ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 プロメテア・バーク。

 聡明で物覚えがよく、書物に触れることを好む子供。その評判からプロメテアは純血であるバーク家の跡取りとして期待されていた。そうでなくとも、息子の妻にと考える者は少なくなかった。

 両親はすでに獄中死したが、幸いにしてボージン・アンド・バークスの共同経営者であるプロスコラス・ボージンが後見人として我が子同然に可愛がっていたため、プロメテアの生活を心配する必要もない。むしろ、闇の蒐集家たちが抱える飢えと渇きを満たす唯一無二の骨董店に活気が戻ったことを歓迎する声すらあった。

 しかし、4歳のとき、プロメテアという猫は好奇心に殺された。

 

「――さあ、よく見たまえ。これが悪霊の火だ。最も古く最も強力な呪いのひとつであり、世間的には闇の技に分類される」

 

 招かれた屋敷の暗い地下室で、プロメテアは矮小な棒きれの先に火を見出した。

 火がなければ世界は灰のままだった。一切の区別なく、静かで、冷たい世界。

 しかし、火がプロメテアの世界に区別を与えた。

 

「これが、火」

「そうだ。プロメテア。火をもたらしたものの名を冠する君ならわかるのではないかな、この美しさが」

 

 美しい?

 馬鹿げている。プロメテアは震える声で吐き捨てた。

 

「どうしたのだね、プロメテア」

「火は世界を区別した。火があって初めて闇が生じ、果てに火は闇を恐れた。皮肉じゃないか」

「何を、言って」

「美しいものか。火を継ぐ者は焼かれ続ける薪にしかなれないというのに。それが王なものかよ!」

 

 プロメテアは自分が何を口走っているのかわからなかった。

 ただ、目の前で揺らめく火がプロメテアの中に眠っていた何かを呼び起こしたのは間違いない。

 悲しみと憤りが渦巻いている。

 

「プロメテア……プロメテア! しっかりするんだ!」

 

 誰かがプロメテアの肩を揺らしている。

 

「おい、誰か! くそ、なんということだ……」

 

 深い、深い暗闇に沈んでいく中で、プロメテアは自らのソウルを理解した。

 

***

 

「つまるところ、なにかね」

 

 ルシウス・マルフォイのここまで苛立った声を聞くのは初めてだ。

 プロメテアはビロードのスツールに這う縫い目を指先でなぞりながら、大人たちの険悪な空気を他人事のように傍観していた。

 

「エイブリー。貴様は父上から聡明さを受け継がなかったと見えるが」

「面目次第もないが、その……まだ子供だろう?」

「そう、子供だとも。まだ4歳の子供だ。バーク家の一人娘であり、ボージン・アンド・バークスの跡取りであり、私の小さな友人でもある」

 

 小さな風を切る音とくぐもった悲鳴が聞こえる。どうやらルシウスがエイブリーに杖を突きつけたようだ。

 

「一体、何を、考えている!」

 

 彼の憤りはまったくもって正しい。プロメテアが申し訳なさを感じる程度には。

 マルフォイ家の屋敷に仕事で出向く養父に付き添い、書斎に通されたのが2時間前のこと。

 偶然マルフォイ家を訪問していたエイブリーに「珍しい魔法を見せる」と誘われ、地下室に向かったのが1時間前のこと。

 プロメテアが盲人となってから、まだ30分も経っていないらしい。

 

「貴様にとっては喜ばしいことに、貴様をこの場で殺すことはできない。その権利があるのはプロメテアの後見人であるボージンだけだ」

「悪霊の火を見せただけで眼が見えなくなるなんて誰が予想できる!」

「それが愚かだと言っているのだ! ……闇の力がいかに繊細か、()()はよく理解しているはずだが」

 

 衣擦れと呻き。ルシウスがエイブリーの体を掴んだようだ。

 妙なことになった。

 プロメテア・バーク。確かにそう名付けられ、そう育った。しかし、その前は? ヴィンハイムで学院の門を叩き、刺客としてこき使われ、やがて火のない灰に師として教えを施したこの記憶がソウルに根ざすものなら、プロメテア・バークが生きているここはどこなのか。

 あるいは盲目という現実から逃避しているのかもしれないと思いながらも、プロメテアは現状を整理しはじめた。

 どうやら何かしらの形でオーベックだったものがこの世界に生まれなおしたようだ。そういった例はオーベックの知る物語に関して言えばそれほど珍しいものでもなかった。

 問題は生まれなおした過去ではなく、現在だ。学院の刺客として少なくない不死を始末してきたオーベックは長い旅の末にロスリックへと流れ着いた。その道中で目撃したどんな光景とも異なる地に生まれてしまった。

 魔法、どうやら呪術も奇跡も区別なく一括りにされているらしいそれを学ぶ機会に困らないのは喜ばしい。最も望んでいた環境だ。しかし、その体系がソウルの業と結びつく証拠は思い返す限り見つからない。

 

「ボージンがじきに到着する。しかし、あるいは別の形で貴様を裁くことになるやもしれんが」

「何をする気だ、マルフォイ」

「セブルスから先ほど伝言が届いた。アルバス・ダンブルドアがここに来る」

「しょ……正気か!?」

「貴様に他人の正気を問う資格があるとでも? 悪霊の火に最も詳しい男は今アズカバンの中だ。幸いにしてプロメテアは()()とは違う」

「だからといって、ここに奴を――」

 

 大人たちの口論は怒鳴り合いに発展したようだ。

 プロメテアという生まれを得た以上、学びという目的を貫いて学業に邁進するのは当然のことだろう。ソウルの業である魔術が機能するのかも試したい。

 そのためにはさらに多くの書を紐解かねばならない。

 

「――おお、ルシウス。君がこうして誰かのために助けを求めてくるとは思わなんだ」

「御託は結構。それより彼女を」

「ふむ。……失礼するよ、プロメテア」

 

 皺の寄った老人の手がプロメテアの頬に触れた。

 

「これは……なんとも。眼が呪われたわけではないようじゃ」

「で、では」

「眼が自ら光を拒んでおる。いや、闇を受け入れたと言うべきかのう。これはこの子自身の魔法によるものじゃ」

 

***

 

 ボージンにとってプロメテアは自分の娘も同然だった。親らしい接し方ができているかはともかく、我が子として育ててきたし、プロメテアもそれを拒まなかった。

 不思議な子だった。初めて魔法を使ったのはベビーベッドの上。どこから呼び寄せたのか、水晶に覆われた鈴やら湿った黒い包帯やら、由来のわからない品に囲まれていたのだ。

 母親によく似た顔立ちはきっと美人になるだろうと思わせるのに十分だった。背の低さと不機嫌そうな口元は父親譲りだろう。生意気だが聡明で、約束を破らない。それに嫌な顔ひとつせず仕事を手伝ってくれるし、飲み込みも早かった。

 

 ルシウスからの連絡で急いで店を飛び出し、説明を受けてもなお理解できない。

 

「メティ、大丈夫だ。今夜はゆっくり寝ろ。明日の朝にはきっと全部大丈夫になってる」

「そうであってほしいな」

「もし……もしそうでなかったとしても、お前なら何か見つけられるさ! お前は頭がいいからな!」

 

 盲人となった娘をおぶって店へ帰るこの足がなんと重いことか。

 もうこの子は本を読むことも、星を見ることも、誰かと見つめあうこともできないのだ。

 どうにかして光を取り戻してやりたい。しかし、あのダンブルドアがさじを投げた以上、ボージンの力で解決することはありえないように思えた。

 

「メティ、夕飯を買って帰るか。そうだ、アップルパイはどうだ? お前はアップルパイが好きだろう」

「……いや、遠慮しておく。それより、早く帰りたい」

「そうか。……そうだな」

「すまない、ボージン」

「お前が謝ることがあるかよ! 悪いのはあいつらだ」

「そうじゃないんだ」

 

 プロメテアは静かに、しかしはっきりと謝罪の理由を答えた。

 

「私は自分が光を失った理由を知っている」

「なんだって?」

「いや、全く予想外ではあったし、厄介なことになったとも思うが、ともかく状況は最悪ではない」

「お前……お前、なんでそれを」

「あの老人には隠しておくべきことだろう。どうやらあれは目的のためには手段を選ばない類の英雄だからな」

 

 続きは店についてから話す、そう言って寝息を立てはじめたプロメテアを起こすわけにもいかず、ボージンは足早に帰路を進んだ。

 

 店につくやいなや、プロメテアはボージンにいくつかの指示を出した。黒い包帯でプロメテアに目隠しをし、水晶に覆われた鈴を持たせ、適当な本を開いて彼女の前に置く。

 鈴の表面を指でなぞって何事かを呟く我が子が哀れでならず、ボージンは必死で涙をこらえた。

 しかし、その涙はあっという間に引っ込んだ。

 

「ふむ……276ページ、3章第7節。盾の呪文が帯びる物理的性質について。呪文の修飾節が相を変化させるという原則に従えば盾の呪文に反属性の性質を帯びさせることが可能であると考えられているが、現時点でも実現しているのは増幅を指すMaximaのみであり、このことから――」

「お、おい、待て、メティ! もしかして、お前、見えて」

「いや、見えてはいない。厳密に言えば視覚情報は失われている。この聖鈴を掴んだのは不幸中の幸いだったな」

 

 本を閉じて椅子の上でボージンに顔を向けたプロメテアは、ようやく何が起きているのかを語りはじめた。

 プロメテア・バークにはどこか遠くの世界での記憶があり、その地で魔術師として死んだ。そして死の間際に持っていた魔法の道具たち――魔術的な結晶に覆われた鈴と火を防ぐ目隠しの包帯を伴ってこの世界で再び生を受けたのだ。

 

「私の眼が火を拒んだのは必然だったのかもしれん。それが何を意味するかはともかく……まあ、いずれわかるだろうさ。それより大事なのは」

 

 プロメテアが鈴を鳴らす。冷たく、透き通っていて、どこか月を思わせる音色だ。

 

「聖鈴を結晶で変質させた……いや、それだけではないな。盲人の闇を闇のままに照らす、ある意味では火防女という存在の否定か。かの古老も随分と皮肉の効いた遊びをする」

「どういうことだ?」

「この鈴がある限り、私はすべて見えているということだ」

「それは……そうか。そうか!」

 

 ボージンには事情の1割も飲み込めていなかったが、ともかくプロメテアは何も見えなくなったわけではないらしかった。

 歓喜の声を上げて我が子を抱き上げたボージンは、彼女が小さく呟いた言葉を聞き落とした。

 

「火は継がれたのだろうか」




《プロメテアの鈴》
結晶に覆われた古い聖鈴
古くは神秘の賜物と信じられていた品

本来は神の奇跡をなす聖鈴であったが
結晶の力によって魔術の触媒へと姿を変えている
ねじ曲がった信仰だが、聖鈴としても扱えるようだ

戦技は「導きの月光」
魔術の力による冷たい明かりは
闇を闇のままに照らすだろう
それは火も闇も等しく嘲笑う手慰みだ
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