ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 プロメテアはできるだけ迅速に動く必要があった。

 ダンブルドアから受けていた「不断の警戒を」という依頼は半ば達成した。次はもうひとりの顧客から受けた依頼を片付けなくてはならない。

 

「ポッター。お前にも来てもらう。継承者のための門があるのなら、それは蛇語使いでなければ開けられない可能性が高い」

「わかった」

「……確かに頼んだのは私だがな、もう少し考えろ。これから向かう先に待っているのは冒険や宝物ではないんだぞ」

 

 ここまであっさりと承諾されるとは思っていなかった。

 これからプロメテアは継承者――日記帳に封じられていたトム・リドルの魂を破壊しにいく。それも「ハリー・ポッターとその仲間を同伴せよ、ただし可能な限り怪我をさせるな」という追加の命令を受けて。

 はっきり言って、気乗りはしない。プロメテアは素人を3人も連れて敵地に乗り込みたくないし、成功を確約できない。

 しかし、ハリーの覚悟は固いようだ。それどころか、他の二人も立ち上がった。

 

「あなたがどんなにすごい人なのか、私はまだほとんど知らないけど……ここで黙って送り出すような生徒は、きっとグリフィンドールに組分けされてないわ」

「そうだよ。それに……そう、お前が継承者側のスパイだったら誰がハリーを守るんだ?」

「あらロン、バークさんはこれからあなたの妹を助けにいくのよ? まだそんなこと言ってるの?」

「そうだけど、そうじゃなくて……ああもう! わかるだろ、ハリー。女の子ってこれだから……」

 

 気合が入っているのか、いないのか。寝室の階段を降り、ざわつく談話室を無視して抜けていく彼らに深刻さは伺えない。彼らなりに緊張を和らげようとしているのだろうが、プロメテアには違和感しかなかった。

 しかし、連れていくしかない。それがアブラクサスからの依頼だ。

 彼はかつての友が残した「未熟さの欠片」を処分するにあたって、教師ではなく生徒による解決を望んでいる。理由はいくつもあり、そしてひとつも伝えられていない。

 この命令を遂行するため、プロメテアはあまり切りたくないカードを切るはめになった。

 

「――安心したぞ。貴公はやはり約束を守るいい女だ」

「苦労をかける、ミリィ」

 

 ドビーに呼ばせて寮の前で待機させていたミリセントが豪快に笑う。

 戦力が不足している以上、ミリセントを頼るしかなかった。プロメテアが頼れる範囲内でまともに戦える唯一の生徒だ。

 その呼吸に緊張の気配はない。同じ緩さでも、プロメテアにはこちらのほうが心地よかった。ミリセントが身近な存在だからか、それとも彼女の笑い方が勇猛な武人のそれだからか。

 ともかく、プロメテアは定位置である彼女の肩に担ぎ上げられた。最近になってとうとう180cmを超えた彼女の体躯は小さいプロメテアがひとり乗った程度では揺らぎもしない。

 

「グレンジャー、久しいな。決闘クラブ以来か?」

「えっと、そうね。あれが決闘だったかはともかく……あなたがいるなら心強いわ」

「はっは、未だ半人前の身だがな、貴公のような知恵者の背中くらいは守ってみせるさ。……メティ、しもべは主に名を呼ばれて戻ったぞ」

「そうか」

 

 ミリセントをグリフィンドール寮の前まで運んだところでドビーはルシウスに呼び戻されてしまったらしい。

 確かにプロメテアはアブラクサスから客分として命令権を得るための道具を預かったし、それを使うことでドビーに状況を整えさせることができた。しかし、マルフォイ家の屋敷しもべ妖精であるドビーに最高命令権を持つのはあくまで当主のルシウスだ。

 パンジーの予想が正しければ、ルシウスは今ごろホグワーツの理事会を使ってダンブルドアの足止めをしている。彼の目的としてパンジーが予想したのは、今回の継承者騒動を使ってダンブルドアの責任能力を問い、校長をすげ替えるというものだ。

 この予想が正しいかどうか、プロメテアには判断がつかない。しかし、ドビーがルシウスの元にわざわざ呼び戻された以上、プロメテアが動いていることを彼の情報網が捉えたと思ったほうがいいだろう。

 

「大階段で悠長に3階まで下る暇はない。最短経路で行こう」

「そうだね。ここからだと……一度7階に降りてからタペストリー裏の昇降機で4階に行くのが早いかな。どう思う、ロン?」

「……いや、もっと早いルートがあるよ。バークの魔法に賭けるなら、だけど」

 

 どことなく嫌な予感を覚えながら、プロメテアはロンに発言の続きを促した。

 

***

 

「お前たちは本当に狂人だ。いかれている。理解できん」

「はは……ちょっと否定できないかも」

 

 大階段のうごめく吹き抜けの中央、何もない空洞をハリーたち5人はかなりの速度で落下していた。

 決闘クラブのときにプロメテアが生み出した大きな泡をエレベーター代わりにするというロンの提案は明らかに正気の沙汰ではなかった。少なくとも高所を心底嫌っているプロメテアなら考えもしないだろうという確信がハリーにはあった。

 しかし、隠し通路や仕掛け階段の相手をしている暇はない。泡は割れない、そしてもし割れても対応策がプロメテアにはある。それもまたハリーの中にある確信だった。

 とはいえ、見慣れた階段の見慣れない側面が高速で上昇していくのを目の前にして、シーカーとして高所に慣れ親しんでいるハリーも流石に頬がひきつる。

 

「6階、5階……よし、角度を変えるわよ……」

 

 運転手を買って出たハーマイオニーも顔が青ざめている。責任重大なポジションだ、そうなるのも無理はない。

 5人を包んだ透明な球体は5階と4階をつなぐ階段を通過し、3階へと続く踊り場に着地しようとしている。

 静かなホグワーツの中でまさかこんな大胆な移動に成功するとは。

 

「お手柄だよ、ロン」

「まあ、うん、まあね。ちょっと今は話しかけないで、僕この動きに弱いみたい……」

「おい、絶対に中で吐くなよ。吐いたら割ってお前を落とす」

「絶対に吐かないから、今度までにもう少し快適な移動方法を考えておいてよ。マグルの跳行機に載せられたみたいだ……」

「飛行機だよ、ロン。ハーマイオニー、あと少しだから頑張って」

 

 無言で必死に杖を構え、念じるハーマイオニーのおかげで、シャボン玉は少しさまよいながらもなんとか3階の踊り場へと近づいていく。

 もうすぐジニーを助けられる。ハリーがぐっと杖の柄を握りしめた、そのときだった。

 違和感。あまりに強烈な違和感。

 

「……静かすぎる」

 

 ゴーストがどこにもいない。

 いつもホグワーツを賑わせている声の中には死者である彼らのものも含まれている。

 絶命日パーティーで聞いた話のとおりなら、ホグワーツには山ほどゴーストがいるはずだ。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「糞、出迎えというわけかッ!」

 

 プロメテアが杖を鋭く振るい、強い衝撃波で全員を2階と3階を繋ぐ大階段へ不時着させる。

 

「そんな……」

 

 それが誰の口から出た言葉かはわからないが、おそらく全員の感情が一致していた。

 ゴーストだ。

 青白くおぼろげな影。その内側を黒く澱んだ霞のようなもので満たした無数のゴースト。

 つい先ほどまでハリーたちが浮遊していた場所に殺到した彼らは肥大した異形の腕を構え、ハリーたちへ純然たる敵意を剥き出しにしている。理性、正気、そういったものはどこにもない。

 2階からも、3階からも這い寄るようにして押し寄せてくる影。まるで際限のない悪夢のようだ。

 ハリーの背筋を伝う不快な汗が、ゴーストの纏う冷気と混ざって身体の熱を奪っていく。

 

「――ミリィ!」

「応!」

 

 掛け声でハリーが正気を取り戻したときには、ミリセントがその剛腕でプロメテアを3階の踊り場へと放り投げていた。

 放物線を描いて投げ飛ばされながら、いつの間にか構えていた鈴を振りかぶる。

 

「道を、開けろ!」

 

 青白く澄んだ、まるで宝石のような光の弾が無数に降り注いだ。かつてハリーたちがトロールと対峙した際に目にしたソウルの業とは桁違いの、美しい暴力がゴーストを撃ち抜いていく。

 ゴーストたちが怯んだように身を引いた、その隙をハリーは見逃さなかった。冷気を掠めながら縫うようにして階段を駆け上がっていく。

 後ろではロンとハーマイオニーが知っている限りのあらゆる魔法を撃ち込んでゴーストの足止めをしている。その二人を庇うようにしながら、ミリセントは拳を振るっている。

 

「おいバーク、こいつらの弱点は!」

「炎だ、私の予想が正しければ!」

炎よ(インセンディオ)! キリがないわ!」

「そうだろうとも、死者というのは数が減らんのが売りだからな」

「ふざけてる場合かよ! 炎よ(インセンディオ)! くそ、このボロ杖め!」

 

 掠めた爪の冷気で肌がかじかみながら出血している。

 自らの肉体で感じて、ハリーはようやく理解した。

 今、自分は危うく死にかけたのだ。

 意外にもそれほど緊張はなかった。もしかしたら、ずっと昔に一度経験したからかもしれない。ただ、前へ進まねばという使命感だけが胸を打っていた。

 

「どうする、バークさん」

「……ポッター、お前は進め。私達はこの連中を相手取りつつ後を追う」

「わかった」

 

 一人で進む。

 その事実をハリーは自然に受け入れた。そうなるという予感のようなものがあった。

 

「必ず追いつく」

「うん」

「渡したお守りは持っているな?」

「うん。……二人をよろしく」

「……いいだろう。行け!」

 

 鈴の音と、激しい炸裂音を背にしながら、ハリーは3階の女子トイレへと走った。

 次第に遠のく音と冷気の中で、早鐘を打つ自分の心臓だけがうるさかった。




《宿る者》
影に意志を植え付ける闇術
影を人間性の闇に染め上げ、己の支配下に置く

影は主を持ち、主ある限り影は裏切らない
ゆえにこの術は役に立たない禁忌である

しかし、ウーラシールの光の魔術は主なき影を見出したという
仮に事実だとすれば、それは永久にさまよう亡霊の形を取るのだろう
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