ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
ダンブルドアは理事たちとの
お気に入りの安楽椅子に腰掛け、ウィーズリー家の感動の再会を傍目にゴブレットを手に取る。さすがに喋り通しで喉が渇いた。最近はアルバス・ダンブルドアの名前だけで解決することが多い分、弁舌を振るうと後からやってくる疲労感を強く感じる。
結果、万事が順調だ。
ダンブルドアは今回の件で何もダメージを負っていない。それどころか、かなりいいタイミングに事件が起きてくれたとすら考えていた。
トム・リドルが仕掛けた罠のうち取り除きにくかったゴーストのものを全て排除できたし、ハリーに多くの価値ある経験を積ませられた。
あまり積極的に動きたがらないプロメテアの実力が今回の一件で多少の目測がつくようになったのも嬉しい。
プロメテアの背景にアブラクサスがいると確信したときは少し驚いたが、ありえる可能性の中では一番安定している組み合わせだ。むしろ好ましいとすら言える。
それに、今しがた娘の危機に駆けつけたアーサー・ウィーズリーに接する態度を見れば、彼女の善性にも十分期待できるというものだ。
「ああ、ミス・バーク……なんとお礼を申し上げればいいか……仕事柄、あなたと顔を合わせるときが来るとしたらそれはあまりいい形ではないと思っていたのですが」
「いや……こちらこそ商売柄いつもご迷惑をおかけしていて。ご挨拶が遅れたことを申し訳なく思っています、ミスター・ウィーズリー」
「とんでもない! あなたは娘と息子の恩人だ。もちろん、仕事は仕事ですが、どんなことがあろうとも今日のことを忘れることはないでしょう」
少し困ったようにはにかむ、あの表情。末の娘よりも小さな盲目の少女が奮闘して命を救ってくれたと知ったモリーは感激のあまりプロメテアを抱き潰しかけた。
ウィーズリー家はかつての戦争で最前線を張ってきた貴重な生き残りだ。その分、闇の陣営とその残党への警戒心が強い。ましてやその当主であるアーサーはプロメテアの几帳面な手続きに度々「抜き打ち捜査」を邪魔されてきた。
しかし、その警戒も今後プロメテアに向くことはないだろう。
この状況であれば、ダンブルドアは次の手を打つことができる。
「アーサー、これから儂は少々酷なことを言わねばならん。ジニーについてじゃ」
ジニー・ウィーズリー。分霊箱であるトム・リドルの日記帳を荷物に紛れ込まされた哀れな被害者だ。彼女の魂はヴォルデモート卿に少なからず侵蝕され、傷ついてしまった。
魂という分野は魔法界においても未解明、もしくはタブーとされている領域だ。あまりに根源的で、あまりに抽象的なそれは、神秘部ですら好んでは扱われない。
それゆえに、最も優れた
もちろん、ソウルの業に長けた研究者がいなければの話だが。
「ジニーの負った傷は深いものではない。しかし、どんな傷でも大事を取って様子を見るのが肝心じゃ。ましてや見えない傷ともなれば、なおさらのう」
「ええ、それはそうです。しかし……休学を?」
「いや、幸いにしてそれには及ばん。実はここに魂の専門家がおる。そうじゃな、ミス・バーク」
まさか話を振られると思っていなかったのだろう、これまで見てきた中で一番の慌て具合でこちらへ顔を向けたプロメテアは目隠しの上からでもわかるくらいはっきりと「嫌だ」という表情を浮かべていた。
しかし、間違いなく適任だ。彼女の目であれば見えないはずの傷を見ることができる。
そもそもダンブルドアが彼女に個室を与え、そしてそれを許し続けているのは「優秀な生徒への優遇措置」だけが理由ではない。こういった些細な頼み事を任せる相手を増やし、自分は重要な仕事に集中する。ダンブルドアはこれまでそうやって戦ってきた。
「どうかね、ミス・バーク。儂としてはジニーのちょっとしたアフターケアを君に任せられれば、安心して論文の査読ができるのじゃが」
「……」
「ふむ。『変身現代』の編纂委員会に紹介状も書こう。さらにおまけで儂特選の特上ふわふわ靴下セットもつけようぞ」
「……はあ。わかりました。しかし、ウィーズリーご夫妻はそれでよろしいのですか」
アーサーとモリーが顔を見合わせる。
当然だろう。プロメテアという人物は骨董愛好家の界隈と社交界でこそ有名人だが、そのどちらにも属していないウィーズリー家にとっては「ボージン・アンド・バークスの看板娘」でしかなかった。
娘を助けてくれたことに感謝しているからといって、その知識や技術を無条件で信用できるわけではない。これは親として当然のことだ。
ダンブルドアがもうひと押ししようと思った時、意外なところから援護射撃が飛んできた。
「パパ、ママ。僕は任せていいと思う」
ロン・ウィーズリー。
ある意味では、今回一番の誤算だ。ダンブルドアから見て彼はずっと凡庸だった。特筆すべき才能のない、それゆえに愛すべき勇敢な小市民だ。
いついかなる時代でも、肝要なのはウィーズリー家のような勇気ある小市民を味方につけることだ。ハリーが彼と友だちになった時点で、ダンブルドアは安心して彼を放置できた。
しかし、いつの間にかロンという少年は、真の意味でハリー・ポッターの隣に立ちつつある。
「正直言って、僕はこいつのことを疑ってた。パパの仕事のこととか聞いてたし、マルフォイとつるんでるし。でも……今は信じてるよ」
「うむ、うむ。なんとも心強い後押しじゃ。どうじゃね、アーサー」
「……ジニー。パパとしては、母さんの目が届くところでゆっくり休んでほしいとも思う。でも、お前がホグワーツにい続けたいと思うなら……」
マダム・ポンフリーの手当てを受けていたジニーがソファから立ち上がった。よろめいた身体をハリーが支えると、少し慌てたように礼を口にし、それからゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい、バークさん。私……私、魂とかそういう、難しいことはよくわからないけど。でも、ホグワーツにいたいです。だから……」
「……まあ、よかろう。確かに、私は魔術師。お前を診ることも、教えることもできる」
だが。
そう口にしたプロメテアが、座ったままジニーの頬に手を添えた。つい先程まで肉が裂け、骨がむき出しになっていた腕で、ジニーに無理やり顔を上げさせる。
自然とジニーは膝を突き、椅子の上からプロメテアに見下ろされる姿勢になった。
見えない目が布越しにジニーをじっと見つめている。鑑定士が出土品の価値を見積もるような、静かな視線。
「ひとつ、約束してくれ」
「はい」
「私はスリザリン生だ。親しい者の多くはスリザリン生であることを、その歴史を背負うことを誇っている。お前、その誇りを傷つけない振る舞いができるか?」
「……わかりません。でも、やります」
沈黙の中で、ジニーは決して隠された目から視線を逸らさなかった。
「……まあ、いいだろう。週に2度、私の研究室に来い」
ジニーが頷いたことを確認するかのように頬を撫ぜたあと、プロメテアは手を下ろした。
これで後始末も概ね済んだと言えるだろう。破壊された状態ではあるが、分霊箱も手に入った。計画は無事進行している。
あとは今回の謀略を仕掛けてきたルシウス次第だが、それもそろそろ尻尾を出す頃合いだ。
幕引きだ。ダンブルドアは小さく手を鳴らした。
「さて、積もる話もあることじゃろう。ミネルバ、ウィーズリー家の皆さんを任せてもよいかね」
「ええ、もちろんですアルバス。さあ、こちらへいらっしゃい。何か温かい飲み物を用意しましょう」
「ミス・バーク。今回は苦労をかけたのう。鈴は直りそうかね?」
「かなりの痛手になりますが、直します。直さないと生活に支障をきたすので」
「おお、そうじゃろうとも。儂を呼びに来てくれたミス・ブルストロードが君を待っておることじゃろう。帰り道の杖は老人よりも彼女のほうが頼りになりそうじゃ、任せることとしよう」
「失礼します。……ポッター、無理せず休めよ」
「うん、ありがとう。バークさんも」
校長室にはハリーとダンブルドアだけが残された。
ハリーは無事にゴドリック・グリフィンドールの剣を引き抜き、その資格を証明した。これでハリーにアイデンティティの拠り所が生まれたことになる。
ようやく彼の内側にある問題――トム・リドルの断片について言及することができる。
ジニーの治療をプロメテアに任せたのは、もちろん適任だからという理由もあるが、何よりハリーの中の魂を引き抜くための治験がほしかったからだ。
「さて、ハリー。何から話そうかのう」
「先生。僕……組み分けについて、今年度はずっと不安に思ってました。入学の時、グリフィンドールとスリザリンを組み分け帽子にすすめられたから」
「ふむ。しかし、君はグリフィンドールを選んだ。違うかね?」
「はい。ヴォルデモートがスリザリンの出身だったって聞いてたからです。でも……大事なのはそこじゃなかったのかもしれないな、って今は思ってます。どっちに行ってもよかったのかもって」
実に意外な回答だった。
グリフィンドールとスリザリンの対立はもはやホグワーツにおける歴史の形と言ってもいい。残念なことに、卒業後ですら出身寮で人を判断する大人が少なくない。
それを目の前の2年生があっさりと切り捨ててしまった。それを口にしているのがハリー・ポッターだとしても、ダンブルドアを驚かせるには十分だった。
「サラザール・スリザリンだろうと、ゴドリック・グリフィンドールだろうと、一人ではホグワーツを作れなかった。そうでしょう? だから、なんていうか……どこの寮に入るかじゃなくて、そこで誰と出会って、何を知って、何をするか。それが大事だったんだなって」
「……ハリー。見事じゃ。まっこと、君は創設者の継承者を名乗るに相応しい」
「そんな、僕なんか」
「そう卑下するものではない。これをご覧、ハリー」
ダンブルドアは見せるつもりだったグリフィンドールの剣を置き、代わりに組み分け帽子を手に取った。
この古びてよれよれになった帽子は元々ゴドリック・グリフィンドールが被っていた、ただの帽子だ。しかし、創設者たちが未来のためにお互いの組み分け基準を示し、魔法を縫い込む形で作られた。
その証が今も内側に刻まれている。4つの寮を示す動物の刺繍。後にホグワーツの校章となった紋様は、この帽子に残されたサインから始まったのだ。
「ハリー。君はゴドリック・グリフィンドールの剣を帽子から取り出した。真のグリフィンドール生だと帽子に認められたのじゃ。しかし、それ以上に、君は創設者の意思そのものを継承している。彼らから見れば若造の儂が代弁するのはおこがましいかもしれんがのう」
「先生が若造だったら、僕は赤ちゃんです」
「1000年前から見れば、100歳程度は誤差じゃよ、誤差。ハリー、儂もまだまだ学ぶことが多い。ホグワーツとは実に素晴らしい学び舎じゃ。素敵な魔法に満ちておる。そして何より、おいしい食事とふかふかのベッドがあるのが嬉しいところじゃのう」
クスクスと笑うハリーは本当に無邪気な少年そのもので、つい先ほど死線を潜ったばかりとは思えない。
彼が経験を積めば積むほど、確実に彼は死へと近づいていく。運命がそう定まっている以上、ダンブルドアにそれを覆すことはできない。
だから、せめてこの愛すべき少年のために、できるだけ多くの力を。
ダンブルドアは理解している。自分がトム・リドルを導けなかったせいで、ハリーに重荷を背負わせることになったのだ。トムが正しい道に進めなかったのは教育者である自分の過失なのだ。
そしておそらく、ハリーの物語が終わりを迎えるよりも先にダンブルドアは死ぬ。老人とはそういうものだ。
やがて来る自らの死も含めて、この手にある全てを焚べてでも過酷な道を進むハリーの足元を照らす。
「――お邪魔してしまいましたかな、ダンブルドア。先触れはお送りしたと思いましたが」
「いやいや、確かに受け取ったとも。待っておったよ、ルシウス」
若造とは覚悟の度合いが違うのだ。
今日会話していない唯一のホグワーツ理事、ルシウス・マルフォイを校長室に迎え入れて、ダンブルドアは冷たく微笑んだ。
《ゴドリックの宝剣》
ゴブリン銀で鍛えられた華やかな長剣
決闘王ゴドリック・グリフィンドールの佩剣
名工であるゴブリン王ラグヌック1世の手によるもの
1000年の時が経とうとも切れ味は鋭く、あらゆる腐食を拒む
ゴブリン銀は己の力を高めるために毒や呪いを蓄える
奇しくもそれはゴブリンが抱えてきた人間への悪意とよく似た有り様だ
戦技は「銀の徴収」
斬りつけた相手の持つ特別な力を己のものとして蓄える
あらゆる敵を礎とするその力は学び舎の長に相応しい