ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
ハーマイオニーがプロメテアの研究室を訪問して対談します。
超マイナーなハリポタ原作キャラ「腐ったハーポ」についての説明をし忘れていました。本作はハーポにオリジナル要素を加えたうえで重要キャラクターにしたのですが、その説明が足りていなかったと気付かされました。
遅ればせながら、このおまけを補足として差し込ませてください。
議論と呼ぶには少々感傷的な対話から数日後のこと。
ハーマイオニーはパンジーに連れられ、プロメテアの研究室を訪ねていた。事前に「迎えを寄越す」とは伝えられていたが、まさかパンジーが来るとは思ってもみなかったハーマイオニーは思わず声を上げて驚いた。
地下牢の一室に設えられた上等な研究室に案内されても、まだその驚きは抜けきっていない。パンジー・パーキンソンと言えばマグルを見下す純血至上主義の筆頭のような女だ。その彼女がハーマイオニーを迎えに来る?
どうやらパンジー自身も本意ではなかったらしく、プロメテアにガミガミと噛みつきながら紅茶の用意をしている。
「次は絶対自分で行きなさいよね、冗談じゃないわよまったく」
「仕方ないだろう、荷物の受け取りがあったんだから」
「荷物番のほうがよっぽどマシだったわよ! 塔から出るときにウィーズリーの双子と目があったのよね……嫌な予感がするわ……」
実を言うとハーマイオニーはフレッドとジョージがパンジーを次のターゲットに選んだことを知っているが、余計な口出しをするのはやめておくことにした。あの双子はターゲットが悪戯の対策を取っているとわかるとますます燃えるタイプなのだ。
それにしても、いい研究室だ。
本が山ほどあるというだけでも最高だが、実験用のサンプルを陳列する棚や試薬のフラスコを並べる台、書見台付きの作業テーブルなど、魔法の研究をするとなったときにほしくなるものが大体揃っている。
天井から吊るされたとても精巧な天球儀はどうやら実際の天体運動と連動しているようだ。星辰を参照する魔法の実験に使うのだろう。これひとつだけでもとんでもない価値がある。
敷かれた濃紺の絨毯は落ち着きがあって主張も激しくないし、宙を漂う魔法の燭台は読書にほどよい明るさで全体を照らしている。インテリアを整えた人はきっとかなりセンスのある人だ。
「それで、グレンジャー」
「は、はい!」
「……肩の力を抜いてくれ。私は同学年だぞ。堅苦しい挨拶や丁寧な言い回しも不要だ」
少し呆れたようなプロメテアの口ぶりに、ハーマイオニーは頬が熱くなるのを感じた。
お喋りがあまり得意ではないのは自覚している。1年生のハロウィーンにロンの残酷な言葉に泣くほど傷つけられたのは、それが少なからず図星だったからだ。プライマリースクールのころから友達作りが上手と褒められたことは一度もない。
その苦手意識がなければプロメテアにももっと早くに声をかけていただろう。そのくらいには彼女のことが気になっていた。
「事前に質問をまとめてくれたこと、まずは感謝する。学年首席はやはり目のつけどころが違うな。私も勉強になった」
「変身術と闇の魔術に対する防衛術ではバークさんのほうが上だったわ」
「まあ……私はどちらかといえば理論学者だからな」
「素直に言いなさいよ、呪文学が苦手って。グレンジャー、精々気をつけなさい。こいつ意外と見栄っ張りだから」
嫌味交じりの助言とともにローテーブルに置かれた淹れたての紅茶から、ふわりと青りんごのように爽やかな香りが立ち昇った。
ハーマイオニーが普段家で飲むようなものとは別格の高級な茶葉を使っているのだろうか、透き通った淡いオレンジが白地に青の入った茶器によく映えている。
紅茶に向ける視線に気づいたのか、パンジーが少し自慢げに鼻を鳴らした。
「茶葉はヌワラエリヤのクオリティーシーズンよ。ティーセットはうちの余り物のロイヤルコペンハーゲン、窯元と付き合いがあるから毎年届くのよね」
「私には違いがわからん」
「馬鹿舌駄目人間。それじゃ、私は奥で書類片付けてるから邪魔しないでよね」
どうやらパンジーはプロメテアの研究室に自分用のデスクを持ち込んでいるらしく、用は終わったとばかりに奥へと引っ込んでしまった。
ハーマイオニーも違いがわかる気はしなかったが、一応お礼を口にしてからカップを持ち上げた。ソーサーに施された深い青のラインが蝋燭の光を受けて踊っている。あるいは本当に踊っているのかもしれない。そういう魔法があってもおかしくはないだろう。
「……おいしい」
「それはよかった。パンジーもダフネもあれこれ紅茶を持ち込んでくれるが、私には細かい違いがわからなくてな」
お世辞ではない。キレのある刺激的な渋みと青々しい香りは春にふさわしい見事な味わいだ。朝にこれが飲めたら最高だろう。
予想外の歓迎に面食らいはしたが、ハーマイオニーは段々とこの空間に自分が慣れていくのを感じた。
スリザリン生からひどい言葉を向けられたことは一度や二度ではない。そんな自分が地下牢でスリザリン生と過ごすのは難しいだろうと思っていた。
その考えが変わったのは、ハリーとドラコの関係が変化するのを目撃したからだ。勇気を振り絞って送った手紙にプロメテアは短い了承の返事を寄越してくれた。
「まず、ソウルの魔術についてだったな」
「ええ。初めて見せてもらったときからずっと気になっていたの。色々調べたけど、どんな本にも載っていなかったわ」
ソウルの魔術。プロメテアが使うそれは、ハーマイオニーが調べられる範囲では誰も言及していない未知の体系だ。
トロールの棍棒を弾き、青白く透き通った結晶を放ち、魂の傷を癒やしすらする。あまりに幅広いそれが歴史上一度も登場しないということはありえない。しかし、プロメテアのオリジナルとして考えるには完成されすぎている。技術とは継承の過程で磨かれていくものだ。
プロメテアは小さく頷いて、いつも手にしている鈴をテーブルに置いた。
「手にとってみろ」
「いいの? 大切なものなんでしょう?」
「お前の賢さを信用している」
当たり前のように告げられた褒め言葉にまた赤面しつつ、ハーマイオニーはプロメテアの鈴を手にとって確かめた。
鈴と呼ばれているが、本来の金属部分を覆うようにして生えた結晶が音の響きを妨げている。ハーマイオニーは目が肥えているわけではないが、過去に見たどんな宝石とも違う透き通り方をした結晶はとても綺麗で、少し不気味だった。
どうしてこれで澄んだ音が生じるのか不思議だ。特別な知識が必要なのだろうか。
ハーマイオニーが矯めつ眇めつしていると、プロメテアが杖を振って一冊の本を呼び寄せた。表紙には『ギリシャ魔術の興隆とその衰退 ローマ実利主義と合理的画一化の犠牲』と書かれている。まだ読んだことがない本だ。
「その鈴は触媒と言って、ソウルの力を現象に落とし込むための媒介として機能する。本来はもう少しシンプルな杖を使うんだが……魔法鍛冶の技術が私にはなくてな」
「魔法鍛冶って、ギリシャにいた古い巨人の?」
「ずいぶんと博識だな、古代史の範囲だぞ」
プロメテアは驚いた様子で呼び寄せた本を開くことなく脇に置いた。
ちょっとした散財の記憶に苦笑いが漏れる。以前「ストレイド古書堂」という古本屋で『魔法族史』を購入した際に古代ギリシャの魔法族についての本をおすすめされ、言われるがままに買ってしまったのだ。決して安くない買い物だった。
ヨーロッパの魔法族にとっての精神的なルーツでもある古代ギリシャは、今よりも混沌としていて多様な魔法に満ちていた。
予見者モプソスとカルカスの未来視による決闘であったり、巨人ほどの大きさの守護霊を放ったことで知られる無敵のアンドロスであったり、今でも名前が知られている魔法使いは少なくない。
しかし、彼らが有した技術の大半は今では失われてしまっている。その代表的なものが古き巨人の魔法鍛冶と呼ばれるものだ。
とある都市国家でのみ継承されていた神秘の業で、その都市国家が一夜にして滅びたことで失われてしまったらしい。その都市国家は祀られていた神の名を取ってハーポと呼ばれていたが、神の怒りに触れて全ての民が怪物に変えられてしまったと言い伝えられている。
そういった失伝魔法は星の数だけあると言われており、今でも多くの研究者が遺跡や伝承から再現を試みている。
「まあ、知っているなら話は早い。私が使うソウルの業はそれと同根だと言っていいだろう」
「それって……失伝した魔術を復活させたってこと? すごい、マーリン勲章も夢じゃないくらいの偉業よ!」
「いや、なんというか……説明が難しいな。そんな褒められるようなことをしたわけじゃない。ダンブルドアとの約束を守るためにも、これは秘密とさせてくれ」
満足のいく説明ではなかったが、ダンブルドアとの約束なら仕方がない。
ハーマイオニーは引き下がって、鈴をプロメテアに返した。
「悪いな。……ソウルの魔術の中でも、私が修めたのは主に結晶の魔術と呼ばれるものだ。始祖から名を取って白竜の魔術とも呼ぶ」
「結晶。前にあなたが使っていた青白いあれのことね」
「そのとおり。ソウルは生物を生物足らしめる力で、それを術理に従った形で触媒から放出する」
「つまり、魂を放出しているってことかしら。危険はないのよね?」
「ソウルの業を修める魔術師は多かれ少なかれ魔術のための余剰を確保している。裏を返せば、それがソウルの業を修めるための資質と言えるだろうな」
プロメテアが手の内で鈴を軽く振ると、小さな青白い結晶がふわりと浮かんだ。
とても透き通っていて、淡く光っている。どこか月のような冷たさと温かさを感じて、ハーマイオニーは思わず手を伸ばした。
しかし、指先が触れるとその結晶は消えてしまった。
「あっ……」
「結晶の魔術が目指す究極地点のひとつに、結晶の永続化がある。原始結晶への到達は始祖である白竜も成し遂げられなかった。方法がないわけではないんだが、生物を苗床のように使うことになるからな……私はあまり好かない」
「そうだわ、本で読んだことがある……結晶トカゲね!」
ハーマイオニーの言葉に、プロメテアは少し満足げに頷いた。
ニュート・スキャマンダーの『幻の動物とその生息地』は教科書として有名だが、それとは別に彼の著書として『幻となった動物とその面影』というものがある。すでに絶滅した魔法生物についての調査資料で、社会風刺的だとしてあまり売れ行きはよくなかった。
その本に載っていたのが結晶トカゲという古いドラゴンの近縁種だ。古代ギリシャの詩に登場し、背中に青白い宝石を背負っていることから石守とも呼ばれていた。
その宝石を狙う人々によって滅んでしまったという結晶トカゲは、魔法力のある石や苔を食べて育ち、背中の宝石に力を蓄えていたのだとスキャマンダー氏は書いていた。
「本当によく知っているな。正直、学年首席を逃したときはかなり悔しかったんだが……負けを認めよう」
「あら、今年の学年末テストはまだよ?」
「苦手科目が足を引っ張るからな……呪文学はまだいい。天文学は本当にあんな高い塔でやる必要があるのか? 真っ暗な中でだぞ? 落ちたらどうする気なんだ、まったく」
プロメテアの高所恐怖症はグリフィンドール内でも噂が広まりつつある程度に有名な話だ。
飛行訓練が苦手だったハーマイオニーも気持ちがわからないわけではないが、星を見るために光が邪魔しない高台に上がるのは仕方のないことだろう。それをプロメテアもわかっているらしく、一通り悪態をついてから恥ずかしそうに咳払いをした。
「……すまん。結晶トカゲといい、巨人の魔法鍛冶といい、ハーポとかいう魔術師は何かしらソウルの業と関係があったんだろうが……」
「えっ、神のハーポと魔術師のハーポって同一人物なの?」
腐ったハーポのことはハーマイオニーも知っている。蛙チョコカードに載っているほど有名な闇の魔術師だ。何なら、今年度起きた事件はもとを辿ればハーポにたどり着く。
古代ギリシャの魔術師で、蛇語遣いの始祖ともされる。バジリスクの人工孵化に成功した最初の魔術師だ。腐ったという渾名は彼が使う腐食の魔術に由来していて、どんな金属でも錆びさせてしまったらしい。
それに加えて、ハーポは誰もが口をつぐむほどの邪悪な闇の魔術を生み出したとされ、その魔術が一体何なのかはどの本にも記されていなかった。
そんな人物が神として崇められていたとは思えなかった。
「まあ、諸説ある。神のハーポから名を取って魔術師のほうが名付けられたとも言われているし、統治者がハーポを襲名していたと考えている学者もいる。どちらかがどちらかの分身だったという話もある。都市国家ハーポが滅んだときに記録が失われたせいで、正確なことは何もわからないんだが」
「やっぱり、記録って大事ね……」
先日の議論が頭をよぎる。
パンジーが語った魔法族の歴史は、調べようとしても簡単に調べられるものではなかった。純血の旧家は自分たちの歴史を全て公に明かしているわけではないからだ。
しかし、それでも記録が残っていればハーマイオニーのような新参者でも知ることができる。
記録だけではない。記録にたどり着くための縁も大事にしなくてはならない。言葉にはしなかったが、ハーマイオニーは漠然と自分に不足している何かを自覚しつつあった。
それからパンジーに時間を指摘されるまでしばらく話し込んだ後、ハーマイオニーはプロメテアの蔵書を数冊借りて寮に戻った。
《ハーポの蛙チョコカード》
ギリシャの魔術師、腐ったハーポの蛙チョコカード
髭を蓄えた悪辣な老人の姿は子どもにはあまり人気がない
ハーポはバジリスクの人工孵化に成功した最初の魔術師である
また、彼自身蛇語を巧みに操ったという
しかし、彼の闇の魔術師たる所以は秘されている
最も邪悪な闇にすら忌避された分霊箱は、今や失伝しつつある
当然、その対策もまた忘却の彼方だ