二次創作は常に原作に対する勝利を収めるために生まれてきました。
「悲劇が生まれたって?よし!俺たちでハッピーエンドに変えてやろう」
「この鬱展開はあまりに惨い。私はこう書いてみせよう」
「いくらなんでも悪役の末路が悲しすぎる。主人公と上手く和解させよう」
この世界や僕の生きていた世界においても、この傾向はみられます。
アメリカにおける人魚姫とマッチ売りの少女の結末の違いがいい例でしょう。
悲劇を喜劇に変えたとき、それは原作に対する勝利の瞬間となりました。
東雲は十秒間考えて、こう書き加えた。
ここにおける勝利とは、世俗的な成功だけを意味しません。
あくまで、二次創作者及び読者のコンセンサスをも意味します。
ここが重要なのだ。二次創作者と読者は原作に不満を覚えている。
両者ともに、不快ではない展開を望んでいるのだ。
彼らは楽観主義的で、原義に比べ寛容な公正世界信念の持ち主でした。
善人が理不尽な目に遭うのは見ていられませんでした。
悪人があまりにひどい末路を辿るのも同じことでした。
そんな彼らは自らを慰めるために二次創作を創り上げました。
さて、ここでいったん東雲の筆は止まってしまった。
はたして原作名を出すべきか出さないべきか?
東雲の世界の作品はこの世界にないことが多いのだ。
シェイクスピアなどの古典などは両方の世界にある。
だが、アーサー・C・クラークの作品はない。
それと同じように、アニメなどの類も一致していない。
これを読む読者の理解を阻んでしまうかもしれない。
困りあぐねたところに、結菜が部屋に入ってきた。
「調子どうかしら?」
「ちょっと面倒な課題が生じました。
僕の世界の作品の名前を出すべきか出さないべきか・・・」
結菜は原稿を一瞥すると、OKサインを出して、こう言った。
「別に大丈夫じゃない?ある程度内容を説明しておけば」
「そうですか・・・ありがとうございます」
「別に・・・(公正世界信念とかコンセンサスって単語使ってる時点でね・・・)」
大庭樹里曰く、東雲は「話は通じるが言葉が通じない人種」。
結菜はそのことを強く痛感した。
難解な単語をたまに使ってくるが、話だけは通じるのだ。
彼女も彼の使う単語は知っているから問題はないのだが。
しかし、読者はどうだろうか?知らないということもありうる。
それなのに、原作名を出すか出さないかで拘泥していたのだ。
僕の世界において社会現象を巻き起こした作品を挙げるとしましょう。
新世紀エヴァンゲリオンは1990年代に放送されたアニメでした。
旧約聖書とロボットものを融合させた本作は多大なヒットを記録しました。
しかし、その結末はあまりに凄惨かつ監督の自己満足が目立つ代物でした。
当然、視聴者は置いていかれ、その不満を解消するために多くの二次創作が行われました。
「監督の自己満足・・・ね」
「ええ、テレビ版は面白い最後でしたよ。
とある学者が自己啓発セミナーと批判するくらいには。
精神世界で自己補完した主人公を他のキャラが祝福するんです。
おめでとう、おめでとうって」
「・・・その監督、頭逝ってたの?」
「さあ?まあ、アニメ終了後に壊れたとは聞きましたが」
弱すぎた主人公は男気溢れる性格となり、父親は親バカと化しました。
黒幕であった者たちはギャグに走るネタ要因として救済されました。
さらには主人公のさらなる魔改造も為され、こうして原作に勝利を収めたのです。
こうした勝利に対し、原作者たちはとくに何も文句は言いませんでした。
なぜなら、黎明期におけるネット二次創作はまだネット世界の主役ではなかったからです。
しかし、こうしたエヴァンゲリオンの二次創作はその後の二次創作の基盤を築きました。
そこで結菜は疑問に思ったことを言う。
「原作者は本当に二次創作に興味がないのかしら?」
「そこはまた後述する予定ですが・・・あるとは思いますよ。
それどころか、もう意識し始めているかもしれません」
さて、こうして僕の世界において二次創作世界は発展していきました。
しかし、このころの二次創作はまだオリジナルのキャラが登場していませんでした。
もし、そんなものを出せば「自己投影」といった批判を受けることになるからです。
当然、オリジナル主人公など言語同断でした。
しかし、エヴァンゲリオンの主人公はもはやオリキャラとしか言いようがありません。
さて、話は変わりますが、少し時代を下るとネットの普及が少しずつ始まりました。
この時代は多くのアダルトゲームが製作され、ネットに出回りました。
その中の一つこそが、Kanonです。この作品によって、二次創作はさらなる発展を迎えました。
このゲームの二次創作においても主人公の改変は為されましたが、問題はそこではありません。
Kanon問題、これこそが原作に対する勝利の意欲を高めることになったのです。
この形而上学的問題は二次創作者と読者の欲望に基づいた哲学に大いなる進歩をもたらしました。
「Kanon問題」
「は?」
「いや、俺の前世で流行った議論の総称だよ。」
あいつだったら、それで何か書きそうだなって」
「んなこと考えてる場合じゃねえだろ。
お前の言うあいつを早く見つけねえと」
「・・・そうだったな」
「あいつは生きてることそのものが間違ってる・・・ぶっ殺さねえと。
俺たちが、自由に生きる権利を手に入れるためにも」
「自由に生きる権利・・・ね」