ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
「目立ちすぎた?」
非常に今さらなことを言いはじめたポンコツ極まりない友人を前に、パンジーは特大のため息をついた。
プロメテアは目立つ。それはそうだ。
どれだけ世情に疎い馬鹿な子どもでも、目を黒い包帯で覆って鈴の音を頼りに歩く少女がいれば「あれは誰だろう、大丈夫だろうか」と気にかける。目立たないはずがない。
そこに魔法事故の噂がついて回り、さらに「成績優秀者」「研究のために個室を借りている才女」「歴代最年少の学生動物もどき」という立派な肩書きがついてくる。表に出ている情報だけでもプロメテアという人物は色々と山盛りなのだ。
「その……心労をかけるのは私も本意ではない」
「でしょうね。あんた、そういうの気にするタイプだし」
これだけ目立っておいて何を今さら、と一蹴できないのがパンジーをなおも悩ませていた。
少々、いや、かなり常識がズレているせいで悪目立ちしたプロメテアだが、本人の悪気があってのことではない。むしろ、プロメテア個人は学業に邁進しているときを除けば大概は大人しく、誠実な人物だと言える。
そして、そのズレた誠実さゆえに余計な苦労を背負い込む。
「スネイプ教授に疑いの目を向けられたのは私のミスだ」
「ミス、ねえ」
スネイプとの「和解」が失敗に終わって以来、プロメテアは妙に落ち込んでいた。
寮に帰ってきた後、プロメテアは「叱責を受けた」と濁していた。しかし、パンジーの予想が正しければ、プロメテアはもう少しひどい目に遭っている。ただ叱られた程度でしょげかえるほど可愛げのある女ではない。
もちろん、ただ痛い目を見て帰ってきたわけではないこともパンジーにはわかっていた。
プロメテアは馬鹿だ。そばで見ていて不安になるくらいに抜けている。しかし、その油断や慢心が実力に裏付けされたものであることをパンジーはよく知っている。
眠れるドラゴンをくすぐるべからず。
スネイプはホグワーツの警句を忘れ、プロメテアに何か
多少の誤差はあるかもしれないが、この推理にパンジーは10ガリオンまでなら賭けてもいいくらいの自信があった。
「……まあ、なんというか、あの先生もご愁傷さまって感じかしらね。ある意味心配してたんでしょ、寮監として」
大っぴらには言えないが、プロメテアの過去を思えばスネイプの疑念はむしろ妥当ですらある。パンジーはスネイプに同情していた。自分が同じ立場なら一週間と胃が持たなかっただろう。
ただ、隠れてこそこそしていればよかったかと言えばそうでもない。むしろ後ろ暗いところがあると思われて一層警戒されたに違いない。どちらにせよ、プロメテアはスネイプに疑われる運命だった。
「今さら気にしてもしょうがないわよ」
いつまでも辛気臭い顔をされるのは愉快ではない。今日は
この話は終わりとばかりに音を立てて綿菓子の浮いたノンアルコールカクテルを啜る。甘ったるさの奥に柑橘の香りと炭酸。メニューには「初恋の味」と書いてあったが、どのあたりが初恋なのか教えてもらいたいものだ。
不承不承といった様子でプロメテアはゆっくり頷いて、対になったストローの片割れを咥えた。
二人がいるのはいつもの研究室でも、スリザリンの談話室でもない。ホグズミード村にあるマダム・パディフットの喫茶店だ。
ピンクを基調とした華やかな装飾で彩られたこの喫茶店は、意図的に窮屈な席の配置になっている。何を隠そう、ここはカップルが甘い時間を楽しむための空間なのだ。
「それで、ご感想は?」
「匂いの付いた炭酸砂糖水だな。いつも研究室で飲んでいる紅茶のほうがうまい」
「馬鹿ねえ、こういうのは風情なのよ、風情」
「なんというか……まあ、そうなのだろうが」
フラミンゴの番を模したストローを指先で弾いて、プロメテアが小さく唸った。
カップル用のノンアルコールカクテル1杯に2ガリオンと11シックルも払わされたのが不服らしい。今日はプロメテアの奢りということになっている。パンジーはまだ2軒ほど寄るつもりでいるし、彼女の財布に手心を加えるつもりもない。
馬鹿げたことに、このカクテルはカップル向けしかないメニューの中でもとびきりの人気商品らしい。
絡まってハートを描いたピンクのストローは、カクテルを吸い上げると甘い香りのシャボン玉を生み出す。噂ではこのシャボン玉が割れずに天井まで届くとそのカップルは永遠に結ばれるとか、結ばれないとか。
実際のところはそんなロマンチックなものではない。
ストローのコーティング剤に混ぜられた微量の愛の妙薬がシャボン玉の破裂によって拡散し、その飛沫を吸引したことで目の前の相手に夢中になる。中には永遠に結ばれざるをえないような過ちを冒すカップルもいるかもしれない。
プロメテアが早々に仕組みを見抜いて風よけの魔法を使ってくれたおかげで、パンジーは倒錯的な趣味に一生を捧げずに済んだ。
「法の出番だろう、こういうのは」
「まあ、ここで結ばれたカップルって少なくないし……今さら自分たちの愛を疑うような臨検なんてしたくないでしょ、魔法法執行部も」
それはそれとしてこの店にはいつか法の手を入れる。
パンジーの密かな野望がここに誕生した。初めての来店が意中の相手や憧れの先輩ではなく、ちんちくりんのポンコツ娘と連れ立ってだったことへの八つ当たりではない。断じてない。
それに、今回はただ遊びに来たというだけではない。一応は理にかなった目的があるのだ。
「本当にこれで使えるようになるんでしょうね、守護霊の呪文」
「……たぶんな」
「たぶんってあんたねえ」
幸せな記憶を作る。それが今回の目的だ。
今学期からホグワーツは吸魂鬼によって警備されている。より正確に言えば、ホグワーツの護りで阻まれるギリギリのところに吸魂鬼が野放しにされている。魔法族があれの制御に成功していないというのは公然の秘密だ。
そんな危険を前に手をこまねいているほどパンジーは臆病でも愚かでもない。
吸魂鬼に対抗する唯一の手段、守護霊。それを習得すべく、こうしてプロメテアに師事しているわけだ。
そして、守護霊の呪文で何よりも重要なのが「幸せな記憶」らしい。どんな危機的状況の中でも鮮烈に思い浮かべることができるような幸せの記憶を呼び水としなければ、守護霊の呪文は正しく機能しないのだ。
「本当はこの不確かな魔法を使うのは気が進まないんだがな……」
「まだそれ言ってんの? 自分が呪文学苦手なだけでしょ」
「いや、守護霊の呪文は不確かな部分が多すぎる。魔法理論に基づいた理解をすればするほど信用できなくなってくるし、信用しなければ使えない魔法とはむしろ信仰に則った奇跡に近い。……私はこの呪文があまり好きではない」
ストローを吹いてカクテルを泡立てたプロメテアは、珍しく不貞腐れていた。
プロメテアはずっと守護霊の呪文を教えることを渋っていた。それは彼女が守護霊を危険なものとみなしているからだ。
何を馬鹿な、と一笑に付すことができない根拠がそこにはある。
闇の魔法使いラクジディアンは、守護霊の呪文を怒りのままに唱え、そして呼び起こした蛆に食い尽くされて死んだとされている。闇の魔術師には守護霊が使えないと語られる際に決まって挙げられる有名な逸話だ。
プロメテアはこの蛆もまた招来された霊だと指摘しているのだ。
つまり、一般的な理解は因果が逆転していると、プロメテアはそう主張している。守護霊だから幸せな記憶を呼び水としているのではなく、幸せな記憶を呼び水としたときのみ守護霊と呼べるような何かを呼び出すのだ、と。
「嫌いでも使うしかないでしょ。どっちにしろ、使えなきゃ吸魂鬼を追っ払えないわけだし」
「それはそうなんだがな……」
「あんたの使ってる
そう、今さらだ。怪しい、危険という意味ではソウルの業とやらも守護霊もパンジーにとって大差ないのだ。
プロメテアはソウルの業を秘匿してこなかった。大っぴらに触れ回りこそしなかったが、少なくとも問われれば教える程度のことはしていた。それこそ、スネイプが警戒するのも無理ないとパンジーが思うくらいには。
理由は至極単純だ。
プロメテアは自分以外にもいるはずの使い手をずっと探していた。つまり、同郷の魔術師を。
ただのホームシックというわけではない。プロメテアにはやり残した仕事があるらしい。弟子が手掛けていた大きなプロジェクトの最後を見届けることなく新たな人生を手にしてしまったプロメテアは、ずっと故郷の情報を求めている。
しかし、それなりの時間をかけてパンジーも調べたが、彼女が言う「ヴィンハイム」や「ロスリック」なる地名はどんな史料にも登場しなかった。
どれだけソウルの業を披露しようと同郷の魔術師から音沙汰がない以上、当面は諦めるしかない。協議の末、プロメテアはソウルの業について秘匿することを決めた。今ならまだ「実家の魔法具を使っていた」ということにできないこともない。
「気が進まない、というのは覚えておいてくれよ。私はお前たちを危険な目に合わせるために魔法を教えるわけではないんだからな」
「まあ、やばいの呼び出しちゃったら……そのときはあんたに守ってもらうわよ」
プロメテアはなおも不満そうにしていたが、パンジーに不安はない。
幸せな記憶を作ると言われたときは戸惑ったし、ダフネに「デートしてらっしゃいな」と囃し立てられたときは腹も立った。
しかし、こうしてプロメテアを独占して過ごす一日というのは意外にも悪くない。
出不精なくせして妙にお人好しなプロメテアは大抵いつも誰かのそばにいる。そういうときのプロメテアは真面目で、大人びていて、少し窮屈そうですらある。
ハリーやダフネに頼られてばかりのプロメテアが、自分の前では子どもっぽい情けなさを見せている。これはなかなかに悪くない気分だ。
「さっさとこれ飲み干して次の店行くわよ。そうねえ……帽子でも見に行く?」
「帽子くらいもう持っているだろう?」
「帽子と鞄はいくつあっても足りないの。まあでも、先にあんたの服ね。グラドラグス魔法ファッションの新作でも見てみる?」
「服……」
「おい、面倒くさそうな顔をするんじゃないわよ」
「お前と服を買いに行くと必ず着せ替え人形にされるから疲れる。どうして服を選ぶのにそんなに時間がかかるんだ?」
「あんたが本屋に居座る時間よりは短いんだから、少しは我慢しなさい。デートってそういうもんでしょ、たぶん」
「そういうものか……?」
文句を言いながらも、プロメテアはカクテルを飲み干して席を立った。
行こうと誘われれば行く。怪しいと疑われれば行いを正す。この素直さを魔法族の半分でも見習えば、世界はもう少し平和だったことだろう。
ここ最近の魔法界には不穏な気配が漂っている。今日のホグズミード村にも少なくない数の手配書が貼られていた。脱獄囚から密入国者、他国の指名手配犯までよりどりみどりだ。
「どうした、行かないのか?」
小首をかしげてパンジーの手を引くこの小さな友人が、せめてもうしばらくは無邪気な学生でいられますように。
《プロメテアのチョーカー》
紺のリボンに銀糸があしらわれた上品なチョーカー
グラドラグス魔法ファッションの特注品
上品にきらめくエメラルドは誠実と幸福の象徴であり
わずかながら運気を高める効果がある
幼い友のためにと密かに用意された特別な贈り物
あるいは、少しひねくれた愛の形なのかもしれない