ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 パンジーは激怒した。必ず、かの傍若無人の娘を叱らねばならぬと決意した。パンジーには学問がわからぬ。パンジーは、名家の令嬢である。ドレスで着飾り、宝石と遊んで暮らしてきた。けれども不潔に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「いい加減、片付けなさい!」

 

 何を言っているのだろうと首をかしげるプロメテアは、それこそ顔の包帯さえなければほとんどの男が許してしまいそうなあどけなさを纏っている。

 しかし、いや、だからこそ、彼女を律するのは同室の女である自分の役目だと、パンジーは義務感に燃えていた。

 プロメテアのベッドを中心として、寝室は実験室に変わりつつある。怪しげな魔法の道具が転がり、本や巻物が積み重なり、挙げ句の果てには魔法薬が青い煙を上げているではないか。

 

「マルフォイ家では許されたかもしれないけどね、あたしは許さないわよ! 寝室はあんたの実験室じゃないの!」

「しかし……学徒とはそういうものだろう?」

「そういうものだったらとっくにホグワーツは解体されてるわよ! まったく……」

 

 パンジーはプロメテアが好きなわけではない。気に入らないところを挙げればきりがないし、昨晩はプロメテアのベッドに置いてある髑髏が何度も黄色の光を放つので気味が悪くて寝付けず、ひどく機嫌が悪いのだ。

 彼女はどうにもずれた常識を抱えている。このまま世に送り出すのはパンジーの名誉に関わる。

 プロメテアがボージン・アンド・バークスを継いだ場合、彼女は取引先になるのだ。プロメテアのせいで恥をかく可能性は潰しておかねばならない。もちろん、これはパンジーの父から送られてきた手紙に書かれてあったことの受け売りだ。

 苦笑いを浮かべるダフネ・グリーングラスも文句こそ言わないが辟易しているのは間違いなく、先日は転がっていた虫の瓶詰めを真顔で暖炉に放り込んでいた。彼女はなかなかに強かで、穏やかで謙虚だがやることはやる決断力を持っており、男子の中でも人気になりつつある。

 気にしていないのはミリセント・ブルストロードくらいのものだ。気にしないというより、興味がないのだろう。ミリセントにとってプロメテアは宿題の面倒を見てくれる恩人なのだから、それで十分なのだ。

 

「どうせ部屋なんていくらでも余ってるんだから、先生に言って借りればいいじゃない」

「……なるほど。盲点だった」

「あんた本当にやめなさいよそのジョーク、笑えないから。今すぐスネイプ先生のところに行って部屋の話をしてきなさい! ダフネ、一緒に行ってあげて」

「ええ、まあ、構いませんわ」

「ミリセントはあたしと一緒にこいつの荷物をまとめるわよ!」

「承知」

 

 パンジーが指揮を執っていると、プロメテアが小さく笑った。

 

「なによ」

「ああ、いや……悪いな」

「なにがよ」

「ようやくお前達のことがわかってきた気がする。ありがとう」

 

 パンジーは鼻を鳴らして、巻物を筒に放り込んだ。

 少し一緒に生活していれば嫌でもわかる。プロメテアは周りに興味を持っていなかった。いや、もしかすると自分自身にすら。いつも外側にいて、それを少しも気にしない。

 本当に気に入らない小娘だった。しかし、そこで突き放すのは賢いやり方ではない。取り込めるなら取り込むに越したことはないのだ。

 それはもしかすると友達と称するに値する関係なのかもしれないが、とにかくパンジーはプロメテアへの苛立ちが収まればそれでよかった。

 

「パンジー。貴様、まるで母御のようだ」

「うっさいわね、手を動かしなさい、手を」

 

***

 

「吾輩は特定の生徒が手慰みに玩具をいじるための部屋を用意するほど暇ではないし、ホグワーツは遊び場ではない」

「だめですか?」

「非常に残念なことに、地下牢の一角を貸し出すとして校長から許可が降りている。ただし、吾輩は一切の責任を負わないし、管理についても一切関与しない」

 

 ひどく遠回しな言い方ではあるが、自己責任の範囲で使用許可が降りたようだった。

 プロメテアが感謝を口にすると、心底うんざりした様子で出口を指さされた。用が済んだなら出ていけ、ということだろう。

 寮まで戻る短い道で、ダフネがくすくすと笑った。

 

「スネイプ先生があんなに嫌そうな顔をしてらっしゃるのに罰則を出さないの、初めて見ましたわ。役得というやつですわね」

「かの教授はいささか厳しすぎるところがある。許可をもらえてよかった。付き添いに感謝する」

「ふふ、よろしくてよ。私にも目的というものがありますもの」

「目的?」

 

 地下牢の鉄格子に指先を伝わせる音がする。

 ホグワーツは間違いなく教育機関だが、地下には牢と鎖が備わっている。きっとかつては懲罰に用いられたであろうそれは今やささやかな脅しに過ぎないが、それでも地下牢の石畳を這うような冷気は気候のみによるものではないだろう。

 誰も囚われていない懲罰房になにを見たのかはわからない。ただ、プロメテアの肩を抱き寄せた手は優しかった。

 

「私、妹がいますの。まだ小さくて、本当に可愛い子が。背格好はちょうどあなたと同じか、もう少し大きいくらいかしら」

「そうか。お前の妹ならきっと性根のまっすぐな子なのだろうな」

「お褒めに預かり光栄ですわ。2年後にあの子はホグワーツに来ます。そうしたら、あなたはあの子の先輩になる……だから、お手本を見せていただきたいな、と思いましたの」

「私は手本には向かんと思うが」

「あら、そうかしら? あの子はあなたに興味があるようですの。勉強熱心で誠実な皮肉屋さんに」

 

 人は関心を持った相手にこそ影響を受けますでしょう?

 そう囁く彼女の言葉に、プロメテアはかつてともに時間を過ごした唯一無二の弟子を思い返した。正気があると見れば誰彼構わず話しかけ、朗らかに笑う姿。あの笑顔に救われ、また憧れたものだ。

 昔ほど人と接することに苦労を感じなくなったのは、もしかするとあの日々に影響されているのかもしれない。

 

「だから、お手本になってくださいますわね?」

「まあ、善処しよう」

「決まり! それでは頑張ってくださいな。夜は椅子ではなくベッドで寝ること、三食しっかり食べること、整理整頓に気を配ること、あとは――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 手本というのは」

 

 プロメテアには見えなかったが、きっとダフネはひどく悪戯な笑みを浮かべているのだろう。

 

「もちろん、生活態度を含む学生生活全般ですわよ? 大丈夫、ちゃんと手助けいたしますから」

「……お前たちの狡猾さにはいつも驚かされる」

「私、ずっとあなたとお友達になりたかったんですの。あなたといると退屈しませんものね」

 

***

 

 みぞの鏡を二度と探さないようにと説得されたあと、ハリーは両親の夢にうなされる日々が続いていた。

 浅い眠りのせいで疲れが抜けず、うとうとしながら廊下を歩いていると、急に足元の床が抜けた。ホグワーツによくある隠された道の類だが、落とし穴に出くわしたのは初めてだ。

 急速に眠気が覚めるのを感じながら、ハリーはどこへつながるのかもわからない落とし穴を滑り降りていった。

 穴から吐き出されるように転げ落ちた先は、どうやら地下牢のようだった。しかも鉄格子の向こうに廊下が見えている、つまり牢の中にいるということになる。

 一番嫌なパターンだ。スリザリンの寮に近いし、スネイプもいる。早く抜け出さないと!

 

「――おい、そこで何をしている」

 

 鉄格子に飛びつこうとしたまさにそのとき、ハリーの背に声がかけられた。

 小さな丸椅子に座った少女がハリーに顔を向けている。小さなろうそくの灯りで表情はおぼろげだが、眼を隠すように巻かれた黒い包帯のおかげでハリーは彼女の名前をすぐに思い出すことができた。

 

「バーク?」

「そうだ。そしてここは私の研究室だが……まさか上に道があるとはな」

 

 プロメテアはテーブルを挟んで向こう側の椅子を顎で示した。座れということだろうか。

 ハリーはおずおずと椅子に向かいながら、今にもマルフォイが現れてハリーを馬鹿にするのではないかとあたりを見渡した。しかし、その気配はない。

 ハリーが席につくと、プロメテアは開いていた大きな本を閉じて、小さくため息を吐いた。

 

「お前、確かドラコと仲が悪かったな」

「彼が突っかかってくるんだよ」

「関係が悪いことに変わりはない。混乱しているようだが、そもそもあいつは今実家に帰省している。お前をからかうだけのためにソファと暖炉から離れるやつではないさ」

「そうだった……でも、スネイプが」

「教授はこの部屋に一切口出ししない。そういう約束だからな」

 

 安心したせいか、それとも暗さに目が慣れてきたせいか、ハリーはこの牢が無数の本と不思議な形の道具で埋まっているのが見えてきた。

 彼女が言う通り、ここは本当に研究室なのだろう。しかし、鉄格子には何の隠しもない。廊下から丸見えで嫌にならないのだろうか?

 

「ねえ、鉄格子にカーテンとかつけないの? 廊下から丸見えだし……」

「そうか、気にしたこともなかった。どのみち私からは見えないからな」

「あっ、ごめん」

「いや、気にするな。この手のジョークは笑えないからやめろとパンジーに怒られたのだが、どうにも癖というやつは難敵のようだ」

 

 目が見えないことに関する彼女なりのジョークだったらしいが、本当に笑えなかった。

 魔法薬学の授業でスリザリンと一緒なので、彼女が優秀なことはよく知っている。人に調合を手伝ってもらっているからだと悪口を言う人もいるが、少なくとも座学でずば抜けているのは間違いない。それに、いつも大きな本を両手で抱えている。

 見た目ではまだ8歳くらいにしか見えないというのに、ハリーの何百倍も知識を持っていそうだとすら感じる。口調も貫禄があるし、なにより「目が見えない人でも本を読む魔法」なんて想像もできなかった。

 だから、ハリーは試しに聞いてみようと思ったのだ。

 

「あの……ニコラス・フラメルって知ってる?」




《地下牢の鍵》
ホグワーツの薄暗い地下牢、その一室の鍵
牢での懲罰が失われて以来長らく使われていなかった
現在はプロメテア・バークの研究室になっている

錠前には複雑な魔法が施され、解錠呪文は効果を発揮しない
軽率な脱獄を認めるわけにはいかなかったのだろう
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