ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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しばらく不定期です、ご容赦ください


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 あまりにも退屈で無価値な魔法薬学の授業を終えた後、スネイプは自身の研究室でプロメテアと向き合っていた。

 スネイプはこの時間を最大限に有意義なものとすると、そう決めた。

 プロメテア・バーク。

 多くの人々がいつの間にやら無警戒に名を口ずさむようになったこの生徒のことはあまり好きではない。警戒すべき要素をあまりにも多く抱えているがために、スネイプは彼女が存在するだけで常に神経をすり減らすはめになる。

 プロメテアはただの少女と見なすにはあまりにも強力で、冷酷だ。

 それは先学期に闇の帝王を弑逆せしめたその手腕からはっきりとわかる。それなのに他の教師は彼女を警戒するどころか、甘やかし、心配し、世話を焼きすらする。

 度し難い平和ボケだ。ことプロメテアへの対応に関して言えば、スネイプはダンブルドアが痴呆に蝕まれているのではないかとすら訝しんでいる。

 

「……それで、吾輩が時間を割く価値のある話であることを期待したいものだが」

「まずはこちらをご覧いただければと」

 

 やや恐縮した様子でプロメテアが差し出した2本の試験管を受け取る。

 中には薄っすらと発行する結晶片、そして鱗が1枚。プロメテアが動物もどきとしてたどり着いたという魔法生物「結晶トカゲ」の素材だ。

 スネイプも興味がないわけではない。その魔法生物が絶滅したことで再現されていないレシピは山程あるし、魔法薬の大家であるもうひとつの実家、プリンス家から相続した中にも結晶トカゲの素材は残っていなかった。

 しかし、素材よりもむしろ、スネイプは変身したプロメテアに関心を寄せていた。

 

「なるほど。変身してみろ」

「ここでですか?」

「何か問題でもあるのか」

「いえ……それでは、失礼して」

 

 変身したプロメテア、つまり革靴ほどの大きさしかないトカゲ。

 これをスネイプは掴み上げ、作業机の上に乱雑に乗せ――

 

「ようやく、尻尾を掴んだというわけだ」

 

 その小さな身体を魔法で固定した。

 身を捩るプロメテアは変身を解こうとしているのだろうが、意思に反してトカゲへの変身は解除されない。作業机にはすでに変身術を阻害する魔法をかけてある。

 一般に出回っている書類の消失を禁じる魔法を改変しただけのありきたりな魔法だが、動物もどきになりたての小娘が突破できるほど脆弱ではない。これでプロメテアは逃げることができない。

 

「眼が見えるようになった。実に喜ばしい知らせだ。そうは思わんか、ミス・バーク」

 

 机の上で魔法の縄に縛られて身を捩るプロメテアは、きっと己の迂闊さを呪っているだろう。

 スネイプはずっと彼女を観察していた。2年前からずっとだ。

 入学以来纏い続けていた人を拒むような空気が緩みつつあること。

 彼女が「教職」に無差別なまでの信頼を寄せていること。

 新しい魔法の研究に没頭すると警戒が緩むこと。

 結晶トカゲとしての肉体に慣れていないこと。

 これだけの条件が揃えば、教職であり身近な寮監であるスネイプが彼女を捕縛するのは容易極まりない。

 スネイプはただ、待つだけでよかった。彼女を尋問する機会は彼女自身がもたらしてくれる。

 そして、たとえプロメテア・バークを名乗る3年生の少女がその経歴からはありえない不気味な本性を隠していようとも、それを発揮できなければ何の意味もない。

 

「開心術の最も効率的な手段、それは眼を見ることだ。それを知っていたのか、いなかったのか。校長は後者だと仰るが――吾輩には、貴様が開心を拒む間者に思えてならない。良識に照らし合わせれば、誰もが吾輩の主張を肯定するだろう」

 

 いやいやと首を振るプロメテアの、鱗で覆われた額に杖先を当てる。

 プロメテアは目立ちすぎた。

 改造されたトロールを殺害し、クィレルとハリーの戦闘に介入し、さらには日記帳に宿っていた闇の帝王を殺害。ただの子どもとして扱える段階はとうに過ぎ去っている。

 だから、スネイプはずっと警戒していた。

 ソウルの魔術、白竜の魔術と彼女が称する魔術の痕跡を、スネイプは2年かけて追った。しかし、彼女が口にするような体系化された魂の魔術など、この世にひとつたりとも存在しなかった。

 幼子の妄言ではありえない。

 技術が名付けの可能な程度に体系化されるためには、相応の年月をかけて研鑽される必要がある。つまり、プロメテアは一人で学んだわけではない。

 独自の魔術体系を継承した結社が、開心術を拒むような呪いを施して子どもを送り込んできた。その子どもは魔法事故として始末されたプロメテア・バークに成り代わり、何らかの目的を遂行しようとしている。最もあり得る可能性はこれだろう。

 そこに攻撃性がないと受け止めるほど、スネイプは楽観的ではない。

 

「さあ、答え合わせだ」

 

 未知の興奮に背筋が粟立つ。

 眼を封じていたのが開心術を防ぐためだとしたら、プロメテア自身は開心術を防ぐ術に長けていないに違いない。全てが明らかになる時が来たのだ。

 

「――開心せよ(レジリメンス)

 

***

 

 スネイプは図書館に立っていた。

 見たことのない、どこかドラゴンに似た意匠の彫られた石柱に妖しげな火が揺れている。調度品のひとつひとつは上等で高級なものだとひと目でわかるが、その豪奢さとは裏腹に十分に手入れされているとは言い難い。

 立て付けの悪い机を軋ませて、男が舌打ちをした。

 

「……どういうことだ」

 

 卓越した開心術士であり、己の心を奥底に封じ続けてきたスネイプにとって、この記憶は異質そのものだった。

 目の前で必死に羽根ペンを走らせる男は、間違いなくプロメテアだ。しかし同時に、スネイプの開心術は彼の名がオーベックであることも暴いていた。

 オーベック。貧しい村に生まれた哀れな英才。

 彼の才気は溢れる湧き水のようだった。しかし、彼の生まれた村はとうに枯れ果てていた。だから、彼はひとり旅立ち、そして学院の門を叩いたのだ。

 しかし、オーベックを受け入れた竜の学院――ヴィンハイムは、貧しい生まれの彼を都合のいい契約で絡め取った。魔術の学院を擁する叡智の都市、ヴィンハイムが提供する闇――刺客として、オーベックは無償の奉仕を強いられた。

 ここまでは、よくある悲劇だ。

 

「プロメテア・バーク。奴とこの男がどうやって……」

 

 諦めの混ざった悲嘆に表情を曇らせながら、それでもペンを操る手を止めない。

 食事も満足に摂っていないのだろう、頬がこけ少しやつれている。どこか昔の己に似た、顔色の悪い黒髪の青年は、どうやら魔術の基礎とされる竜の二相について学んでいる最中らしい。

 スネイプは記憶を読んでいるだけだ。その理論が何を意味するのかも、竜の二相が何なのかも理解はできない。

 しかし、これは本来入門として師からつきっきりで指南されるものであって、ひとり図書館にこもって学ぶべきものではないらしいということは読み取ることができた。

 オーベックが三度羽根ペンの先にインクを浸したところで、図書館の扉が開かれた。

 

「――オーベック。仕事だ」

 

 彼に声をかけた男は、オーベックの纏う黒いローブとは違う濃紺のマントを羽織っている。

 職員か、それとも教職に就いているのか、どちらにせよ身分の高い人物なのだろう。オーベックは椅子から立ち上がり、その場に膝をついて頭を垂れた。立て付けの悪い机が揺れ、羽根ペンが転がってインクで羊皮紙を汚した。

 男はそれを鼻で笑って、オーベックの足元に紙束を放った。

 

「相手はダークリングを隠している。二度ほど殺し、衆目に晒せとのことだ」

「……は」

「地図と相手の素性はそこにまとまっている。行きは学院が馬を出してくれるそうだ、よかったな?」

 

 帰りの手段が用意されていない。

 かつては闇の帝王の配下として働いていたスネイプは、その酷薄な物言いからオーベックに向けられている冷笑の意味を明確なほどに察した。闇の帝王も無能な配下を使い捨てるときにはこういった冷たさをしばしば披露し、そしてそれは配下へのさらなる締め付けとなった。

 スネイプは開心術の糸を手繰るようにして、記憶の先――オーベックが学院の裏手から馬に乗り、地図に記されていた町まで数日かけて旅をするのを早送りした。

 次にスネイプが注目したシーンは、オーベックがまさに犠牲者の背を穿つ直前だった。

 

「ほう……」

 

 思わず感心するほど鮮やかな手並み。

 町長か何かだったのだろう、群衆の前で演説する恰幅のいい男が刺客の手によって殺められた。

 記憶の中にいるスネイプ以外、誰一人としてオーベックの存在に気がついていなかった。身体を透明にする魔術、ただそれだけではない。視線を誘導し、息を殺し、誰もが安心しきった瞬間にオーベックはその背へと刃を突き立てた。

 

「ひ、人殺し!」

「警邏は何をしている! 町長が刺されたぞ!」

「誰か、そいつを引きずり下ろせ!」

 

 悲鳴と怒号は、次第に困惑へと変わっていった。

 死んだと思われた町長が動きはじめたからだ。ただの人間であれば失血によるショック死は免れない一撃を受けて、なおも町長は己の立っていた教壇に手を付き這い上がろうとしている。

 その瞳には、先程まで雄弁に舌を動かしていたはずの理性が欠如していた。

 

「そんな……亡者だ」

「じゃ、じゃあ、町長は不死人だったってのか!」

「おお、神よ……」

 

 不死人。

 群衆は口々にそう喚きながら、蜘蛛の子を散らすように広場を後にした。

 遠くで聞こえる鐘の音は、何を警告するものなのか。

 オーベックは去りゆく群衆に目もくれず、背負っていた長い杖を掲げた。そして、その先に宿った青白い刃で背を袈裟懸けに斬りつけた。

 

「不死とは……一体」

 

 たったひとりの観客となったスネイプは、誰も聞くことのない呟きを漏らした。

 不死。闇の帝王のみならず、多くの魔術師が探求したそれを、彼らは当たり前のように口にする。そこには到底憧れや羨みの感情などありはせず、ただ恐怖だけがある。

 まるで疫病の兆候でも目にしたかのようだ。

 短剣を鞘に収めたオーベックの、覆面の下に覗く血の気の引いた肌。そこに伝う汗が、彼の抱える怯えをはっきりと示していた。

 その怯えの正体を明らかにしようと、スネイプはさらに記憶を手繰り寄せた。




《見習い魔術師のスクロール》
結晶の魔術、その初歩のスクロール
新たな探究者を歓迎する手引き

魔術師の初心が記されたそれは魔術のスクロールよりも心得に近く
師を持つ弟子には無用の長物である

記された魔術は限られており、重宝されるものではない
それはきっとありえざりし運命の主だけが手にするのだろう
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