ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 最初、プロメテアは自分が暗闇の中にいると感じた。

 しかし、それは正確ではなかった。プロメテアの()()()()()では、そこは暗いわけではなかった。小さな椅子とそこに腰掛ける女、油彩画用のイーゼルが置かれている以外に何もない空間が、光源がなくともプロメテアの目に()()()()()()()()()()

 

「――お待ちしておりました、()()()()()()

 

 静かに立ち上がってお辞儀した女に、プロメテアは見覚えがあった。

 黒いローブとプラチナブロンドの長髪は貴人然としているにも関わらず、その目を隠す銀の頭冠が彼女の身分と役目をはっきりと示している。

 

「祭祀場の火防女か」

 

 火防女。火継ぎの祭祀場でずっと火のない灰に仕えていた盲目の女。

 それほど頻繁に会話を交わしていたわけではないが、落ち着いていて誠実な性格は好ましく思っていた。

 自分が盲目になった時、彼女の存在を想起しなかったわけではなかった。だから、こうして再会したことへの違和感はそれほど大きくはない。

 ただ、それは「自分がなぜここにいるのかという根本的な疑問に内包されているから些細な疑問が意識に引っかからない」という類の話であって、プロメテアは現状が何一つ理解できていなかった。

 

「ご無沙汰しております。……いえ、こう申し上げるべきでしょうか。お邪魔しております、と」

「ここは……私の中なのか?」

「はい。ずっとここでお待ちしておりました」

 

 アズカバンの墓前で両親のソウルを手に入れた直後、プロメテアの内側で何か、鍵が外れるような音がした。そして意識がこの空間へと飛ばされた。

 状況がうまく飲み込めないまま、プロメテアは旧知の女性である火防女をじっと見つめた。あの祭祀場にいたころから何一つ変わっていそうにない。

 

「どうぞおかけください」

「椅子はひとつしかないぞ」

「ええ。だからこそおかけください、オーベック様。ここは貴方様の炉なのですから」

「……私はもうオーベックではないぞ。プロメテア・バークだ」

 

 存じております、などと微笑んですら見せる彼女は記憶の中にあるそれよりもずいぶんと表情が柔らかい。

 釈然としないまま腰掛ける。目前に置かれたイーゼルにはなんのキャンバスもかけられておらず、ただ縁に垂れた絵の具の跡だけが絵画の気配を残していた。

 しかし、傍に控えるようにして立つ火防女はそこに絵画が飾られているようにしてイーゼルを眺めている。ここが本当にプロメテアの中なら、どうにも精神的な病理を見いだせそうな気がしてならない。

 

「灰の方から願われて、私は貴方様をお待ちしておりました」

「つまり、あいつが関係しているんだな? 私がここにいることに」

「ええ。貴方様はあの方の希望であり、あの方の後悔でもあります」

「……後悔?」

 

 返事の代わりに火防女は床から何かを手に取った。黒い帯のような布。プロメテアが目隠しとして巻いていた布だ。

 

「あの決断をされたあと、灰の方は貴方様の名を何度も呼ばれていました。許しを請うように」

「待ってくれ、何の話をしているんだ」

「きっと()()()()()()()()()()ことでしょう。しかし、その穏やかなご様子を見るに、きっと灰の方は成功なさったのだと思います」

 

 火防女がゆっくりと座るプロメテアの後ろに回り、そしてその手でプロメテアの目を覆った。冷たい。

 困惑から生まれた言葉が口をついて出そうになったが、その言葉は顔に触れる彼女の手が震えていることに気づいてどこかへ消えてしまった。

 

「私たちは残酷な選択をしました。あの方でなければなしえなかった偉業でしょう。しかし、貴方様にとっては途方もない悪行になったかもしれません。それでもどうか、願わせてください。どうか、世界をお守りください、と」

「……それがあいつの願いか」

 

 視界が覆われ、改めて向き合った暗闇の中で、記憶の奥底にいる弟子の姿が浮かんだ。

 好奇心旺盛で、溌剌としていて、単純馬鹿で、夢想家と笑われてもおかしくないほどに諦めが悪い女。

 きっと彼女が何かとんでもないことをしでかしたのだろう。火防女を巻き込んで理外のことを成し遂げ、その結果として知らないうちに巻き込まれたオーベックがプロメテア・バークとして生を受けたのだろう。

 さっぱりわからない。プロメテアはわからないことをわからないままにしておくのが大嫌いだ。それは理性の怠惰だからだ。

 しかし、いや、だからこそと言うべきか。プロメテアはわからないことが大好きだ。

 火のない灰、名を持たない女騎士、学徒としてのオーベックの唯一の弟子。オーベックが関わった最後で最大の未知を運ぶ者(愛すべき人)

 

「いいだろう」

「……よろしいのですか?」

「まあ、そうだな。普通はそんな訳のわからん願いに安請け合いはしない。私でなくともまともな思考の人間は皆そうする。普通は断る。しかし」

 

 プロメテアの目を覆っていた冷たい手を握って、そっとどかす。

 いつの間にかイーゼルには無地のキャンバスが載せられていた。

 

「あいつが私を生まれ変わらせたなら、あいつには大きすぎる借りがあるということになる。そうでなくとも返しきれていない借りが、まあ、少しだけ残っているだろう」

 

 プロメテア・バークという人生にはかなり満足している。

 オーベックだったころと異なる常識に日々苦労させられているし、体の違いが不便でならない日もないではない。

 それでも夢は叶った。学徒として日々を楽しく過ごせている。友人もいる。たまに厄介事もやってくるが、トータルで言えばプラスだろう。

 

「……灰の方がそれをお聞きになれば、大層お喜びになったでしょう」

「なんだ、あいつはいないのか」

「ここには。しかし、いずれ導きがあることでしょう。……私からもお礼を。そして、その道程が少しでも明るくなりますよう」

「どうせお前もあいつに巻き込まれた口だろうに。それで、何から世界を守ればいいんだ?」

 

 懐かしそうに微笑んでいた火防女は少し慌てたように頷いて、キャンバスを指さした。

 

「ここに何が見えますか?」

「……心理テストの類でないのなら、無地のキャンバスと答えるが」

「なるほど……かしこまりました。貴方様はいずれまたここに訪れるでしょう。そのときにこの絵画が語るであろう事実について、私からはお伝えできません。私はただ、言伝だけを語ります」

「それで構わない」

「では……」

 

 突如として火防女は自らの腕を自らの腹に突き刺した。

 思わず立ち上がったプロメテアの足元で椅子が音もなく転がる。

 

「おい、何を!」

「お見苦しい真似を、ご容赦ください」

 

 どうやら痛みはないらしかった。それどころか傷も生まれていない。

 ゆっくりと引き抜かれたのは、揺らめく黒い光。どうやらソウルのようだ。

 火防女は跪き、プロメテアに捧げるようにしてそのソウルを差し出した。

 

「貴方様は資質を示されました。火を知って火を選ばず、闇の中にあって火の温もりを認める。それは火防女の資質、火の傍にある者の資質」

「……なれと言うのか、私に」

「すでにその肉体は火防女として完成しております。ソウルを見透かす瞳は、少々使いづらいかもしれませんが」

 

 プロメテアは直感で理解した。

 このソウルを受け入れれば、プロメテアは火防女としての力を得る。すなわちソウルを己の内で力へと変える力だ。

 

「あいつがそれを望んだんだな?」

「はい」

「……わかった、いいだろう」

 

 プロメテアが黒い光に手を添えると、光とともに湿った冷気が腕から肩へ、そして胸を伝って腹へと下っていった。

 違和感はなかった。むしろ、プロメテアの内側が本来あるべき姿に整っていくような快感すらあった。プロメテアの内側に何か暗い空洞のようなものが生まれていくのがわかる。

 火防女になる。ソウルを器たる者に注ぎ、その者に英雄たるだけの力を与える者に。

 

「これで……いや待て、私が火防女になったとしても英雄がいないと話にならんだろう。私が私を英雄にしないといけないのか?」

「貴方様は英雄にはなれません。……いえ、申し訳ございません。灰の方からそうお答えするようにと」

「あいつは……まったく。まあいい、それで?」

「錬成を。ソウルの力を引き出し、形として顕現させることでお役立てください」

 

 驚きにプロメテアの些細な苛立ちはあっさり消し飛んだ。

 力を持ったソウルの中には錬成という技術によって武器や魔法に姿を変えるものがある。これはソウルが存在そのものであり、記憶であり、魂であり、感情であるからできることだとされている。

 かつてはクールラントという国で結晶トカゲの鱗を用いて作られた錬成炉によるソウル錬成が研究されていた。しかし、その国は魂喰らいと呼ばれる悪夢のような怪物に滅ぼされた。

 ソウルの業を扱おうとする国はどれも分不相応なものに手を出して滅んでいる。その遺産を有効活用しているプロメテアが言えた話ではないが、強大な力など持たないに越したことはない。

 しかし、考えてみれば火防女ほどソウルの錬成に適した存在もないだろう。火防女は火継ぎの使命を抱える者に仕える存在だ。

 

「お前にもできたのか?」

「私は、その……武器や魔法の知識を持たなかったのです。錬成する者の知識や想像力がなければ、ソウルは形になりません」

「なるほど。……なるほど」

 

 妙に少年心をくすぐられる話だ。これがパンジーの言っていた「自分へのご褒美」というやつだろうか。

 なんといってもボージン・アンド・バークス魔法骨董店の次期店主だ。その前は刺客だった。職歴上、この世界で一番向いている。

 しかし、問題は使用するソウルだ。伝承に残るような英雄、怪物を探すのは骨が折れる。ひょっとすると文字通り骨を折るだけではすまないかもしれない。

 そんな疑問に応えるかのように、プロメテアの内側から熱を帯びた光が溢れ出た。

 

「――これは」

 

 その熱には心当たりがあった。つい先程、墓前で受け取った熱だ。

 自然とプロメテアは両手を組み、まるで祈るようにして膝を折った。

 火防女としての力を得たことで生じた内側の精神的空洞が満たされていく。言葉ではない直接の感情が流れ込んでいく。

 プロメテアには自信がなかったが、きっとこの熱には名前があって、それはおそらく親から子への愛情というのだ。

 いつの間にか荒くなっていた呼吸が引いていく熱とともに収まると、プロメテアの前にひとつのプレゼントボックスが現れた。

 リボンをほどき、質のいい紙の蓋を開けると、中に入っていたのは一振りのナイフと、一枚の羊皮紙。

 

「これが……そうか。これが錬成なのか」

 

 返事はなかった。

 いつの間にか火防女の姿はなく、椅子の上に丁寧な筆跡のメモが残されていた。

 

「『紅の花を愛する腐食の主を見つけてください。でなければ世界は朽ち果てるでしょう』、か。……無理難題だな」

 

 わからないことばかりだ。プロメテアの明晰な頭脳をもってしてもパンク寸前で、その状態で放置していった火防女とそれを差し向けた弟子には文句を言いたくなる。

 ただ、今のところプロメテアはかなり楽観的だった。両親からクリスマスプレゼントをもらう、そんな初めての体験を済ませた今のプロメテアは無敵だからだ。




《湿った火防女の魂》
かつて闇に浸ったという
ある火防女の魂

彼女は小さな火を見出し、一人の破天荒な英雄に仕え
ついには火継ぎの神話にありえざりし結末を見た
故にその魂は暗い冷たさと暗い温もりの両方に満ちている

火防女の魂は英雄の言伝を宿している
先生、無事でいてね
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