ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 プロメテアにとっては嬉しいことに、ホグワーツは未知で満たされている。現代の魔法理論では説明がつかないような古い魔法が多くの設備を維持しているのだ。理論とは最適化されるものであり、それによって説明できないということは、勝手に増える部屋や自我を持った石像は忘れられた魔法によるものであると、そう結論づけてよい。

 しかし、そういった魔法の足跡を追っていった結果、自分がどこにいるのかわからなくなったのも事実だ。ひとまず最初の目標だったトイレは発見したが、どうやって帰ったものか。

 用を足していると、隣の個室からすすり泣く声が聞こえた。

 少し気まずい。プロメテアは肉体こそ少女だが、男として生きた記憶のほうがはるかに長く、それゆえにトイレやシャワー、寝室での寝起きを経験するたびにささやかな申し訳なさを感じていた。慣れようと思って慣れるものでもない。

 ひとまず済ませるべきを済ませ、手を洗っていたとき、廊下から漂う異臭がプロメテアの鼻をついた。

 皮脂や角質に細菌が繁殖することによって生じる独特の饐えた臭いと、排泄物を含む不潔の気配。

 プロメテアの記憶を辿る限り最も近いのは、歪んだ兜と鎖、傷だらけの巨体。善良であったがゆえにロスリックに隷従させられた巨人たちだ。しかし、ここに彼らがいるはずはなかった。ここはロスリックではないのだから。

 

「……おい、そこの個室にいるお前」

 

 返事はない。躊躇いか羞恥かは知らないが、ともかく反応を示す気はないようだ。

 大きな足音がよく磨かれた石の床を揺らしている。

 引きずるような不快な音はおそらく棍棒か、それに類するもの。プロメテアが知る限り最もありうるのはトロールだ。身長は大きい個体であれば4メートル、体重は1トン。愚鈍だが極めて暴力的で、有り余る力を破壊のためだけに使う。些細で小規模な、しかし魔法族の子供数人であればたやすく肉片へと変える災害。

 かつてロスリックで生きていたプロメテアであればこの程度のトラブルは気にも留めないが、あいにくとこの体には不死人の証であるダークリングが発現していない。個室で泣いている女子生徒が不死人である可能性は皆無に等しい。

 逃げるべきだろう。

 

「おい、聞こえているんだろう。この悪臭と振動が異常であることにはさすがに気づいていると思いたいが、ともかく下らない死に方をしたくないなら出てこい」

 

 ゆっくりと個室の扉を開く音がした。

 

「あなたって」

「プロメテア・バーク、これ以上の自己紹介をしている暇はない。お前が誰かは知らないが、まあいい。見ての通り(めくら)でな、先導してくれるとありがたいのだが」

「待って……もう遅いかも」

 

 プロメテアが袖から聖鈴を引き出すのと同時に、破砕音が女子トイレに響いた。

 

***

 

 尋常ではない巨体のトロールが女子トイレの壁を砕いて中に入っていくのを見て、ハリーは自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。ロンの顔色も同様で、どうやら同じ考えに至ったらしい。

 

「ハーマイオニーが中だ!」

 

 何の考えもなく女子トイレに飛び込むと、まさにハーマイオニーがトイレの奥で悲鳴を上げているところだった。

 しかし、そこにはもうひとり別の女子生徒がいた。顔の上半分を黒い包帯で隠した彼女はスリザリンのローブを着ている。表情はわからないが、少なくとも笑顔ではなかった。

 

「プロメテア・バーク!? どうしてここに」

「ティータイムにでも見えるか? ガキの出る幕じゃない、下がっていろ」

「でも――」

 

 プロメテアが手に持った奇妙な鈴を鳴らすと、青く鋭い光の矢がトロールの肘を貫いた。

 

「下がれ! ()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 7メートルはありそうなトロールが痛みにうめいて、力任せに棍棒を振るった。

 瓦礫の破片が雨のようにハーマイオニーとプロメテアを襲う。ハリーは頭が真っ白になった。

 しかし、ハリーが予想していたような惨劇にはならなかった。

 

「――くそ、ウーラシールの魔術は苦手なんだ。ましてや闇術を使う日が来るとは」

 

 おぼろげな黒い光の壁が瓦礫を反射し、トロールへと牙を剥いた。先ほどよりもはるかに大きな悲鳴を上げて、トロールがうずくまる。

 どうやら完全に守れたわけではないらしく、プロメテアの肩はローブが破けて血が流れていた。しかし、ハーマイオニーは無事なようだ。

 

「トロールの耐久力ではない。確かに神経を穿ったはずだ……」

 

 プロメテアが舌打ちをして、トロールへと青い矢を放つ。腕や首を的確に貫いていくが、それでもトロールは膝をつかない。

 状況への焦りがハリーを突き動かし、咄嗟に足元のレンガをトロールに投げつけていた。

 トロールが振り返ってハリーを睨む。血走った瞳がハリーを獲物と見定めている。

 

「やーい、ウスノロ!」

 

 ハリーと反対側にいるロンが蛇口を投げつけると、トロールはロンに向かって棍棒を振りかぶった。

 気づくとハリーの足は走り出していた。個室トイレの壁を蹴ってトロールの背に張り付いたのだ。そしてトロールの首に掴まった。

 ただの蛮勇でしかなかった。しかし、幸運にも、ハリーの握りしめた杖がトロールの鼻に突き刺さった。

 トロールが苦悶の声を上げ、棍棒を振り回す。このままではどうしようもない。いつか棍棒がロンやハーマイオニー、プロメテアを捉えるだろう。そうすればおしまいだ。

 

「――ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

 ロンの適切な発音とともに、的確な呪文がトロールの手から棍棒を奪った。

 一瞬の沈黙。

 そして、トロールは自らの棍棒で脳天を打たれ、崩れ落ちた。

 ハリーはタイルの床に叩きつけられた痛みでうめいたが、ひとまず致命的な傷はない。ゆっくりと体を起こしたとき、プロメテアがハリーの横を抜けていった。

 プロメテアは鈴を振りかぶり、その鈴に青い光を纏わせてトロールの頭に叩きつけた。

 トロールの頭から溢れ出した血を見て、ハリーはプロメテアが魔法でトロールにとどめを刺したことを理解した。

 

「君は……」

 

 ハリーが問いかけようとしたとき、先生たちが到着した。

 それから、ハリーたちは当然の減点と当然の加点をもらい、そしてハリーとロンはハーマイオニーと友だちになった。

 

***

 

 談話室でハーマイオニーに魔法薬学の宿題を見てもらいながら、ハリーはプロメテアの使った魔法を思い出していた。

 

「あれって、あの鈴の力なのかな」

「どうかな……ボージン・アンド・バークスは色んな魔法の道具を扱ってる店だから、そうなのかも」

「でも、あんなにいろいろな魔法を使える道具があるなら、教科書に載っていてもおかしくないわよ。それに、彼女が言っていたよくわからない言葉、覚えてる?」

 

 ハリーとロンが首を横に振ると、ハーマイオニーは少し呆れたように肩をすくめた。

 

「ウーラシールの魔術は苦手、しかも闇術はもっと苦手」

「ウーラシールって?」

「私、図書館で調べてみたの。ひとつだけわかったことがあるわ。ロウェナ・レイブンクローの妹、ダスク・レイブンクローが『夢の中の故郷』と呼んでいたのがウーラシールなの。でも、どこにも存在しないともダスク自身が説明していたみたい」

宵闇(Dusk)なんて、変わった名前だね」

「そんなことよりさ」

 

 ロンは嫌そうに顔をしかめながら、プロメテアの独り言に隠れる問題点を指摘した。

 

「闇術って、闇の魔術のことだろ? やっぱりあいつは闇の魔女なんだよ」

「でも、使う気はなかったって言ってたわよ?」

「それは、ほら、ホグワーツではってことだろ? ダンブルドアのお膝元で闇の魔術なんて使ったら退学になるって、少し頭があればわかる」

「うーん……本当にそうかしら」

「君、あいつに守られたからあいつのことをかばうんだろ。でも、トロールを倒したのが僕とハリーだってことは忘れないでくれよ?」

 

 ロンとハーマイオニーのじゃれあいを聞き流しながら、ハリーはプロメテアの声を思い出していた。

 もしかしたら、ハリーたちは本当に邪魔だったのかもしれない。彼女にはトロールを倒す自信があって、その力をハリーたちがいたから振るえなかったとしたら?

 そんな力を持った同級生がハリーの魂に興味を持っている。

 魂とは、なんなのだろう。

 

***

 

「厄介なことになった、そんな様子じゃのう」

「アルバス・ダンブルドアともなれば相手が目隠しをしていても人の気持ちがわかるご様子ですが、それならぜひとも寮に帰らせていただきたいものですね」

「おお、それはもちろんだとも。君の持つ不思議な鈴について教えてくれれば、儂も安心して君を寮に帰すことができる」

 

 穏やかな声色だが、この老人の警戒心が高まっているのは間違いない。

 しかし、あの場面でソウルの業を使わずにどう生き延びることができただろうか?

 

「あのトロールがただのトロールではないと指摘したのは君だったそうじゃが、素晴らしいことに、君の見立て通りじゃった。あのトロールは古い、とても古い闇の魔術によって痛みに耐える力を与えられておったのじゃ」

「つまり、この学府は闇の魔術で強化されたトロールの侵入を許す程度のセキュリティで守られていると?」

「まったくもって面目ないことじゃが、今日ばかりは反論の余地もないのう」

「まあ、結構。それについては私ではなく理事会が指摘することでしょう。それで、この聖鈴についてですか」

 

 プロメテアは袖から聖鈴を取り出した。盲目でも世界を認識できる鈴とだけ説明してあったものだ。

 もちろん、この聖鈴はただの鈴ではない。ロスリックの古老によって加工され、結晶の力で魔術の触媒として機能するようになった。どうやら奇跡の証でもあるようだが、プロメテアの知る範囲で存在する伝承は奇跡として力を示していないし、もしくはプロメテアの信仰が不足しているのかもしれない。

 ともかく、アルバス・ダンブルドアはどうやら()()()()()()。しかし、()()()()()()()はまだ見定められていない。

 

「そのことについて語るためには、少々の前提知識が必要です。まず、結晶とソウルの業について――」




《歪曲する反動の壁》
周囲の大気に歪みを与える闇術
ほんの一刻、すべてのダメージを弾く

闇術師ギリアが遠い地で生み出した闇術の複合
闇術の祖であるギリアの魔術はウーラシールを礎とする
その暗い奔放さは探求心の果てだろうか

ヴィンハイムの魔術師にとっては到底なじまない術
不完全な魔術に救われる命もあるのだろう
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