ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 ドラコ・マルフォイにとって、プロメテア・バークは謎だった。それも不気味な類の。

 血統も正しく、聡明で誠実。記憶にある限りでは顔立ちも整っているし、所作や口調に女性的な要素が皆無なことを除けば理想的な純血だと父は言う。しかし、その異常な探究心と眼に関する問題が彼女の異質さを際立たせていた。

 父の言いつけでドラコは週に一度ふくろうを送ることになっている。プロメテアについての報告だ。

 羽根ペンのペン先をインク壺で湿らせながら、ドラコは父の言葉を思い返していた。

 

「よく見定めるのだ、ドラコ。プロメテア・バークはマルフォイ家にとってよい友人になりうる」

「僕はあいつと友達にならなきゃいけないんですか?」

「友達などよりもっと価値のある関係だ」

 

 プロメテアのそばにいるのは疲れる。世話を焼く必要があるし、周りからの詮索や誤解も鬱陶しいし、そもそも話が合わない。厄介なことにプロメテアには悪意がないから、ドラコは彼女を責めることもできないのだ。

 しかし、マルフォイ家の利益になるから次期当主として恩を売っておけということであれば嫌でもやるしかない。

 それに、ある種の充足感をもたらす知的な会話を交わせる相手がプロメテアしかいないのも事実だ。クラッブとゴイルは屈強な肉体で入学前からドラコの役に立ってきたが、プロメテアとは異なる方面で世話が焼ける。セオドール・ノットは能力を見れば理想的だったものの、政治的理由から距離を取れと命じられている。ブレーズ・ザビニなど論外中の論外。

 

「飛行訓練で混乱のあまりマダム・フーチに暴言を吐いて減点されました。もっとも、目が見えない生徒を箒に乗せようとしたフーチのほうがどうかしていると思いますが。……あと何があったかな」

 

 落ち着いた態度とは裏腹に、プロメテアは妙に臆病なところがあるとドラコは考えていた。特に大階段では「落ちるといけないから」と必ず誰かに掴まろうとする。それが彼女を疎んじているパンジーであっても。どうやら高所がひどく苦手らしく、寮が地下牢にあることを心から喜んでいた。

 あまり積極的に人と関わろうとしない一方、助力を請われれば断らないその気質が評価されたのか、少なくともスリザリン寮内で攻撃の的にはなっていない。

 

「クィレルに興味があるようです。でも、闇の魔術に対する防衛術の授業には文句を言っていました。同じ包帯人間だからかと言ってやったのですが、包帯とターバンは違うものだとかなんとかいっていなされてしまいました」

 

 プロメテアもハリー・ポッターに興味があると気づいたときは意外に思ったが、クィレルにも同じ程度の興味を示していることから見て、単に「変わった人」を観察しているだけなのだろう。変人どうし、惹かれるものでもあるのだろうか。

 周囲からの評価はせいぜい「真面目で少し変わったところのある可哀想な女の子」だ。しかし、ドラコは彼女がもっと悍ましいなにかだと、そう感じていた。なぜなら――

 

「――ドラコ、そろそろハロウィーン・パーティーが始まる時間のようだが」

 

 かけられた声にドラコは体をこわばらせた。

 誰もいないと思っていた談話室にいつの間にか現れていたプロメテアが、安楽椅子に腰かけてくすくすと笑っている。まるでドラコの反応が見えているかのようだ。

 

「プ、プロメテア?」

「他の人間に見えるのなら、君も眼を診てもらったほうがいいかもしれんが。……安心しろ、手紙の内容は見ていない」

「ふん、見えないくせに」

「試してみるか?」

 

 ドラコは父への手紙を手帖に挟んで、乱暴にローブのポケットへとねじ込んだ。

 多少の嘲りを受けようとも怯まず、むしろ面白がってすらいる。

 

「ああ、それと、私はクィレル教授の授業に不満があるわけではない。むしろ問題なのは教科書の選定だ。『闇の力――護身術入門』は悪い本ではないが、著者自身の基礎理論に関する理解が十分とは言いづらく――」

「もういい、お前が盗み聞きしていたのはよくわかった」

「これにこりたら、手紙を書く時の独り言はやめておくんだな。ほら、早く行くぞ。ミス・パーキンソンが君のことをお待ちかねだ」

 

 これ以上何を言ってもからかわれるだけだろう。ドラコは悔し紛れに鼻を鳴らして、早歩きで談話室をあとにした。

 ドラコの背を追うようにしてついてくるプロメテアの腕には古ぼけた分厚い書物が抱かれている。魔法の道具で盲目でも読めるようにしているそうだが、それでも苦労がないわけではないだろう。なのに、彼女はそれを一切口にしない。

 プロメテア・バークは盲目になってから一度も泣いていないのだ。

 

***

 

 贅沢な食事などパーティーで食べ慣れていたが、それでもハロウィーンの飾り付けにわくわくしなかったと言えば嘘になる。数え切れないほどのかぼちゃが怪しげな灯を内にして大広間の夜空を覆う様は幻想的という言葉以外で表せないほどだ。

 ドラコが5本目のチキンに取りかかったとき、プロメテアが静かに立ち上がった。

 

「少し席を外すぞ」

「どこに行くんだ?」

「ちょっとそこまで、さ」

「パーティー中にか?」

「トイレだよ、紳士様」

「あっ、すまない」

 

 プロメテアは気にするなと言わんばかりにひらひらと手を振って大広間を出ていった。ドラコは恥ずかしくなってぶどうジュースを飲み干したが、羞恥に火照った耳の熱はその程度でごまかせるものではない。普段はドラコの振る舞いを全て肯定するパンジーもやや呆れたような笑みを見せていた。

 時折、プロメテアが女だということを忘れてしまう。もちろんそれはプロメテア自身が女性として振る舞っていないことが大きく影響しているわけだが、それはそれとして女性を女性として扱わない紳士がどこにいるだろうか?

 食事はサンドイッチか芋だけ、紅茶は茶葉の区別もつかない、挙げ句の果てには「動きづらい」というただそれだけの理由でドレスを着たがらない。純血の家に生まれた女として許されない振る舞いであるにもかかわらず、「盲目の少女」という風聞につきまとう哀れみと嘲りが彼女を守っている。

 

「ねえドラコ、あの子が使ってる魔法の道具ってなんなの? 目が見えるようになるわけじゃないんでしょ?」

 

 パンジーの問いかけに頷いて、ドラコはポテトを嚥下した。

 

「周りにあるものの位置や形を一時的に知る、らしい。ボージンがそう言っていた」

「へえ……じゃあ、それを使ってる間は見えてるのと同じってこと?」

「さあね。ありがたいことに、僕はそんなものを使わなくても……いや、なんでもない」

 

 自分のジョークが不謹慎なことに気づいて、ドラコは発言を取りやめた。それでも眉をひそめる上級生は多少いたが、取り下げた発言に噛み付いてくるほど彼らも馬鹿ではない。

 小さい頃は悲しみを見せないプロメテアを気味悪がって随分と罵声を飛ばしたものだ。しかし、母から叱責を受けたことでドラコはそういった「取り返しのつかない侮蔑」に気をつけるようになった。母の怒った顔を見るのはひょっとするとあれが初めてかもしれない。いや、煙突飛行の仕組みを知らずに火のついた暖炉に入ろうとしたときが初めてだったか。

 

「それで……魔法の道具ってどれなの? あの子、寝室に色んなものを持ち込んでるから、どれがどれだかわからないのよね」

「僕も教えられてはいないが、まあ予想はついているよ。父上は秘密にしたいようだから、口外はできないけどね」

 

 好奇心と尊敬の視線が刺さる。この快感は何にも代えがたい。たとえそれが全くのはったりであったとしても、愉悦をもたらすには十分だ。

 しかし、世界の真理がそう定めるとおり、楽しい時間は突如として終わりを迎える。

 

「――トロールが、地下室に……!」

 

 クィレルの叫びが大広間の混乱を生じたそのとき、ドラコはプロメテアがまだ帰ってきていないという事実によって己の顔が青ざめるのを感じていた。




《魔法理論集成》
杖魔法の魔法理論に関する論文集
編者のローガン・ワフリングは19世紀魔法理論の大家

あまりに多いページ数を誤魔化すため、魔法による空間拡張が施されている
さながら叡智の迷宮だが、その深奥にある宝の価値を知る者はわずかだ
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