ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 パーキンソン家の長女としてパンジーにはやらなければならないことが山ほどあった。クリスマス休暇でもそれは変わらないし、なんならホグワーツにいた時よりもよほど忙しいくらいだ。

 だから、「明日会えるか」などとふざけた手紙を夜になって寄越してきた馬鹿で世間知らずで失礼なチビには本当に、腹の底から怒りがこみ上げたが、そういうやつであることはここしばらくの付き合いで理解させられていた。

 わざわざ上等な便箋を使っておいて書いてあるのはたった一筆だ。本人であることが確認できないと開封できない封蝋で閉じられていたから、屋敷しもべ妖精の掲げるトレーから受け取ったときは少しだけ緊張したというのに。

 おそらく空いていないだろうと思いながら、屋敷しもべ妖精に予定を確認する。

 

「キネシー、明日の予定はどうなっていたかしら」

「はい、お嬢様。9時半からヤックスリー様ご一行と遊猟のご約束。昼食後、14時に魔法運輸部の担当者から当家ブリュワリー製品の国外輸出についてご挨拶が。夜会はセルウィン家がホストで20時からにございますので、17時から支度に取りかかれればと存じます」

「……15時から17時は埋まっていないの?」

「左様にございます。ご学友とお会いになられては?」

「……パパが何て言うかしら」

「すでにお伝えしましたが、大層お喜びのご様子でございました」

 

 パンジーは思わず頬がひきつるのを感じながら、脳内で改めてスケジュールを確認し、間違いなく空きがあることを理解した。

 親馬鹿な父も有能すぎる執事もパンジーに甘すぎる。自分がしっかりしなければこれからの魔法界でパーキンソン家を保っていけないと気合を入れたところにこれだ。

 そもそも同期の連中が皆も皆変人ばかりなのがどうかしている。グリーングラス家の長女は振る舞いこそ上品だがお転婆がすぎるし、ノット家の長男は真面目で寡黙だが妙に抜けている。ブルストロードは言うに及ばず、いずれ結婚するのであろうと思っていたドラコすらハリー・ポッターばかり見ていて落ち着きがない。

 中でも一番頭のおかしいバーク家の一人娘、プロメテアはいつもパンジーの手を焼かせてきた。静かだが目を離すとすぐになにかやらかす赤ん坊のような子だ。最初は嫌いだった。しかし、ああまで悪意がないと嫌いになりきれない。

 あれを友達として家に呼ぶのが大変に癪でならないが、不幸にもパーキンソン家の薫陶を受けたパンジーの頭脳は、彼女を家に招待すべきだと自分に言い聞かせるための政治的な言い訳をすでに思い浮かべていた。

 

「まあ、うん、そうね。ボージン・アンド・バークスの経営状況次第では多少投資しておいたほうがいいかもしれないし? ノクターン横丁の顔役と個人的なコネもほしいし? わざわざ来たいと言うならね? ……ちょっとキネシー、何笑ってんのよ」

「いえ。お嬢様はずいぶんとまっすぐな感情表現がお上手になられました。キネシーは感激しております」

「うっさい。明日の15時に部屋を用意しておきなさい。紅茶はいっちばん安いのにしなさいよね」

「おや、では腕の見せ所ですな。キネシーが最高の一杯をお出しいたしましょう」

 

 思い切り舌打ちをすると、キネシーは笑みを隠さずに優雅な会釈をして姿くらましをした。きっと厨房の屋敷しもべ妖精たちに明日の茶菓子について指示をしにいったのだろう。

 キネシーはパーキンソン家で最古参の屋敷しもべ妖精で、パンジーの教育係でもある。パンジーが生まれたときにはもうパーキンソン家にいて、執事としてずっと申し分ない働きをしてきた。紅茶を淹れる腕も一級品だ。ただ、いつまでたってもパンジーを子供扱いするあの態度だけはいただけない。

 化粧も落としてマッサージも受けて、あとは寝るだけだと思っていたのに、一日の最後で急に疲れがやってきた。

 いつの間にかテーブルに置かれていた温かいハーブティーのカップを手に取りながら、明日プロメテアと会ったらどれだけ叱ってやろうかと想像を膨らませて、パンジーはくすりと笑った。

 

***

 

「百歩譲って、あんたがいるのはわかるわよ。昨日手紙を寄越したんだから」

「そうだな。うちにある一番いい便箋を使った」

「あら、素敵ですわねメティ」

「素敵ですわね、じゃないわよ! 揃いも揃って!」

 

 あらあら、と上品に笑うダフネはパンジーの記憶が正しければ明日までイタリアにいるはずだし、壁に背を預けてマフィンを頬張るミリセントはなぜか傷だらけの姿でパーキンソン家本邸の門を押し開けてきたし、肝心のプロメテアは大荷物で危うく暖炉を詰まらせかけた。

 女子寮の同室組がなぜか全員集まっている。しかも自分の家で、招待もしていないのに。

 外は大雪だ。邪険にするわけにもいかず家に上げたが、今からでも追い出してやろうかとパンジーは思いはじめた。

 

「よいではないか。拙もちょうど貴公らと顔を合わせたいと思っていたのだ」

「あんたの都合で押しかけんじゃないわよ!」

「でも、私はお休み中ずーっとパンジーとゆっくりお茶したいと思っていましたのよ? せっかくお友達になれたんですもの、休暇中少しも顔を合わせないなんて寂しいと思いませんこと?」

「そりゃ、まあ、そうだけど! そうだけども、よ! なんかこう……違うでしょうが! 全部!」

 

 息を切らして背もたれに身を預ける。パンジーはだんだん不安になってきた。もしかしたら自分が間違っているのだろうか? この世界は目の前でにこやかに紅茶を嗜む馬鹿を正しいとしているのだろうか?

 

「すまない、パンジー。私が二人を呼んだ」

「そうでしょうとも。事前に言われてれば私だってもう少し給仕を手配するとか……」

「私が信頼できる人間以外の耳がない空間が必要だった」

 

 一瞬、パンジーの思考が停止した。まるで落下する木の葉が停止魔法をかけられて空中に釘打たれたかのように、理解の進行速度が0のままの時間が発生した。

 プロメテアの表情は至極真面目で、どこか青ざめてすらいた。元々血色のいい方ではないし、目隠しで表情が隠れているからわかりづらいが、よく見るとやつれたような印象を受ける。

 何かがあったのだ。あのプロメテア・バークが人を頼ると決めるほどの何かが。

 途端に静かになった応接間で、プロメテアが荷ほどきする音だけがやけに響いた。

 

「本当はお前たちにこういう形で頼りたくはなかった。だが、私が信頼できる人間の中でこういったことに長けているのはお前たちだけだった」

「……いいから、話してみなさいよ」

 

 自分の声が想定よりも幾分優しかったことに驚きつつ、パンジーは続きを促した。

 しかし、返事の代わりに泥だらけの赤い花が応接間の上等な黒檀のテーブルへと置かれると、流石に眉間の皺を緩める気にはならなかった。

 

「これは今、アズカバンで繁殖している花だ。ヒガンバナという。東洋が原産で、根に毒があるため多くは墓地や農地の水路など地中を荒らされたくない場所に植えられる」

「ほう。すさまじい赤だな」

「花弁には触れるな、蜜の毒性が存外に強い。この品種は現在アズカバンの監督官が友人から譲り受けたものだと本人から聞いた。ジェーン・コートだ、わかるか?」

「ジェーン・コート……いくらか上の世代ですが、ハッフルパフの監督生でしたわね。規律に厳しい一方で好奇心旺盛な人物だったという話を聞いております」

「彼女はこの品種を生み出した魔法使いがただのペンパルだと語っていた。しかし、私が調べた限りではそうは思えない。その植物の根には魂を腐食する菌のようなものが棲んでいるからだ」

 

 机の上のものをつまみ上げようとしていたダフネが慌てて手を引っ込めた。

 細く華やかな花弁には惹かれるものがあったが、そう説明を受けると妙におぞましく見えてくる。なんというものを持ってきてくれたのだ。

 

「まあ、墓地に咲く分には問題ないだろう。ソウルはやがて色を失って世界に還るものだ」

「魂の色? メティ、それは一体どういう……」

「そのことは追って話そう。問題はこれの造り手が何を目論んでいたのかだ。場合によっては、私はそれを打ち倒さねばならないかもしれない。嬉しくないことにな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。……一から順番に話しなさい。あんたの目的は、何なの?」

 

 何もかもがわからなかった。

 確かにプロメテアは変わった同級生だ。視力がないのに身のこなしがいいし、頭がいいのに社交界の知識がなにもない。たまに物騒で、とても非常識。

 それでも彼女はよくいる変わった子どもだと思っていた。だから、パンジーには彼女が何を考えているのか少しも理解できなかった。

 

「目的、か」

 

 プロメテアが頭に手を伸ばし、静かにその目隠しを解いた。

 その布がすべて解かれ、床に落ちた時、パンジーが言おうとしていたたくさんの言葉がすべてどこかへ消え去ってしまった。

 プロメテアの素顔を目にするのは初めてだった。

 雰囲気からわかってはいたが、人形のように愛らしい顔。想像していたよりも目つきは穏やかで、眉は困ったようにひそめられていた。

 それなりに付き合いのある関係のはずなのに、初めて見つめあって瞳の色を知った。本人の性格と少しも噛み合わない透き通った空色の瞳は、少しだけ不安に揺れている。それなのにプロメテアは下手くそに微笑んでみせて、少し大げさに手を広げた。

 

「本当はただ、未知を学ぶのが好きなだけの学徒さ。だが、古馴染みの教え子に頼まれていたようでな。ちょっと世界を救ってくれないか、と」




《プロメテアの目隠し》
ホグワーツの学徒、プロメテアの目隠し

深淵に浸された黒布は火の苛烈さへの恐れを示す
きっと火と火継ぎとを嫌ったであろう恩師へのささやかな手向け

火は眩しく、薪は苦しく、それでも温もりは人とともにある
温もりのために火を知る覚悟が決まるその日まで、目隠しは恩師を守り続るだろう
そしてきっと、あの人は覚悟してくれる
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