ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
記憶1
「先生、スクロール見つけた!」
篝火から祭祀場に飛んでくるやいなや、迷いなく駆け寄ってくる。その姿は獲物を見つけた猟犬のそれに近い。
火のない灰と呼ばれるこの不死と交流を持つようになってしばらく経ったが、その無邪気さにはどうも慣れなかった。
しかし、その嗅覚は間違いなく本物で、
差し出されたスクロールを確認する。金箔に覆われ、流麗に綴られた文字が燐光すら纏う様は間違いなくウーラシールの魔術書だ。
「ほう、これは……珍しいな。古い黄金の魔術の国、ウーラシールとは」
「ウーラシール?」
「とうに失われた国だ、知らずとも無理はない。かの地の術理はヴィンハイムのそれとは異なるが、それゆえに興味深いな……」
「え、私も気になる! どんな国だったの?」
興味深いとはそういうことではないんだがな、と苦笑しながら、オーベックは彼女に座るよう促した。
ウーラシールという国は奔放な魔術で名を馳せた。特に光や時を操ることに長けていたとされる。しかしその好奇心が祟り、封じられていた深淵を解き放ったことで滅んだのだ。
深淵の魔物はウーラシールの姫君を攫い、それを救出するために騎士が旅立った。この英雄譚は不完全ながら今でも語り継がれている。
「お前もアルトリウスの物語くらいは知っているだろう」
「うん、深淵歩きアルトリウスだよね、知ってる! いろんな動物と仲良しだった騎士!」
「変なところを知っているな……灰色の大狼シフと白猫アルヴィナか」
「冗談、冗談。女の子を助け出すために深淵の魔物に挑んだ人だよね。それがウーラシール?」
「そうだ。かの国の姫だったウーラシールの宵闇を救出するために向かったアルトリウスの物語だ。そこから何がどうなったのかは俺もよく知らんが、アルトリウスの狩りはファランの不死隊に受け継がれた」
ファランの不死隊。
この名を出した途端、彼女が纏う空気が少しだけ冷たくなった。
火のない灰が抱える使命、それは王座から消えた薪の王たちを殺してでも連れ帰ることだ。そのリストにはファランの不死隊も記されている。
アルトリウスの意志を継ぎ、深淵の兆しを見出せば国すらも滅ぼす凄まじき戦士たち。不吉の印としてすら知られる彼らを、火のない灰は殺さねばならない。
「なに、お前なら勝てるさ」
「えー、先生がそういうこと言うの珍しいね。なら白サイン書いてよー」
「学者が戦えると思うか?」
咄嗟に嘘をついてしまったが、どうやら彼女は気づいていないようだった。
学者ぶってはいるが、オーベックはヴィンハイムで授業に参加したことすらない。刺客として不死を殺すためにあちこちへと飛ばされ、空いた時間で書庫に入ることだけは許されていた。ここまで魔術を理解するに至ったのは生来の負けず嫌いと、捨てられなかった執念ゆえだ。
そんな自分を先生と慕ってくれる火のない灰はどうにも眩しくていけない。騎士の身なりをしているくせして魔術にも奇跡にも手を出し、最近は呪術にも興味を持っている。多趣味も過ぎれば実力だろう。
「まあ、せいぜい頑張れよ。俺はこのスクロールに集中するからな」
「はーい。使えそうな魔術、ありそう?」
「さて……ウーラシールの術理はヴィンハイムとは異なる。もっとも、竜の二相と相克相乗すらまともに理解していないお前に説明しても無駄かもしれんが」
「あはは……」
ヴィンハイムに受け継がれた術理の体系はビッグハット・ローガンと呼ばれる賢者によって完成させられた。その思想は魔術の根源とされる結晶を純粋に扱うことを至上としている。
しかし、ウーラシールはそもそも結晶にこだわっていない。それゆえにヴィンハイムの学徒が成し遂げられなかった光の魔術にたどり着き、さらには時すらも弄ぶに至った。
オーベックが刺客としての旅路で得た知見が正しければ、ウーラシールの暗い部分から流れた知恵と力はおそらくロンドールが継承している。亡者の国ロンドールを支配する黒教会は姿を隠す術に長けており、特に自らの醜い亡者の姿を偽ることで有名だからだ。
「お前、ロンドールという国名は知っているか?」
「知らない!」
「少しは思い出す素振りとかだな……まあいい。亡者と老人の国だ。火の時代を終わらせ、闇の時代に生きるために暗躍している。火継ぎの儀式を進めるお前は格好の標的だろうな」
「わあ……もしかして心配してくれてる?」
「知らん。ほら、行ってこい」
愉快そうな笑い声を上げながら、彼女は篝火のそばに立つ火防女へと駆けていった。
「忙しないやつめ」
まるで子供のように無邪気なあの女が本当に英雄なのだろうか?
オーベックはこれまで火継ぎなどというものに興味がなかった。神々や英雄が犠牲になっていくだけの虚しい儀式だ。英雄たりえない自分に何の関係があるだろう。
しかし、仮初とはいえども教え子がそこに関わっているとなれば、興味を持たざるをえない。
できれば火のない灰が苦しまない結末を迎えてほしい。そう考えるのは情が移ったからだろうか。