ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
さて、とプロメテアは腰を下ろした。
レイブンクローに入りたかった。養父も承知してくれたし、スポンサーであるルシウスも賛同してくれたのだが、肝心の組分けで弾かれてしまったのだからどうしようもない。
「バーク家ってことはボージン・アンド・バークスの」
「ああ、いかにも」
「なるほど。いや、俺の叔父が贔屓にしていると聞いてね」
「それはどうも」
どうにも愛想の悪い反応しかできない。性分もあるが、それ以上に相手が誰だかわからないという問題がプロメテアの態度を半端なものにさせているのだ。
スリザリン寮の卒業生によって構築された貴族社会の厄介なところはこれだ。お互い相手を知っているのが当たり前なのだから、わざわざ名乗るという姿勢を持たない。入学前から社交界で挨拶を交わし、ある程度の派閥を形成して――つまり、親の権勢を擬似的に引き継いでから入学するのだ。
この事実を語ったのはルシウスだった。少し自慢げに、少し申し訳無さそうに。本来であればプロメテアもパーティーに次ぐパーティーの日々を迎えるはずだったそうだが、いかんせん4歳のときに生じた「トラブル」が大人の政治に絡んでいるらしい。
政治の道具になることにうんざりしていたプロメテアにとっては願ってもない話だと思っていたが、こうして困ることになるとは。
「――随分としかめ面をしているじゃないか。いや、見えないからわからないけれど」
嘲りの混じったこの声に安心させられるのも情けない話だったが、プロメテアは隣に座った彼を歓迎した。
「ドラコ、入学おめでとう」
「よせよ、自分も今しがた入学したくせに。デリックル先輩、こいつはプロメテア・バークです」
「おや、保護者付きだったか。マルフォイ家がついているなら大丈夫そうだな」
なにか苦労があれば声をかけるように、と言われて、プロメテアは彼が親切心から話しかけてくれたのだとわかった。どうにも政治のにおいで感情の色がにぶるのだ。
プロメテアは改めてデリックルと呼ばれた先輩に握手を求めた。
ドラコとは知らない仲ではない。プロメテアはマルフォイ家に眼球2つ分の貸しがあるのだ。ルシウスとはいい関係を築けているつもりだが、ドラコはどうやらプロメテアが少し苦手なようだった。
ルシウスいわく「自分と同い年の少女が父親と楽しそうに話しているのが羨ましいのだろう」とのことだが、プロメテアにはあまりわからない感覚だった。どうせ関わるのだから親しくなっておこうと思い、わからないなりに見かければ話しかけるようにしてきた。今はぎりぎり友人といえる関係だろう。
ルシウスの言いつけでドラコにはある程度手助けしてもらうことになっている。
しかし、純血の跡取りというのは大したもので、彼の丁寧な紹介を聞いているだけでスリザリン生の家系図まで把握できそうだった。
「詳しいんだな」
「これくらい常識だ。それより――」
ドラコが何か口にしようとしたのと同時に大広間がざわつきはじめた。
マクゴナガルが厳かな口ぶりで名簿を読み上げる。
「ポッター家、ハリー」
なるほど、ざわつくのにふさわしい。
ハリー・ポッターの名はプロメテアも耳にしていたし、7月の末にはダイアゴン横丁で会話も交わした。英国魔法界に闇を落とした帝王は赤子だった彼に打ち倒されたのだ。
すなわち彼は英雄だ。しかし、彼自身は自らが英雄たる所以を知らないという。
英雄とは結果だ。ハリー・ポッターは確かに英雄という結果を持っている。その結果は彼にとって出自にすぎないにもかかわらず。
「哀れだと思わないか、プロメテア。まるで見世物小屋の猿だ」
「随分と辛辣な物言いをする」
「するさ。彼は純血だ。それも由緒正しい、ね。だというのに、なんだあの扱いは」
いささか刺々しいが、彼特有のシニシズムを減算して見えてくるのはハリー・ポッターへの尊敬、そして大衆への嘲笑だ。たとえその理由が父親が重視しているというものでも、ドラコがハリー・ポッターを高く評価しているのは間違いない。
プロメテアもハリー・ポッターを興味深く思っている。しかし、それはドラコとは全く違う理由だ。
ハリー・ポッターは自らのそれとは異なるソウルを内在させている。
これは本来であればありえないことだ。ソウルとは遍く生命の力の源であり、肉体から開放されればやがて霧散する。火防女という特別な力と役割を持つ女性たちによって他者のソウルを己の糧として吸収することもできるが、食物を嚥下すれば消化されるのと同様にソウルも分解される。そうでなければソウルの純粋な力を用いる魔術は機能しえない。
だから、プロメテアから見てハリー・ポッターの内に宿るソウルはひどく異質だった。しかも、そのソウルは実に人間的な、闇に満ちたものだ。その昏さはプロメテアの
眼を塞いで以来、プロメテアはソウルを認識するようになった。視覚とは重なりつつも異なる感覚上で像を結ぶそれは、もしかすると火防女が見ていたものなのかもしれない。
「ああ、やっぱりグリフィンドールか。そんなところだろうと思ってはいたんだよ。彼が愚かなマグルなんかに育てられてさえいなければ」
「そうか」
「彼には正しい教育が与えられるべきだと思わないか? ウィーズリーなんかとつるんでいたら悪い影響を受けかねない、そう言ってやったというのに」
「そうか」
「聞いてないだろ」
「ん……ああ、すまない」
すっかり観察にのめり込んでしまった。小さく詫びると、ドラコは呆れたように首を振って、いつの間にか現れていた食事からポークチョップを取った。
「何か取るか」
「芋でいい」
「茹でたのと、グリルしたのと、チップスがある」
「あー……茹でたのを」
芋は好きだ。洗って茹でれば食べられるし、片付けも手間がかからない。なにより本を読みながらでも邪魔にならない。
ドラコに礼を言ってとりわけられた芋を口に運んだちょうどそのとき、ひどく不機嫌そうな声がプロメテアを呼んだ。
「あんたがプロメテア・バーク? 噂通り、本当に目隠ししてるのね。卒業までずっとドラコにお世話してもらうつもりなわけ?」
「よせ、パンジー。プロメテア、彼女はパンジー・パーキンソンだ」
「ご存知のようだが、プロメテア・バークだ。どうぞよろしく」
「よろしくする理由がある? あなたね、マルフォイ家の子息を側仕えみたいに扱ってるってわかってる?」
パンジーの態度を見るにただの口実にも思えるが、少なくとも筋が通った怒りだった。
プロメテアも悩まなかったわけではない。
聖鈴はホグワーツ理事であるルシウスの協力によって持ち込みを認められ、今もプロメテアの袖に隠されている。この結晶の聖鈴を使うことで一時的に世界を見ることは可能だ。魔力の波を放射し、その反射によって世界を浮き立たせる。原理は非魔法族のソナーに近い。
しかし、明らかに異質な魔法の道具をホグワーツでおおっぴらに使うのは危険だという忠告があった。それは養父ボージンによるものだ。彼は魔法の骨董品に精通する専門家であり、彼が異質だと判断した以上ホグワーツの教員たちにとっても異質であることは間違いないだろう。
少なくとも人目の多いところでは使えそうになかった。
パンジーの指摘はまったくもって正しい。ホグワーツは盲人に優しい設計になっていないし、ドラコをいつまでも拘束しているわけにもいかない。
ではどうするのか、と問われると答えに悩むのだが。
「ミス・パーキンソン。まず、お前の指摘が非常に正しいということを認める」
「ふーん、馬鹿なわけではないのね。それで?」
「私が彼に迷惑をかけず学生生活を送るために、ダンブルドアあてにいくつかの提案を送った。屋敷しもべ妖精を側に置く、介助者の雇用を認める、魔法の道具の持ち込みを許可する……。このうち、介助者については安全上の問題から却下された。屋敷しもべ妖精と魔法の道具については検討中で、回答を待っている」
実を言うと魔法の道具については許可を受けているのだが、使えない許可を伝える理由もない。また、屋敷しもべ妖精の案も数そのものが不足しているという世知辛い理由から当面保留となっている。ホグワーツとしては道具があるならそれでどうにかしろということらしい。
「マルフォイ家との契約で、ドラコにはそれまで手を借りることになっている。それでも何か問題があるのであれば、私にはどうしようもない。マルフォイ家の当主であるルシウスに訴えてくれ」
パンジーは納得がいかない様子だったが、ドラコが窘めるとそれ以上何も言わなかった。
パンジー・パーキンソンについてはルシウスから聞かされていた。パーキンソン家は18世紀には魔法大臣も輩出した純血の名家であり、パンジーはドラコの妻として候補に上がっている。
花嫁探しの事情は眼に関する事情から婚姻レースを脱落したプロメテアにだけ教えられた話だ。事実上のお目付け役だろう。「生憎目は見えないが」と冗談を飛ばしてルシウスに叱られたのはほんの1週間前のことだった。
「まあ、どうにかするさ。衣食住が整って学業に打ち込めるだけ幸せというものだろう」
「プロメテア、お前そういう物言いはやめろと言っているだろう。まるで
「すまない。つい、な」
それからもドラコはあれこれと世話を焼き、それを見たパンジーが嫌味を投げつけ、周りのスリザリン生に冷やかしや窘めの言葉を向けられたが、プロメテアはあまりそちらを意識していなかった。
教員席に2つのソウルを持つ者がいる。
「ミスター・デリックル。教員席の向かって右から3番目に座っているのは」
「3番目、ああ、クィレルだな。一昨年まではマグル学の教授だったが、1年休暇をとって帰ってきたと思ったら今度は闇の魔術に対する防衛術の教授に転向。理事会の反対を無視してダンブルドアがねじ込んだ人事らしいが、まったく理解に苦しむね」
プロメテアはデリックルに礼を言って教員席から目をそらした。
クィレルの内側、片方のソウルを侵食しているかのようなそれは、ハリー・ポッターに寄生するソウルと全く同じ色をしていた。
《純血一族一覧》
純血の血筋であると認定されたイギリス人家系の系譜図
匿名の著者はカンタンケラス・ノットともされる
聖28一族と称される貴族階級は明文化されたことで政治資源となった
純血という評判もまた政治による偽りにすぎない
政治に役立つ限り、純血よ永遠なれ!