ハリー・ポッターと竜魂の学徒   作:ホグワーツの点字聖書

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 プロメテアは錬金術という学問と、その学問に没頭する錬金術師たちが好きだった。

 なぜなら、彼らは不死の苦しみを知らないからだ。不死の苦しみを知らずに生を全うできる、それがどれだけ望ましいことか。

 それゆえにプロメテアは賢者の石についても多少の知識はあった。しかし、奇妙なのは、ハリー・ポッターの口からその問いが発せられたことだ。

 

「それは私にしていい質問だったのか?」

「あっ……えっと、いや、魔法史の課題で」

「幸いにしてビンズ教授はすべてのクラスで完璧に同じ授業を開くことで有名でな。まあ、事情を知られると困ることだという焦りはよく伝わったから、黙っておいてやろう」

 

 ハリーが安堵に大きく息を吐いた。

 プロメテアとしては、ハリーが何を詮索していようが重要ではないのだ。ましてや賢者の石など、欲している者を数えているうちに人生が終わりかねない。

 

「ありがとう……とっても焦ったよ。僕の友達の中には、君が悪い魔女だって言う人もいるから」

「興味深いな。まだ悪事に手を染める予定はないが、やはりこの不気味な目隠しがいけないと思うか?」

「違うよ!」

 

 はっきりとした否定の言葉は、どうやらプロメテアを思ってのものらしかった。

 ドラコから語られる偏向報道も含めて考えるに、どうやらハリー・ポッターという人物は平等意識が強く、少なくとも批判に値する根拠がない限り人を攻撃する意思を持たない程度には温和な人物らしい。

 敵とみなした相手にどこまで冷酷になれるか次第だが、こういった善良な人となりはプロメテアも好ましく思う。

 とはいえ、警戒していた相手の容貌に関する自虐をここまで即答で切り捨てるとは。

 

「なるほど。では、外見でないところに私を悪い魔女だと思わせる要因があるわけだな?」

「まあ、うん。君ってマルフォイとつるんでるし」

「ドラコもあれでなかなか可愛いやつだぞ? 少々視野が狭いことと、父君への報告に主観が入りすぎることが難点だが」

「ええ……?」

「私はマルフォイ家にちょっとした貸しがあってな。それで面倒を見てもらっている、そういうことだ」

 

 ハリーは納得できない様子だった。どちらの手かはわからないが、困った時に後頭部を掻く癖があるようだ。不死は亡者になると最後には癖すら失う。かつてプロメテアはこの世界の人々が多様な癖を持っていることに感動すら覚えたものだった。

 

「でも、君は闇の魔術を使うんでしょ?」

「いや?」

「えっ?」

「……なるほど、そうか。あの魔術を見せたのはお前たちがトロールに挑戦したときだったな」

 

 プロメテアが袖から聖鈴を取り出すと、ハリーが椅子から飛び退いて身構える音がした。

 傍から見れば小さな女の子相手に大げさな態度を取る愚かな少年なのかもしれないが、相手を警戒しているのならまったくもって正しいふるまいだ。

 聖鈴を鳴らす。よく澄んだ音の触媒を経由して術理が大気を歪める。

 

「――これは」

 

 プロメテアの眼には映らないが、理屈の上では薄っすらと黒い光の帯がプロメテアの前に出現しているはずだ。少なくとも、その帯を構成するソウルだけはプロメテアも見えている。

 

「触ってみろ。大丈夫だ、危険はない」

 

 ぬるりと指が差し込まれる。ハリーの指を受け入れて、帯が小さな孔を開けた。

 歪曲する反動の壁。ウーラシールの魔術と、そこから派生した闇術の合成だ。ほんの一瞬だけすべての攻撃を弾くことができる。

 かつてウーラシールは自由で奔放な魔術を生み出した。それはプロメテアの出身地であるヴィンハイムとは異なる探求心によるもので、それゆえにプロメテアにとってはひどく扱いづらい術だ。不完全な魔術に頼る屈辱はあるが、死ぬよりもはるかにましというものだろう。

 

「なんだろう、これ……温かい」

「それが闇だ。闇の魔術とはまた少し違うが、それはお前たちにとってそれほど意味を持たないことだろう」

 

 ハリーが慌てて指を引っ込めたのを感じて、プロメテアはこの社会にはびこる闇への嫌悪に小さくため息をついた。

 

「まあ、闇を避ける理由もわからんではない。特に闇の魔術と称される部類の術は法で管理されていることが多いからな。規制対象の武器を携行しているやつが反社会的でないと思わんほうがどうかしている」

「……じゃあ、君はどうなの?」

「どうだろうか。仮に私が善良な魔女だと答えたなら、お前は信じるか?」

「それは」

「ひとまず大事なのは、私が賢者の石に興味がないことだ」

 

 優れた研究であるとは思うがな。

 そう付け足すと、ハリーがゆっくりと椅子を引いて座る音が聞こえた。

 そう、賢者の石にはそれほど興味がない。プロメテアは十分に満ち足りている。

 

「ニコラス・フラメルと聞いて最初に思い浮かべるのは賢者の石だな。彼は錬金術の大家で、現存する唯一の賢者の石は彼の手によるものだ」

「賢者の石って?」

「大したものではない。触れた金属を黄金に変える性質を持ち、生命の水と呼ばれる液体を生成する。生命の水を服用している間、その人物はあらゆる老いと死を回避する」

「えっ……黄金を作れて、不老不死になれるってこと!?」

「厳密に言えば不老不死よりももっと素晴らしいものだ」

「どういうこと?」

 

 質問が多い。とはいえ、質問ができる生徒は嫌いではない。

 プロメテアは持ち込んだいくつかの本棚から錬金術関連の本を一冊呼び寄せた。ハリーが感嘆する声が聞こえる。

 実を言うと呼び寄せ呪文はまだ得意ではない。感覚的な魔法はおしなべて肌になじまないのだ。とはいえ、少しいいところを見せたいという俗な欲がプロメテアに杖を取らせた。

 

「フラメルが書いたのは230ページからか。『賢者の石が持つ力とは相の肯定的反転であり、卑を貴に、俗を聖に昇華させる。石自体が力場であり、その干渉によって昇華が永続するのは静のみである。動は変動的連続性があるため――』」

「ちょ、ちょっと待って。もっと簡単に」

「はあ……賢者の石による延命は単純な永遠の命ではないということだ」

「あ、そっか、生命の水を飲み続けなきゃいけないから?」

「冴えてきたな。では、どうして賢者の石が不老不死よりも優れていると思う?」

 

 ハリーが考えにふけって唸る間に、プロメテアは呼び寄せた本を机の下に積んだ。杖の一振りで元の棚に戻す自信はない。

 

「ヒントはいるか?」

「待って……もう少しで何か……わかった! 不老不死はどれだけ苦しくても死ねない、から?」

「まあ、及第点だな。そうだ。賢者の石が持つ最大の利点は能動的に延命を終了できることであり、その一点で不老不死よりもはるかに優れる」

「君って、まるで不老不死だったことがあるみたいだ」

 

 ハリーの言葉に思わず息を呑んだ。

 その推測は極めて正しい。しかし、それを語るわけにはいかなかった。ダンブルドアとの約束だ。

 ダンブルドアにいくつかの情報を渡したのも、プロメテアが把握していない他の情報や出来事、そして火継ぎの結果についてを調べてほしかったからだ。特に頼んだわけではないが、あの老人なら放っておいてもやるだろう。プロメテアには確信があった。

 どうやらハリーはプロメテアの反応を好意的に解釈したようで、少し恥ずかしそうな声で笑ってみせた。

 

「それは変か。だって、不老不死だったことがある、なんてありえないもの」

「……そうであってほしいものだな。さて、用は済んだか? そろそろ寮に帰らないと同級生に叱られる」

「あ、ありがとう。ところでここってどこから出られるの?」

 

 プロメテアが唯一の出入り口である格子戸を指差すと、ハリーがため息をついた。疲れているのだろうか、10代の子どもにしてはため息が多い。

 

「お前、あまり無理はするなよ。何をやっているのか知らんが、お前の痛みや苦しみを悲しむ者もいるだろう」

「ありがとう……?」

「なんだ、その情けない声は。ほら、鍵だ」

「うん。……ねえ、ここやっぱりカーテンとか付けたほうがいいよ」

「検討しよう」

 

 この少年が賢者の石などという取るに足らない産物に苦しめられるなど、あってはならないことだろう。

 プロメテアは研究室をあとにしながら、少しだけハリー・ポッターという少年に興味が芽生えたことを自覚した。




《賢者の石》
赤く透き通った柔らかい石
錬金術師が探求の果てに辿り着いた答え

金属を黄金に変え、定命から老と死を追いやる
すなわち昇華を目的とした変質の石である

不死を求める者は幸福である
不死の苦しみをまだ知らないのだから
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