ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
「認めません!」
目の前で怒りを露わにするアストリアをどう扱うべきか、プロメテアは困り果てていた。
パンジーの宣言に従って4人がグリーングラス家を訪れ、全くもって健康体のアストリアがそれを迎え入れた。姉の帰還を喜び、傷だらけのミリセントにやや引きながらも挨拶を交わし、パンジーのラフな態度にやや困惑したあと、プロメテアの番になって態度が豹変したのだ。
荷物が多かっただろうか、もう少し身奇麗な格好をしてきたほうがよかっただろうかと思案したが、どうやらそうではないらしい。
「プロメテア・バーク! あなたの悪行三昧はお姉様からたっぷりと聞いています! 素行不良でお姉様の手を煩わせる不審な商売人、そんな怪しい人物を通すなど、グリーングラス家の名が許しません!」
「……一応、招待を受けている身なんだがな」
「お姉様は騙されているんです! だから、私があなたの正体を暴きます!」
つい先ほど正体を明かしたばかりなのだが、それを言うわけにもいかない。
姉の方に助けを求めようと思ったが、忍び笑いが聞こえるところから察するにどうやら状況を面白がっているようだ。
アストリアについてはダフネから多少聞かされていた。少し甘えたがりなところもあるが真面目で一生懸命。ただし、時折妙な正義感を暴走させて姉以上のお転婆を発揮するとも。
そしてどうやら今日はその「正義感が暴走する日」のようだった。
「はは、貴公もツケが回ってきたようだな」
「ミリィ、笑ってないで口添えをだな……」
「怪しい人物であることを拙が否定する根拠はあったかな? ふむ、どうやらなさそうだ。拙はそれよりもグリーングラス家のシャワールームに用があるのでな、お先に失礼」
「おい、嘘だろ……パンジー?」
「ダフネ、ついでだしあたしたちもシャワー済ませちゃう? なんか変な汗かかされたし」
「そうですわね。アスティ、わたくしたちは2階にいますから、気が済んだら入ってらっしゃいな」
「はい、お姉様! ごゆっくり!」
敵陣、しかも味方はなし。
多少の憂さ晴らしは覚悟していたが、さすがに冬の門前に放置されるとは思わなかった。いくら魔法族が非魔法族の病全般に免疫を持っているとはいえ、体を冷やせば体調は崩す。しかも空腹だし、緊張の糸が切れて眠くすらある。
因果応報ではある。食事を取らなかったのは自分だし、睡眠不足なのは彼岸花の分析で徹夜をしたからだ。
ただ、初対面の、しかも自分に敵意を剥き出しにしている少女とふたりきりで置き去りというのはかなり気まずい。
「あー、それで……正体を暴く手段は考えてあるのか?」
「そ、それは……こう、魔法で……」
プロメテアは心の中で状況評価を修正した。とても気まずい。
「ふむ。たとえば?」
「あの、えっと……そう、化けの皮を剥がす魔法です!」
「
「あ、当たり前です! 私はお姉様の妹ですから! 予習も完璧なんです!」
「なるほど。杖は?」
「お母様から練習用にお借りしたものが……そ、そんなことはお前には関係ないでしょう!」
感情の機微に疎いプロメテアでもなんとなくわかってきた。この子は姉が大好きなのだ。
だから姉の近くにいるよくわからない人間を警戒しているのだ。まるで忠実な番犬のように。姉としては可愛くてたまらないだろう。ダフネが手紙で妹の話ばかり送ってくるのも納得だった。
しかし、プロメテアが説得の材料を持っていないのも事実だ。友人の妹に下手なことをして傷つけるのも望ましくない。
今、プロメテアは刺客時代も含めて、全く経験のない苦境に立たされていた。
「……そうだな。では、こうしよう。お前に難しい魔法を使わせて疲れさせたら、お前の姉に申し訳ない。だから、私の杖をお前に預けよう」
「えっ……いけないんですよ、杖は魔法族の誇りだから手放しちゃいけないってお父様が」
「そうだ。だから、その誇りにかけてお前の姉に悪さをしないと誓う。それでどうだ?」
プロメテアが杖を取り出すとアストリアは身構えたが、そのまま杖を雪の上に置いた。
オリバンダーの店で買ったプロメテアの杖。この世界ではポプラの一種とされているらしい白い妖木の杖はソウルの業にこそ合わないものの、プロメテアの手によく馴染み、よく応えてくれる。こんな寒い中に置かれて差し出されるのは不本意かもしれないが、他に警戒を解く手段が思いつかなかった。
しばらく逡巡していたが、アストリアはおずおずとプロメテアに歩み寄って杖を拾い上げた。
「……わかりました。お帰りの際にお返しします。でも、見張ってますからね!」
ダフネとは違った意味で個性的。
今のところ、プロメテアはアストリアに好かれていないらしい。警戒の視線を背に感じながら、プロメテアはようやくグリーングラス家の門を潜った。
***
ダフネは愉快でならなかった。
ちょっとした意趣返しというわけでもないが、あのプロメテアが妹相手にたじたじになっているのは中々見ていて面白い。
今もグリーングラス家の応接間で暖炉の優しい光と熱に安らぎながら、ソファの上で膝を丸め、少し居心地悪そうにココアのマグカップを両手で抱えている少女のどこが「凄腕の刺客」だと言うのだろう。
「それでね、アスティ。メティがいつまでもベッドの横にその光るしゃれこうべを置いているものだから、とうとうパンジーが怒ってしまって」
「あれは謝っただろう」
「謝ったからってなかったことにはなんないの。末代まで語り継ぐからね、あんたの傍若無人具合はスリザリンの歴史に刻まれたと思いなさい」
「いや、しかし……」
言い訳が思いつかなかったのか、少しいじけたようにしてココアを啜る。
そんな様子を見てますますアストリアの目が「胡乱な客を見る目」になっていくのだが、そこはプロメテアに責がある。アストリアの姉として手を貸すつもりはあるが、関係を改善する気があるならある程度自力で頑張ってもらわねば。
元々ダフネはアストリアに「学校でできた仲良しのお友達」としてプロメテアのことを聞かせていた。しかし、いつの間にかアストリアはプロメテアを反面教師にして育ち、挙句の果てに「お姉様に近づく怪しい輩」としてプロメテアのことを警戒するようになってしまった。
気持ちはわからないでもない。ボージン家が「格下」として扱われるのは骨董品店を営む商売人だからだ。実際に貴族であるかはともかく、貴族として振る舞いたい純血の旧家たちは「自らの額に汗をかいて商売する者」を見下している。彼らの基準では「労働とは卑しいもの」なのだろう。
そんなボージン家の当主を後見人とし、幼いながらもバーク家の当主として生きることになった彼女に社交界は注目していた。彼女が貴族か商売人かによって価値が変わると思われていたからだ。彼女の失明事件があるまでは。
「それに、怒ってたのはあたしだけじゃないわよ。ダフネだってなんかよくわからない虫の瓶詰め捨ててたじゃない、しかも寮の暖炉に」
「……おい、あれはなくしたと思っていたんだが」
「あら、そんなこともありましたわね。そうですわ、メティが整理整頓をしないから、暖炉に転がっていってなくなっちゃったんですの」
「女子寮から談話室の暖炉まで? 転がるわけがないだろう、蹴って運んだの間違いじゃないか」
「お姉様がそんなはしたないことするわけないでしょう! とんでもない言いがかりをつける人ですね、まったく……」
同意を求めるように隣で見上げるアストリアを返事の代わりに抱き寄せると、少し緊張したように身体を強張らせる。昔は素直に甘えてきたのに、最近は恥が出てきたようだ。それとも人前だからだろうか。
健康のために家に残らねばならなかった妹とこうしてクリスマス休暇を過ごせるのは、ある意味ではプロメテアのおかげとも言える。ただ、それをアストリアに話すわけにもいかないだろう。
プロメテアの特殊性についてすべてをアストリアに話したわけではないし、ダフネ自身すべてを理解できているわけではない。
彼女が完全に盲目なわけではなく、魔法的な体質で通常の視力を失った代わりに「魂を視ることができる」ということは教えられた。ありえない話ではない。魔法界には魂やそれに類するものを扱う秘術が多く語り継がれているし、昨年度ずっとプロメテアがクィレル教授に近寄らないようにしていたことは根拠として十分に有力だ。
ただ、魂の秘術や錬成についてはまだ理解できたとは言えないし、あまり触れようとも思わない。それは恐怖や無関心によるものではない。グリーングラス家が抱える
しかし、もし
それは友人として正しいことなのだろうか。ダフネにはまだ自信がなかった。
「――お姉様?」
思わず腕に力が入っていたのに気づき、心配そうに見上げるアストリアの目を見返す。
「ごめんなさいアスティ、少し考え事に耽ってしまって」
「……ま、今日一日で考え事の材料が増えすぎよね」
それは全くもってそのとおりだ。
一人だけココアを断ってホットの蜂蜜酒をちびちびやっていたミリセントが大きな欠伸をした。
「拙はもう頭が回らんぞ。さっきから話の9割が耳を抜けていくくらいだ」
「あんたは普段の授業もそうでしょうが。……ねえ、ダフネ」
「言われずとも、来客用のベッドルームは用意させてありますわよ」
「あんた最高。悪いわねアスティ、ちょっと一晩お邪魔するわ」
アストリアは戸惑っていたが、ダフネが頷くと屋敷しもべ妖精たちにてきぱきと指示を出しはじめた。
この胸の高鳴りがすぐ隣の妹にばれてはいないだろうか。ダフネは姉として少しだけ恥ずかしく思った。「お友だちとのお泊まり会」という憧れをまたひとつ達成できる興奮は隠しきれそうにない。
***
目の前で震える男に彼自身の自伝を見せてやりたいという欲求をぐっとこらえ、ルシウスはオグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの燃えるような酒精を舌の上で転がした。
ルシウスがわざわざいじめてやる理由もない。どのみち、こうしてルシウスの私室で頭を垂れている時点でこの男は終わったのだ。
「本当に……本当にこれで助かるんですね?」
「左様。理事会の承認はすでに得ております。あとはサインをいただくだけ」
ギルデロイ・ロックハート。自らを虚飾で英雄とした哀れな詐欺師は、自らの虚像と文才で編まれた鎖に足を取られ、そして今、ルシウスによって吊るされようとしている。
ルシウスも彼の著作には目を通した。勲三等マーリン勲章、文化の貢献者に与えられるその勲章にふさわしいだけの文才を持つ男だ。
しかし、アイデアの泉が致命的なまでに枯渇していたらしい。
彼によって記憶を奪われた被害者は、被害を申し立てることもできない。忘却術師としてであれば明日からでも魔法省で勤務できるであろう実力を躊躇なく振るったことで彼は英雄としての名声を手に入れた。
その名声が今、彼の美しい指先を震えさせているのだから、因果なものだ。
「ホグワーツには置き手紙でも残すとよろしいでしょう。そうですな……次の冒険に出る、とでもすればよろしい」
「ええ、そうですね……そう、私は次の冒険に出なくては。彼らの目が届かないところに……」
事実、ホグワーツの事件はじきに解決する。ルシウスの読みどおりなら死人は出ず、そしてハリー・ポッターが名声を得るだろう。
闇の帝王が遺した日記帳を使うのはルシウスにとって賭けに近かった。しかし、プロメテアを動かすのには並大抵の投資では足りない。
ロックハートはその投資から発生した副次的な利益に過ぎないが、小銭にも小銭なりの使い道というものがある。
「次の職については何かお考えですかな?」
「いや、まあ……印税がありますから、しばらくは。心もとなくはありますが……」
「なるほど、結構。魔法薬調合の手伝いを探している知人がいるのですが、ご興味は?」
「あります!」
ロックハートは決して無能だったわけではない。少なくともホグワーツが知っていたロックハートは優秀だった。
レイブンクローの成績上位者で、学生時代には独自の呪文開発に成功。魔法薬学にも通じ、自ら開発したシャンプーは原価の高さから赤字を出したものの、それは経済に対する無知という魔法族共通の問題によるものだ。
自尊心を徹底的に破壊することさえできれば、十分に使える。ルシウスはそう判断した。
「それは私としてもありがたい。いや、そのお方は少々……人を選ぶところがありましてな」
「大丈夫です、お任せください!」
「期待していますよ。場所は
ルシウスが杖を一振りすると、テーブルの上に小さな木箱が現れた。
中に入っているのは錬成炉。魂の力と記憶を抽出し、分離し、合成する神秘の道具だ。
めったに流通せず、ルシウスが知る唯一の持ち主はかつての主だけだった。紆余曲折を経て市場に流通したそれを目ざとく見つけてきたボージンとその使い走りには心から感謝している。
「アルバニアまでこれを持っていけば、あとはブルストロードが案内する手筈になっています。何か質問は?」
「その……雇用主は一体どなたでしょう?」
「……ああ、お伝えしておりませんでしたな」
最大限の愉悦と侮蔑を込めて、ルシウスは哀れな贄に小さく微笑んだ。
「闇の帝王。ヴォルデモート卿とお伝えしたほうが、通りがよろしいでしょうかな?」
《古びた錬成炉》
ひび割れた古い錬成炉
おそらくは魂の秘術家、腐食の主によるもの
すでに滅んだドラゴンの抜け殻を張り合わせ作られている
壊れかけているが、魂の秘術に長けた者であれば一度だけソウルを錬成することができるだろう
それはきっと禁忌だが、ある意味では偉業でもある