもの」を片っ端から拾い上げ始めた。

「早く、私たちの渚司令をもとのカッコイイ姿に戻しましょう」

「ええ」

「はい」

 

 3つの淡い光の6本の手が、次々と床から「色々なもの」を拾い上げては、カヲルの体の失われた部分にくっ付けていく。その復元速度は、1つの淡い光だけで作業していた時に比べて3倍。

 どころではなかった。抜群の連携をみせる3つの淡い光。彼女たちの6本の手で、爆散された渚カヲルの体が、まるで建築現場を映すタイムラプス映像のようにみるみるうちに復元されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、観念しなさいよ!」

 緋色髪の少女が、もう一人の緋色髪の少女に向けて言う。

 それに対してもう一人の緋色髪の少女は額に青筋を浮かべながら言い返す。

「コピーごときがオリジナルを超えようだなんて、身分不相応な夢は持たないことね!」

 もう一人の緋色髪の少女のその発言に、緋色髪の少女の額にもまた青筋が浮かんだ。

「“コピーごとき“だとか”リリンもどき“だとか”使徒もどき“だとか、うっさいつーの! あたしは”あたし”だっつーの! ってか、”ツヴァイ”! あんた何もうへばってんのよ!」

 緋色髪の少女の隣に居る、さらにもう一人の緋色髪の少女は肩で息をしながら言う。

「ぜぇ、ぜぇ…。だってあたし…、20年くらい地下で眠ってたんだから…、ぜぇ、ぜぇ…。そりゃ運動不足にもなるっつーの…」

「かああ! 散々誤爆ったくせにこんの役立たずがぁ! ってか、そっちのあんた!」

 突然、緋色髪の少女は彼女たちが居る円筒形の空間。第13号機複座式エントリープラグ第1号の、右側の壁に向かって叫び始めた。

 

「誰だか知んないけど、黙ってないであんたも何かしたらどうなの!」

 

 

 

『ってか、そっちのあんた!』

 壁の向こうからくぐもった怒鳴り声が聴こえてきた。

 渚カヲルの復元作業を急ピッチで進めていた3つの淡い光の一つが手を止め、怒鳴り声が聴こえた壁の方を向く。

『誰だか知んないけど、黙ってないであんたも何かしたらどうなの!』

 明らかに「こちら」に向けて放たれている怒鳴り声。手を止め、壁を見つめていた淡い光はぱちくりと瞬きをした。

 その淡い光は渚カヲルが座る座席のコントロールパネルに手を伸ばし、並ぶボタンの1つを押そうとする。

 その手を、別の淡い光が止めた。その淡い光は、ボタンを押そうとした淡い光に向かって首を横に振る。

「やめておいた方がいい」

「なぜ?」

「あっちは、色々と面倒臭そうだから」

 事前に「あっち」のエントリープラグを覗いていたその淡い光は、「あっち」のエントリープラグの中で繰り広げられていた珍騒動を思い出し、「巻き込まれるのは勘弁したい」とでも言いたげな苦い表情を浮かべる。

「不測の事態には、備えないと」

 淡い光はそう言うと、ボタンを押してしまった。

 

 金属製の壁。エントリープラグを形作る特殊合金の壁。光を通さない壁が、淡い光がボタンを押すのと同時に、まるで金属製の壁が透明のガラスの壁に置き換わったかのように、渚カヲルと3つの淡い光が居るプラグ第2号の隣にある、プラグ第1号の様子をまざまざと映し出した。

 

 

 突然、ガラス張りのような状態となったエントリープラグ。

 エントリープラグの中に居る、全てのものの動きが止まる。

 そして、合計14個の視線が交差した。

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

「あんたたち…、なにやってんのよ…」

 最初に口を開いたのは、緋色髪の少女。

 その緋色髪の少女の蒼い瞳から放たれる視線の先。

 「彼女たち」が居るプラグの、隣のプラグ。

 

 操縦席に座る一人の少年。

 体の幾つかの部分が欠けている少年。

 その少年に群がるように集う、3つの淡い光。

 少女の形をした淡い光。

 素っ裸の少女の形をした淡い光。

 その有様は、椅子に鎮座する少年がすっぽんぽんの少女3人を侍らせているように見えないでもない。

 おまけに少女の一人は少年の前に跪き、そのたおやかな手で少年の股間をいじって(復元して)いる最中ではないか。

 

 

「君たちこそ、いったい何をしてるんだい…」

 少女の一人に股間をいじらせて(復元させて)いる少年は、隣のプラグの様子を見ながら言う。

 少年の赤い瞳から放たれる視線の先。

 彼らが居るプラグの、隣のプラグ。

 

 プラグの床で揉みくちゃになっている3人。

 同じ緋色の髪、同じ蒼い瞳。背格好から顔立ちまで全て一緒の3人の少女が、プラグの床で揉みくちゃになっている。

 壮絶なキャットファイトでも繰り広げていたのか、3人とも髪はぼさぼさに逆立ち、顔には引っ掻き傷や青タンが出来ているが、3人のうちの1人の少女が優勢に立っていたらしく、残りの2人を床に組み伏せ、その両手で2人の首根っこを押さえ付けている。

 

 最初に口を開いた少女。

 相手に首根っこを押さえ付けられ、床に組み伏せられている2人の少女の片割れは、隣のプラグを睨みながら叫ぶ。

「あんた誰!」

 怒鳴られた少年は、涼やかな表情で返す。

「君たちこそ誰なんだい?」

 

 

「「「アスカよ!」」」

 

 

 3人の緋色髪の少女がいっぺんに同じ声音で同じ言葉を叫んだ。

 少年も、その少年が侍らせる淡い光たちも、「うわ、めんどくさ」とでも言いたげに表情を顰める。

 

 最初に口を開いた緋色髪の少女は、もう一度叫ぶ。

「あんたたちは誰の味方よ!」

 

 

「「「渚司令よ」」」

 

 

 3つの淡い光がいっぺんに同じ声音で同じ言葉を言う。

 3人の緋色髪の少女たちは、「うわ、キモッ」とでも言いたげに一様に表情を顰めている。

 

 最初に口を開いた緋色髪の少女は、今度は少年を睨みながら叫んだ。

「あんたは!」

 少年は涼やかな顔で即答する。

 

「僕はいつだって碇シンジくんの味方さ」

 

 その返答に、最初に口を開いた緋色髪の少女。もう一人の緋色髪の少女に組み伏せられ、首根っこを押さえ込まれて窮地に追い込まれているはずの少女は、笑いながら言った。

「だったら、あんたがあのバカにとって最善と思うことをして!」

 

 

 

 股間をいじって(復元して)いた淡い光の手が、少年の股間から離れた。

「完成…」

 復元したものを何処かうっとりした表情で見つめながら、満足げに呟いている。

 

「ありがとう。サンク」

 股間をいじり(復元し)終えた淡い光に感謝の言葉を言った渚カヲルは、他の2つの淡い光にも言う。

「ありがとう。トロワ。キャトル」

ついに動き出したカヲルの右手が、3つの淡い光のそれぞれの頭を撫でていく。

「渚司令」

 サンクと呼ばれた淡い光がカヲルをそう呼ぶと、淡い光の口もとにカヲルの右手がすっと伸びる。その右手の、人差し指と中指が互い違いに付けられてしまった右手の第2指が、そっと淡い光の唇を塞いだ。

「僕は遥か昔に司令職を剥奪された身さ。前から言ってるよね。僕のことは何て呼んだらいい?」

 淡い光の赤い瞳が瞬きしながら、カヲルの顔とプラグの床との間を交互に泳ぐ。

 そして意を決して。

「カヲ…ル…」

 名前を呼ばれたカヲルは普段より、より一層深みを増した笑みを浮かべながら答えた。

「なんだい? サンク」

「私が…」

 何かを言い掛けた淡い光の口を、またもやカヲルの指が止めてしまう。

「いいんだ。サンク」

 カヲルの赤い瞳に宿る、意志の光。

「後は僕がやろう」

 

 カヲルが復元されたばかりの2本の足で立ち上がる。

 周囲を囲む3つの淡い光によって、彼の体が怪し気に照らされている。

 カヲルは操縦席から降りると、プラグの床に両膝を付き、そして両手も床に付いた。

「やあ。アダムスの生き残りくん」

 そしてプラグの床に向けて語り掛ける。

「僕は渚カヲル。又の名を第13の使徒、ダブリスだ」

 プラグの床に向けて自己紹介する彼の両手が溶けるように、床に中に埋没し始める。

「同じ”13”の数字を与えられた者同士、仲良くしようじゃないか!」

 普段の穏やかなものではない、酷薄な笑みを浮かべる渚カヲルの体全体が、床の中へと沈み始めた。

 

 

 

「第13号機とのリンクにノイズ…!?」

 自分とそっくりな緋色髪の少女2人をプラグの床に押さえつけ、相手の体を掌握しようとしていたその少女は、体の中に響く不快な雑音を感じ取った。

 咄嗟に、視線を隣のプラグへと向ける。

 見れば、収まりの悪い白銀の髪をした少年が、まるで底なし沼へと自ら足を進めていくかのように、プラグの床に肩から下までを沈めていた。

「お前! 何してる!」

 隣のプラグからのその怒鳴り声に、床に首までを沈めた渚カヲルは隣のプラグに視線をやる。

「何って…」

 そして朗らかな声で言った。

「仲良くなるためのおまじないだよ」 

 彼はそれだけを言い残して、その体は床の中へと完全に沈んでしまった。

 

 

 LCLの揺らぎを感じ、少女は隣のプラグに向けていた視線を正面へと向けた。

 

「あんたの相手はあたしだっちゅーの!」

 

 目の前を、無数の火花が散る。

 

 

 自分の首根っこを押さえつけていた相手が隣のプラグに気を取られている隙を狙って、思いっきり右拳を突き上げてやったら、見事にその拳は相手の鼻っ面を直撃した。

 首根っこを押さえる手が緩んだ瞬間に、上半身を跳ね起こす。

「どりゃああああああ!」

 殴った相手が鼻血を噴出させながら体を大きく仰け反らせている間に、伸ばした右手を相手の額に、左手を右肩に突き当て、相手を一気に押し倒す。

「”ツヴァイ”! あんたも!」

 ツヴァイと呼ばれた少女も体を起こすと、片割れが殴り倒した相手の下半身に抱き着いた。

 

「くそっ…! ちくしょう…!」

 渾身の一発を鼻っ面に浴びた少女は、朦朧とした意識の中で悪態を垂れ流し続けている。

 渾身の一発を浴びせた少女は、顔中を鼻血塗れにしている相手の顔を冷めた目で見下ろす。

「これがあたしのオリジナルとは、がっかりね。まったく」

「黙れ!」

「式波シリーズの始祖がこんな陰気な場所でリリンの鎖なんかに繋がれちゃってみっともない。なに? 神にでもしてやるって言われた? あんたの願いは、神さまなんて大それたものになんなきゃ叶わないものなの?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!」

「そんな腐った性根! ”あたしん中”で叩き直してやるんだから!」

 少女は組み敷いた相手の少女に対し、右手は額を押さえつけたまま、そして左手で相手の顎を押さえつけた。

 少女の口が、強引にこじ開けられる。

「まずはあたしのバルディエルちゃんを返してもらうわよ!」

 少女もまた大きく口を開くと、一度だけ大きく深呼吸。

 そして強引にこじ開けた少女の口に目掛けて、大きく開けた少女の口を押し当てた。

 

 

 まったく同じ顔をした2人の緋色髪の少女によって繰り広げられる濃厚な接吻。

 無理やり口を押し付けた少女の方が、相手の口の更にその奥にある「何か」を根こそぎ奪ってやる勢いで、頬を窄ませ、思い切り吸引するディープキス。

 その様子を間近で見る、彼女たちとまったく同じ顔を持つ緋色髪の少女は、唇を無理やり奪われた相手が激しく暴れさせる下半身に抱き着きつつ、「うへ」と顔を顰めている。

 そしてそんな3人の様子を隣のプラグから眺めていた3つの淡い光たち。

 その淡い光の長姉は「あなた達にはまだ早い」とばかりに両手を使って2人の妹たちの目を塞ぎながら、自身は興味津々といった様子で隣のプラグの中の情事を見つめていた。

 

「ぷはあっ!」

 吸引を終えた少女は相手から口を離すと、風呂上がりの一杯を飲み干した元戦術作戦部作戦局第一課長のような呼気を吐いた。

「あたしのファーストキスよ。光栄に思いなさい」

 右手の甲で口の周りの涎を拭く少女の左目が、怪しげな光を輝かせ始める。唇を奪われた少女は光る左目を睨みながら叫んだ。

「お前! なぜまた使徒を!」

「バルディエルちゃんは侵食型。つまり対象を捕食し、対象と一体化するタイプの使徒」

 左目を怪しく光らせる少女は、綺麗に光る歯を見せて笑う。

「この意味が、分かるかな~?」

 得意げに語尾を上げる少女の、口の両端が吊り上がった顔を見て、少女の顔がみるみると青ざめていく。

「待って…! やだ…! だめ…!」

 徐々に近づいてくる相手の顔から逃げようと、懸命に頭を左右に振ったり、首を仰け反らせたりする少女。

「なーに嫌がってんの。全ての人類の単一化はあんたが組したあのジジイどもの悲願じゃないの」

「やだ…、やだやだやだやだ…」

 近付いてくる顔を両手で押し返そうとするも、少女の接近は止められない。 

「私と一つにならない? それはとてもとても気持ちいいことなのよ」

「やだやだやだやだやだああわあああああああん!」

 激しく取り乱した末に、少女の口から沸いて出てきたのはまるで子供のような泣き声。

 そんな少女に拍子抜けしてしまった少女は、強引に近付けようとしていた顔を一旦離した。

「ママぁ…、ママぁ…」

 少女の体の下で、まるで胎児のように体を丸め、泣きじゃくってしまっている少女。

 そんな少女の乱れた前髪を、少女は右手で優しく梳いてやる。

 

「こんなところでずっと一人。辛かったよね…、寂しかったよね…」

 

 相手の背中に左手を回し、そして右手も回し。

 

「でも、もう大丈夫…」

 

 両腕で、まるで幼子のようにしゃくりあげている少女の体を柔らかく包み込んで。

 

「あたしがあなたを一人にはさせないわ…」

 

 あの村で過ごした日々によって、すっかり上手になった抱擁をする。

 

 

 

 

 気が付けば、抱き着いていた相手の下半身が消えていた。

 気が付けば、”アインス”が抱き締めていた”ヌル”の姿が消えていた。

「”アインス”…?」

 ”一人”になっていた少女の背中に声を掛ける。

 声を掛けられた少女はゆっくりと振り返った。

 蒼い双眸から、玉のような大粒の涙を零しながら。

「”ツヴァイ”…」

「なに…?」

「あなたは…、どうする…?」

 少女に問われ、問われた少女は上半身を起こす。

 

 今も大粒の涙を零す蒼い瞳を見つめ、そして視線を落とし、床に付いている自身の両手を見つめ。

 その両手を、自身の胸の上に重ねる。

 

 「選考」が終わり、「予備」としてコールドスリープ処理され、20余年ぶりに外の世界に出されて。

 擬装のため、使徒の力を使って”一人目”の体内に潜んでいた、短い時間。

 

 少女と少女は見つめ合う。

「あなたの中にある異常なまでの熱量。それはオリジナルが備えていた不安定要素として、あたしたち式波シリーズには受け継がれなかったはず。それがイレギュラーに発芽した”一人目”は欠陥品の烙印が押されていたのに…、それでも最後に選ばれたのはあなただった」

 自身の胸の上に重ねられていた少女の手が、もう一人の少女の方へと伸ばされた。

「あなたの中に居て、あなたが選ばれた理由。あたしたちが叶わなかった理由。それが分かった気がする」

 その両手は少女の両頬に触れ。

「あなたの中、とても気持ちが良かった」

 蒼い双眸から零れ落ちる大粒の涙を親指で拭き取り。

「あたしは、あなたに。式波・アスカ・ラングレーになりたい」

 そしてその両手は少女の背中へと回される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい痺れが疼いた右手を、碇ゲンドウは堪らず左手で抱え込む。

 彼が使役するエヴァンゲリオン第13号機。その機体とリンクしていた右手に走る疼き。拒絶の痛み。

 ゲンドウは身を翻し、十字状に裂かれた目で彼の機体を睨んだ

 

 猛獣と化した初号機によって組み敷かれていた第13号機。その初号機の顎を割り、胸部を貫き、反撃の狼煙を上げたはずの第13号機の動きが停滞している。

「式波シリーズの反応が消えた…!」

 彼が13号機を支配下に置くための依代の存在がない。

 ゲンドウは第13号機に向かって叫んだ。

「何者だ!?」

 

『スーパーアスカさまよ!!』

 

 ゲンドウの頭の中に響く、まるで間近で打ち鳴らされた鐘楼の鐘のような金切り声。第13号機から返ってきた声に、ゲンドウは面食らったように半歩だけ後ずさりしてしまった。しかしすぐに下がり掛けた左足を前に戻す。

「そうか…」

 凍てついたゲンドウの声。

「ならば、その機体はもう必要ない…!」

 十字状に裂かれたゲンドウの顔面。

 その顔面が強烈に瞬き、瞬時にして巨大な光球が発生する。 

 

 ゲンドウの顔の前で練り上げられる超高密度のエネルギー体。

 その光を視界の隅に見た獣姿の初号機は、組み敷いていた第13号機から顔を起こすと、ゲンドウに向けて左手を翳す。

 初号機の手から発せられる、強力なATフィールド。

 あらゆる物理的干渉を拒絶する八角形の光の輪。

 

「初号機はまだ必要だ…」

 そう呟いたゲンドウは右手を肩の位置まで上げると、空気を薙ぎ払うかのような動作で右手を水平に振り切った。

 

 

 初号機が、第13号機の上から消えた。

 

 初号機は第13号機から遠く離れた地面の上を何度も跳ね、回転し、さらに遠くへと吹き飛ばされていく。

 

 

 ゲンドウの顔面で練り上げられた巨大な光球が凄まじい破裂音と共に飛び出し、第13号機へと襲い掛かった。

 それは彼の隷下にあった超大型戦艦の主砲よりも、遥かに強大な破壊力を持つ超高密度エネルギー体。

 それを真正面から食らった第13号機。

 瞬時に発生した巨大な火球は第13号機を包み込むと、激しい爆音と同時に膨大な量のエネルギーを周囲に発し、地面は溶け、空気は燃焼し尽くされ、大量の土煙と水蒸気を周囲にまき散らし、空には幾つもの稲妻を走らせる。

 

「第13号機。お前の役目はもう終わりだ」

 ゲンドウの顔からは立て続けに光球が放たれ、第13号機が居た場所を次々と特大の花火で彩っていく。

 

 2桁に及ぶ光球を放ったゲンドウ。前髪が焦げ始めた時になって、ようやく粛清の手を止めた。

 爆発によって上空に巻き上げられた水蒸気と土煙が、次第に晴れていく。

 

 土煙が晴れて見えた光景に、ゲンドウの右頬が小さく引き攣った。

 薄くなった土煙の隙間から、光り輝く壁が見えたからだ。

 

 光り輝く八角形の輪。

 その輪の中央に翳された右手。

 第13号機の右手。

 地面に跪く第13号機。

 その右手が、ゲンドウに向けられている。

 その右手を中心に広がる、八角形の光の輪。

 第13号機が持たないはずのATフィールド。

 しかしその第13号機が発生させるATフィールドは、これまでゲンドウが目撃してきたいかなる不可侵の壁よりも鮮烈に輝いていた。

 

「ダブリスか…!」

 

 噛み締めたゲンドウの奥歯から、歯軋りの音が鳴り響いた。

 

 

 

「父さん…」

 

 それは、立て続けに起きた爆轟に比べればとても小さな事象。とても小さな呼び掛けに過ぎなかったが、それでもゲンドウはまるで背後から誰かに肩を掴まれたかのように、弾かれたように振り返っていた。

 彼から少し離れた場所で、彼の息子が数分前と変わらない佇まいで立っている。

 

「僕と話を…」

 

 ゲンドウは息子の言葉を遮るように視線を外し、頭上を見上げた。

 赤銅色に染まっていた空が、黄金色に輝いていた。

 黄金色の空に向かって聳え立つ、背中に12枚の翼を広げた、首が欠けた巨人。その巨人の前に浮かぶ、女の頭部。

 その巨人を囲むように空を泳ぐ、無数の首が欠けた白い少女の群れ。

 

 地上で巨人同士が争いを繰り広げている最中も、空では着々と事が進んでいる。

 ゲンドウは視線を下ろし、息子を見た。

「間もなく言語という不自由からも解放される我々に、語り合う必要などない」

 意固地な父親に、息子は少しだけ表情を崩す。

「僕と語り合うのが嫌だったら、僕の話しを聴いてくれるだけでもいい」

 そこまで言って、シンジは何かを思い出したように「あっ」と呟いた。

「でも父さん。これだけは父さんに会ったら訊いておこうと思ったんだ」

 「聴いてくれるだけでいい」と言っておきながら、直後に相手に返答を求める質問をしてしまう自分の手際の悪さを恥じ、シンジは申し訳なさそうに後ろ頭を掻きながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「真希波マリさんって、何もの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 首が欠けた白い少女の群れが埋め尽くす黄金色の空。

 

 

 その一角に、亀裂が走った。

 

 

 

 

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