ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 ちょうど会合から帰ってきたばかりだったボージンは、ハリーを迎え入れて来客用の紅茶を開封した。南インドのタミル人魔術師から直接買い付けたニルギリのオレンジペコーは娘の友人を歓迎するのには十分なグレードだろう。

 ここ最近は店としての稼ぎも増えたし、そうでなくともプロメテアが友達からもらってくる茶やら菓子やらが余ってしょうがない。小柄なプロメテアの成長を願ってか、彼女に届く贈り物は半分が食べ物だ。

 何より、人様の客に迷惑をかけた馬鹿者が汗を流して無償で勤労させられている、その哀れな様を眺めながら飲む上等な紅茶は酒よりもずっとうまいのだ。

 

「おうパッチ、帰ってきたか。次はこの箱だ。間違っても落とすんじゃねえぞ、中身の1ポンドでも足りてねえって報告を受けたらてめえの肉1ポンドで支払ってもらうからな」

「くそ……この……クソジジイ!」

 

 スキンヘッドから汗を垂らして、肩で息をしながらパッチが悪態をついている。夏のダイアゴン横丁へ重い木箱をいくつも配達させられるのは、生き汚いくらいに体力のあるパッチでもかなり堪えるようだった。

 路地裏でハリーを相手にどんな悪事を働こうとしたのか、大方ボージンには察しがついていた。カモをうまい話で誘い込み、釣り餌に夢中になっている愚か者の背を罠へと蹴落とす。そこから身ぐるみを剥ぐのがパッチの得意とするやり方だ。

 盗掘家としても優秀である彼のことはボージンもそれなりに買っているつもりだ。その程度の悪事であれば多少は見逃すのだが、時世も相手も悪かった。

 荷物を抱えてハリーを睨むパッチに「早く行け」と顎で促して扉を閉じると、机の向こうでハリーが困ったように眉をひそめた。

 

「まあ、あまり気を悪くしないでくれ。あいつもこれでお前さんのことを覚えただろうよ。義理堅いとは言えねえが、身内の背を刺すほど短慮な野郎じゃない」

「そ、そうなんですか」

「ずる賢いやつでな、普段は学生なんか狙わずに獲物をちゃんと選ぶんだが……ここしばらくノクターン横丁が荒れてるせいか、みんなしてピリついてやがる。お茶のおかわりは?」

「いただきます。……ノクターン横丁が荒れてるって、シリウス・ブラックのせいですか?」

 

 聡明な少年だ。

 ボージンは返事に悩んで、結局頭を振った。

 今日の会合でもその名前は議題に挙がった。アズカバン史上初の脱獄者ということもあり、良くも悪くも界隈が賑わっている。身内に囚人のいる者が余計なことを考える可能性を警戒しなくてはならない。

 しかし、ボージンの読みが正しければ、ブラック家の不良息子とここしばらくノクターン横丁で続いている治安の悪化はあまり関係ないはずだった。なぜなら治安を悪化させている最大の要因は海の向こう、大陸側にあるからだ。

 それをハリーに語るわけにもいかず、結局ボージンは顔役として無難な言葉を選んだ。

 

「いや、奴さんとは関係ない。近頃は妙な流れ者が増えてな。ドイツ、スペイン、イタリア、中国……お前さんも出入りするなら重々気をつけるんだぞ」

 

 こくこくと頷くハリーにもらいもののレモンタルトを出してやる。

 このレモンタルトを持ってきたのはフランス魔法省の闇祓いだ。大陸側の指名手配犯が入国したおそれがあるからしばらく捜査で出入りすると挨拶に来た。

 近頃は法さえ守れば何をしてもよいという横柄な闇祓いも少なくない。そんな中、こうして顔役に筋を通しに来た若者にボージンは快く協力を申し出た。

 

「外国の悪い人が入ってきてるんですね」

「入国審査がないわけじゃあないが、誤魔化しは利くからなあ」

 

 ただの前科持ちやケチな悪党なら放っておいても問題はない。けちな流れ者が地元の悪党に勝てる道理はないのだ。しかし、闇祓いが追う指名手配犯ほどの大物が渡航しているとなるとただ事ではない。後ろに誰かがいる。

 パッチがピリついているのもそのせいだ。

 彼は昔、聖人墓地の盗掘でイタリア魔法省と一悶着起こしてヴァチカンの目が及ばないイギリスまで逃げてきたという前歴がある。それゆえに大陸魔法族の匂いに敏感だ。

 顔役としてボージンはパッチを守り、同時に彼から市民を守る必要がある。面倒で厄介だが、必要な仕事だ。

 

「まあ、そんなつまらん話はよそうじゃないか。学校はどうだ? ガールフレンドの一人や二人できたか」

 

 ハリーがむせ返るのを眺めて、ボージンは自分の分のレモンタルトにフォークを入れた。

 若者はいい。特に度胸があって頭の回る若者はボージンの好みだ。パッチをどういなすか陰で様子を窺っていたが、咄嗟の機転にしては悪くない対処の仕方だった。

 愛娘と懇意にしている若い男。一度事故で迷い込んだ際に顔を見ただけの少年であり、その程度の印象しかなかったが、ボージンはすっかり彼のことが気に入っていた。

 

「がっ……ガールフレンドなんて、そ、そんなのいるわけないじゃないですか!」

「その焦り方は心当たりがあるってやつだ。それも人に言いにくい関係。当たりだろ?」

「なんなんですか、もう。ノクターン横丁の大人ってみんな人のことをお見通しなんですね」

「なんだ、ストレイドのジジイに化かされでもしたか?」

 

 レモンタルトをフォークでつつきながら、ハリーが不満げに頷いた。荷物の包みから察していたが、ストレイド古書堂で迷惑な老人に絡まれたようだ。

 ダイアゴン横丁とノクターン横丁、つまり日向と日陰の境目に店を構えるストレイドとは、ボージンももう長い付き合いになる。

 長い時を流れ者として生きてきたためか知識は底なしで、魔法の腕も抜群。ボージン・アンド・バークスの得意先でもあり、プロメテアも個人的にいくつか取引をしている。

 元々はアフリカにあるワガドゥーという魔法学校で占い学の教授をやっていた男だ。本人曰く「あまりの天才ぶりに周りが嫉妬したせいで故郷を離れた」らしいが、ボージンの見立てが正しければ疎まれた原因は才覚よりむしろ性格にある。

 実力だけならボージンよりも顔役に適している。そのはずなのだが、性格の悪さゆえに人望がない。致命的なほどにない。

 ストレイドの数少ない趣味といえば、マグルの詐術を駆使した「それっぽい占い」で人をからかうことなのだ。

 元は占い学の教授という立派な職歴があるせいで真に受けてしまう者が多く、古本屋の商売より占い師、詐欺師の商売のほうがよほど稼いでいる。四度ほど行政の指導も入ったが、改善命令を伝えに来た魔法警察の若い魔女を口説き落としてからはそういった話すら来ていない。

 

「運命がねじれてるとか、なんとか」

「運命ねえ。俺ぁそういったもんは信じてねえが……あのジジイ、一応は本物だからなあ」

「本物の占い師ってことですか?」

「予見者って言ったほうが連中は喜ぶが、まあそうだ」

 

 無造作にティーカップへ放り込んだ角砂糖をスプーンで混ぜながら、自然とボージンの視線はハリーの額に向いた。

 予見者の才能がなくとも、彼を見ればその運命とやらが過酷で複雑なのは察することができる。ストレイドが本気で言ったかどうかは問いただしてもわからないだろうが、彼に刻まれている傷痕は並大抵の運命で引き寄せられるものではないだろう。

 

「それっぽいことで人を騙くらかすのが趣味の迷惑な爺さんなのさ。だいたい、お前さんより運命がねじれてそうなやつはそういないだろうよ」

「はは……そうかも」

 

 ハリーの望まざる活躍はボージンの耳にも入っている。賢者の石を守り、バジリスクを退治し、最近では親戚のマグルを風船にした。

 愛娘が世話を焼いていると耳にしたときは少なからずやきもきしたものだが、今となってはむしろプロメテアが助けていなかったらどうなっていたかとすら思うほどだ。

 その上、今年はシリウス・ブラックが脱獄したせいで彼の周辺には常に目を光らせている者がいる。魔法大臣がつけたであろう護衛役の闇祓いは、ボージンが先回りして話を通しておかなければ今ごろパッチをアズカバン送りにしていただろう。

 

「……あの、ボージンさんってこのお店の店主さんなんですよね?」

「おうとも。ボージン・アンド・バークス魔法骨董店。名前のとおり、バーク家と共同で始まった店だ」

「じゃあ、バークさんが使ってる魔法の道具もここのものなんですか? 鈴とか、剣とか」

 

 剣、と口にした時少し申し訳なさそうに眉を曲げたのは、彼の友人がバジリスク退治のために剣を柄だけにしてしまったからだろう。

 手痛い出費ではあったが、その件はもう片付いている。ダンブルドアの監督責任をつついて相応の額を払わせた。子どもを責める理由はない。

 それはそれとして、ハリーはプロメテアが使う物品の来歴に興味があるようだった。

 

「うちの帳簿に載ってるって意味では、そうだ。お前さん、魔法史は得意かね」

「興味はあります。授業はちょっと、あれですけど」

「そういや、まだビンズが教えてるんだったな。あれこそまさに骨董品だ、まったく……うちじゃ扱いたくもないが」

 

 どっこいせ、と立ち上がり、商品を並べた棚からちょうど入ったばかりの品――薄汚れた手袋を手に取って振ってみせる。まだプロメテアが説明用の札を作っていない、正真正銘入荷したての商品だ。

 ティータイムには似つかわしくないそれにハリーは少し頬を引きつらせたが、それでも興味が勝ったようだった。

 

「これは少し前にドイツのとあるお偉いさんから買い取った道具でな。ドイツ魔法界っていうとどんな印象があるよ」

「えーっと……ドイツの魔法大臣が国際魔法使い連盟の議長だったときに、グリンデルバルドを無罪にした」

「はは、その通り、詳しいな」

 

 ドイツ魔法省の評判は少々どころではなくよろしくない。

 グリンデルバルドが台頭した当時、魔法大臣で国際魔法使い連盟の議長でもあったフォーゲルが「ゲラート・グリンデルバルドの行いが罪かは民衆によって判断されるべきだ」と彼を次の議長に推薦した。

 実に馬鹿げた話だが、民主主義の理論に従い、人心を操る天才、偉大なカリスマであったグリンデルバルドはあらゆる虐殺行為について無罪を勝ち取った。もちろん、ダンブルドアとその仲間によって後に取り消されるのだが。

 当時は国際魔法使い連盟の議長選の最中で、議長職を辞した後によりよい席を求めたのだろうという噂もある。また、彼の秘書だったフィッシャーという女がグリンデルバルドの信奉者だったことを理由に服従の呪文を疑う声もないではない。

 とにかく、ドイツの純血として長い歴史を有したフォーゲルの名はドイツ魔法省の名声を道連れとして地に堕ちた。それこそ、子孫が家宝を手放す必要があるくらいには。

 愚かな先祖のせいで家宝を買い取りに出すはめになったフォーゲル氏のことは一旦忘れて、ボージンはハリーに商品の歴史を語ることにした。

 

「まあ、昔からドイツはその手のゴタゴタが少なくなかった。そいつはドイツ魔法族の処刑人が嵌めてた手袋でな」

「……処刑人」

「今でこそ流行らんが、昔は公開処刑ってのが貴重な娯楽だった。そうなると、死の呪文一発で終わらせるのは盛り上がりに欠ける……俺ぁ知らんが、当時はそういうことを考えたやつがいた」

「……公開処刑」

「結果、処刑人の手でたっぷり苦しめられた怨霊がシミの数だけ染み込む。怨霊が無数に詰まった手袋ができあがるって寸法だ」

「呪いの道具じゃないですか?」

「呪いの道具だなあ、こいつは」

 

 実際、この手袋は折るようにして握りしめると中から怨霊が文字通り飛び出してくる。軽い洗浄魔法程度では消えないシミだ。

 

「こういう品は何の役にも立たん。少なくとも俺ぁ使おうとは思わん。しかしまあ、世の中には役に立たなくても面白ければほしい、集めたいっつう変わり者がいる」

「それはなんというか……ちょっと変わりすぎじゃないですか?」

「ま、否定はできねえわな。まっとうな使い道では役に立たない、不要なものを引き取る。そしてそういうものが好きなお得意様に高値で売りつける。そういう商売さ」

 

 尤も、最近はプロメテアのおかげで「使える品」が増えているのも確かだが。

 ボージン・アンド・バークスが薄暗がりに店を構えているのは、魔法族の歴史そのものがどこか仄暗いせいだ。流れてくる骨董品が闇と少しも関係なければ、この店は表通りに看板をかけられただろう。

 そういう意味では、プロメテアが現れたことによる明るい変化は、魔法族の明るい時代の前触れと見れなくもない。そう考えるのは親馬鹿が過ぎるだろうか。

 

「どの品もそういう形で流れてくる。遺産整理とか、金に困って家宝を売るとかな。あとは遺跡や墓地なんかからの出土品だな。さっきお前さんを騙くらかそうとした人相の悪いハゲ、あいつはパッチというんだが、あれでなかなか腕のいい発掘家なんだ」

「あの人が?」

「意外だろ? どう見たって学のないゴロツキか、さもなきゃ賭場で胴元の子分やってるようないかさま師……っと、本人のお帰りだ」

 

 店の外からがみがみと噛みつくような怒鳴り声と、それに淡々と反論する静かな声が聞こえてくる。どうにも相性の悪い二人で、顔を合わせるたびに喧嘩ばかりだ。そのくせお互いの実力は認めているのが不思議なところだった。

 ボージン・アンド・バークスの看板娘、可愛いプロメテアのお帰りだ。

 ボージンが愛娘から誕生祝いにともらったステッキで床を軽く叩くと、店の扉が自然に開いた。

 

「――いつだってそうだ、姐御は俺の苦労なんざちっとも考えていやしねえ! そんなだから嫁の貰い手がつかねえんだ!」

「私は貰い手がいなくても困らないし、一度請け負った仕事でどこまで苦労しようとお前の自己責任だ。前払いでくれと言ったのはお前だろう」

「知らねえものを探せって言われてんだからそりゃ前払いにするだろうが! 魂の結晶だかなんだか知らねえが、見つかるまでロハで探せってのかよ! 俺が先週アイルランドの羨道墳でどんな目にあったかわかるか? 骸骨のボールに1時間も追いかけ回されたんだぞ!」

「面白いな。その骨が残っていれば買い取る」

「帰ってくるのでやっとだったっつってんだろ! 死にかけだぜ、俺は! 3本で180ガリオン、びた一文まけねえからな!」

「いいだろう。その羨道墳は調べる価値がありそうだ、もう少し詳しく――」

 

 ハリーとボージンは目を見合わせて、小さく笑った。

 ここらでは追い剥ぎか賭場荒らしとして知られているハイエナのパッチは、プロメテアお気に入りの探窟家なのだ。そして、どれだけ口汚く罵っていようとも、パッチがプロメテアをどう呼んでいるかで二人の関係性ははっきりわかってしまう。

 悪党を悪党とわからないほど無垢なわけではないのに、有能と見れば悪党でも絆してしまうような無邪気さ。誠実な人たらしと言ってもいい。この誠実さこそ、プロメテアがボージン・アンド・バークス魔法骨董店の看板娘とされる所以だ。




《馬脚の指輪》
馬の足が刻印された古い指輪
蹴りの攻撃力を高める

墓荒らしと名高い不屈のパッチに与えられた贈り物
すぐに馬脚をあらわすパッチへの皮肉でもある

彼は出会ったときからパッチの不誠実を嫌っていた
だからこそ、彼女は初めて会うパッチに誠実だった
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