ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 ダフネは淑女らしさを忘れる程度にはわくわくしていた。

 今日、ダフネはハリー・ポッターと会うのだ。プロメテアのサロンにはしばしば遊びに行っていたが、そこで彼と鉢合わせることはなかった。もちろんそれはダフネの「友人」たちがうまく調整してくれたからなのだが、きっとハリー・ポッターはそれを知らない。

 自業自得の罰則が怖くてめそめそしているドラコをパンジーに押し付け、ダフネはプロメテアを抱きかかえるようにして談話室を出た。

 

「そう焦らなくても、ポッターは逃げないぞ」

「あら、逃げるかもしれませんわよ? ここ数日の彼への風当たりを考えれば、少なくない心労を抱えてらっしゃるでしょうし」

 

 プロメテアが小さく鼻を鳴らした。

 あのハリー・ポッターが夜中に友人と校内を徘徊し、しかもドラゴンの幼体を移送するなどと嘘をついていたために無関係の生徒まで巻き込んだ。その結果、グリフィンドールは150点もの減点を食らった。この噂は校内の誰もが知っている。

 そして、これこそがここ数日プロメテアが不機嫌な理由だ。プロメテアは彼とドラコに何かしらの忠告をしたらしく、そのどちらもが浅はかな行いでそれに応えた。

 とはいえ、この小さな皮肉屋はそれで二人を見放すほど冷たくはなれないようだった。

 

「それで折れるやつではないさ」

「ふふ、高く買ってらっしゃるのね。妬けてしまいます」

 

 馬鹿を言えと首を振るプロメテアが愛らしくて、ダフネは小さく笑った。

 この賢くも幼い少女と友誼を結んでからしばらく経ち、なんとなく彼女の考え方がわかりつつある。

 自己評価の異様な低さ、達観に近い寛容さ、利益度外視の誠実さ、いずれも政治の相手としては不足極まりない。だからこそプロメテアは友達たりえるのだ。

 スリザリン生の多くは人間関係において打算を重んじる。幼い頃からの教育、そして社会闘争の本能がそうさせるのだ。しかし、それに疲れた時の止まり木はどこにある?

 プロメテアが多くのスリザリン生に可愛がられる理由はまさにそこだ。

 

「あまり驚かしてやるなよ。臆病ではないが、警戒心が強いやつだからな」

「ええ、承知しておりますとも」

 

 プロメテアの小さな手が袖から鍵を取り出し、牢を開けた。

 何人かの()()()のおかげで居心地がよくなった地下牢は、隠れ家にも近い静かな温かみを帯びている。事実、プロメテアの友達は皆ここを隠れ家としていた。

 厚いカーテンがこの空間を外部と隔絶し、飾り気のない燭台が宙に浮き、いくつか並んだ樽にはそれぞれビスケット、リンゴ、スモークチーズ、ピクルス、そしてなぜかハッカのキャンディが入っている。床に敷かれた濃紺の絨毯はプロメテアが色を選んだ。

 そしてその奥、燭台の頼りない光に照らされて、少年がソファに寝そべっていた。

 

「今日は早かったね……うわっ、一人じゃなかったの!?」

「あら、お邪魔だったかしら?」

 

 慌てて身を起こす彼のことはダフネも多少見聞きしている。ハリー・ポッターだ。

 

「いや、邪魔なんかじゃ」

「それはよかったですわ。メティ、紹介してくださる?」

「ん。ポッター、彼女はダフネ・グリーングラスだ。私の友人で、お前がここでスリザリン生と鉢合わせないよう取り計らってくれた」

 

 どうやら敵ではないと判断したようで、ハリーがおずおずと手を差し伸べてきた。握手を求めているのだろう。

 通常、社交界において男性が女性に握手を求めることはない。女性が許しを与えたときのみ手の甲に口づけを落とすのがマナーだ。

 とはいえ、ここは息の詰まるパーティー会場ではない。

 

「はじめまして、ミスター・ポッター。お目にかかれたことを光栄に思いますわ」

「あー、うん、ありがとう」

「私、男の方と握手したのは初めてですの。……男の方の手って、意外と硬くて厚みがあるんですのね」

 

 驚いて手を放したハリーは目を丸く見開いていて、絵に描いたような純朴さがそこに見えた。

 パンジーとは違い、ダフネはハリーのことが嫌いではない。彼が闇の帝王を消滅させたことで多くの名家が下らない活動から解放され、それによって英国魔法界は繁栄を得た。

 しかし、この少年が強大な闇の帝王を消し飛ばしたというのは、どうにも不思議だ。

 彼のことをしげしげと眺めていると、プロメテアが咳払いをした。

 

「座ったらどうだ。そういつまでも立っていられると私が落ち着かない」

「そうですわね。ミスター・ポッター、少しおしゃべりに付き合ってくださるかしら」

「うん。……あ、もっと丁寧な言葉のほうがいいのかな? もちろん、とか」

「慣れないことをすると余計な苦労をしますわよ? メティ、ビスケットをいただきますわね」

「ああ。棚のどこかにさくらんぼのジャムがあるから好きに使え。パンジーの実家から送られてきたやつだ」

 

 食器棚からティーセットを取り出し、茶葉を蒸らしている間にビスケットとジャムを用意する。実家にいたころは屋敷しもべ妖精に任せていたが、自分でやってみるとなかなか奥深いものだ。

 

「ニルギリはお好き? ずいぶんとお疲れのようですし、ミルクティーにすると気持ちが落ち着きますわよ?」

「ニル……えっと、いただきます」

「きっとお口に合いますわ。でも、最近は苦労してらっしゃると耳にしていますわ。ひどく減点されてしまったとか」

 

 薄暗い牢の中でもはっきりとわかるほどハリーの表情がこわばった。

 それはそうだろう。150点もの減点を生じさせてしまったうえに、その事実から多くの人々に責められ、また嘲られているのだから。ここでも攻撃を受けると思ったのかもしれないし、過去の攻撃を思い出したのかもしれない。

 しかし、ゆらりと湯気の立ち昇る紅茶を前にすれば多少は緊張もほぐれるというものだった。

 ミルクと砂糖を入れる前に一口飲んで、表情が明るくなる。ダフネの予想が正しければ、ハリーはまともな紅茶を飲むような環境にはいなかっただろう。それでもこの楽しみ方ができるあたり、なかなか素質がありそうだとダフネは内心で彼の評価を少し上げた。

 

「ありがとう、グリーングラスさん。ちょっと、いや、結構大変なんだ。バークさんから聞いてるかもしれないけど、ハグリッドから預かった()()を深夜に天文台まで運ばなきゃいけなくて。運び終わったところで見つかっちゃって……」

「まあ……ハグリッドって森番の方でしょう? あの方と一緒にお運びになればよかったのに」

「うん、後から気づいたんだ。絶対そうすればよかったって」

 

 奥の机で本を開いていたプロメテアが呆れたように小さく息を吐いた。

 

「お前、もう少し考える癖をつけろ」

「反省してるよ……」

「次に活かすまでは反省とは言わん。まあ、次がないのが一番だがな」

 

 気落ちした様子のハリーが少し可哀想で、ダフネは「あれでもすごく心配してますのよ」と耳打ちした。

 

「おいダフネ、余計なことを言うんじゃない」

「あら、ドラコに罰則の手紙が来てからずっとそわそわしてらっしゃったのはどこのどなただったかしら?」

「お前……まあいい。それより、ポッターに用事があるんじゃないのか」

「いいえ?」

「じゃあなんだ」

「メティのお友達にご挨拶しにきただけでしてよ? それに、同席できる人が多いほうがよろしいと思いましたの。女の子と男の子が密室で会合してばかりだと、少々世間体がよろしくありませんもの」

「そういうものか?」

 

 頷いてみせると、プロメテアはうんざりしたようなうめき声を上げた。

 どうにもこの少女は心から政治が嫌いらしい。苦手というわけではなく、むしろ多少わかるからこそ意識したくないようだ。

 しかし、それはそれとして男女の()()で余計な噂が立つのはダフネにとっても望ましくない。そこはしっかりとわきまえてもらわねば困る。

 

「まあ、わかった。ポッター、そういうわけだからお前も今度から誰か連れてこい」

「誰かって言われても、グリフィンドール生は地下牢に来たがらないよ」

「お前と一緒なら来るやつもいるだろう。……それで、何か相談があるんじゃなかったか?」

 

 どうやらハリーはプロメテアに相談事があってここに出向いたらしい。しかし、ダフネがいることで切り出せないでいたようだ。

 期末試験の助力程度の些細なものならこうまで隠すこともないだろうし、プライベートな話にしては汗ばんだ首筋が緊張しすぎている。重要な話なのだろう。

 

「私、寮に戻っていますわね」

「いや、大丈夫だ。ポッター、ダフネが信用に値する人物であることは私が保証する。だから話せ。私一人では答えの見えない問いもある」

「その、疑うわけじゃないけど……本当に?」

「私の眼を片方賭けてもいい」

「そのジョーク、本当にやめたほうがいいよ。じゃあ……」

 

 ハリーがおずおずと語りはじめた謎は、ダフネが思っていたよりもずっと大きいものだった。

 スネイプとクィレルの怪しい攻防、()()()()()とその守り、そして闇の気配。

 スネイプが怪しまれるのは今に始まったことではない。彼はかつて闇の陣営に属していたし、趣味も風貌も爽やかとは言い難いし、同じ皮肉屋でもプロメテアとは大違いだ。

 しかし、クィレルもまた信用しがたい。

 ()()()()()によれば、かつてマグル学を教えていたころのクィレルは冷淡で神経質な男だったという。1年の休暇で本当は何があったのか、それを誰も知らない。不自然なまでに情報がない。

 とはいえ、これらの情報をそのまま彼に伝えれば軽挙妄動が彼自身を苦しめることになりかねない。ダフネはただ「スネイプもクィレルも一筋縄ではいかない魔術師だ」とだけ教えることにした。

 

「そうなのかな。スネイプにかかればクィレルなんかすぐに消し飛んじゃいそうだけど」

「まだ消し飛んでいないのがその証拠だ。……不安なら、これを持っていくといい」

 

 プロメテアが袖から取り出してハリーに投げ渡した()()()は、どこにでもあるような水晶だった。彼女はたまにこうやってよくわからないことをする。しかし、それが人に害を与えたことは一度もない。

 ハリーも戸惑いながら、結局は受け取ることにしたらしかった。

 

「さて、紅茶が冷めてしまいましたわね」

「そのままでいいぞ、私が飲む」

「もう、いつもそうやって一番おいしい瞬間に飲んでくださらないんだもの。……ねえ、ミスター・ポッター。試験勉強は順調ですかしら?」

「うん。それしかやることないし」

「学生は勉強してこそですわよ。まあ、父上がそうおっしゃっていただけですし、私はちょっぴりお昼寝のほうが好きなんですけれど。よければ変身術の実技を見せてくださらない? メティは失敗しないから面白くないんですの」

「僕でよければ付き合うよ」

 

 それから拙い練習を繰り返し、プロメテアが諦めて本を閉じ指導しはじめるまでそれほどかからなかった。




《来迎の白水晶》
苦難の旅路に挑む者に与えられる小さなお守り

助けを求める声に応じる者のサインが見えるようになり
霊体として召喚することができる

お守り自体が助けてくれるわけではないが
それでも助けを期待できるだけましだろうか
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