ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 まさか、が半分。やはり、が半分。それが現在のアルバス・ダンブルドアの胸中を満たす感情だった。

 

「ヴォルデモートの魂。間違いないのだね、ミス・バーク」

「生憎と証明する手段を持ち合わせておりませんが、嘘をつく理由もないことはご理解いただけるかと」

「無論、君を疑ってなどおらんとも。儂が疑っておるのは君ではなく、ヴォルデモートじゃ」

 

 廊下ですれ違った生徒から()()()()()()()を見出したプロメテアは慎重に、しかし迅速にダンブルドアへと報告を入れた。公にできない功績だが、ホグワーツ功労賞のトロフィーを100個集めても足りないくらいのことを成し遂げてくれた。

 彼女の視覚が魂を見ることができるという一風変わった事実は昨年度に彼女が証明したとおりだ。まだ未知の部分もあり、全面的に信用できるものでもないが、当然無視できる情報ではない。

 これが事実であるとすれば、ここしばらくの騒動がダンブルドアの計算よりもいくらか早く解決できることになる。確証を掴めなかった50年前の事件も含めて、事実を確定させることができるのだ。そしてそこから見えてくる何かはきっとヴォルデモートとハリーの戦いに役立つ。

 しかし、ヴォルデモートという敵はここで軽率な動きを見せていい相手ではないということもダンブルドアはよく理解していた。

 

「昨年とは違います。魂は混ざりあっていなかった。まるで魂をしまって、運んでいるような……」

 

 今、ダンブルドアは全身全霊で自らの軽率な部分を律していた。

 ヴォルデモートの不死性について立てたいくつかの仮説。その中でも最も有力な説を立証できる。つまり、分霊箱を発見できるかもしれないのだ。

 分霊箱。罪の意識によって引き裂かれた魂の一部を抉り出し、物品に籠めることで現世への錨とする闇の魔術だ。あまりに古く、あまりに残酷なそれを覚えている者はごくわずかとなりつつある。そして、それはおそらく正しい流れだ。この術はあらゆる面から見て間違っている。

 それゆえにダンブルドアは「ヴォルデモートは分霊箱を作った」と断言できるだけの証拠を集められていない。もちろん、現物もまだ目にしていない。

 

「……ミス・バーク。君にしか頼めんことがある」

「気乗りはしませんが、聞きましょう」

「――不断の警戒を。()()()()()()()()()()

 

 忘れてはならない。今、アルバス・ダンブルドアはホグワーツの校長としてこの城にいる。この目、この耳はまず何よりも生徒のために使わなくてはならない。

 プロメテアは一瞬意外そうに眉を上げたが、小さく頷いた。

 

「当然です」

「その一言だけでも儂にとっては百人力じゃよ」

 

 安心と後悔。

 

***

 

 あのダンブルドアから教職としての採用通知を受け取ったとき、ロックハートはナイトキャップを脱ぐのも忘れて三度目をこすった。

 いま自分の頬を思いっきり殴ったら夢がさめて、あの日の朝に戻れないだろうか。そうなったら最高においしいエッグベネディクトを食べて、それからファンレターに目を通すのだ。最近はそんなことばかりを思ってしまう。

 

「――私だ」

 

 ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。そして現在、ホグワーツ魔法魔術学校で闇の魔術に対する防衛術の教授として教鞭をとっている。

 断言してもいい。採用通知を運んできたフクロウにお断りの返事を持たせて、「闇の魔術に対する防衛術の教授職にとダンブルドアから請われたが断った」と語ったほうが絶対によかった。

 学生たちの半数以上は当時の自分よりも怠惰で、無関心で、傲慢だ。しかし、残りの少数派、つまり熱心で、意欲に満ち、謙虚な学生をどう煙に巻けばいい?

 

「先生、勉強会の課題で質問なんですけど……インセンディオの反対呪文として炎凍呪文を唱えることの意義について、ってテーマで」

「なるほど! いいですね、実に勤勉! 私の学生時代を思い出します。努力、それこそが輝きへの道のりですよ!」

「えっと、はい、その……それで、テーマについてなんですけど」

「ふむ……まず、テーマが漠然としている。状況設定がはっきりしていないと議論は成立しない。違いますか?」

「そ、そのとおりです。僕はなんというか、戦闘時の防衛を想定したほうがいいんじゃないかと思っていて……というのも、魔法事故で対処しなきゃいけない魔法がどんな呪文かわかってるほうが少ないってパパが言ってたので……」

 

 ロックハートは決して無知ではない。伊達にレイブンクローを卒業しているわけではないのだ。

 魔法はずいぶん忘れてしまった。杖の振り方にも自信がない。両親が授けてくれた美貌を除いて、ロックハートの武器はたった一つ。言葉だ。

 内容は重要ではない。()()を納得させること、それが真理だ。

 

「身近な賢者の言葉から学べるとは、実に素晴らしい。もちろん、この私に頼ってきた時点でその聡明さは発揮されていたと言えますが。であれば次は、遠い賢者に頼る番でしょう」

「遠い賢者……あっ、図書館ですか?」

「いかにも。条件を絞れば絞るほど必要な情報は見つけやすくなります。君、これは調査の基本ですよ。そして今日、君に与える最大の教えです。さあ行きたまえ、若人」

 

 心から感動した様子で何度も頭を下げながら去っていく生徒に軽く手を振り返してやってから、ロックハートはようやく安心にため息をつくことができた。

 今年のホグワーツは特に危険だ。石化は猫だけにとどまらなかったし、クィディッチの試合ではブラッジャーが暴走して生徒の骨を砕いたし、本能的にひりつく何かを感じる空気が漂いつつある。

 可能なら今からでも理由をつけて辞めたい。胃と肌のコンディションが限界だと主張している。しかし、これまでもこれからも、今のホグワーツ以上に創作意欲を刺激してくれるフィールドがあるだろうか?

 次第に首が回らなくなりつつある中で、それでもホグワーツの教授というポストは手放せない。

 

「ああ、ミス・グレンジャー! いいでしょう、学年の最優秀生にちょっとした応援をするくらいのことは――」

 

 閲覧禁止の棚からの貸し出しを許可する書類なんてとびきり厄介な品にサインせざるをえない程度には追い詰められていた。

 

***

 

「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

 

 ハリーが文句を言うと、見舞客用のスツールに座ったプロメテアが形ばかりの謝罪を口にした。それでも彼女の笑いは収まらないようだった。

 グネグネになった腕に薬で骨を通すなんて話はそうそう耳にするものではないし、確かにちょっと面白い。ただし、それは自分以外の誰かの腕である場合のみ楽しめる話だ。

 

「いや、すまん。ギルデロイ・ロックハートもなかなかやるじゃないか。人を()()()()()()達人というわけか」

「骨抜きになったのは僕の腕だけどね。骨生え薬をあいつにも飲ませてやりたいよ」

「あれに効く薬はないだろうな。……さて、本題に入ろう」

 

 冗談で現実から目をそらしてばかりいられるような状況ではない。

 クィディッチの試合で呪われたブラッジャーに腕を砕かれたあと、事態が大きく動いた。屋敷しもべ妖精のドビーが再び警告に現れ、そしてコリン・クリービーが石化して発見されたのだ。

 

「整理しよう。ドビーの目的はお前を守るためにホグワーツから家へ帰らせること。理由は秘密の部屋が開かれたため。ただし、ドビーは主の命令を破って自らの意志でお前を守ろうとしている」

「秘密の部屋と石化には関係があると思う?」

「このふたつが完全に別件だとしたら手に負えんが……秘密の部屋か」

 

 魔法史の授業でハーマイオニーがビンズ先生から聞き出したとおり、秘密の部屋はサラザール・スリザリンに関する伝説の部屋だ。

 スリザリン寮になら何か手がかりがあるのではないかとハリーはプロメテアたちの捜査に期待していたが、残念ながら空振りらしかった。

 部屋に眠るという「恐怖」がおそらく深く関係してくるだろうと誰もが予想している。シンプルに魔法生物だという説もあるし、生きた呪いだという話もよく聞く。先日は「サラザール・スリザリン自身のゴーストがグリフィンドールに復讐する機会を狙っている」という噂で新入生を怯えさせたリー・ジョーダンが罰則を受けていた。

 

()()()()。つまり、誰かの手によって。問題は誰が開いたのか」

「ドビーの主人が開いたんだとしたら、その主人って誰なんだろう」

「それについてだが……ドビーはマルフォイ家のしもべ妖精だ。本人に確認した」

 

 やはりドラコ・マルフォイの名が出てくる。ロンとハーマイオニーが睨んだとおりだった。

 ロンは最初からドラコが継承者だと決めつけていたし、ハーマイオニーも「本人の口から確認する必要がある」と宣言する程度にはドラコを疑っている。

 ハリーとしても彼の嫌味で傲慢な振る舞いにはうんざりさせられているし、怪しいとも思う。

 ただ、それでは説明がつかないのだ。今、誰よりも秘密の部屋とスリザリンの継承者について知りたがっているのはドラコなのだから。

 本当にドラコが継承者なら、プロメテアにあれこれ質問したり、怖がって怪しげな護符や魔法薬を買おうとしたりするだろうか?

 

「お前、なかなか推理の筋がいいな。論理に一貫性がある」

「そうかな?」

「感情に振り回されて今を見誤るやつよりはだいぶいい」

「まあ、うん、去年はそれで騙されたからね」

 

 クィレルの後頭部に張り付いた顔を見たときは本当にゾッとしたし、そのあとの戦いはもっと恐ろしかった。

 だからこそ、今年は冷静に犯人を探すつもりだった。早く解決しないと次は腕だけでは済まないかもしれない。

 ハーマイオニーの提案に乗ってポリジュース薬を作っているのもその一環だ。本当はこのことについてもプロメテアに相談するつもりだったが、ロンが「あいつの潔白もまだ証明されたわけじゃないし、スリザリンにいるんじゃあいつの安全を保証できない」と指摘したことでこの計画は秘密裏に進められることになった。

 

「まあ、骨が生えきったらまた私の研究室に来い。この調子だと軽い防衛呪文くらいは覚えておいたほうがよさそうだ」

「教えてくれるの?」

「私の心配事を減らすためだ。間違っても冒険心を暴走させるんじゃないぞ」

 

 心配してくれているプロメテアには悪いと思わないでもないが、もう事態は動き出している。

 ハリーは曖昧に笑って、他愛もない雑談に話題を移した。




《ポリジュース薬》
高度に複雑な変身の秘薬
原液に対象の部位を溶かすことで完成し、完全に姿を真似ることができる
生徒にはその調合法を閲覧することすら許されていない

性質上、その多くが悪事に用いられたとされる
他者の姿を奪って遂行すべき目的が正義であることがどれだけあるだろうか?

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