ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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ホグワーツ・レガシー記念更新再開です。お待たせしました。


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 ハリーはいつにもなく緊張していた。

 それはこれから向かう先に親友の妹であるジニーの初めての治療が控えているからかもしれないし、その後にドラコとの対談が控えているからかもしれない。

 しかし、何よりもハリーを緊張させているのは、ロンとハーマイオニー、そしてジニーを連れて地下牢にいるというこの状況そのものだった。

 

「スリザリンの連中、よくこんな寒くてジメジメしたとこに住んでられるよな。もうカビが生えてきた気がするよ」

 

 ロンの軽口も少し刺々しい。すれ違ったスリザリン生がジニーにあまりよくない言葉を投げかけたせいだ。

 いくらハリーたちがスリザリンの継承者を倒したからと言っても、長い歴史に刻まれた寮の対立はそう簡単にはなくならない。ましてや、スリザリンの継承者を支持していたような「嫌な純血主義者」は事件の全容が明らかになってひどくプライドを傷つけられたらしかった。

 事件について公になった部分は多くない。

 ダンブルドアは事件の犯人が「闇の魔術によって自身が継承者だと思い込まされた魔法の道具」だったと発表した。継承者はおろか純血の魔法族ですらない、ただの道具だ。自分たちがただの道具に踊らされていたと知った彼らが八つ当たりの矛先に選んだのがジニーだった。

 

「私は嫌いじゃないけどね。ひんやりしてて落ち着くっていうか」

 

 意外にもジニーは冷静だった。

 プロメテアとの約束もあってか、ジニーはスリザリン生の感情に理解を示そうとしている。彼女なりに歴史を学び、先生たちに質問をし、談話室で唯一パーシーとハーマイオニーの議論に耳を傾けている。

 もちろん、悪意を向けられて泣き寝入りするわけではない。何よりジニーを見守る兄たちが悪意を見逃さない。フレッドとジョージはスリザリン生がジニーに嫌がらせをするたびに数倍返しの報復をして減点を食らっている。

 

「ジニーが気に入ってくれてよかった。もちろん僕の寮はグリフィンドールだけど、愛着が湧く程度にはよく通ってる道だから」

「そうなの? そっか……そうだよね」

 

 地下牢の鉄格子に指を伝わせて、ジニーが小さくはにかんだ。

 実のところ、ハリーは少し戸惑っていた。ジニーとどう接すればいいのか、いまいち距離感がわからない。

 ダーズリーの家にいたころ、ハリーに友達らしい友達は一人もいなかった。女の子の友達なんてなおさらだ。ダドリーの汚れてブカブカなお古しか着せてもらえなかったハリーと仲良くしてくれる女の子がどこにいるだろうか?

 一緒に冒険してきたハーマイオニー、先生であるプロメテアとは違う、年下の守るべき存在。ジニーはハリーにとって新しい何かだった。

 

「ジニー、その……緊張してる?」

「少し。バークさんに、たくさんお礼言わなきゃ」

 

 気まずさから口をついて出たハリーの問いかけに、ジニーは小さく頷いた。

 今のところ、プロメテアは魂の傷を看ることができる唯一の専門家だ。トム・リドルの日記によって傷つけられてしまったジニーの魂を治療するため、ハリーたちは週に二度彼女の研究室を訪れることになっている。

 生命を救われ、傷の治療を受けただけでも一生分の感謝の言葉を尽くす価値はある。しかし、ジニーにはもうひとつお礼をする理由があった。

 

「バークさんのおかげでパパのお給料が上がって、ママは最近すごくごきげんみたいだから」

 

 そう、アーサーおじさんの昇給にも一枚噛んでいるのだ。

 今回の事件はただの日記帳が引き起こした。どこにでもある、マグル製品の日記帳だ。それを本来取り締まるべき部署こそがマグル製品不正使用取締局、つまりアーサーおじさんの職場だった。

 プロメテアがボージン・アンド・バークスの人脈を動かしたことで、元教員や現役の闇祓いなど様々な有力者がマグル製品不正使用取締局の予算配分を大至急確認すべきだと大臣室へふくろう便を飛ばしてくれた。

 ウィーズリー家が多少なりとも豊かになったのはハリーも友人として嬉しく思う。ただ、これまで予算が不足していた原因のひとつにボージン・アンド・バークスの顧客たちがいることを考えると、そこはかとなくマッチポンプな気がしないでもない。

 

「それより……ハーマイオニーは大丈夫なの?」

 

 息をひそめるようにしてジニーが囁く。彼女がちらりと視線をやった先にいるのは、一行の最後尾で羊皮紙の束――プロメテアへの質問リストを握りしめるハーマイオニーだ。

 ハーマイオニーは一度やらかしている。

 ジニーを助けに向かった日、プロメテアはたくさんの魔法を見せてくれた。ハーマイオニーが知らない、見たこともない魔法をだ。屋敷しもべ妖精の転移に無理やり便乗する魔法、青く透き通った結晶を乱射する魔法。このふたつだけでもハーマイオニーにとっては十分すぎるくらいに未知の塊だった。

 事件の後に一度だけ顔を合わせたとき、ハーマイオニーは暴走した。怒涛の質問でプロメテアを困らせ、最終的に杖の一振りでおしゃべりな口を閉じさせられてしまった。

 あらかじめ質問のリストを作ってくること。これがハーマイオニーに課された条件だ。

 

「まあ、うん……あのときのハーマイオニーはすごかったけど、でもバークさんはあれで結構ハーマイオニーのこと気に入ってるみたいだよ」

「そうなんだ。なんていうか、物静かな人だと思ってたから」

「物静か……うーん」

 

 地下牢のゆるやかな坂道を下りながら、ハリーはジニーの中のプロメテアと自分の中のプロメテアの乖離に唸った。

 プロメテアは静かではあるが、それは研究に熱中して口数が減っているだけだ。どちらかといえば喋りたがりの教えたがりで、珍しい資料を手に入れた時は聞いていなくても自慢してくることすらある。

 落ち着いているように見えてどこか抜けている、物知りな友達。

 

「バークさんはハーマイオニーと似てるんだと思う」

「静かなときとうるさいときの両極端?」

「まあ、うん、そうかな」

 

 ジニーは意外と言葉が強い。初めて隠れ穴で会った時はシャイな子だと思っていたが、慣れてくるといかにもウィーズリー家の末妹らしい活発さが表面にも現れてくる。

 ロンの偏見を咎めたり、ハーマイオニーの暴走に苦言を呈したり。ジニーの歯に衣を着せない物言いはかなり痛快だった。何より、それは親友であるハリーにとってかなりやりづらかったところで、内心彼女に感謝もしていた。

 

「じゃあ……仲良くなれるかも」

「きっとなれるよ」

 

 ハリーとロン、そしてハーマイオニーの三人に新しい風を吹き込んでくれたジニー。

 隣ではにかむ彼女が健康で、そして多くの素敵な友達に恵まれるよう、ハリーは願っていた。特に、自分の大切な先生であり長い付き合いになりそうなプロメテアとは。

 

***

 

 首筋に突きつけられた杖に、ミリセントは降参を表明せざるをえなかった。

 これで5戦5敗だ。

 広い空間に荒い呼吸が木霊する。伝う汗は心地よいが、重ねる敗北は軽くない。ここまで空回りさせられるのは久しぶりだった。

 

「はあ……ようやく貴公の動きに目がなじんできたところだというのに、身体が追いつかん」

「これまでお前が相手をしてきたのは武芸を誇る連中だ。私の下賤な業とはやり方が違う」

「それでも、だ。悔しいものは悔しい。見えていなくてそれなのだろう?」

 

 秘密の部屋を巡る事件で、ミリセントは一切の報酬をダンブルドアから受け取らなかった。拒否したと言ってもいい。

 その代わりに、とうとうミリセントはプロメテアと手合わせする権利を得た。

 手合わせと言っても本気のそれではない。プロメテアは新しい道具の試運転も兼ねているし、鈴も封じている。ミリセントもプロメテアからトロフィー代わりにもらったとある武器は封印し、徒手空拳でという縛りを設けた。

 その結果がこれだ。

 おそらく手に馴染んだ得物を持ち込んでも今は勝てないだろう。そう確信させるだけの隔りをミリセントは身体に叩き込まれた。

 

「これで鈴を解禁されたら、いよいよ拙には勝ち目が見えん……」

「……まあ、今回の一件で私も聖鈴に頼りきりな現状を再認識したからな。そう凹むなよ」

「これが年月の差……老兵とはこういうものか……」

「おい、年寄り扱いするな」

 

 これはプロメテアが過去について明かしてから身内で流行っているジョークだ。プロメテアを最初にボケ老人呼ばわりしたのはダフネだった。

 本人は若いつもりらしい。かつて不死の刺客として命を費やしていたころは本人曰く「それなりに若い青年魔術師だった」らしいが、パンジーの「じゃあ少なくとも青年になってから不死になったってことじゃない、やっぱジジイよ」という残酷な指摘に撃沈していた。

 不死として長い時を戦いに費やしてきたと語るだけあって、プロメテアの戦い方は老練そのものだ。魔法によらない視線誘導、フェイント、警戒心を逆手に取った錯覚。これが本気の殺し合いなら勝負にすらならないだろう。1秒ごとに死を感じる。

 それぞれの技術は説明を受ければどれも簡単に思えるが、使いこなすのにはどれだけの経験が必要なのか、ミリセントには想像もつかない。

 

「年寄りと言えば」

「年寄りで思い出す話は聞きたくない」

「アブラクサス翁のことだ。鈴が直ったのは御大のおかげなのだろう?」

「……そうとも言える」

 

 目隠しの下でプロメテアの表情がかすかに曇った。

 不意打ちからロンを守るために砕かれてしまった鈴は、ただの修復呪文では直らない特殊な魔法の道具だったらしい。それを直すためにプロメテアは非常に貴重な魔法薬の類をアブラクサスから譲り受けた。

 ミリセントにはその貴重さがいまいち理解できていない。しかし、あのアブラクサスが己のコレクションから特別な褒美として与えた品がただの魔法薬であるはずがないという確信はある。

 

「ダスクの光粉といったか。あれはそんなに高級品なのか?」

「高級どうこうの次元にない。レイブンクローの宵闇が自ら手がけた品だぞ。現存する最後の光粉だっただろうな。……本当は私も使える業だが、あまり得意ではない」

「ははーん、さては苦手分野か」

「私が扱う業とは術理が違うだけだ、別に努力を怠ったわけではないし、そもそも代わりとなる触媒がまだ見つかっていないんだから使えるわけがないだろう!」

「そうかそうか、そういうことにしておいてやろう。貴公の真面目さは拙もよーく理解しているとも」

 

 大層不満げに口を曲げたプロメテアは、再び杖を構えた。

 杖先に薄っすらと灯っている赤い光が彼女の視界代わりだ。昔から盲人や弱視の魔術師が使ってきた古い魔術で、当人曰く鈴による視界と比べるとひどく見づらいらしい。それでも鈴が使えなくなったときの備えとして、こうして練習の機会を設けた。

 そして、杖とは反対の左手にも赤い光が宿っている。ただし、それはもっと赤黒く、濁ったものだ。

 

「来い。そろそろこのダークハンドの本気を見せてやろう」

「それはかなり卑怯だと思うのだがなあ……」

 

 プロメテアの左手から発せられる赤黒いオーラが盾を形成する。

 新たにソウルの錬成で得たという奇怪な武器――ダークハンド。気配すらなく手を覆い、瞬時に盾となるそれを、プロメテアは早くも使いこなしつつあった。

 半端な打撃ではあっさりと受け流されてしまう赤黒い魔力の盾を前に、ミリセントは頬を吊り上げた。敵は強ければ強いほどよい。




《ダークハンド》
亡者の国ロンドール独特の業
サラザール・スリザリンへの妄執が宿した虚構の遺産

おぞましい吸精を行い、特殊な盾ともなる
それは不確かな己の生まれに怯え、古き蛇に縁を求めた少年の心でもある

戦技は「吸精」
相手を抱き寄せ、魂の力を奪い取る
なお、吸精は人にしか行えない
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