ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
事件の全容についてダンブルドアから説明を受けた後、賢者の石を破壊すると聞かされてハリーは頷いた。
「じゃあ、フラメルご夫妻は十分生きたんですね」
「おお、まさかこれほど聡明な言葉を耳にするとは思わなんだ。そうとも、ニコラスもペレネレも必要なだけ生き、新しい旅に出る準備を済ませたのじゃ」
「安心しました。なんていうか……きっとそれが一番いいから」
ダンブルドアが眉を上げた。興味深そうな瞳がハリーを静かに見つめている。
どうやら続きを促されているようだと気づいて、ハリーはまとまらない言葉をまとめようと努力しはじめた。
「バークさんが言ってたんです、いつでも生きることをやめられるから不老不死よりもずっといい、って。でも、まだ生きていたいときに持っていたはずの手段を奪われるのってすごく……残酷じゃないですか? だから、やめることに納得しているならよかったです」
「ほほう。ミス・バークの思慮深さには度々驚かされるのう」
「はい。今年はたくさん助けられました」
「そのようじゃな。3階の廊下の滑り台は塞がないことに決めたが、周りにはあまりみだりに教えんように」
どうやら地下牢への隠し通路も全てお見通しだったらしい。
妙に照れくさくて、ハリーはベッドの上で足を動かしてシーツに意味もなく皺を寄らせた。
「しかし、それ以上に素晴らしいのは君じゃよ、ハリー」
「僕が?」
「そうじゃ。この一年、儂は君に多くのことを教えてもらった」
冗談だと思って首を横に振ると、ダンブルドアは見舞い品の山からひとつの包みを取り上げ、そっとハリーに差し出した。
受け取ってみると、見た目以上に重みがある。上品な質感のハンカチを縛っていた緑のリボンをそっと解くと、中からビスケットと小さなジャム瓶、それから小さな白い枝が姿を現した。ビスケットとジャム瓶は見覚えがある。プロメテアの研究室に置かれていて、ハリーもたまにもらっている。
ダンブルドアが微笑んで、静かに頷いた。
「グリフィンドールとスリザリン、寮の対立はもはやホグワーツの歴史となってしまった。わかるかね、ハリー。君は時代を変えるささやかな、しかし大きな一歩を踏み出したのじゃ」
「えっと……僕がスリザリン生と仲良くしているのがいいってことですか?」
「いかにも。そして、それはこのプレゼントを自らの足で持ってきてくれた二人にも言えることじゃ」
ジャム瓶に貼り付けられていたメモには匿名での感謝の言葉と、「おかげさまで変身術は落第せずにすみました」という走り書きが。そして、白い枝に巻かれていた羊皮紙の端切れには「また私の研究室で」と。
まるで秘密の友だちができたようなワクワクがこみ上げてきて、ハリーは思わず小さく笑った。
***
プロメテアの研究室から運び出す最後の荷物をまとめて、ミリセントは額の汗を拭った。いくら地下牢が涼しいと言えども、体を動かせば汗はにじむ。
パンジーから「あんたは役に立たないから指示だけ出しなさい」と机の上に座らされたプロメテアは少し不満げだが、事実、彼女は片付けの役には立たない。すぐに手を止めて本を読み始めるし、重いものを無理に持ち上げようとして転ぶし、ダフネの「少し休憩しませんこと?」という誘惑に負け続ける。
しかし、ミリセントはプロメテアの動きをよく見ていた。鈴に頼らなければ視界も得られない彼女は、ただの一度も障害物にぶつからない。その体捌きは真っ当な生き方をしてきた者のそれではなかった。
ブルストロード家は武門であり、また多くの武芸者が出入りする。今の時代に武芸者と名乗るような者はその多くがごろつきか魔法戦士崩れだが、それゆえにミリセントの目は肥えている。
それに、あの深夜に嗅ぎ取った火の気配は本物だ。
「メティ、貴公はずるい女だ」
「すまない、任せきりになったな」
「そうではない。貴公、死線を潜っただろう」
なんのことかととぼけてみせるが、ミリセントは確かに焦げくささを感じ取った。それは実体としての火ではなく、もっと根源にある、いわば戦いの気配だ。ミリセントが焦がれてやまない呼吸だ。
12歳の少女にすぎないミリセントにとって、己の内に渦巻く戦いへの欲は苦しみですらあった。すでに闇の帝王が引き起こした戦乱は過去のものとなり、武芸者に稽古をつけられるだけの日々。ブルストロード家の伝統を絶やさないためだけに培う力に辟易していた。この少女が現れるその日までは。
容貌や知恵に誤魔化される連中のなんと浅はかなことか。プロメテア・バークはもっと優れている。死を厭わない、いや、もしかすると
「なぜ誘ってくれなかった。拙が待望していることは気づいているだろうに」
「……道連れを求める旅ではなかった、それだけだ」
「そうか。では、次からは自らついていくことにする。それなら貴公も拒めまい」
ミリセントは確信している。今プロメテアに挑めば敗北は間違いない。命を奪われることはおろか、こちらに傷を与えることすらないだろう。
まだ修行中の身だ。ブルストロード家に出入りする武芸者のほとんどに及ばない程度の実力しかないミリセントだが、努力の才能だけはあると自負している。いつかは届くかもしれない。しかし、今ではない。
何より、ミリセントもただの女子生徒に過ぎない。友人とふざけあう時間の楽しさを捨てたくはないのだ。
「それなら、まずは私を寮まで運んでくれ。足が疲れた」
「お安い御用だ」
幼子が母親にだっこを求めるように手を伸ばすプロメテアを抱き上げ、もう片方の腕で荷物を持ち上げて、ミリセントは地下牢を出た。
「貴公、少し重くなったな」
「む……太ったか?」
「いや、これまでが痩せすぎていた。よく食いよく眠り、そしてよく遊んだ証拠だ」
いつか、この少女と死合う日が来るのだろうか。
***
「また一年が過ぎた!」
ダンブルドアの朗らかな声が学年度末パーティーの始まりを告げた。
ドラコは今回の事件について自分の知る一部始終を父に報告した。ドラコにとって利用価値のわからない情報でも、父にとっては価値があるかもしれない。少しの気づきも省くことなく、丁寧かつ詳細に。悔しいが、これはプロメテアの教えだった。
「一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞きねがおう。何という一年だったろう。諸君らの頭に少しでも何かが詰まったのなら、先生方が骨を折ったかいがあったというものじゃ。そして、諸君らがどれほど骨を折ったかについてを示してくれる点数がここにまとまっておる」
寮対抗杯だ。ハリーの致命的な失敗によって今年はスリザリンの圧勝だった。
ドラコも気分のよさについつい杯が進む。もちろん中身はぶどうジュースだ。酒が過ぎて母に叱られる父を見ていると、大人になったら自分は酒量を抑えようという気持ちになる。だから、ジュースをたくさん飲めるのは今、子どもの特権というものだろう。
「しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」
ドラコは嫌な予感に杯を置いた。
父がよく語るとおり、ダンブルドアは少々グリフィンドール贔屓のきらいがある。暖炉の前で静かに呟いていた。かの老体はどうしても教育者になりたい政治家なのだ、と。
まさか覆せるとは思えないが、いま点数としてねじ込めるだけの事件とその結末に心当たりがある。
「ミスター・ロナルド・ウィーズリー。ここ何年間かで最高のチェス・ゲームによって勇敢さと冷静さを示し、さらには魔法界のチェス・スコアに新たな手本を残してくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」
グリフィンドールの歓声で大広間が揺れた。
クィレルとの戦いはホグワーツ中の、もしくは英国魔法界中のあらゆる人々が耳にしている。ホグワーツの地下でマクゴナガルがしかけた魔法のチェスを突破したという噂はハリー・ポッターの武勇伝に比べれば静かに、しかし確かに広まっていた。
こればかりはドラコも認めざるをえない。結局、彼と対局するのを避けて年度末を迎えてしまった。
「次に、ミス・ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれ時に追われる過酷な状況で、断固たる冷静さによって論理を崩さなかった力強さを称え、グリフィンドールに50点を与える」
グリフィンドールの監督生がテーブルに飛び乗って絶叫し、マクゴナガルに睨まれている。とはいえ、マクゴナガルも嬉しさに頬が緩むのは隠せないようだ。
非常にまずい。スリザリンの得点にあと60点で追いつく。そして、まだ表彰されていない、そしてされるに違いない少年が一人いる!
「三番目はミスター・ハリー・ポッター。その完璧な精神力と、並外れた勇気、そして友情を重んじる生徒の模範的態度を称え、グリフィンドールに60点を与える」
並ばれた。
もはやスリザリンのテーブルは葬式にも似た空気に包まれている。誰も杯を手に取らないし、誰も言葉を発さない。
ドラコも同じ気分だった。この一年に自分たちが積み重ねてきたささやかな努力は一体何だったのか。
「勇気にも様々な種類がある。敵に立ち向かう勇気と味方に立ち向かう勇気。どちらが大きいか比べようとした者は少なくないが、儂が知る限りその全てが軽んじたほうの勇気に敗北して学びを得た。我々が友に立ち向かう勇気の重さを忘れないよう、儂はミスター・ネビル・ロングボトムに10点を与えたい」
グリフィンドールの粗野な咆哮に耳をやられながら、ドラコは不快感に腸が煮えくり返っていた。
これほどまでに屈辱を感じたことがあっただろうか?
一言も思いつかないまま、勢いに任せて罵声を喚き散らしそうになったとき、パンジーの手がドラコの肩を押さえた。
不思議とパンジーは落ち着いているようだった。ドラコ以上に激情家だというのに、余裕すら見せている。
そして、その余裕の答えはすぐにわかった。
「ところで、儂は最近地下牢で小さな友達とお茶をすることが増えてのう。その部屋の主はもの静かじゃが、多種多様な友達に囲まれておる。そしてその皆を大切にしている様に儂はどれだけ胸が温かくなったか! その素敵なサロンで生じた縁は様々な人を助けた。そこで、主であるミス・プロメテア・バークに、ささやかじゃが儂から10点を贈呈する」
一瞬の沈黙。
ダンブルドアの発言を理解し、得点を示す砂時計にわずかなエメラルドが蓄積したことに気づいた瞬間、スリザリン生は歓声を上げた。グリフィンドールとスリザリンの優勝、つまり引き分けだ。喜びというよりもむしろ安堵によるものだったが、ともかく嬉しくはあった。
当の本人であるプロメテアは不思議そうに首を傾げている。
「お前、ダンブルドアまで招待してたのか!?」
「あー、時折な。あの御老体とは話題に困らんから、つい」
「ついって……まあいい。お前のおかげだ」
ドラコはプロメテアに握手を求めようとしたが、それよりも先に無数のスリザリン生が彼女に群がってもみくちゃにしてしまった。
差し出した手をさまよわせる寂しさをごまかすように杯を手にとって、ドラコは飲みかけのぶどうジュースを飲み干した。大切なのは勝つことではなく、負けないことだ。
《ハッカのキャンディ》
白く丸い飴菓子
爽やかな風味で愛されるが、香りの強さに毛嫌いする者もいる
古くより伝わる薬草学の知恵が込められており、思考の曇りを晴らす力がある
アルバス・ダンブルドアによってホグワーツの食事に取り入れられた
あるいは、単に好物だったのかもしれない