ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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プロローグ
根源


「――だが、まあ、そろそろ潮時かもしれないな」

 

 教え子の悲しそうな表情に思わず笑いがこぼれて、ヴィンハイムのオーベックは自分の中に渦巻く感情を理解した。

 薄汚れた刺客に過ぎない自分よりもよほど優秀な学徒だった。失われたスクロールを収集し、オーベックの知るそれよりもはるかに多くの魔術を習得し、火のない灰と呼ばれるこの無名の英雄はビッグハット・ローガンをも凌ぐであろう魔術師となった。

 悔しい。それ以上に誇らしい。

 

「何より俺は、もうお前との約束を守れそうにない。そんなのは嫌なんだよ」

「――」

 

 引き止める言葉に「お前らしいな」とだけ返して、オーベックはインク壺に蓋をした。

 学徒としての探究心に火をつけたのは他ならないお前なのだ。責任をとって見送ってもらいたい。そう言わないのは、これが死出の旅になることを承知しているからだ。師と弟子の関係が深まる中で、オーベックは火のない灰が抱える優しさの一片を理解した。唯一の仲間を傷つけたまま去るのは本意ではない。

 

「なあ、お前、無事でいろよ」

「――」

「いいや、無事でいろ。それだけの知恵は学んだはずだ」

 

 できるだけ小さくまとめた大荷物を担ぎ上げて、オーベックは教え子に背を向けた。

 

「学院の真似事も楽しかったぜ……」

 

 そしてオーベックは篝火に触れ、ロスリックの最奥である大書庫へと向かった。

 

 大国であったロスリックはその繁栄とともに多くの叡智を蒐集した。その導師、結晶の古老と称される双子はロスリックの魔術を象徴する存在として名高く、オーベックの故郷であるヴィンハイムでも知られていた。ただし、嫉妬と軽蔑の色を帯びてのものだが。

 

 火の時代が終わり、闇の時代が迫りつつある今、大書庫も狂気に満たされている。

 しかし、奴隷頭巾の亡者も、蝋頭の賢者も、そして獣と化しつつあるイルシールの外征騎士も、叡智の後継たりえない。彼らの中で魔術を死蔵するのは世界の損失だ。

 オーベックは傷と灰にまみれながら大書庫を進んだ。

 そして、多くの侵入者がそうであったように、オーベックもまた終わりを迎える。

 

「……これが、終わりか」

 

 結晶に覆われた聖鈴を揺らして、オーベックは「あっけないな」と声を漏らした。

 書架に宿された呪いの手がオーベックに絡みついている。この呪いはすみやかにオーベックを死へと運んでくれるだろう。

 信仰の証であり糧である聖鈴、しかし魔術の深奥である結晶に蝕まれている。どうやらかつて結晶の古老が弄んだとみえる異質なそれに惑わされた。

 手を伸ばしているつもりが、手を伸ばされていたのだ。

 誰に影響されたのか、包帯やら絵画の切れ端やらわけのわからないがらくたばかり拾って、オーベックはここで死ぬ。

 

「死にたく、ないな」

 

 ヴィンハイムのオーベックは英雄ではない。苦しいほどに握りしめられた絵画の切れ端がその証左だった。

 

***

 

 1991年、ロンドン。より正確には、魔法族のロンドン。

 英国魔法界の薄暗がりであるノクターン横丁の一角に古ぼけた骨董店があった。名をボージン・アンド・バークスという。

 

「メティ、先週マルフォイ家から買い取った例の水晶球だがな、お前の見立てどおり東洋の呪術に使う品だったぞ。中国かぶれの魔女に馬鹿みたいな額で売りつけてやった」

 

 プロメテア・バークはこの骨董店の店主であるプロスコラス・ボージンの上機嫌な声に首肯してみせた。その倫理的な良し悪しはとにかく、自分の手助けによって養父が儲けたという一連の流れを喜ばないことに意義はない。

 生粋の学徒を自認するプロメテアにとって骨董品の鑑定は本分から大きく外れた仕事だが、知的な時間をもたらしてくれるという意味では悪くないし、嫌いではなかった。

 

「大手柄だぞ、メティ。これで入学前に入っていた仕事は片付いた」

「それは喜ばしいな。後顧の憂いを断って学業に専念できる。ここ数年で最も心躍る吉報だ」

「せいぜい楽しんでこい。いい品を見つけたらちょろまかしてこいよ。……その、なんだ。やっていけるといいが」

 

 ボージンの声に心配の色を感じて、プロメテアは鼻を鳴らした。

 

「確かに、ホグワーツが盲人に親切とは思えんがな。その程度は学びを妨げる障害にはならん」

「そうはいっても、なんというかだな……お前は11歳の女の子だ」

「そして魔術師だ。それ以前にな」

 

 己の顔を覆う包帯を指先で撫でる。

 4歳のころに盲目となって以来、プロメテアの眼を守ってきたのはこの黒い布切れだ。幸いにして醜く映るものではないらしいが、美醜と利便性にそこまで強い相関関係があるとは思えない。

 むしろプロメテアの生をつなぎとめてきたのは、腰に下げた鈴のほうだ。

 結晶に覆われた古い鈴。プロメテアにとって唯一無二の証であり糧。

 

「その鈴をなくすんじゃないぞ、メティ」

「言われるまでもないさ」

 

 プロメテアが皮肉げに微笑んでみせると、ボージンは先ほどプロメテアがしたのと全く同じように鼻を鳴らして、店のバックヤードへと消えていった。

 これからホグワーツで学びの日々が始まる。その期待がプロメテアの胸を弾ませてやまない。

 かつてヴィンハイムを追放され、ロスリックに没した刺客は、この彼方でついに学徒の道を進む権利人となったのだ。

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