ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
プロメテアの見立てが正しければ、ハリー・ポッターはトラブルに巻き込まれるというよりもむしろ、トラブルを解決するためにより大きなトラブルを巻き起こす性質の持ち主のようだった。
9と3/4番線への道が何かしらの原因で閉ざされていたことに関して何も彼らに罪はないが、だからといって魔法をかけた車でマグル界の空を抜けてホグワーツまでやってくるという大それた行為が許されるわけではない。プロメテアが知る範囲でも10を超える法令に反している。
とはいえ、プロメテアにはそれを罰する義務も権利もない。それに、疲れきってソファの上でぐったりしている少年を外野がこれ以上責めるのも酷というものだ。
「まあ、これに懲りたらもう少し大人に頼るということを覚えるんだな。お前のふくろうは愛玩のために飼育された動物ではないのだから」
「身にしみて学んだよ……屋敷しもべ妖精は来るし、特急には乗りそこねるし、ロックハートはダメそうだし。とんでもないスタートだ」
「同情の余地はある。……ギルデロイ・ロックハートか」
杖を一振りして、闇の魔術に対する防衛術の指定教科書を呼び寄せる。
ロックハートの著書であるこれらはどれも娯楽小説の域を出ない代物だ。よく言えば痛快な冒険譚だろうか。プロメテアもこの手の物語は嫌いではないが、それが教科書となると話は変わってくる。
そもそも、ギルデロイ・ロックハートという人物が英雄である根拠はない。
ロックハートはダンブルドアがねじ込んだ人事だと聞かされている。しかし、それはホグワーツ常任理事ルシウス・マルフォイの人事に対抗してのものだったとも噂されている。どうにも政治の匂いがして、プロメテアは気が気でなかった。プロメテアはホグワーツでの学びに高い価値を置いている。邪魔されたくはない。
「屋敷しもべ妖精、本当に心当たりはないの?」
「私にはあれらの区別がつかん」
「なんだか変わった生き物……生き物でいいのかな」
「無生物ではない」
「いや、なんというか、人間なのかなって」
「記録上、屋敷しもべ妖精とヒトのハーフは存在する。交配できるという意味では近しい種だ」
交配という単語にハリーが居心地悪そうに身じろぎした衣擦れが聞こえて、プロメテアは彼の若さを微笑ましく思った。
魔法界ではいまだにヒトという種の定義に成功していない。魔法大臣グローガン・スタンプが定義した「魔法社会の法律を理解するに足る知性を持ち、立法に関わる責任の一端を担うことのできる生物」としてのヒトを基準にイギリス魔法省の存在課は人狼、ゴブリン、屋敷しもべ妖精に関する業務を担当している。しかし、魔法族の大半はゴブリンや屋敷しもべ妖精をヒトとして認識していない。
「まあ、気になるようなら暇なときに少し調べておこう」
「ありがとう」
「気にするな。どうやらドラコがお前の友達に迷惑をかけたようだからな」
昨日、クィディッチ場で起きた騒動のことはプロメテアも散々耳にしていた。ドラコの新たな武勇伝は今日も談話室を賑わせていた。
口からいつまでもナメクジが出てくるというのは決して気分のいいものではない。嫌がらせでかける呪いとしてはかなり悪質な部類だが、魔法族の悪ガキが親の杖を喧嘩に持ち出したときにはこの手の呪いがしばしば飛び交う。聖マンゴの小児科はいつでも満員御礼だ。
「どうしてマルフォイはいつも邪魔ばっかりするんだろう。……あ、ごめん」
「子供の喧嘩に口を挟む気はない。クィディッチに励む狂人の喧嘩などますますごめんだ」
「そんなに嫌いなんだ、クィディッチ」
「よく考えろ。人間は高所から落ちたら死ぬんだぞ。お前は落下死の恐怖を知らない」
ホグワーツはロスリックよりはまだ足場がしっかりしているし、細い梁の上や崩れかけの橋の淵を進まなくても教室にたどり着ける。それがどれだけありがたいことか。
ハリーはプロメテアがただの高所恐怖症だと思っているらしく、言い回しが大げさだと笑った。
「君も飛んでみればきっとわかるよ、クィディッチって本当に素晴らしいんだ」
「空飛ぶ車で登校したやつの布教は説得力が違うな」
「君、夏休み中に言葉のとげが増えたんじゃない?」
「そうか? ふむ……」
自覚はなかったが、ストレスが溜まっているのかもしれない。
前学期の学期末で寮対抗杯を同率一位にしてからというもの、「サロン」についての詮索が非常に多く、あまり同世代との会話に慣れていないプロメテアにとっては苦労の連続だった。
最近は廊下側のカーテンとは別に幻の壁を貼って安全を確保している。この術は
どうやら魔法界の魔法にも類似する効果の術はあるようだが、それらは呪文学で学ぶ
「君って休みの間はどんなことしてるの? 気晴らしというか、趣味というか」
「趣味か。趣味……研究自体が道楽のようなものだからな、他はあまり考えたことがない」
「それってなんだか寂しくない? あ、でも、お店で商品の話してるときは楽しそうだったね」
「ああ、商品の鑑定は好きだ。好奇心を刺激してくれる。知らない魔法に触れる機会だし、保護者の役に立てる」
ハリーが何か質問しようと声を上げかけたが、その声は言葉にならずに曖昧な相槌で終わった。
しばらくの間、プロメテアの研究室は穏やかな静寂に包まれた。本のページを捲る音、羽根ペンの先が羊皮紙を削る音、衣擦れ、呼吸。
「……ボージン・アンド・バークスってことはさ」
「店主はボージン家、私はバーク家だ。先祖代々共同経営の店だったが、私の両親はアズカバンにいる」
「アズカバン?」
「おいおい……お前は間違いなく知っておくべき場所だぞ。イギリス魔法界で最もおぞましい監獄だ。お前が闇の帝王に勝利してからは多くの闇に属する魔術師がそこに囚われている。もちろん、私の両親も」
ひゅ、とハリーが息を呑んだ。
その反応は間違いではない。まだ幼いハリーでも多少は理解できるだろう。己に見当違いの恨みを抱いた邪悪な人々が収監されている牢獄。その存在は到底愉快とは言えない。
ましてや、目の前でそれを語る者の身内がそこにいるとなれば尚更だ。
「よくある話だろう。スリザリン生の中には物心ついたころには親が収監されていて顔も知らないやつがそれなりにいる」
「えっと……なんて言えばいいかわからない」
「そうだろうな。気にするな、多かれ少なかれ何かしらの悪事を働いたから収監されているのだから」
「バークさんは」
寂しくないの、と続きそうな言葉を手で制して、プロメテアは肩をすくめた。
両親には感謝している。自由で満足のいく環境を与えてくれたし、財産も少なくはない。保護者も善人ではないが親代わりとして精一杯の努力をしてくれている。
それに、親への執着などはるか昔に失った。あるいは故郷を離れてヴィンハイムの門を叩いたときに捨てようとしたのかもしれない。むしろ、両親が家族として身近にいれば戸惑ってしまっただろう。
とはいえ、一度も顔を
「そのうち面会に行くさ」
「そっか。……そうだよね、生きているなら会える」
真の両親を知ってから、すでに故人だと伝えられたハリーの心境は計り知れない。ましてやプロメテアにはその手の感情に共感を示すための経験が欠如している。
あまり愉快な空気ではないことに気づいたのか、ハリーは少し慌てたように話題を変えた。
「そういえば、君に相談があって」
「聞くだけ聞いておく」
「ありがとう。実は昨日、ロックハートの罰則で変な声を聞いたんだ。とても冷たい、氷みたいに。でも、それは僕にしか聞こえてなかった」
「ほう」
特定の対象にしか聞こえない音を作ることはそれほど難しくはない。音の向きを絞り込んだり、意識に直接語りかけたり、聞かせたくない人物の聴覚を奪うという手もある。
問題は誰が、何のためにというところだろう。
「内容は」
「えっと……自分のところに来い、殺してやる、って」
「物騒だな。少なくともゴーストではないらしい」
「いたずらだと思う?」
「用心するに越したことはないだろう。お前個人に向けられたものではないとしても、何かが悪意を持っているという事実は変わらん」
ハリー・ポッターを害したい者などいくらでもいる。ぴんと来てはいないだろうが、それでも先ほどのアズカバンについての話と併せて考えれば多少は不安になるというものだ。
見知った仲の子どもが殺意を向けられているというのはプロメテアとしても気分が悪い。多少は注意を払うことを約束して、プロメテアは本を閉じた。寮に帰る時間だ。
地下牢を抜けて談話室を静かに通過し、寝室に戻ってからプロメテアは漠然とした思考の中で漂っていた。
「ハリー・ポッター。……ポッター家」
ポッター家は純血の家系だ。非魔法族の保護に関する対立で血を裏切る者として社交界からは追放されたが、その血に歴史が刻まれていることは変わらない。
ハリーが狙われる理由は先の戦争に限られない。あちこちに燻る火種があり、そしてその全容を彼は知らない。これはひどく残酷なことだ。
夕食を済ませたパンジーが寝室に戻ってくるころには、プロメテアのベッドは引きずり出した本に覆われはじめていた。
「メティ、あんた夕ご飯食べてないでしょ」
「ん、ああ」
「まったく……ほら」
差し出されたサンドイッチを受け取ってかじり、ページを捲る。
「あんた、そのまま寝るつもりじゃないでしょうね。……あら、珍しいじゃない。純血史研究の本なんて」
「少し気になることがあってな。お前、ポッター家についてはどれくらい知っているんだ」
パンジーは嫌そうに呻きながらも、結局プロメテアの問いに答えてくれた。
「ポッター家ね。歴史をないがしろにしたろくでなしよ。ウィゼンガモットのメンバーも輩出してるし、遡れば12世紀くらいまではいくんじゃないかしら。中にはペベレル家の血を引いているって主張する歴史家もいるらしいけど、眉唾よそんなん」
「ほう、ペベレル家……」
はるか昔に断絶した家だ。一部の突飛な研究者はペベレル家が死の秘宝を創造した伝説の魔術師だと信じてやまないが、その手の噂話は酒の席に山ほど積み上がっている。
これといってハリーが聞いた声につながりそうな情報も見つからず、プロメテアはパンジーの手を借りて片付けをはじめた。
どのみち、プロメテアにできることなど限られている。最終的にはダンブルドアが校長として何かしらの対応をするだろう。
《凝結》
大気中に漂う主なきソウルに形を与える魔術
途方もなく古い時代の守り人によるもの
月にも似たソウルの球体は触れる者のFPを回復させる
熟達した術士が時間をかければ幻の壁やまやかしの獣を生み出すこともできた
かつては様々な地で秘匿のために用いられたという
そして、秘匿者とは得てして忌み嫌われるものだ