ハリー・ポッターと竜魂の学徒 作:ホグワーツの点字聖書
アルバス・ダンブルドアは大きく息を吐いて、安楽椅子に身を沈めた。ダンブルドアをして倦怠感を覚えさせるほどの疲労に包まれている。その原因はプロメテア・バークという女子生徒によってもたらされた。
かつて彼女が失明したとき、スネイプを経由してダンブルドアへと助力を請う声が届き、ダンブルドアは自ら赴いた。マルフォイ邸にささやかな魔法を残しておきたかったのもあるし、貸しを作っておきたかったのもある。現状、マルフォイ家は闇の勢力で頭目となりうる権力を備えている。弱点は握っておくに越したことはない。
それに、まだ4歳の少女が呪いを受けて失明したという報を見逃せるほどダンブルドアの良心は失われていなかった。少しも悲しみの表情を見せないプロメテアには呪いの気配はなく、むしろ彼女自身の魔法が瞳を閉ざしたとわかったときは悩んだが、どうやら盲目での生活に順応したらしいと聞いて安堵したほどだ。
まさか、あの少女がこれほどの未知をもたらすとは。
「とはいえ、困ったのう」
首肯するスネイプも表情は暗い。もっとも、彼が明るい表情で振る舞っていた日をダンブルドアは知らないが。
「ドラゴンの尾を踏んだ、そういうことじゃろうな。あれほど愛らしく幼い少女でありながら、まるでハンガリー・ホーンテイルの巣穴に迷い込んだ気分じゃった」
「魂から生じる根源の力、それを用いた術。魅力的ですが……」
「危険じゃ。あまりにも」
魂から力を得ることができるとあれば、始まるのは魂の狩猟。強者が弱者を喰らう残酷な食物連鎖が魔法界を支配するだろう。
ダンブルドアはその力を誰よりも欲している存在を知っている。
「闇の帝王が知れば喜ぶでしょうな。ましてや、純血の家に生まれた子がその力を操るとあれば」
「いかにも。それゆえに守らねばならん」
「……しかし、どのように」
プロメテアによれば、本来彼女が使う聖鈴は奇跡のためにある。神話や伝承から力を得る、言ってみれば儀式のようなものだ。
しかし、プロメテアはその力をほとんど使えないと言う。聖鈴が改造されていることよりもむしろ、彼女自身の信仰心の問題らしかった。
信仰うんぬんを差し引いても、神秘部が興味を持つのには十分すぎるほどだ。そして、だからこそ秘匿せねばならない。すでに
どのように、それを考える必要がある。
ダンブルドアはプロメテアがまだ何かを隠しているとわかっていた。わかっていて、それを問い詰めることはしなかった。この業がどこからもたらされ、誰によって伝えられたのか。プロメテアが語ろうとしない以上、ダンブルドアはそれを調べるしかない。
幸いにして心当たりはないでもない。今は呪文学で扱われる「妖精の魔法」を生み出したダスク・レイブンクロー、魔法理論の大家でありながら最期には狂気に冒されたローガン・ワフリング、貪欲さと執念によって闇祓いの礎となったエルドリッチ・ディゴリー。魔法界の歴史には異端の魔術師が潜んでいる。
しかし、調査を進めるだけの余裕があるとは言い難い。懸念事項はもうひとつあるのだ。
「セブルス。ハリーの魂について、なにかわかったかね」
「魂を扱う魔術を扱えるとお思いなら、過大評価が過ぎますな」
「ふむ」
皮肉に反撃をする気も起きず、ダンブルドアは水の入ったゴブレットを飲むでもなく傾けた。
ハリーには自らのそれとは異なる魂が宿っている。そして、それと同質の魂がクィレルに寄生している。そう語った彼女は解決をダンブルドアに任せ、足早に寮へと帰っていった。友人たちが心配するから、と。
困ったことになった。
***
頬を張られて初めて、どうやら自分は叱られているらしいとプロメテアは理解した。
きっと見えていれば凄まじい形相が拝めるであろうと感じるほどの怒気で声を荒げているのは、パンジー・パーキンソン。プロメテアが気に入らないと常日頃から放言する彼女は、プロメテアの蛮勇にお怒りのご様子だった。
「あんたね、グリフィンドールなんか守ってどうすんのよ! あんなバカバカしい連中放っといて逃げなさいよ!」
「まあ、しかし、人を見殺しにするのは少々寝覚めが悪い」
プロメテアはかつてヴィンハイムの学院で刺客として使役されていた。命を奪うことに躊躇するほど若くはない。
だからといって、何の悪事も働いていない子どもが目の前で死ぬのを歓迎するほど狂ってもいない。
「どうしてあんたが死んで悲しむ人のことを勘定に入れないわけ?」
「それ、は……」
言ってみれば、
この世界に生きる人々が好ましくないわけではないが、遠くの存在がプロメテアの死を悲しむ、その感覚がなかった。ましてや不死の刺客が死ぬことを嘆く者がどこにいただろう?
答えに窮して沈黙すると、大きなため息が聞こえた。
「見えないからご存じないかもしれないけどね、あんたのことを心配する人がどれだけいたと思う? ミリセントは校長室に殴り込みをかけようって言い出すし、ダフネは3回も紅茶をこぼすし、ドラコはあちこちにふくろうを飛ばしてるし――」
「わかった。いや、十分に理解したとは言い難いが、ともかく」
聖鈴に頼らずともわかる、この騒がしい熱源を抱き寄せた。
「君たちは私が思っていたより随分と温かいらしい」
パンジーは声にならない声で怒号と苦悶を表現しようとしていたが、やがてプロメテアの背に腕を回した。
「あんた、ほんっとうに小さいわね」
「いささか動かしづらい体だが、嫌いではない」
「こんな小さいのに、危ない真似して。……あんたにかけた最後の言葉が悪口だったら、それこそ寝覚めが悪いじゃない」
プロメテアは英雄ではない。
ただ、どうやら自分は人であるらしいと、プロメテアはようやく理解しはじめた。
***
ルシウス・マルフォイは頭痛による眉間の皺をもみほぐしながら考えを整理していた。
プロメテアが尻尾を出した、それは確かだ。しかし、その尻尾はドラゴンの、いや、下手をするとバジリスクのそれだったかもしれない。
ドラコの報告によれば、プロメテアは
伝言ゲームによる多少の誇張は含まれているだろう。しかし、ルシウスの息がかかった何人かの生徒から上がってくる報告を比較する限りでは、少なくとも8メートルはあったと見ていい。
ルシウスはその存在に既視感を覚え、古い記録を確認した。プロメテアにも見せていない、葬り去られるべき闇の記録だ。
「……やはり、か」
闇の帝王は本質的に君主ではない。それがかつてルシウスの下した結論だった。
では彼が何者だったかというと、研究者の気質が強かったように思える。彼は実用性よりも新奇性を重視した。それは彼自身が特別であることの証明であったかもしれないが、それがカリスマの一端を担っていたのは間違いない。
そして、闇の帝王が着手した研究のひとつに生命の改造があった。彼は不死を得て次の段階へ進んだのだ。
もちろん、世界が光に照らされていることからわかるように、この研究は成果が生じる前に闇の帝王の消滅によって頓挫した。資料もマルフォイ家で密かに管理される断片を除いては現存していない。
しかし、たったひとつ、成功した実験があった。
「激しい鈍麻。痛覚を麻痺させることで傷を厭わぬ戦士を作り出す。副作用として視界が暗くなり、また不完全な術であるために理性を失うなどの反動が見られる。また、この術によって痛覚を麻痺させた状態であれば肉体そのものを生きたまま改造することも可能である。情報が不足しており、これ以上の再現は困難。実用に耐えうると判断されたが、我が君は研究を続行された……」
もし、闇の帝王が生きているとしたら?
最悪の可能性にルシウスの頭痛は悪化しつつあった。仮に闇の帝王が今も生きていて、ホグワーツに息を潜めているとしたら、これほど厄介なこともない。ルシウスにとって闇の帝王は邪魔でしかないのだ。
すでに社会は闇の帝王が存在しないことを前提に動いている。闇の帝王は経済を破壊する異分子でしかない。息子や妻の幸せな生活のために、闇の帝王は永遠に過去であってもらわねば困る。
幸いにしてルシウスには武器があり、そしてどうやらその武器は極めて鋭利な、そして不可視の刃を持つようだった。
「プロメテア・バーク。お前がいい駒であってほしいものだ」
《家路》
旅の聖職者に伝えられる奇跡
祈りとともに故郷へと帰還する
篝火に囚われた不死たちは見向きもしなかった物語
あるいは望郷の念を失っていたのかもしれない
人は故郷の温もりを知って初めて帰り道を探すのだから