ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
「ドラゴン?」
どうか冗談であってくれと祈りを込めながら問いかけたプロメテアの思いも虚しく、ハリーはあっさりと頷いた。
「バークさんなら何かいい知恵を貸してくれるんじゃないかと思って。あのままじゃハグリッドが食べられちゃうよ。それに……」
「それに?」
「マルフォイに覗かれたみたいなんだ」
「最悪だな」
「うん」
期待されるのは嫌いではないが、簡単に言ってくれるものだとプロメテアは盛大にため息をついた。
厄介が過ぎる。ドラゴンの個人飼育は1709年に制定された魔法戦士法によって禁じられている。それはドラゴンマニアに対しての嫌がらせなどではなく、魔法界の秘匿と安全のためだ。
ホグワーツという子どもたちの学び舎で空飛ぶ人食いトカゲを飼育する倫理観も理解できないし、おそらくその状況をわかっていて放置しているであろうダンブルドアの理性も疑わしい。ダンブルドアの失脚を目論む連中にとっては最高の餌だろう。
「これってまずいよね?」
「このまま放置すればまずいことになるだろうな。ハグリッドがホグワーツから追放されるだけで済めば奇跡だろう。ハグリッドの雇用主でありホグワーツの校長でもあるダンブルドアに責任追及の声が刺さることにもなる」
「そんな!」
「空を飛び、火を吹き、魔法を弾き、そして人の肉を好んで食う獣だ。お前ならそんな生き物が徘徊する学校に通いたいと思うか?」
「無理」
「私もだ。……どうしたものか」
幸いにしてハグリッドとは多少見知った仲だ。あの巨漢はノクターン横丁で顔が利くし、いくつかの取引でプロメテアの保護者であるボージンが仲介者になったこともあった。あの界隈で真っ当なレートの取引をしようと思うなら中立の商売人を挟むのが一番いい。
ハグリッドの事情を聞き、ドラコの足止めをして多少の猶予を作ることはできないでもないだろう。しかし、目撃された違法行為は覆せない。
プロメテアがそう説明すると、ハリーは困ったように首の後ろをかいた。
「どうにもならない? ドラゴンを誰かに引き取ってもらうとか」
「ドラゴンの飼育は有資格者の組織によって営まれる事業だからな。私には伝手がないし、他の誰かを紹介すればドラゴンの情報が拡散していく」
「ドラゴンの飼育……資格……そうだ、チャーリー!」
ハリーの大声に思わず身を引くと、ハリーは慌てて謝って、ウィーズリー家の兄弟にルーマニアで生活するドラゴンの研究者がいることを興奮気味に語った。
なるほど、専門家がいるのなら話は早い。手紙を出すようハリーに伝え、プロメテアはいつもより少し早めに研究室から出た。
早急にドラコと話さねばならない。ハリーには話していない、何やら怪しい気配を感じたことも含めて。
***
プロメテアが寮に戻った時、ドラコはいつになく上機嫌な様子で談話室のソファを独占していた。
「おや、囚われの姫がお帰りじゃないか」
「自分から牢に入る者を囚われとは呼ばないだろう。お前に火急の用がある」
「へえ、そうかい? 僕はないけどね」
「そうか。ではお前のふくろうを借りるぞ。父君に伝えることがあるからな」
やけに突っかかってくるドラコの前を抜けようとすると、ドラコは慌ててプロメテアの腕を掴んだ。
何をいじけているのか知らないが、さすがに親が絡むと反応せざるを得ないようだ。
プロメテアはドラコを引きずって談話室内の小さな個室に入った。スリザリン寮特有の活動である密談のために備わった部屋で、あらゆる盗聴を防ぐ魔法がかけられている。チェス盤、水差し、ワイン。充実した設備があるが、だからこそ用のない生徒が軽率に立ち入ることは禁止されている。
「それで、父上に伝えることってなんだよ」
「ドラゴンを見たか?」
「何を言って」
「見たか?」
プロメテアが詰問すると、ドラコは渋々認めた。どうやら自慢したくて仕方なかったらしく、この形で知られたのが不満でならないようだ。
「数日後、あのドラゴンはルーマニアに移送される。おそらく密入国者がその輸送を担当するだろう。ウィーズリー家の兄弟か、その関係者だ」
「なるほど。お前もなかなかあくどい女になったじゃないか。父上の手で国境を監視させる、そういうわけだろ?」
「違う。手を出すなと伝えてくれ」
「は?」
ドラコの間抜けな声に構わず、プロメテアは状況の説明を続けた。
ドラゴンの卵は決して安い品ではない。ノクターン横丁での羽振りを見ている限りではハグリッドの小遣いで買えるはずはない。にも関わらず彼が卵を所有している、そこが謎だ。
いくつかの可能性が脳裏によぎった。ダンブルドアが密かに与えたとすれば、ハグリッドはもっと大々的にそれを自慢するはずだ。偶然ドラゴンの卵を持て余していた愚か者がこれ幸いとハグリッドに押し付けたのなら、ドラゴンの卵を持ってハグリッドの生活圏でうろついていた狂人の存在が必要不可欠。
妙な作為の気配、しかし答えの見えないもどかしさのなかで、ひとまずプロメテアは作為そのものを警戒すべきだと判断した。
刺客は臆病でなければ生きられなかった。
「ただドラゴンの卵を買っただけじゃないのか? お前の実家だって取引禁止品目くらい山ほど置いているだろ」
「高いんだよ、あれは。私の知っている限りで一番安い取引は400ガリオンだった」
「そんなに高くないじゃないか」
「森番に買えるかどうかで言えば?」
「買えるわけない。そうか……わかった、父上に報告する」
「助かる」
話は終わった。プロメテアが個室から立ち去ろうとすると、ドラコが不満げに鼻を鳴らした。
「随分と真面目だな、プロメテア。最近は遊び呆けていたから、てっきりマルフォイ家への恩は忘れきったのかと思っていたよ」
「そう思うか?」
「僕だって馬鹿じゃない。お前が研究室にポッターを連れ込んでいるのは知ってるんだ。なのに父上もスネイプ教授も関わるなと僕に命じる」
つまらなそうに舌打ちしたドラコは、もしかすると仲間はずれにされて寂しいのかもしれない。
思い返せばプロメテアは最近ドラコと遊んでいなかった。パンジーのおしゃべりを無限に聞かされたり、ダフネとピアノを練習したり、ミリセントの背中に乗って腕立て伏せの回数を数えたりはしていたが、ドラコが声をかけてこないのですっかり放置してしまっていた。
可哀想なことをしたかもしれない。プロメテアは個室の扉にかけた手を下ろした。
「ドラコ、お前チェスが好きだっただろう。少し付き合え」
「ふん、なんで僕が」
「今のままだとお前はロン・ウィーズリーに負けるからな」
「なんだって?」
「グリフィンドールのロン・ウィーズリーはチェスの名手だと噂になっている。先日はフリットウィック先生との公開対局で引き分けになった」
どうせ手加減されたんだ、などとぼやくドラコに促して、二人はチェス盤を挟んで座った。
魔術師のチェスと呼ばれる魔法じかけのチェスセットは、ただ駒が個性を持つだけのジョークグッズではない。もちろん、駒が声を発してくれるのは盲目のプロメテアにとって非常にありがたい機能なのだが、それよりも上がある。
プロメテアが知る最も優れた機能は
日時と対局者を双方のキングに伝えると、盤上で静かに戦いが始まった。
白の指し手は巧妙で、あらゆる犠牲を計算に入れ常に有利を維持している。一方、黒の指し手は勇敢で、犠牲をものともせずに勝利へとひた走る。
「どちらが勝つと思う」
「当然白だ。定跡の応用が巧いな……なるほど、そこでルークが活きるのか。いや、それは疑問手だな。白も焦れてきて勝ち急いだのか?」
「いや、違う」
「でも、ここでナイトを失う意味が……あっ、ステイルメイト!」
黒の刺客をすべて封殺した白は傷ついてもなお健在。そして、黒はもう反則にならずに指せる手がない。
公式ルールではステイルメイトを引き分けとする。つまり、この対局は圧倒的な引き分けだった。
ドラコが馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「何が引き分けだ、ほとんど完封じゃないか」
「そうだな。白の指し手はロン・ウィーズリーだ」
「……冗談はよせよ」
「本当のことだ。あいにく、血を裏切る者が活躍した話題はスリザリン寮では盛り上がらないからな。耳に入っていなくても当然だろう」
私のサロンもたまには役に立つだろう?
そう微笑んでみせると、ドラコは唸って、チェス盤を杖で叩き、盤面をリセットした。
「付き合え」
「お前が父君に手紙を出したら付き合うさ」
「わかった。……お前と対局しなくなって少し鈍ったからな、明日からは特訓だぞ」
「はいはい、仰せのままに」
《魔術師のチェス》
魔法界で古くから親しまれるチェスセット
駒が仮初めの自我を持つ
棋譜の再現や配置整理など、最大限の利便性を備える
未熟な駒が駄々をこねるのが玉に瑕
古くチェスとは戦の演習であった
優れた遊戯は平和の象徴である