ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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本日2話連続更新です、前話もお見逃しなく


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 どうやらシリウス・ブラックと自分の間に何かしらの関係があるらしいことは、ハリーも早々に気がついていた。

 周りの大人がやたらとハリーの安全に気を配ってくれている。わざわざ迎えに来た魔法大臣、奇妙な忠告を与えてくれたアーサーおじさん、そしていつもより長居させようとしないハグリッド。

 あの不気味な吸魂鬼がホグワーツ周辺を警備することになったと発表した時のダンブルドアはこれまでに見たことがないくらいしかめっ面をしていて、「少しでもおかしな気配を感じたらすぐに先生たちに相談するように」と付け加えていた。

 

「今年のホグワーツは異常だよ、ぜーんぶ異常だ。占い学のトレローニーがイカれてるのも、ハーマイオニーの時間割が壊れてるのもね」

 

 談話室でハリーとチェスを指しながら、ロンがぼやいた。

 選択科目の選定を間違えたかもしれない。ここ最近のハリーとロンにとって最もホットな話題だ。才能さえ芽生えれば一生食っていけるという魅力的な売り文句とは裏腹に、今のところ「占い学の才能」を発揮した人物は教師も含めて一人もいない。

 一方でハーマイオニーはどうやってか、占い学と同じ時間のマグル学と数秘術を受けている。特に数秘術は彼女のお気に入りらしかった。

 なにか特別な魔法があるのだろうとは思うし、それが気にならないわけではない。ただ、それ以上にハリーは自分に向けられる視線の変化が気になって仕方がなかった。

 中でも一番異常なのがスリザリンのブレーズ・ザビニだ。

 

「ザビニのやつ、何なんだろうな。今年に入って急にだろ?」

「うん。前は別に、って感じだったし」

 

 ロンのナイトがハリーのビショップを突き倒した。

 盤上で何か厳かなラテン語で文句を言うビショップをどかしながら、ハリーは息を吐いた。ドラコとの関係が多少改善されたと思ったら、今度はザビニだ。ここまで来るとさすがのハリーもスリザリン生全体と相性が悪いのではないかとすら感じる。

 ザビニは吸魂鬼に気絶させられたハリーのことを大広間で大声を上げてからかった。まるで去年のドラコを見ているようだった。見慣れない取り巻きもその不愉快なからかいに追従した。

 ホグワーツ特急に現れた吸魂鬼のせいで気絶したのはハリーだけではなかったが、それでも「ハリー・ポッターが気絶した」というのは彼らにとって嘲笑の種になるらしい。

 これまで何の因縁もなかったザビニにそれをやられるのは、不快どうこう以前に戸惑う。ハリーは思わず「誰?」と返して空気を凍らせてしまった。ロンに言わせれば、ハリーがやったのは「最高にクールな一撃」だったらしい。

 そんな中でも変わらないものというやつはある。ちょうど大きな箱を抱えて談話室に入ってきたフレッドとジョージの騒がしさがそれだ。

 

「――おっとハリー、そのポーンは悪手だぜ」

「ああ、我らが偉大なる首席殿が指される名手に勝るとも劣らぬ悪手ってやつだ」

「なんだよ、外野が口出しするなよな」

「おいジョージ、どうやら愚弟はあのパーシー首席閣下の弟であるにも関わらず、兄に対する口の利き方を知らないようだぜ」

「それはよくないなフレッド、俺たちのお里が知れちまう。つまり、あのパースも含めてみんな最高に愉快な生まれだってことがバレちまう」

 

 談話室の奥で下級生のいたずらに説教をするパーシーの声にニヤリと笑って、フレッドが抱えていた箱を置いた。中でかすかにガラス瓶のぶつかる音がしている。

 今年7年生のパーシーは首席として尽力している。つまり、グリフィンドール寮に秩序というやつを復活させようと躍起になっている。しかし、ハリーの見立てでは少しだけ無謀な挑戦だった。彼は自分の弟たちの存在を甘く見すぎている。

 

「ハグリッドのところからちょいと拝借してきたんだ。クマムシって知ってるか?」

「ニュースで聞いたことあるよ、すごく頑丈な小さい虫」

「おっとハリー、それじゃあ魔法生物飼育学のテストは突破できないな。マグルの連中はクマムシの幼体しか知らないのさ」

「本当のクマムシはドラゴンの糞が入った溶岩の中を泳いで、栄養を吸ってデカくなる」

「そう、ドラゴンの糞を食ってドラゴンみたいにデカくなる」

「大きな身体いっぱいに力を蓄えたクマムシは危険を感じると、ドカン! 敵をぶっ飛ばしながら卵をばらまくってわけだ」

「そんで、ここにその最高にクールな体液がある。ガラス瓶で2ダース、しめて11リットルだ。市場価格じゃ30、いや、40ガリオンは下らないな」

 

 ハリーは思わず椅子の上で身を引いた。

 双子の見事な商品説明は流暢で、それにもかかわらず少しもほしいと思えないのはどうしてだろうか。おそらく、常識の範疇では扱い難い危険物だからだろう。

 チェス盤の上から駒たちを避難させながら、ロンが嫌そうに続きを促した。

 

「それで、どうするの?」

「どうするのとは、兄弟、そんなナンセンスな問いかけがあるか? 使うに決まってる」

「ああ、だがただ使うんじゃないぜ。俺たちはゾンコが出してる特大ねずみ花火がこれを火薬に配合してると予想した」

「あとの材料には目星がついてる。少々スネイプの宝物を頂戴して、素敵な花火の実験開始ってわけだ」

 

 これからしばらくパーシーの神経を逆撫でするであろう惨状を思い描いて、ハリーは心のなかでパーシーが安らかに眠れるよう祈った。

 しかし、それはそれとして双子が作る花火には興味がある。

 ダーズリーの家にいるとき、ハリーはおもちゃらしいおもちゃに触れることを許されなかった。そんなハリーにとって魔法界のおもちゃは魅力に満ちていて、散財しないよう気をしっかり保つのが苦痛なくらいだ。

 だから、ホグズミード行きの書類にサインをもらえなかったのが本当に悔やまれる。

 

「花火ができたら見せてね、僕がホグズミードに行けなくても楽しい休みを過ごせるように」

「元気出せよハリー、お土産買ってくるからさ」

 

 ロンの優しい励ましに頷いて、ハリーはちらりと窓際の席に目をやった。

 全く知らないフリをして宿題を進めているハーマイオニーは、ここ数日ロンと冷戦状態にある。ハグリッドの初回授業でドラコが()()()()()ときには一度関係が改善されたものの、また悪化中だ。

 理由は色々ある。

 ハーマイオニーが異常な時間割について説明しないこと、やけに疲れてピリピリしていること、彼女の飼いはじめた猫のクルックシャンクスがロンのペットであるスキャバーズを狙い続けていること……。

 時間割については「そういう魔法なんだろう」と割り切っているし、大変そうだなと少し心配すらしているが、最後の理由に関してはハリーもハーマイオニーを擁護できなかった。クルックシャンクスは新参者だ。先にいたスキャバーズが避難するのはおかしい。

 

「せっかく闇の魔術に対する防衛術が休講になったんだから、あいつも少しは休めばいいのに」

 

 ロンの言葉どおり、この時間は本来闇の魔術に対する防衛術の授業があるはずだった。

 今年は実技を新任のリーマス・ルーピン教授が、そして座学を去年から引き続きクラウチが教える。半月ごとの交代制だ。今日の初回授業はクラウチの担当分だったが、魔法省で急ぎの案件が入ってしまったらしく、簡単な課題だけが出されていた。

 降って湧いた休み時間を誰もが謳歌する中、一人で勉強するハーマイオニーの横顔は少し張り詰めて見える。

 

「……僕、ちょっと心配だ。やっぱり声かけてこようかな」

「ほっとけよ」

 

 口ではそう言うが、表情は心配そうだった。

 再び箱を抱えて談話室の奥へと消えていく双子と、困惑したようなパーシーの怒声。その様子を見送りながら、二人はチェスを再開する気分にもなれずに鞄から羊皮紙を引っ張り出し、クラウチの課題を片付けることにした。

 

「しかし、妙だよな。休講になるってことはルーピン先生はいないのか?」

「身体を悪くしてて、治療をしながら……って言ってたっけ。じゃあ、病院にいるのかな。魔法界にも病院ってあるの?」

「あるよ。聖マンゴ魔法傷害疾患医院、ロンドンの大病院さ。昔ミュリエル大おばさんが腰を悪くした時にお見舞いで一度だけ行ったけど、いろんな見た目の患者がいっぱいいた。足の裏からオニオンリングが出続ける患者とか、鼻毛からシェリー酒がしたたってる患者とか」

 

 ハリーには少し想像が難しかった。魔法はまだまだ奥が深い。

 色々と考えなくてはいけないことは多かったし、その思考を妨げてくるような出来事もあったが、昼食後にある魔法薬学の授業ではそれら全てを一旦頭からどかしておかなくてはいけなかった。

 様々な薬とその薄気味悪い材料のにおいが染み付いた地下牢で、スリザリンとグリフィンドールの合同で行われる授業。ハリーはスネイプに目をつけられているせいでこの時間が憂鬱でならない。

 さらには遅れてやってきたドラコが嫌な空気を助長した。

 

「ああ、マルフォイ、事情は聞いている」

「はい、先生」

 

 右腕を包帯でぐるぐる巻きにし、負傷兵のようにして固定したドラコは、あっさりと遅刻を許されて調合に参加した。

 その怪我はドラコの失敗によるものだ。

 先日、ハグリッドが初めて教師として魔法生物飼育学を教えた。その最初に連れてきたのがヒッポグリフだ。半鳥半馬の美しい魔法生物で、誇り高く礼儀に厳しい。

 ハグリッドの「目を合わせてしっかりお辞儀をし、失礼のないように振る舞うこと」という忠告を破り、ドラコは「醜いデカブツ」とヒッポグリフを嘲るように言った。そこにはハグリッドへの悪意と、そしておそらく「対処法を知らないと襲いかかってくる教科書」への苛立ちが込められていた。

 どんな理由があったにせよ、ドラコはヒッポグリフの怒りを買った。

 とはいえ、軽く前脚を掠めただけだ。骨すら折れていなかった。そこまで大仰な手当をする理由はない。

 ハリーはあまり愉快な気分ではなかった。こちらはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精のおかげで粉砕骨折したどころか、さらにロックハートの魔法で骨抜きにまでされたというのに。

 

「ポッター、ウィーズリー、見ての通りマルフォイは万全の状態ではない。手助けしてやるように」

 

 この状況で課される指示として最も嫌なものだった。

 ハリーは指示に従ってドラコの分の萎び無花果を剥きながら、どうにかしてスネイプの目を盗んで一言ガツンと言ってやれないものかと思案した。

 ところが、それよりも早くドラコのほうからハリーに小声で囁きかけてきた。

 

「ザビニには気をつけろ、あいつは程度を弁えてない」

「えっ?」

「伝えたからな。……それから、弔事の手紙は専用の便箋を使え」

 

 それだけ囁いてから、ドラコは今までどおりの厭味ったらしさを発揮してハリーとロンを苦しめた。ドラコはクィディッチでチームとプレイしている時より、スネイプと組んで誰かに嫌がらせをしている時のほうがよほど連携が上手い。

 彼がただの嫌なやつではないということを知ってしまったせいで、この態度が余計鼻についた。

 最悪なのは、ドラコの目的がハグリッドを辞職に追い込むことだったことだ。ハグリッドにとってずっと夢だった魔法生物飼育学の教授、それを辞めさせるなどとんでもない。

 ネビルが調合に失敗して騒ぎを起こさなければ、本気の口論が始まるところだった。

 その一瞬の間を見計らって、隣の調合台で作業していたシェーマスがハリーの台秤を借りようと身を乗り出した。

 

「悪いな、ハリー。そういえば聞いたか、今朝の」

「今朝?」

「ほら、シリウス・ブラックの目撃情報だよ! ここから近いらしいぜ、マグルの女性が()()()犯罪者だと思って通報したんだとさ。女連れで歩いてたって!」

 

 そのニュースはハリーも知っている。日刊予言者新聞を購読しているからだ。

 ただ、最近の日刊予言者新聞はシリウス・ブラックとなれば何でも載せる節がある。先日は間違えてマグルのロックミュージシャンが掲載されていた。正直に言って疑わしい。

 調合台の向こうで、ドラコがハリーにだけ聞こえる声量で呟いた。

 

「復讐なんて変な気を起こすなよ、ポッター」

 

 何を言っているのかはわからないが、この手の言葉はもう何度も聞かされている。

 ハリーと例の脱獄囚にどんな因縁があるというのだろう。

 シリウス・ブラックはヴォルデモート卿の配下で、ピーター・ペティグリューという魔法使いと十数人のマグルをひとまとめに殺害したとして投獄された。そこまでは調べればすぐにわかった。ペティグリューは彼に立ち向かったことで勲一等マーリン勲章を授与されている。

 しかし、ハリーの先祖にペティグリューという姓はない。ポッター家とブラック家は遠い親戚にあたるが、それだって血縁関係で言えばドラコのほうが近いくらいだ。

 今回の場合、ハリーは知らないのではない。調べてもわからない上に、周りは意味深なことだけ言って教えてくれない。

 

「君は一体何のことを言いたいんだ?」

 

 ハリーは調合台の向こうにいるドラコを睨んで、問い詰めようとした。

 しかし、それを遮るようにスネイプが手を止めるよう指示を出した。

 

「吾輩の説明に正しく従っていたのであれば、材料はもう全部加えたはずだ。縮み薬はここから煮込むことで初めて薬効が生じる。調合台で鍋が火にかけられている間に後片付けを済ませておくのだ。ロングボトムの見事なデモンストレーションを見逃したくなければだが」

 

 ネビルは汗だくになって鍋をかき回していた。

 意外だったのは、ハーマイオニーが彼に助言をしていないことだ。いつもならば何とかスネイプにバレないようこっそりと手助けをしている彼女が、手に汗握るといった様子で瞬きもせずじっと見守っている。

 そして、目を凝らすと、ネビルが開いている教科書にはたくさんの書き込みがしてあるのがわかった。

 下手をすると本文が見えなくなるほどの注意書きは、一日や二日で書き込める量ではない。予習していたのだ。

 ハリーは彼の努力が実ることを祈りながら材料を片付け、教室の隅にある水盤に向かった。ここで調合が終わったからと油断して器具と手を洗わなければ次の調合でひどい目にあうことをハリーは身をもって学んでいた。

 ガーゴイルの石像が吐き出す冷たい水で手をゆすぎながら、ハリーは小さく悪態をついた。

 

「何が復讐だよ、僕はそいつの何なんだ」

「マルフォイにとっては何だっていいんだろ、君が勘違いしてヘマをやればいいと思ってるんだ」

 

 去年までのドラコならそういったこともありえたかもしれない。ロンのイメージする「ひたすらに嫌なやつ」なドラコ像が正しかった時期もあった。

 ただ、ハリーは軽率には頷けなかった。あの秘密の部屋での話し合い以降、彼はそういう幼稚な嫌がらせをしなくなったからだ。

 この件についてはプロメテアやダフネの知恵を借りたかったが、ここ数日研究室には不在の札がかけられている。どうやら多忙なのはお互い様らしい。

 よくゆすいだフラスコを乾燥用の棚に立てかけて、ハリーとロンは手をローブで拭きながら調合台へと戻った。

 

「諸君、集まりたまえ。……興味深いことに、ロングボトムは諸君らの大半を上回る異様な熱心さを発揮して挽回を試みた」

 

 大鍋のそばで縮こまっているネビルを尻目に、スネイプはネビルが調合したらしき縮み薬の試験管を指先で軽く揺らした。

 本来なら明るい黄緑色になるはずの魔法薬は、深みのある濃い緑色になっている。しかし、途中で蛍光オレンジになっていたことを思えば十分すぎるくらいに正しい色だ。

 

「この挽回が十分であるかどうか、ロングボトム自身のペットで試すことにする。成功していれば、このヒキガエルはオタマジャクシに戻る。失敗していれば……言うまでもなかろう。吾輩は後者に賭ける」

 

 教室中の生徒が見守る中、ヒキガエルのトレバーの口に魔法薬が流し込まれた。

 ややあって、ポンという軽い音とともに、トレバーはスネイプの手の中でオタマジャクシに変わった。成功したのだ。

 教室中が騒然とした。グリフィンドール生はほとんどが喜んでいたし、スリザリン生は失望とも困惑とも取れる声を上げていた。張本人のネビルだけは黙って目を見開いていた。

 スネイプはローブのポケットから小瓶を取り出し、魔法薬を垂らしてオタマジャクシをトレバーに戻した。

 

「……ふん。ロングボトム、なぜ最初からそうしない? 無能でないとしても、怠惰であることに変わりはあるまい。グリフィンドールから2点減点」

 

 上がりかけたブーイングに睨みを利かせてから、スネイプは縮こまるネビルを見下ろした。

 

「どのような手順であの惨状を挽回せしめたのか、レポートを提出するように。次回までに提出すれば減点は取り消しとする。授業終了、解散」

 

 困惑した表情で突き返されたトレバーを抱えるネビルに、グリフィンドール生たちが駆け寄った。

 今日は記念すべき日だ。ネビルは初めて、自力で魔法薬の調合に成功したのだ。

 お祝いの言葉に顔を赤らめてどもりながら返事をするネビルを前に、ハリーは抱えていた疑念や不安などすっかり忘れてしまった。




《Bの手紙》
Bと名乗る人物からネビルへと送られた走り書き
勉強についてのささやかな助言と、温かな応援の言葉

わざと崩して書かれた字体は、流暢な元の姿をわずかに残している
それは自らの正体を示唆してのものだろうか

どの手紙も末尾にはこう綴られている
たとえ送り主に心当たりがあっても、この手紙については秘密だ
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