ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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お知らせ:45と46の間に新しく「おまけ」を投稿しました。


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 新入生を歓迎する宴は始まっているが、医務室はその騒がしさを遠くに感じるだけだった。

 ベッドの縁に腰掛けて、プロメテアはダフネの手を握っていた。ずっとうわ言のように妹を慰めていた彼女は、妹のアストリアが無事とわかってすぐに気を失ってしまった。

 

「……あれは、一体何なのだ」

 

 常であればスリザリンらしからぬ快活さでうるさいと煙たがられるほどのミリセントも、今日ばかりはその元気が陰っている。

 爪を噛む音が静かな医務室でかすかな苛立ちと、そして不甲斐なさを響かせていた。

 

「吸魂鬼、アズカバンの看守として使われている存在だ。エクリジスという闇の魔術師が生み出した、最も悍ましい生きた呪い」

「生きているというのか、あれが」

 

 頷いてよいのか、プロメテアにはいまいち判断がつきかねた。

 英国魔法族は吸魂鬼を生きた存在、魔法生物として扱っている。どのようにしてか、あれらを看守として運用できる程度にはやり取りがある。もしくはやり取りができていると信じているのか。

 殺すこともできず、心を直接砕き、そして守護霊の呪文でのみ追いやることができる呪い。吸魂鬼を生きている存在として扱う根拠は一体どこにあるのだろう。

 アブラクサスがこの世を去るまでの短い付き合いの間に、プロメテアは吸魂鬼について深く学ぶことを求められた。今思えば、彼は単にプロメテアをアズカバンに連れて行こうとしたのではなく、吸魂鬼そのものについて何かをさせようとしていたのかもしれない。

 

「……私はエクリジスが闇の魔術師ではなかったと考えている」

「冗談だろう、あれが闇でないのなら――」

()()()()()()エクリジスは、闇の温もりを知っているはずだ」

 

 そろそろ向き合わねばならない。

 この世界には多くの「知っている未知」が存在する。ヴィンハイムのオーベックが知っていた、プロメテアにとっての未知だ。

 かつて同じ祭祀場にいたはずのパッチ。ヴィンハイムの学徒なら必ず知っている名前、ビッグハット・ローガン。妖精の呪文(Charm)の基礎を築いたとされるレイブンクローの宵闇は、己の故郷をウーラシールと語ったという。

 パッチはソウルのことすら知らなかったし、ローガンの著書に白竜シースの魔術は一度も登場しなかった。

 その一方で、ウーラシールの姫君は故郷を()()()()()。時を巧みに操った彼女は、手慰みに自らの根源を辿り、そこでウーラシールを垣間見たと記録に残されている。

 ロンドールのエクリジスもまた、故郷を忘れていない者の一人だ。

 

「以前話したな。私の長い旅路について」

「……ああ。その実力に嘘がないこともよく知っているとも」

「かつて、私が生きた世界では火と闇の神話が語り継がれていた。火によって力を得た神々と、その影で密かに闇から立ち上がった小さな者たちの神話だ」

「それが一体何だ」

「まあ、聞け」

 

 ミリセントが苛立っているのは、きっと彼女が吸魂鬼に立ち向かうことができなかったからだ。

 強靭にして負け知らずの従士。ブルストロード家は勝利のためなら誇りすら捨てることを誇っていると、プロメテアも以前聞かされていた。その中でも腕自慢のミリセントが対峙することすらなく意識を失った。彼女のプライドについた傷はプロメテアには想像も及ばない。

 立ち向かったプロメテアがその傷を慰めることはできない。だからせめて、友達として知っていることを語る。

 

「全ての人間は闇から生じた。人間性と呼ばれる暗い温もりが人間を人間足らしめていた。闇とは本来、温かい故郷だ」

「……それと吸魂鬼に何の関係がある」

「吸魂鬼を生み出した魔術師、ロンドールのエクリジスはある意味で私と同郷だ。……ひどく冷たかっただろう」

 

 奇跡によって冷気を取り除かれてもなお、ベッドに横たわるダフネの手は冷たい。

 吸魂鬼を生み出したロンドールのエクリジスは、アズカバンに残されていた断片的な記録によれば「救われるための亡者」を求めていた。これは彼の故郷ロンドールで栄えた黒教会の信仰に基づくものだろう。

 黒教会は有限の命を火の継承によって保ち続ける神々の時代を終わらせ、小さき不死の人間が自由に闊歩して支配する闇の時代を望んだ。

 かつてプロメテアの、つまりオーベックの弟子だった女騎士は、神々の火を薪の王と呼ばれる者たちに継がせる使命を負って戦っていた。彼女の前にロンドールの刺客が立ち塞がったこともある。オーベックは彼女を守るため、()()()()()()()()

 本当にエクリジスがロンドールの生まれなら、吸魂鬼が冷たいはずがないのだ。闇とは、奴らが食らう人間性とは、本来温かく湿ったものなのだから。

 

「吸魂鬼は人間性を食らう。熱を奪い、ただの湿った澱みに変えてしまう」

「言っている意味がわからん」

「あれはロンドールが求めている結果をもたらさない。私はロンドールのエクリジスが失敗したのではないかと、そう考えている。何かに唆され、もっと悍ましい何かを呼び起こしてしまったのではないかと」

 

 窓の外に光が落ち、やや間があって遠くから雷鳴が届いた。

 

「かつて、ウーラシールという地に深淵の主と呼ばれた災厄が現れたことがある。その存在はウーラシールの魔術師たちが唆され、禁忌に手を染めたことで目覚めた」

 

 プロメテアは奇妙な郷愁に胸が苦しくなるのを感じた。

 弟子にも同じことを語った。深淵歩きのアルトリウスと深淵の主マヌス、そしてウーラシールの宵闇を巡る物語だ。

 マヌスを掘り起こしたことによって、禁忌を犯したウーラシールは滅びを迎えた。では、そのウーラシールを唆した何かはどうなったのか。

 深淵、つまり深き淵。闇の流れる大河と言い換えてもいい。人の故郷である闇が流れる深淵、その果てにある大海をプロメテアは知らないし、かつてのオーベックも知ろうともしなかった。

 

「この世界にも、何かがいる。人を唆す何かが」

「……お前の言っていた、腐食の主とやらがそうなのか」

「わからない。だが、少なくとも……吸魂鬼はそう感じさせるだけの悍ましさを帯びている」

 

 わからない。

 何かをプロメテアに、オーベックに託したという弟子は一体どこにいるのか。この世界はどこで、火と闇を巡る長い戦いはどうなったのか。

 

「――だい、じょうぶ」

 

 かすれた声とともに、冷たい手がプロメテアの頬に触れた。

 いつから起きていたのだろう、ダフネが泣く子どもをあやすようにプロメテアを優しく撫でる。その手には少しずつ熱が戻ってきていた。

 

「起こしてしまったか」

「起きます。そんなに、泣きそうな声をしてらっしゃるんだもの。でも、気にしないで」

「……すまない。気分はどうだ」

「最悪ですわね。アスティは」

「マダム・ポンフリーがつきっきりで看てくれている」

 

 身体を起こそうとするダフネを手伝って、プロメテアは彼女の細い腰に手を回した。

 病床で語るべき物語ではなかった。

 そう後悔していると、ダフネがいつもの調子で悪戯げに笑うのが聞こえた。

 

「やっぱり、こういうところはメティが男の人だったんだなって思わされますわね。起きてる女性には紳士的なんですもの」

「……そう言われて謝ることしか思いつかないのもそういうことなんだろうな」

「そういうところも可愛くて好き。ミリィも、ごめんなさい。また、あなたに迷惑をかけてしまったわ」

「拙は……拙はマダム・ポンフリーを呼んでこよう」

 

 ミリセントは立ち上がって、医務室の奥へと逃げるように去っていった。

 追うべきか悩んで伸ばした手をダフネが掴む。もうすっかり冷気が抜けたようで、身体にも力強さを感じる。今夜は寮で眠ることを許されるだろう。

 

「ねえ、メティ。お願いがあるの」

「聞かせてくれ」

「……アスティと私が吸魂鬼に近づかれただけで駄目になってしまったのはどうして、って聞いてくださらない?」

 

 とっくに冷気は抜けているのに、声は震えている。

 腰から離そうとした手は絡め取られ、プロメテアはそのままダフネと同じベッドの上に押し倒されてしまった。

 抜け出そうと思えば抜け出せるし、押し返そうと思えば押し返せた。しかし、これほどまでに泣きそうな声のダフネを拒む気にはなれなかった。

 ふわりと香る紅茶と、インクと、そしてダフネが好んで食べるアーモンド。その中に涙を感じ取ったのはきっと気のせいではない。

 

「……ねえ、メティ。血の呪いってご存知?」

 

 また、遠くで雷が鳴った。




《血の呪い》
血によって継承される獣の呪い
宿主の感情に応じて育ち、やがて宿主を呑み込む

血とは最も根源的な温もりであり、ゆえに闇と親しい
であれば、血の温もりを呪ったものはきっと凍えていたのだろう
血への呪いとは愛への憧憬の残酷な裏返しだ
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