ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 デートが突然の終わりを告げたのは、プロメテアの財布が空になる寸前のことだった。

 

「……やはりか」

 

 尾行されている。

 2軒前に立ち寄った薬草店を出てから、不審な気配には勘付いていた。それが自分たちの後を追うものであると確信するまでには少し時間がかかった。刺客はいつも追う側であって、追われる側ではなかったからだ。

 もちろん、パンジーは気づいていない。先ほど薬草店で購入した種をどのような植木鉢に芽吹かせるのが研究室の調度品と合うか、彼女の意識はそちらに割かれている。

 尾行の対象はどちらなのか。

 プロメテアもいい加減に自分が注目されるだけのことをしてしまったことは自覚していた。だから、庭であるノクターン横丁ならともかく、ホグズミード村で自分を付け狙う者が現れるのは理解できる。

 しかし同時に、パンジーもまた旧家の令嬢である。彼女の身柄はプロメテアよりも高値がつくだろう。

 

「ハナハッカの花にはやっぱり落ち着いた風格のある陶磁器がいいと思うのよね。ギリシャ風のテラコッタじゃちょっと気取りすぎて成金趣味だもの。でも、ウェッジウッドじゃ上品すぎるし……ちょっと、聞いてんの?」

「ああ」

 

 稚拙な尾行者のソウル、その片割れに()()()()()()こともまた、プロメテアを悩ませた。

 プロメテアに用があるのであれば、何かしら理由をつけてパンジーを先に帰らせればそれでいい。しかし、もし狙いがパンジーなら、相手の目的がわからない状況でそばを離れるのは得策とは言えない。

 11月のホグズミード村はすでに冬の訪れを吹き抜ける風の冷たさに感じさせる。あまり長い間悩んでうろつくのは得策ではない。

 結局、プロメテアは目立たない程度に声を上げた。

 

「どうやら私達に客人のようだ、パンジー」

「ここは思い切って日本の焼き物、そうね、信楽でも仕入れて……何が?」

「寄り道だ」

 

 有無を言わせずパンジーの手を取って、プロメテアは路地を曲がった。

 生徒たちは皆帰路につきつつある。その流れから外れ、あえて村の北部にある廃墟群へと進んだのは尾行者のためだ。プロメテアの予想が正しければ、彼女は生徒に顔を見られてはまずい。

 

「寄り道って……叫びの屋敷?」

 

 パンジーの訝しむ声に返事をせず、プロメテアは杖を抜いた。人払い、簡単な防音。念のための警戒だ。

 普段は悪童たちの肝試しに使われることもある「叫びの屋敷」だが、門限も迫りつつあるこの夕方に寒い中そんな遊びにかまけていられるほど子どもたちは暇ではない。あたりに人気はなく、プロメテアがちょっとした魔法を施せば密会には十分だった。

 説明もなしに廃墟の裏手へと連れ込まれ、吐く息に寒さをにじませながら文句を言うパンジーの言葉は、しかし、彼女自身が上げた困惑の声ですぐに遮られることとなった。

 

「えっ……あなたは」

「お久しぶりです――ジェーン。奇妙なペットをお連れですね」

 

 気まずそうに笑って、困ったように指先で襟足をいじる音。まだ短い髪に慣れていないような仕草だ。

 彼女を守るようにして足元で唸りを上げている犬は、おそらく変身術で変身した人間だろう。もしかすると動物もどきかもしれない。死人と動物もどき。奇妙な組み合わせだった。

 

「あはは、えっと……色々訳ありでね。そっちの子ははじめまして」

「あ、あなたって……コート管理官? アズカバンの? 亡くなったはずじゃ」

 

 ジェーン・コート。アズカバンの管理人として、またアブラクサスの配下として一度だけ顔を合わせたことがある。

 快活で実直、しかし自身の思想を曲げないまっすぐな魔女だ。彼女の立ち会いのもとでプロメテアは両親のソウルを墓所から拾い上げた。

 もちろんプロメテアも覚えていたし、パンジーも知っているだろう。彼女の名前は数ヶ月前に新聞で話題になった。それどころか、パンジーの父はウィゼンガモットの評議員として葬儀にも参列している。

 アズカバンをたったひとり命がけで防衛し、そして殉職した英雄。ジェーンの遺体にはマーリン勲章が授与されている。

 そして、彼女の死を契機にアズカバンは本格的な管理体制下に置かれるようになった。その影響は回り回って今学期のホグワーツを取り巻く吸魂鬼の派遣にも関係している。

 様々な意味で、ジェーンの死は社会を動かした。

 しかし、実際にはジェーンは生きている。彼女の快活さが曇らされる程度には厄介な何かが彼女の身に降り掛かったようだ。間違いなく、プロメテアにとっても厄介な何かが。

 

「ごめん、長話はできないんだ。お友達には悪いんだけど」

「パンジー、先に帰っていろ」

「……嫌だ」

「パンジー」

 

 ジェーンの足元で身をかがめる犬は、明らかに友好的ではない。

 少しでも怪しい素振りを見せれば喉笛に食らいつこうと狙いを定めているのだろう。思わず背筋に嫌な汗が伝うのを感じながら、プロメテアはパンジーに帰るよう促した。

 プロメテアに限らず、不死人に犬好きはいない。犬の亡者ほど恐ろしい敵もそういないからだ。人よりもよほど狩りに長けている彼らは、ソウルを狙って食らいつくことに関して容赦がない。

 パンジーはよき友達だ。しかし、彼女自身が命を守れるだけの実力を有さない以上、危険な場所に同行させるわけにはいかない。

 

「私はあなたが故人であると知っています。父は葬儀にも参列しました。あなたが本物なら、魔法省全体を騙すほどの何かが動いているということになる。あなたが偽物なら、ちびすけ一人残して帰るわけにはいかない」

 

 折れそうなほど強く握られた手がひどく震えている。

 それでもパンジーに帰るつもりはないようだった。

 

「そうだね。私が本物だって証明するにも、メティちゃんは私の守護霊が何なのか知らないわけだし……困ったな」

「……いや、本人であることに関しては疑っていない。私には見えている」

「メティ、それって」

「すまないパンジー、知恵を借りることになりそうだ。ジェーン、どのみち私は彼女に相談します。帰らせたところで二度手間になる」

 

 犬が不満げに鼻を鳴らした。プロメテアが密かに杖をしまい、袖の下で聖鈴に手をかけているのに気がついているのか、噛み付いてはこない。

 門限やぶりはさすがにダフネたちに怒られるだろうが、アズカバンから帰ってきた死んだはずの英雄からの頼み事となれば、簡単に済みそうな用事とも思えなかった。

 

「わかった。中で話そう」

 

 促されるままに、プロメテアはパンジーを伴って叫びの屋敷へと入っていった。

 背に感じるかすかな違和感を、犬への警戒心だと錯覚したまま。

 

***

 

 嵐に吹き飛ばされそうな廃屋の外観とは裏腹に、中は居住空間として最低限の快適さが維持されていた。

 少なくとも浮浪者が住み着いた廃屋特有の饐えた衣類と腐った食品のにおいはしない。薬物の脳を不快にさせる刺激臭もだ。

 しかし、その快適さはテーブルを囲む一同の空気には反映されていない。

 なぜか不機嫌極まりないパンジー、落ち着かない様子のジェーン、入り口付近で外を睨み続ける犬。どれだけ快適だろうと、長居はしたくない空間だ。

 

「メティちゃん、確認させてほしい。アブラクサス先生は本当に亡くなったの?」

「……ええ、葬儀には私も参列しました」

「そっかあ……まずいなあ」

「あなたがこうして生きているのは、そこにいる()()()()()と何か関係が?」

 

 ジェーンの返事を遮るようにして、犬の唸り声が低く響いた。

 

「ちょっとパッドフット、やめてください。この子は大丈夫って説明したでしょう」

「……何が大丈夫なのか皆目見当もつかないですが、とりあえず」

 

 プロメテアはローブのポケットに手を突っ込み、羊皮紙の切れ端を取り出した。

 確かにプロメテアは英国魔法界の支配者とでも呼ぶべき人物に仕えていた。アブラクサスがジェーンに弟子と紹介したのはそれが手っ取り早いからで、プロメテアは彼のコネクションを残りの仕事に必要な分しか継承していない。

 しかし、身元不確かな人物を保護することに関してはひょっとするとアブラクサスをも凌駕する人物がプロメテアの身内にいる。

 急いで羊皮紙にサインをしたためると、プロメテアはそれを自身の象徴となりつつある白枝に巻きつけてジェーンに渡した。

 

「これを持ってノクターン横丁のボージン・アンド・バークスへ」

「ボージン・アンド・バークスって、骨董屋の……」

「私の生家です。訳ありな人間を匿うことに関しては、まあ、プロがいるので」

 

 つい先日プロメテアが送った「限定的ではあるが目が見えるようになった」という手紙に涙のシミで滲みに滲んだ返事を寄越した保護者は、ただの子煩悩な骨董屋ではない。

 顔を隠していても最低限平等なレートで買い物ができる店、人の出入りを心配せずに眠れる拠点、知人と目があってもバレないような変装を施してくれる魔法の道具。ノクターン横丁の顔役にとってそういったものを用意するのは容易いことだ。

 

「しばらく身を隠す必要があるのであれば、ボージンにそう伝えてください。必要なものは手配してくれるはずです」

「ありがとう。でも……あのね、メティちゃん。私はもしかすると、アズカバンに帰らなきゃいけないかもしれないんだ」

「それは一体、なぜ」

 

 大々的に故人であると知らしめられた彼女は、ほぼ間違いなく誰かにとって生きていては困る人物だ。その誰かは、アズカバンの管理が現在どこにあって、誰の影響下にあるかを考えれば予想がつく。

 ウィゼンガモット。そして、ルシウス・マルフォイ。彼らに正面から喧嘩を売る気だろうか。

 躊躇いながらも、ジェーンは理由を答えた。

 

「先生が私に管理させていたのは、監獄としてのアズカバンじゃない。あそこにあるエクリジスの貴石――人を吸魂鬼に変質させる、最悪の秘宝なの」




《廃屋の鍵》
長く使われていない廃屋の鍵
叫びの屋敷と呼ばれ、度胸試しに用いられる空き家

病を抱えたある生徒がホグワーツに通うため密かに与えられた隔離病棟
その温情は生徒にとって望外の喜びですらあったという
しかし、その咆哮は悲痛な叫びとして語り草になった
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