ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 ゴーストの群れに分断され、ロンが頼れるのはプロメテアだけだった。

 2階側に押し込まれたミリセントとハーマイオニーは階段を下り、救援を呼びに行った。どうやらゴーストたちはあくまでこの3階前を封鎖しているだけのようで、二人を追う影はなかった。

 目の前で強さを見せつけられた以上、ミリセントのことも、ハーマイオニーのことも心配はしていない。無事先生たちのところにたどり着くだろう。

 問題は現状だった。

 

「お前……よく()()でここまで学生生活を送れたな」

「うるさい、僕だって折りたくて折ったわけじゃない! 炎よ(インセンディオ)!」

「結果には原因がある、よく言うだろう。左奥の壁から追加で2体だ」

 

 求めているような炎は現れてくれない。折れた杖は愚図るようにして火花を散らす。

 今年は踏んだり蹴ったりだった。登校の時点でトラブルの対応を間違い、ロックハートの寸劇にうんざりし、なめくじを吐き、親友が冤罪をかけられ、挙げ句の果てに妹が攫われた。

 杖が折れたのだって自分のせいではないはずだ。

 いつだったか、兄のチャーリーが魔法生物に引っかかれた腕の傷痕を撫でながら笑っていたのを思い出す。行いは常に返ってくるんだ、と。

 そのころロンはまだお気に入りのテディベアを抱えていないと眠れない歳で、それなのにフレッドとジョージがテディベアをタランチュラに変えてしまったから、寝る時間になってもリビングルームの椅子に座っていじけていた。

 最近忙しそうにしていた兄と久しぶりに二人きりで過ごし、他愛ない語らいで夜更かししているうちに、いつの間にか眠っていて。

 あのときチャーリーと飲んだホットミルクが何よりもあたたかかったのは、どうしてだろうか。

 

「ああ、糞……どうにでもなれ、だ!」

 

 掃除用具のロッカーを蹴り開けて飛び出してきた箒になんとか火をつけ、振り回す。杖よりよほど威勢のいい熱を槍のようにして振り回すと、迫っていたゴーストはジリジリと下がっていった。

 一体どれだけいるのかわからないゴーストたちの中で、彼らの纏う冷気がロンの体力を奪っていく。少しずつ腕が重くなり、足元がおぼつかなくなる。

 それは背を預けているプロメテアも同じことだろう。ハリーが時折語る彼女の逸話によれば、出不精で面倒くさがり、クィディッチ嫌いの運動不足。そんなちび女がへこたれていないうちは、ロンが膝をつくわけにはいかない。

 箒の穂先が燃え尽きはじめたとき、おい、とプロメテアから声をかけられた。

 振り向いたロンに投げ渡されたのは、見るからに古びた木剣だ。思わず受け取ってしまったが、これをどうしろというのか。

 

「なんだよこれ、薪にでもしろって?」

「馬鹿者、貴重品だぞ。それなりの魔法がかかっているはずだ」

「はずだ、ってお前なあ!」

「折れた杖よりマシだろうが!」

 

 喧嘩している場合ではない。迫る大きな鉤爪の影を見て咄嗟に振り回すと、まるで稲妻のような光が影を吹き飛ばした。

 握りしめた木剣を改めて見直すと、ところどころに彫り込みがあって高級品の雰囲気がある。本当に魔法の武器だったのだ。

 

「おったまげー……」

「できるだけ壊すなよ、まだ調査中の資料だ!」

「武器を壊さないように使えなんて、無理言うなよな!」

 

 光明が見えた。

 ロンはごっこ遊び以外で初めて武器を振るう高揚感に包まれ、寒さも忘れて剣を構えた。

 さあかかってこい、僕はゴドリック・グリフィンドールの再来だぞ。これからお前たちを打ち倒す偉大な騎士だぞ。そんな妄想が雷光を目にするたびに高まっていく。

 実際、先ほどまでよりも戦況はいい。炎は怯ませるだけで決定打にならず、プロメテアの使う業でしか退治できていなかったゴーストが着実に数を減らしている。

 このまま3階への道を拓き、ハリーのもとへ。その気持ちがロンの背を大きく押した。横に薙ぎ払って一瞬空いた空間へと駆け上がる。

 

「――戻れ、馬鹿者!」

 

 まるで急に時の流れが遅くなったかのようだった。

 壁を通り抜けて現れた、見上げるほど大きなゴースト。その怪物が勢いをそのままにロンへと歪な腕を振り下ろす。

 黒く澱んだ半透明の腕と、それが纏う禍々しい冷気に思わずロンは足を止めてしまった。

 

「あ……」

 

 自分はここで死ぬのか。

 昨年は賢者の石を守るためにチェスの駒として戦った。あのときはハリーと一緒に戦い、そして最後には勝利した。

 今年は妹のジニーも、ハリーも助けられずに、こんなところで。

 先ほどまでロンを突き動かしていた高揚感はもうどこかへ消え去ってしまって、ここにいるのは小さな、死に怯える少年だった。

 振り下ろされる冷気が、何かを砕いた。

 

「――ぐっ……糞……」

 

 転がってきた小さな欠片がロンの爪先にぶつかった。

 それがプロメテアの持っていた鈴の半分だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。

 庇われた。スリザリンの、いけ好かない、胡散臭い、ちび女に。

 

「……行け、馬鹿者」

 

 いつも鈴を握っている右腕をだらりと垂らして、伝う血もそのままに、プロメテアはロンへ「行け」と命じた。

 目の前には何か黒い壁のようなものが広がっていて、その壁を砕こうと巨大なゴーストが腕を叩きつけている。壁が割れれば、ゴーストはプロメテアを襲うだろう。

 ホグワーツの生徒なら今や誰でも知っている。プロメテア・バークは目が見えない。ダンブルドアでも治せなかった盲目の少女だ。だから魔法道具の鈴を使って仮の視界を得ている。

 そして、ハリーとロン、そしてハーマイオニーはこの鈴が彼女にとって武器でもあるということを知っている。

 その両方を失った少女を置いて、前に進め。そう命じられた。

 血が床に滴る音が、やけに大きく聞こえる。

 

「嫌だね」

 

 ロンは自然と木剣を構えた。

 まるでずっと知っていたかのように、身体が動いた。

 一歩踏み込む。目の前に立つ少女を庇うように。

 

「僕はそれを騎士道精神(グリフィンドール)とは言えない」

 

 一閃。

 ロンの内側からこみ上げた熱が巨大な雷の刃になり、そして壁を砕き、さらに奥へ。

 

「……まったく、単純馬鹿め」

 

 雷が連なるようにして広がり、ゴーストたちを射抜いていく。そのひとつひとつをロンは決して見逃さなかった。たとえ鋭い爪が伸びてこようと、一歩も引かなかった。

 後ろに守るべきものがある限り、全力を尽くし、それでもなお最後まで立っているのが騎士なのだ。兄がそう教えてくれたのは、いつのことだっただろうか。

 そして全てのゴーストが消え去ったあと、ロンは大きく息を吐いた。握りしめていた木剣は表面が炭化し、ぷすぷすと煙を上げていた。

 ひとまず、勝利だ。

 

「悪くないだろ、グリフィンドールも」

「言っておくがな、お前がスリザリンを嫌っているからといって私がグリフィンドールを嫌っていると思うなよ」

「僕だって別にお前を嫌ってるわけじゃない。……ごめん、僕のせいで怪我させた」

「いや、よくやった。その剣がお前に応えなければもっと苦労しただろう。……来い(アクシオ)、聖鈴の欠片」

 

 プロメテアが杖を小さく振って鈴の欠片を回収する。

 直るのか、とロンが尋ねようとした時、プロメテアはポケットから小さな石を取り出した。白く丸い、どこか目玉に似た石だ。

 

「直接追うつもりだったが、時間がないな」

「それも魔法の道具?」

「ああ。簡単に説明するなら、そうだな……助けを求めるものに手を差し伸べるための石、そんなところか」

 

 差し出された小さな手を取る。

 プロメテアが怪我をしているほうの手で石を握り、何事かロンの知らない言葉を呟くと、ふわりと世界が白ばんだ。




《ゴドリックの儀礼剣》
かつて華麗な装飾を施されていた木製の小剣
大法官ゴドリック・グリフィンドールの象徴

落雷が如き裁きを下すと名高い一振り
多くの悪人が秩序そのものとして恐れた木剣は
ついに誰も斬ることはなかったという

戦技は「騎士の誓い」
誰かを護る意志に応えて担い手に力を与える
きっと彼は、己のために振りかざす正義を拒んだ
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