ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 スネイプにとって、教職など枷に過ぎなかった。

 無恥厚顔で愚昧の極み、生意気を口にするくせして少しいじめてやれば泣きはじめる、そんなガキどもに囲まれて日々を送ることの苦しさを、誰が理解しえようか?

 プロメテア・バークもスネイプにとっては迷惑な生徒の一人でしかないはずだった。その存在が抱える謎に直面してからはますます迷惑になった。

 

「地下牢に与えた()()は気に入ったようです。これといって隠し事の素振りもありません」

「上々どのような実験をしているのか、わかったかね」

「ほとんどが基礎理論の実証ですな」

「なるほど、結構。その姿勢はまさによき学生のそれじゃ」

 

 ダンブルドアの表情は決して明るくない。

 

「信用するのですか、バークを」

「信じるのは関係を構築する第一歩じゃよ、セブルス。とはいえ、全面的に背を預けるにはまだ相互理解が不足しているようじゃ。ソウルの業についての調査は?」

「ひとつだけ。吸魂鬼についてですが」

 

 心底不快そうな呻きを上げるダンブルドアを無視して、スネイプは報告を続けた。この老人の吸魂鬼嫌いは誰もが知るところだが、今回は彼の感覚が正しかったらしい。

 スネイプはわざわざアズカバンまで出向き、その最奥、すなわちただの孤島であったアズカバンを現在の姿にしたとされる魔術師の痕跡を辿ったのだ。

 ロンドールのエクリジス。魂を奪う術に熟達していたとされるその魔術師は性別すら定かではない。しかし、吸魂鬼を生み出した術はこの世のものとは思いがたく、そしてなによりもプロメテアがロンドールという名を知っていたのだ。

 

「ロンドール。バーク曰く、黒教会という宗教組織によって統治されていた小国だそうです。亡者と老人の国であり、亡者による亡者のための世界を求めて暗躍していたと」

「おお、なんとも。それは老人の儂でも旅行先には遠慮したい土地じゃのう」

「ただ……妙なことに、バークはロンドールに対し肯定的なようです」

 

 英雄の犠牲によって成り立つ世界よりもはるかに優しい。

 そう口にしたプロメテアはいつになく真剣で、スネイプは初めてプロメテアに感情を見出した。

 

「ふむ……きっと彼女はとても優しいのじゃろう。それゆえに、その優しさはひどく危うい」

「ここしばらく、奴はポッターと頻繁に会話しているようです。ポッターが地下牢を訪ねる姿を目撃した生徒から報告がありました」

「なんとも可愛らしい告げ口じゃ。……セブルス。なぜ儂が彼女の存在を危ぶむか、わかるかの」

「強大な力を隠しているからでは?」

 

 ダンブルドアは首を横に振って静かに否定し、そして戸棚から小さな木箱を呼び寄せた。

 そこにはひとつの指輪が収められていた。濁ったような色相の石が嵌められただけのシンプルな、よりはっきりとした物言いをするなら安っぽい指輪だ。しかも、その石は今にも崩れそうなほどひび割れている。

 しかし、指輪はどこか惹きつけるような気配を纏っていた。

 

「これはかつて、ある魔女から贈られたものじゃ。彼女はこれを犠牲の指輪と呼んでおった」

「犠牲、ですか」

「そうじゃ。その魔女はこう語っておった。魂の犠牲なくして精錬できぬ石、と」

「魂とはつまり、ソウルのことだと?」

「きっと彼女はソウルの業の使い手だったのじゃろう。しかし、彼女は姿を消した。唯一無二の弟子が世界から去ったからじゃ」

「その弟子とは……」

「ゲラート・グリンデルバルド」

 

 スネイプは衝撃に固まった。

 歴史に名を刻んだ闇の魔法使い、アルバス・ダンブルドアによって打ち倒された真の宿敵!

 その裏にソウルの力があったとすれば、果たしてプロメテアが抱えている秘密はどれだけのものだろうか、想像もつかない。

 ダンブルドアは犠牲の指輪を指先でなぞり、小さく息を吐いた。表情からは読み取れないが、その吐息には憂いが込められていたようにスネイプは感じた。

 

「この指輪がなければ、儂はゲラートに負けておったじゃろう。あのとき確かに儂は死に、しかし指輪の護りによって蘇った」

「しかし……まさか、そんなことがありえると?」

「ありえたのじゃ、セブルス。プロメテアから目を離してはならん」

 

 状況のすべてを理解したとは言い難いが、それでもスネイプは頷いた。

 結局のところ、スネイプにとってプロメテアの秘密などどうでもいいのだ。愛した人の息子(ハリー・ポッター)を害するものでなければそれでよい。

 

***

 

 ハーマイオニーが本から顔を上げて頷いたのを見て、ハリーはようやく実感が湧いてきた。プロメテアの言う通り、ニコラス・フラメルは賢者の石を作った錬金術師なのだ。

 

「あの子、本当にすごいのね……せめてマルフォイみたいに威張ってくれればいいのに、楽しそうに勉強してるから嫉妬すらできないわ」

「楽しそう? 顔の半分が見えてないのによくわかるね」

「ロン、それ本当に最低よ」

「見えないのは事実じゃないか、わかったふりをするよりいいと思うぜ」

 

 ハリーは今にも噛みつきあいを始めそうな二人を制止して、話を続けた。

 

「バークさんの言ったことが正しいなら、スネイプは絶対に石がほしいはずだよ。無限にお金が手に入るうえに、生きたい限り生き続けられるなんて」

「生きたい限り生き続けられるって変な言い方だよ、ハリー。不老不死でいいじゃないか」

「不老不死とは違うってバークさんが言ってたんだ。死にたくなったら死ねるけど、それまでは生きていられるから、不老不死よりもずっといいんだって」

「変なやつ。死にたくなることなんてあるか? チャドリー・キャノンズが500点差で負けた時だって誰も死ななかったのに」

 

 ハーマイオニーが呆れたように肩をすくめるのを傍目に、ハリーは考えを巡らせた。

 何かを質問すると、答えを教えるのではなく導くように説明してくれるプロメテアは、まるで教師のようだった。先生と呼ぶとひどく嫌そうに口元を歪めるのでバークさんと呼んでいる。

 ロンは認めたがらないが、ハリーはそろそろスリザリンという寮が悪の組織ではないとわかりはじめた。もちろん嫌なやつがほとんどだが、彼らも徹頭徹尾嫌なやつというわけではないようだ。なにより、ハーマイオニーは彼女に命を救われている。

 

「ねえ、彼女に協力してもらうのはどうかしら。地下牢にいるからスネイプも監視できるし」

「僕は反対だね。仮にバークが悪いやつじゃなかったとして、スネイプに魔法で秘密を吐かされちゃったらどうする? 隠し事を全部喋らせちゃう魔法なんていくらでもあるってパパが言ってたし、スネイプがそういう魔法を知らないとは思えないよ」

「まあ、そうだけど……ハリー、あなたはどう思う?」

 

 ハリーは少し考えて、首を横に振った。

 

「やめておいたほうがいいと思う。バークさんは賢者の石に興味がないって言ってた。守るのを手伝ってくれる気がしない」

「興味がない……それって不思議ね。あんなにすごい魔法の込められた石、誰でも興味を持ちそうなのに」

 

 謎は深まるばかりだったが、ともかく賢者の石を守るために3人は自分たちで頑張ろうと決めた。

 それから話は今度のクィディッチの試合でスネイプが審判をやることについて、そしてどうやったらスネイプが卑怯な依怙贔屓で不公平な審判をはじめる前に試合を終わらせられるかについて移った。

 

***

 

 イースター休暇のほとんどを研究室で過ごしたプロメテアは、あれから何度も訪ねてくるようになったハリーのためにしっかりとした椅子と燭台を用意しなくてはならなくなった。

 研究室にある椅子は適当に拾ってきたぼろ椅子だけだし、灯りが必要だという認識もなかったのだ。どうやら地下牢の暗闇で本と向かい合っているプロメテアを気味悪がる生徒もいたらしい。

 まともな家具を入手するとなるとさすがに自分一人の力でどうにかできることではなく、寝室をともにする級友たちに相談すると、呆れたような説教が返ってきた。

 

「あんたね、よりによってハリー・ポッターのために手伝ってくれなんて、絶対によそで言うんじゃないわよ」

「いや、まあ、私も頼む相手はちゃんと考えているさ」

「スリザリン生を相手にしている時点で考えてないわよ、馬鹿! お馬鹿!」

「そんなに言うことはないだろう……ダフネ、お前も同意見か?」

「ええ、おおむね。私はミスター・ポッターに含むところはありませんわ。でも、ミスター・ポッターと親しくすると都合が悪い方が多い寮なのも事実ではないかしら」

「それはそうだが……だめか?」

 

 プロメテアが懇願すると、パンジーが一瞬苦しそうに呻いてからため息をついた。

 

「なんとかするしかなさそうね」

「面倒な。文句をつけてくる連中を片っ端から叩きのめしたほうが早かろう」

 

 ミリセントの痛快な物言いが面白くて、プロメテアは思わず少し笑ってしまった。

 ブルストロード家は武門の血筋らしく、強さこそを誇りとしている。ミリセントの過激な態度は己の強さを誇るからこそだ。

 そして、彼女の態度が最適解な場面も少なくはなかった。社交界は面子で成り立っている。1年生の女子生徒に叩きのめされたとあれば、威張り散らすことなどできようはずがない。

 

「ミリィは黙ってなさい。そうね……まず、相手がハリー・ポッターではなくポッター家という話にすればなんとかなるわ。あれでも一応純血の家だから。あんた社交デビューまだでしょ? あんた用の社交スペースってことにすればぎりぎり通らないでもないんじゃない?」

「サロンですわね?」

「そゆこと」

 

 魔法界の貴族階級、すなわち純血の名家たちは日々を社交に費やしている。多くの場合それは経済的実利を生むための縁と言質の採取場なのだが、プロメテアは眼と視界の喪失に関する諸々が社交界的に扱いにくいらしく、まだパーティーを経験していないのだ。

 スリザリン生や教師の中には自分のサロンを持つ者もまれにいるらしく、かつてはホラス・スラグホーンという教授が自分のお気に入りを集めるクラブがあったとも言われている。

 つまり、プロメテアが小さな社交スペースを持つこと自体は咎められることではなく、その相手が偶然ポッター家だったと言い訳することもできるわけだ。

 

「問題はポッターの取り巻きよね。ウィーズリーは……まあ、血を裏切る者だけど、うん、ポッターのお付きってことでなんとかしましょ」

「ミス・グレンジャーはどういたしましょうね。彼女、結構上級生に睨まれてますわよ。優秀な穢れた血が魔法省に入られたら厄介だ、なんて話も時折耳にしますわね」

「うーん、地下牢に近づけないようにするのが一番いいんだけど……」

「文句を言う愚昧な輩を締め上げればよかろう。なに、招待客にケチをつけるような真似をするのが悪いのだ」

 

 ミリセントの意見とも言えないような意見にパンジーは唸った。

 

「その脳みそまで筋肉でできたみたいな態度どうにかしなさいよ、あんた。……まあ、それが早いかしらね」

「では、本当にしばき倒しますの?」

「汚い言葉使わないで、グリーングラス家に怒られるのあたしたちなんだから。うーん……メティ、あんたボージン・アンド・バークス継ぐのよね?」

「今のところはそのつもりだが」

「あー……んー……よし、こうしましょ。あんたはボージン・アンド・バークスの次期店主として様々な相手と接する機会が必要。そしてサロンのメンバーは未来の顧客候補。だから、それを邪魔するのは商売の妨害で、そういう輩とは今後取引できない」

 

 パンジーの見事な解決策に感嘆して、プロメテアは頷きながら小さく拍手した。

 プロメテアも政治がわからないわけではない。ヴィンハイムで刺客をしていたころは上の意図を汲み取る必要がある場面にも出くわしたし、暗殺相手を調査する過程で人間関係が見えてくることもあった。とはいえ、自分が政治の主体になる経験はなかったのだ。

 その点、パーキンソン家の令嬢として社交界を飛び回ってきたパンジーは政治的に優れた頭脳を備えていた。

 

「実に華麗な解決だな。さすがだ」

「はいはい、どうも。本当に世話が焼けるんだから。言っておくけどね、あたしもポッターのことは嫌いなんだからね。ドラコは何度もポッターのせいで恥をかいてるのよ? 本当に最低なやつ」

「まあ、ドラコが噛み付いているのだがな。いい喧嘩友達じゃないか」

「あんたのお人好しも底が見えないわね……。ほら、ふくろう便で発注書飛ばすわよ。燭台と、カーテンと、椅子と……」

「テーブルクロスとティーセットも必要ですわね。石畳の質感を活かして絨毯はシンプルな柄がよろしいかしら」

「貴公らは気づいていないようだが、あの場所に最も足りんのは食い物だ」

 

 どうやら自分たちのたまり場にもする気のようだったが、プロメテアは少しも止めようとは思わなかった。




《幼い白枝》
よく乾いたしなやかな枝
これといって魔法の力は持たないが、よく手入れされている

地下牢の奥、プロメテア・バークの研究室に入るための符丁
プロメテア自身から渡された者のみがこれを持つ

表向きはサロンとして知られるその独房は
プロメテアにとって友と語らう場だった
そしてそれこそが学び舎の安らぎなのかもしれない
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