ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 ハリーが扉を蹴破るようにして飛び込んできた時、リーマスはマクゴナガルと談笑混じりに仕事の話をしていたところだった。

 書類が片付き次第ホグズミードの『三本の箒』で一杯やる約束になっていた。名目上はクリスマス休暇前の慰労会ということになっているが、実際はハリーの警護を担当している面々の報告会だ。魔法大臣自ら出席すると連絡も受けている。

 元魔法法執行部の職員であるマクゴナガルは、大臣直々にオファーを受けてハリーの警護を請け負っている。元々寮監である彼女にとっては当然のことなのかもしれない。

 リーマスもまた警護を依頼されている者のひとりだ。尤も、大臣と面識のないリーマスの場合は「ハリーの両親と親しかった人物が教員をやるのなら、そのついでで」というだけだが。

 だから、マクゴナガルもリーマスも突然飛び込んできたハリーに目を見張った。

 そして、その後に続いた言葉に心臓を鷲掴みにされた。

 

「先生、大変なんです! 寮に、ピーター・ペティグリューが!」

「……落ち着きなさい、ミスター・ポッター。説明してくれますか、ミス・バーク」

 

 マクゴナガルに言われて初めて、リーマスはハリーの後ろに潜む影に気がついた。

 音もなく前に出たプロメテアはいつも以上に表情が薄い。まるで雪が人の形を取っているような静けさだ。

 彼女がハリーから取り上げて差し出した羊皮紙に、リーマスは三度身を強張らせた。

 

「まずはこれを確認していただきたい」

「地図のようですが……」

「精巧すぎると思いませんか」

 

 マクゴナガルが指を這わせ、じっと羊皮紙を睨んだ。

 背筋が凍るような思いだった。かつてリーマスはこの羊皮紙のおかげで何度も処罰を回避したのだ。その当事者であるマクゴナガルに秘密を看破されようとしている。

 少しして、じれったそうに足を鳴らすハリーをよそにマクゴナガルは静かに唸った。

 

「……なるほど、恐ろしいほどよくできています。これは完璧な地図。そして軸になっているのはホムンクルスの術ですね?」

「そうです。この地図は生きたホグワーツの写し身。そして、この地図にピーター・ペティグリューの名が載っていました」

 

 どこか現実離れしたやり取り。

 リーマスには今何が起きているのか理解できなかった。自分たちが作った地図に、死んだはずの友の名が載っている? それが本当なら、この12年間抱えてきた全てが間違いだったことになる。

 

「それは……しかし、そんなことが?」

「事実、ありえています。この魔法は決して間違えない」

「そう、そうです、ミス・バーク。だからといって……ペティグリューが生きているからといって……」

 

 声を震わせるマクゴナガルの気持ちが、リーマスには痛いほどよくわかった。

 リーマスはペティグリューと学生時代をともにしたのだ。彼がどれだけ臆病で、どれだけ温厚かは身にしみて理解している。

 しかし、彼が生きていて今まで姿を現さなかったのなら、12年前の事件――シリウス・ブラックの13人爆殺事件が大きく覆る可能性が出てくる。

 そしてそれは同時に、ペティグリューが裏切り者である可能性でもあるのだ。

 ずっとリーマスはポッター邸の守り人はシリウスだったと考えていた。忠誠の術を使えば、秘密の守り人から場所を明かされた者以外は建物の存在に気づくことすらできなくなる。勇敢で献身的なシリウスはぴったりに思えた。

 だからこそ、ジェームズとリリーが死んだ時に裏切り者はシリウスに違いないと言われ、彼はそれを否定することなく投獄されてしまった。ピーター・ペティグリュー殺しの罪まで背負って。

 同時にリーマスは、ピーターの死をどこかで疑っていた。

 彼は臆病だが、誰よりも保身に長けていた。リーマスよりよほど生きるのが上手だった。もし自己犠牲的な復讐を目論むとしても、もっと遠回りで残酷な手を使うはずだ。

 

「考えるのは後です、先生。安全に捕縛するなら、生徒の大半が校外に出ている今しかありません」

「そうです、先生! ペティグリューの真実がどうだったにせよ、忍び込んだのには変わりない! 捕まえてから聞きましょう!」

「しかし……この地図がブラックの罠という可能性はないのですか?」

 

 リーマスは静かに目を閉じた。

 こみ上げてくるのは無数の後悔だ。いつもリーマスは間が悪かった。

 ジェームズとシリウスの悪戯を手伝わされ、逃げそこねてピーターと一緒に罰を受けた。それをジェームズたちに助けられて脱走するところまでいつもの流れだった。

 戦争では人狼としてのコネクションを活かして僻地での偵察や工作ばかりしていた。そのせいでジェームズとリリーの死も、シリウスの逮捕も終わってから知ることとなった。

 また、遅れをとるわけにはいかない。

 

「――それだけは絶対にありえないんですよ、マクゴナガル先生」

「リーマス?」

「その地図を作ったのは……私たちです。思い出してください、先生。ジェームズがいつも管理人に捕まらないのを不思議に思ってらっしゃったでしょう」

 

 もう後戻りはできない。リーマスは目を見開いたハリーに小さく微笑んで、話を続けた。

 

「ハリー、その地図は君のお父さんが作ったものなんだ。学生時代に管理人が没収して、それ以来ホグワーツで眠っていた。彼が……シリウスがその地図に細工を加えることはできない」

「そんな、それって……先生は、父さんの」

「親友だった。シリウスも、そしてピーターも。そして……そして、もうひとつ、秘密がある」

 

 言葉を選びながら、リーマスはちらりとプロメテアに目をやった。

 このことは彼女にも関係がある。そして、これを明かせばリーマスはホグワーツの教授職を辞さねばならないかもしれない。

 なにより、これまで黙っていたこと自体が信頼を裏切る行いだ。だから、その言葉を口にするのはとても勇気のいる行いだった。

 しかし、目の前にいる少年は、リーマスの知る誰よりも勇気のある男にそっくりだった。瞳は彼が愛した誰よりも聡明な女性にそっくりだ。思えば、その勇気と聡明さはふたりの息子によく受け継がれているようだった。

 二人の面影に背を押され、リーマスは口を開いた。

 

「ピーターは動物もどきです。ジェームズも、そしてシリウスも」

 

 マクゴナガルが小さく悲鳴を上げた。

 ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、そしてピーター・ペティグリュー。この三人はかつて、リーマスのために動物もどきとなった。

 人狼であるリーマスは月に一度狼の姿に変貌する。人を噛めば人狼の呪いを感染させてしまうが、動物であれば理性を失っていても噛まなかった。

 どんなことがあっても一緒にいる。そのありきたりな言葉を、あの三人は現実にしてくれた。

 リーマスにとっては大切な、何よりも大切な思い出だ。それがこのような形で牙を剥いてくると、誰が思うだろうか。

 

「ああ……なんてことを。あなた達は、それがどれだけ危険なことかわかっているのですか!」

「ええ、若さとは恐ろしいものです。本当に、恐ろしい。……昔話は後にしましょう。ピーターが寮に忍び込んでいるのなら、彼は間違いなく動物もどきの変身を使っている」

 

 リーマスが杖を手にすると、マクゴナガルはややあって頷き、それに続いた。

 後でひどい尋問を受けることになるだろう。逃亡中のシリウスについてだけではなく、在学中のことまでたっぷりと。

 それでも、亡き親友の息子を守るためならそれくらいの痛みは軽いように思えた。

 

***

 

 誤算があった。

 まさかペティグリューがロンのペットであるスキャバーズなはずがないという先入観。

 何の警戒もせず、寝室の机でナッツを齧っているとは思わなかったせいで生じた緊張の途切れ。

 プロメテアがその眼で正体を見抜いて捕縛の呪文を唱えた瞬間、跳び上がった勢いで散らばったナッツが魔法を吸ってしまった事故。

 そして最も大きいのが――

 

「こちらのお方にお手を出さないでください! わたくしめはこちらのお方をお屋敷にお連れ帰りになるのでございます!」

 

 ペティグリューの協力者に屋敷しもべ妖精がいたことだ。

 ハリーには屋敷しもべ妖精の知り合いがいる。マルフォイ家のしもべで、ドビーという名の彼は今もマルフォイ邸に勤めている。

 どこかでハリーは、屋敷しもべ妖精は悪事に手を染めないと思っていた。散々ハリーを大変な目に遭わせたあのドビーですら、善意から行動していたのだ。そういう生き物なのだと思い込んでいた。

 

「名を名乗りなさい、しもべ」

「わたくしめは名前をお名乗りにならないよう旦那様から仰せつかっています! お名乗りになってはならないのです!」

 

 そう叫んだ屋敷しもべ妖精は、リーマスとマクゴナガルの杖を手にしている。一瞬にして奪い取られてしまったのだ。

 追い詰めたかに思えたペティグリューは、屋敷しもべ妖精の節くれだった指の中にいる。

 このままでは逃げられてしまう。

 

「屋敷しもべ妖精が敵に回ると、こうも厄介だとは」

「お褒めに預かり光栄にございます! 旦那様はわたくしめに期待しているとお声をかけてくださいました!」

 

 ハリーの魔法程度ではどうしようもないことは、跳ね返された魔法で打たれた脇腹の痛みがはっきりと教えてくれている。では、どうするのか。

 視界の隅に、合図をするように光る銀色が見えた。

 

「……僕はハリー。ハリー・ポッター。その人が何をしたか、君は知ってるの?」

「ああ、ポッター様、お目にかかれて光栄にございます! わたくしめはこちらのお方について教えられておりません! よいしもべは旦那様にあれこれ質問なさったりしないのです!」

「そうなんだね。その人はもしかしたら、僕の父さんと母さんの仇かもしれないんだ。どうしても連れて行くなら、最後に話をさせてくれないかな」

 

 ハリーにできること。それは時間稼ぎだ。

 いつの間にか姿を消していたプロメテアがナイフを構えている。まるで影に潜む黒豹のように息を殺し、気配を殺して。

 彼女が仕掛けるタイミングを作る。そうすれば、あるいは事態が好転するかもしれない。

 

「それは……わかりました。旦那様もお話をさせてはならないとはおっしゃりませんでした」

「ありがとう。じゃあ、まずは先生たちに杖を返してくれないかな? そうしないと、その人の変身が解けないから」

「それはできません! わたくしめは立ち去る瞬間まで杖をお返しにならないのです!」

「うーん、そっか……それじゃあ、仕方ないかな」

 

 その瞬間、全てが動いた。

 ハリーの脇を衣装箱が滑るように飛んでいった。リーマスが蹴り飛ばしたそれは、正確に屋敷しもべ妖精へと向かっていた。

 その動きに驚いた屋敷しもべ妖精が手を緩めた瞬間、マクゴナガルが二本の杖を呼び寄せた。無杖での引き寄せは屋敷しもべ妖精の魔法によってあっけなく阻まれてしまう。

 それこそが待望の隙だった。

 突風がベッドのカーテンを嵐のようになびかせる。

 

「――参ったな。これが、妖精の魔法か」

 

 プロメテアが背から突き立てた刃は、間違いなく屋敷しもべ妖精の心臓を穿つ位置から飛び出ていた。その色褪せた肌を確かに貫いて。

 しかし、口の端から血を伝わせているのは、青ざめた顔のプロメテアだった。

 

「バークさん!」

 

 残ったのは杖が二本と、鮮血を吐く少女がひとり。




《悪戯な転倒》
しもべ妖精が使う妖精の魔法
致命傷を負ったとき、敵対者にその傷を移し返す

魔法族の家に仕えるしもべ妖精は決して争いを望まず
主の元に帰参することだけを願う
ただ主だけを想う純真な残酷さは、時に鋭利な刃となるだろう
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