ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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本日2話目の更新です、前話もお見逃しなく


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 グリフィンドールの談話室は騒然としていた。

 しばらく音沙汰のなかった継承者がメッセージを書き残した。それも、とびきり陰鬱なものを。

 すべての生徒は寮に戻され、不安を抱えている。あのフレッドとジョージすら深刻な表情でなにかを相談している。

 ハリーたちはその隅のテーブルで、できるだけ目立たないようにしていた。夕食を早々に切り上げて大広間を後にした姿を多くの生徒が目にしている。周囲の心証はあまりよくない。

 しかし、周りの視線を気にしている場合ではない。

 

「『彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』……そんな……」

 

 ジニーが連れ去られた。継承者のメッセージが記された壁の下に、一房の赤毛が添えられていた。それが何よりの証拠だった。

 ハリーは悔しさに膝の上で血が滲みそうなほど拳を握りしめた。あの一瞬、ジニーから受けた奇妙な印象。その正体をあの場で確かめていれば。

 兄であるロンはもっと苦しいだろう。だからハリーは弱音を吐かなかった。自分にできるのは考えること、そして何か行動に移すことだ。

 ハーマイオニーは必死になって呪文学の本を漁っている。失せ物探しや呼び寄せの魔法を探しているのだ。先生たちがそれを使わない時点で意味がないことはハーマイオニーもわかっているだろう。しかし、何かしなければという気持ちで手が震えるのはハリーも同じだ。

 

「……僕が兄として、もっとしっかりしていれば」

「やめなよロン。……君に責任があるとしたら、それは僕たち全員の責任だ。なんていうか、こう……ジニーは君一人の妹じゃないし、君一人の後輩じゃない」

「でもハリー、もう少しでも僕がジニーの話をちゃんと聞いてたら」

「それなら薬の調合であなたを拘束してた私の責任ね。……これも駄目だわ、ホグワーツ内の転移防止魔法に弾かれる」

「違う、ハーマイオニーのせいじゃない!」

 

 ロンが声を荒らげたせいで、一瞬だけ談話室中の視線がハリーたちに刺さった。

 グリフィンドール生たちはハリーを疑っているわけではない。ロンの妹を狙うなんてことは絶対にしないとわかってくれている。

 それに、ウィーズリー家は純血の一族だ。その末妹であるジニーが狙われた以上、「スリザリンの継承者」という存在自体があやふやになってきた。

 皆が「正体の分からない何か」に怯えている。だから、違うとわかっていても疑わしく思えてしまう相手を警戒してしまう。

 ヴォルデモートについて、ダンブルドアが同じようなことを言っていたことをハリーは思い出した。名前を呼ぶことすら恐れたからこそ、ますます恐ろしく思えてしまうのだ、と。

 

「一度、整理しよう」

 

 プロメテアならそう言う。ハリーは確信を持って、冷静に呟いた。

 スリザリンの継承者を名乗るメッセージが残され、猫が石化した状態で発見される。

 その後、マグル生まれの生徒が複数名、そしてゴーストが一人石化する。

 そしてジニーが連れ去られる。

 

「……不自然だ。今回のメッセージでははっきりと命を奪うようなことを言っているのに、これまでは誰も殺してない」

 

 命を奪う、という言葉にロンの肩が跳ねた。

 妹の死を想像するのは恐ろしいだろう。しかし、ハリーは思考を続けた。

 

「何かあるはずなんだ。間を埋める何かが……ロン、クリスマスより前に何か変なことはなかった?」

「そりゃ、何もかもが変だったよ」

「小さなことでもいいんだ」

「……わからないよ、ハリー。僕にはわからない」

 

 涙ぐむロンに思わずハリーももらい泣きしそうになるが、握りしめた手のひらに爪を食い込ませてぐっとこらえる。

 ハリーも泣きたい。苦しくてしょうがない。しかし、親友の妹が命の危機に瀕しているこのときに、ただ泣くことよりももっとできることがあるはずだ。

 プロメテアが褒めてくれた論理性と観察眼。きっと彼女やその友人たちよりもよほど拙いであろうそれを、総動員する。

 

「しっかりしなさい、ロン。ジニーはまだ生きてるわ。ホグワーツの転移防止魔法は生きている人間にしか効果がないの」

「そんなこと言ったって……これからどうなるか――」

 

 今にも決壊しそうなロンの涙腺は、意外な形で蓋をされた。

 鞭を打つような破裂音と白煙。

 

「――ハリー・ポッター様! ドビーめはハリー・ポッター様をお守りさしあげに参りましてございます!」

「げっほ……うぇ……どうやら、しもべ妖精の転移は人間が通るべき道ではないようだな……」

 

 誇らしげに敬礼する屋敷しもべ妖精のドビー。そしてその横に転げ落ちた小柄な銀髪の少女。

 想定外の乱入者に、談話室中のあらゆる会話が止まった。

 

***

 

 ハーマイオニーは暗い視界が一気に啓けたような気分だった。啓蒙という言葉の意味を久しぶりに実感した。

 屋敷しもべ妖精の転移はホグワーツの中でも制限を受けない。だから、それに相乗りすればホグワーツ内を転移する形で移動できる。

 ただ、転移してきた本人は非常に不快な思いをしたようで、いつにもまして顔色が悪かった。

 この状況でスリザリン生が一人で飛び込んでくるというのは、一歩間違えれば大変な事態を引き起こしかねないことだ。それは想定してあったらしく、懐から一切れの羊皮紙を取り出してパーシーに渡すと、パーシーは一読して頷き、監督生としてプロメテアの滞在を許可した。

 

「念のため、ダンブルドアに一筆書かせておいた。私は校長の頼まれごとを受けてここにいる」

 

 弱った声でハリーたちだけに話があると主張するプロメテアを男子寝室に案内する。今誰もいないのはここだけだ。

 柔らかいベッドに腰掛けて、プロメテアは「防音を」とだけ屋敷しもべ妖精に申し付けた。

 

「時間がないから自己紹介はしない。前提として、私はダンブルドアからお前たちに伝えるべきことを伝えるよう指示を受けており、そして今日ダンブルドアはいない」

 

 いきなり衝撃の事実をぶつけられて、ハーマイオニーの喉が鳴った。

 ホグワーツがまだ恐怖で崩壊していないのは、ダンブルドアという絶対の存在がいたからだ。よりによって今日、ダンブルドアがいないなんて!

 

「まず、ロン・ウィーズリー。お前に伝えることがある」

「ぼ、僕に?」

「お前の妹、ジニー・ウィーズリーは生きている。ただし、魔法によって乗っ取られている状態だ。あまり長くはない」

「そんな……待って、なんでそんなことを」

「つい先ほど遭遇したからだ」

「じゃあ……じゃあ、どうしてその場で助けてくれなかったんだよ!」

「乗っ取っている存在の狙いはジニー・ウィーズリーではなく、ハリー・ポッターの命だったからだ。ジニー・ウィーズリーはすぐには死なない」

 

 とても冷静な判断だ。それだけに、その平坦な物言いは感情を逆撫でする。

 しかし、喧嘩している場合ではない。ハーマイオニーはロンに代わって質問を続けた。

 

「このあとにジニーを助けに行くってことかしら? 屋敷しもべ妖精……そちらのドビーさんは秘密の部屋に行けるの?」

「さんだなんて、滅相もございません! 大変申し訳ないのですが、ドビーめは屋敷しもべ妖精がご存知でないところへ行くところはできないのでございます。秘密の部屋は誰にとっても秘密なのです」

「でも……いや、なるほど。そうね。わかったわ。ありがとう」

「ミス・グレンジャー。お前の知恵を借りたい」

 

 予想していなかった一言に思わずハーマイオニーは息をつまらせた。

 緊急事態だからこうして会話しているが、これまでほとんど会話のなかった相手だ。成績優秀で楽しそうに勉強する同学年の生徒としてライバル視してもいたし、トロールに襲われたハロウィーンの日には助けられもしたが、交流があったわけではない。

 そんな人物から、人の命がかかった状況で「知恵を借りたい」と言われて即答できるほど、ハーマイオニーは図太くない。

 それでもプロメテアは待ってくれなかった。

 

「スリザリンの怪物は特定した。蛇の王、バジリスクだ。ポッターが聞いていた声はバジリスクのもので間違いない。問題は移動経路だ」

「移動、経路」

「バジリスクは強力な魔法生物だが、巨体を隠せるわけではないし、特別な移動手段も持たない。秘密の部屋を拠点としてホグワーツ中を移動できる物理的な、しかし目にはつかない道」

「隠し通路ってこと?」

「そうだ、ポッター。私は下水道管の可能性が高いと考えている。一瞬対面しただけだが、バジリスクからは排水の匂いがした」

「下水道管……でも、ホグワーツに下水道が整備されたのは18世紀の衛生改革よ。それまでは用を足したあと魔法で始末していたはずだもの。だから、秘密の部屋はそのときには……」

「そうだよ!」

 

 ハリーが興奮した様子で立ち上がった。

 

「秘密の部屋は魔法史上の伝説だった。でも、ジニーが連れ去られてバジリスクがいる以上実在する。つまり、ずっと隠されていた。下水道が整備された時に見つかってないはずがないんだ。その時も隠された、そうだよね? でも、隠されたなら隠した痕跡が残ってる!」

「いい推理だ。……ミス・グレンジャー、ホグワーツの建築史を漁ってほしい。18世紀の改築時に痕跡が残っているはずだ。秘密の部屋が部屋である以上、継承者は出入りするための通路を必要とする。屋敷しもべ妖精が知らない以上、それは物理的で、現存する」

「でも、私……」

 

 ハーマイオニーは緊張と不安で爆発しそうな心臓を押さえ込んだ。

 自分の知恵が役に立つ。それほど素晴らしいことがあるだろうか?

 しかし、ここで時間をかけすぎてしまったら。見落としがあったら。間違えていたら。

 

「――ハーマイオニー」

 

 握りしめたハーマイオニーの手を、震える手が包んだ。

 ロンが泣いている。お調子者で、気分屋で、時々本当に残酷なくらい無邪気な彼が、ただただ妹を思って泣いている。

 

「僕が、僕がもっと真面目に勉強してればさ。僕が調べて、僕が助けに行けたんだと思う。ごめん。ごめん、ハーマイオニー」

「ロン……」

「でも、今の僕にはわからないことだから、もし……もし、君がジニーを助けてくれるなら……僕は一生かかっても君に恩を返すよ」

 

 躊躇している場合ではなかった。

 ハーマイオニーは飛ぶようにして女子寮へ行き、ありったけの本を抱えて戻ってきた。

 そして、人生で一番の集中力でページを辿り、文字に指先を這わせ、唯一配管に関して不明瞭な記述のある改築部分を見つけた。

 3階の女子トイレ。




《プロメテアの銀鎖》
装飾のない華奢な銀の鎖
プロメテアの手による急ごしらえの品
数秘術に従って編まれており、追跡と拘束の魔術がかけられている

元はクィレルの巻いていた紫紺のターバン、それに刻まれていた古い呪いを分析したもの
対になる銀鎖を追跡し、その装備者に近づく魔法を検知する
一度だけであれば、対の装備者に近づく魔法に介入することもできるだろう
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