ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 決闘クラブなどというくだらない催事に参加するほどスネイプは暇ではなかった。

 しかし、校長から「事故が起きないように見張れ」と命じられては仕方がない。せめてストレスを発散するために主催の文豪気取り詐欺師をいじめて遊ぶ、ただそれだけを楽しみに会場へと向かった。

 ギルデロイ・ロックハートは見栄っ張りで、嘘つきで、臆病で、まったくもって気に食わない男だ。このような俗物の屑がホグワーツの教授、それも闇の魔術に対する防衛術の教授を務めているこの現状も不愉快極まりない。

 思えば、奴のせいで今年度に入ってからずっと機嫌が悪い。

 ただ、ロックハートが自らの嘘で塗り固められた栄光を守るために怯えながら嘘を吐き続けていることを思うと、優越感ですっと怒りが引いていく。鼠をいたぶる猫のような心地でスネイプはロックハートを楽しんでいる。

 

「――では、ご紹介しましょう。助手のスネイプ先生です。ごくわずかながら決闘についてご存知とのことで、勇敢にも模範演技を手伝ってくださるそうです」

 

 ご存知だとも。

 苛立ちが冷笑となってこみ上げる。学生時代、スネイプはきっと同世代の誰よりも決闘についてよく知っていた。卑怯で傲慢な()()()()()よりよほど決闘の作法を心得ていた。

 向き合って一礼し、杖を構える。

 自信に満ちた表情のロックハートが観衆に呼びかける姿が、一瞬だけ誰かに被って見えた。

 酔っぱらいのような浮かれた声が「よおスニベルス、元気か?」と自分を呼びつけるのすら聞こえる気がして、スネイプは奥歯を食いしばった。

 

「1,2,3――」

武器よ、去れ(エクスペリアームズ)!」

 

 壁まで吹き飛ばされ、ずり落ちて床に倒れ伏すロックハートを見て、スネイプは思わず力が入ってしまったことを悟った。

 武装解除呪文を打つことは事前に決めていたが、ロックハートには伝えていなかった。

 防衛呪文で魔法を反射して自滅させることも考えたが、ロックハートの技量を考えるとそもそもまともに魔法が飛んでこない可能性のほうが高い。攻勢に出る呪文の中で最も教育上の言い訳が立ちやすく、このイベントの進行を阻害せず、暴力の快感を楽しめる最適解はこれだ。

 意外にもロックハートはなんとか立ち上がり、武装解除呪文について生徒たちに説明を始めた。思ったよりは真面目に教師をやろうとしているようだ。

 もう何発かお見舞いしてやろうというスネイプの目論見とは裏腹に、ロックハートは自分が一番目立つはずだった模範演技を切り上げて生徒に実践を始めさせた。これ以上打ちのめされる様子を公開するのが怖いのだろう。怯えの色が見えるその目つきはスネイプの溜飲を下げた。

 そこからはもう、ちょっとした混沌だった。

 相手をおちょくりながら逃げ回る者、流れ弾を食らって鼻血が止まらなくなる者、端から杖を使わずに殴りかかる者。予期できた結果ではある。すべての生徒に決闘をまともにこなせる知性があれば、スネイプも普段からもう少し楽に授業ができるというものだ。

 ただ、観戦に値する対戦カードもあった。

 

「なるほど、面白い選択だ」

 

 セオドール・ノットとプロメテア・バークのペアだ。

 セオドールが摩擦軽減の呪文をプロメテアの足元に向かって唱え、さらに杖先から突風を生み出した。あらかじめ「相手を転ばせたら勝ち」などの取り決めをしてあったのだろう。

 一方、プロメテアが唱えたのはもっとシンプルな呪文だった。

 

泡よ(エバブリオ)

 

 自らを包むように大きな泡を生み出すと、セオドールが発した突風を利用して空中に浮遊した。

 一見すると自らの攻撃と移動の自由を封じる愚策にも思えるが、実はそうではない。

 周囲の生徒に危害が及ばないよう気を遣ったのか、セオドールは突風を下にやや傾けた形の気流として生じさせた。球体に包まれたプロメテアはこの気流の力を回転へと変え、上を転がってセオドールへと近づいていく。

 

「ッ!」

 

 慌てたセオドールが杖を上げ、気流を持ち上げてプロメテアを追いやろうとした。

 しかしそれは愚策だ。

 その勢いで上空へと飛び上がったプロメテアは自ら泡を割った。

 落下の力をそのまま活かしてセオドールの背に組み付く。首筋に添えられた杖に表情をこわばらせながら、セオドールが両手を上げて降参の意を示した。

 

「参った。……お前が防衛呪文をうまく使うのは去年の事件で知ってたから、俺なりに対策を考えたんだが」

「いや、いい判断だったと思う。足りなかったのは思い切りだろう」

 

 正しい指摘だ。スネイプは内心で頷いた。

 たとえばプロメテアがある程度高く宙に浮いた時点で風を止め、セオドール側から泡を割って着地を狙うという手もあった。着地の瞬間を討ち取れないとしても落下を強制させることができるというだけで状況を有利に持っていくことができる。

 もしくは彼女の視界を補助している魔法の鈴を奪ってもいい。手放させるだけでも圧倒的に有利だ。

 セオドールがそれをしなかったのは遠慮があったからだ。怪我をさせてしまったら、という心配がセオドールに守勢を取らせた。

 つまり、プロメテアは自分を人質に取ってセオドールの択を狭めたのだ。

 卑怯と言われても仕方がないほどに狡猾だが、戦闘とは相手に嫌な選択肢を押し付け続けるもの。相手の弱みを突いた冷静な決闘だった。

 スネイプはプロメテア・バークという女の能力を暫定的にではあるが高く評価している。そして、警戒の対象としても見ている。

 開心術を使うにも目が見えず、未知の魔法について知識を持っており、闇を厭わない魔女。ダンブルドアはどこか彼女の出自とハンディキャップを哀れんでいる節があるが、スネイプの目は誤魔化されない。

 

「――あー、スネイプ先生。どうやら少々、その、生徒たちが興奮してしまっているようで」

「……左様ですな」

 

 いつものわざとらしい笑顔を曇らせて、ロックハートが声をかけてきた。言いたいことはわかる。収拾がつかなくなる前に終わらせようというのだろう。

 医務室のマダム・ポンフリーに叱られる役目は主催に押し付けることとして、決闘クラブを終了する合図が必要だ。

 

「いかがでしょう、ここは生徒たちの中から2名ほどステージに立たせて代表の演技とさせては? もちろん、私の後にステージで演技をするというのは大変に緊張するでしょうが、ええ」

「なるほど。結構」

 

 スネイプはロックハートと中央の舞台に戻った。頭に血が上った生徒たちを注目させるためにはロックハートの笑顔など到底なんの役にも立たず、スネイプが魔法で部屋中に響くほどの破裂音を鳴らしてようやく意識のある全員がこちらを向いた。

 

「えー、みなさんの奮闘ぶりはよく見させてもらいました。大変結構。ただ、あまり張り切って明日の授業に差し支えても困ります。私の担当する闇の魔術に対する防衛術のように目の覚めるような授業ばかりとは限りませんからね。そこで、誰かに代表として今日の成果を披露してもらって、それで解散としましょう」

 

 ロックハートが代表に選んだのはハリー・ポッターだ。スネイプがプロメテアとセオドールの決闘を見ている間にいくつかローブに焦げ跡を作っているが、目立った怪我はしていない。

 それならばとスネイプはドラコを呼び寄せた。こちらは相手をしていたダフネ・グリーングラスに遠慮した結果一発いいのをお見舞いされているようだが、足取りはしっかりしている。

 

「私が3つ数えたら始めなさい。武器を取り上げたほうが勝ち、よろしいかな? お互い怪我をさせるようなことはしないように」

「はい、先生」

「……ええ、わかっています、()()

 

 ドラコが返事をしたのはロックハートに対してではない。スネイプに対してだ。

 やりすぎなければ何をしてもよい。スネイプが自らハリー・ポッターの対戦相手としてドラコを代表に選ぶというのはそういうことだ。それを理解していると返事をし、さらにドラコは行動でも示した。

 

「3,2――」

「――宙を踊れ(エヴァーテ・スタティム)!」

 

 踊るというよりは無様に吹き飛ぶと形容すべき動きだ。ドラコに吹き飛ばされ、ハリーはステージの端まで転がった。

 注意すべきか立たせるべきかロックハートがオロオロしているうちにハリーは立ち上がり、素早く杖を構えなおした。

 

目隠し(オブスキューロ)!」

 

 ドラコの頭部を覆うように布が現れた。視界を奪われたドラコは狼狽えて後退り、先程までの戦闘の余波であろう瓦礫の破片に躓いて尻餅をついた。

 スネイプは生徒たちの中から聞こえた忍び笑いを睨んで黙らせ、杖の一振りで目隠しを取り払ってドラコを立たせた。こんな情けない結果を晒されてはルシウスに報告ができない。

 ロックハートが改めて3つ数えた後、ドラコが先んじて呪文を唱えた。

 

蛇よ出よ(サーペンソーティア)!」

 

 杖先から白煙とともに飛び出したのはヨーロッパクサリヘビ。毒性は死に至るほどではないが、噛まれると死ぬほど痛く、しかも腫れ上がる。そして急に魔法で呼び出されたせいで気が立っている。

 周囲の空気が硬直した。この呪文は蛇を呼び出しはするが、呼び出した蛇を従わせる効果はないのだ。

 怒りと警戒心で鎌首をもたげて威嚇する蛇に睨まれ、ハリーは硬直している。

 

「動くな、ポッター。我輩が――」

「私にお任せあれ!」

 

 余計なやつがしゃしゃり出てきたことへの不快感でスネイプは己の頬がひきつるのを感じた。

 無意味に大仰な動作のあと、ロックハートの魔法は蛇を数メートル浮かせてからステージに叩きつけた。大したダメージにはなっていないだろう。それどころか、ますます蛇は怒り狂っている。

 蛇が観衆の最前列にいたハッフルパフの生徒に狙いをつけた、まさにその時だった。

 まるでもう一匹蛇が現れたかのような声。

 

「一体、何が」

 

 ステージの上で蛇の声を発しながら、じっと蛇を睨むその人物に全員が注目していた。

 ハリー・ポッターが蛇語を話している。

 語りかけられた途端、蛇がとぐろを巻いて大人しくなった。ハッフルパフの生徒を助けたつもりなのだろう。しかし、観衆たちは冷ややかな視線をステージの上に向けていた。

 蛇語を語る者(パーセルマウス)は悪の象徴として長く語り継がれている。そして、サラザール・スリザリンの特技としても。

 スネイプは杖を振って蛇を消し、これからやらなくてはならない仕事の数々にうんざりしながら解散を命じた。




《サラザールの杖》
スネークウッドにバジリスクの角が用いられた手製の杖
かつてサラザール・スリザリンの手にあった品
主とともに歴史から姿を消した

蛇語遣いとして知られたサラザールは蛇語の呪文をも操った
そして蛇を冠する杖はよくそれに応えたという
今となっては蛇のみがそれを語るだろう
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