人気の無い狭い路地を何者が駆けていた。
彼は誰かに追われている様で、その体は恐怖で震えている。
カツーン…
カツーン…
「ひぃ!?」
突如、路地に響く独特の靴音に、彼……もとい、壮年の男は戦慄した。
靴音に気を取られてしまったのか、男は路地の段差に気づかずにつまづき、そのまま地べたへと激突する。
「く、くるなぁぁぁ!!」
男はその場にへたり込みながら、手をブンブンと振り回し叫ぶ。目には薄らと涙が浮かび、口をガチガチと鳴らしてその靴音に怯えていた。
刹那
ザシュッ!!と背中に激痛が走る。
痛みを堪え、恐る恐る首をずらして後ろを見ると、背中の肉が切り裂かれ鮮血が吹き出していた。
男は叫ぶ。
なぜ、私がこんな目に!?
私が何をしたっていうんだ!?
やめろ!やめてくれぇ!!
咆哮に近いその願いが叶ったのか、今まで聞こえていた靴音がピタリと鳴り止んだ。
た、助かった…そう安堵した瞬間。
「よぉ、探したぜ。おっさん。」
「!?!?」
目の前に、全身薄汚れた1人の青年が立っていた。その青年は、擦り切れ所々ほつれたコートに身を包み、ギロリとした目で男を睨みつける。
男は、青年の姿を見るや否や有無を言わさず逃げ出そうとするが、青年はそれを見逃す事はなかった。
すぐさま、コートの中から何かを取り出すとそれを思い切り男に向けてぶん投げる。
少し遅れて、グサッという音とともに、骨がひしゃげる音が辺りに響き血飛沫が飛び散った。
「あぎやぁッ!!!」
男の脛には、"手斧"が深々と突き刺さっていた。背中に続き足までも壊された男は目を剥きその場に倒れる。
男は耐え難い痛みに体を悶えさえ、口から唾を吐き散らしながら青年に向かって吠えた。
「お、私をこんな目にあわせやがってぇッッ!!ふざけるなぁ!!!」
「人の事散々手こずらせやがって、よー言うわ。このターコ。」
青年は呆れたように、そう吐き捨てカツカツと男の方へと近づくと、思いっきり顔面を蹴り上げた。
「ゴブゥッ!!」っという呻き声を上げ男が地に突っ伏すも、青年の攻撃は止まらない。
胸ぐらを掴み無理矢理立ち上がらせ、脇腹は肘鉄、鳩尾へ膝蹴りを見舞い、終いには、その場に転がっていたレンガを男の頭めがけ叩きつけた。
ピューっと噴水のように頭から血が噴き出し、ビクビクと全身を痙攣させる男。
それを見た青年は、ようやく攻撃する事を止める。
しかし、「狸寝入り決め込もうったってそうは行かねーぞ。」っと青年は男の脛に刺さった手斧を荒々しく引き抜いた。
「あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!」
断末魔を上げながら男は海老反りになり、脛を押さえながらその場にのたうち回る。
青年は引き抜いた手斧をコートに戻し、ため息混じりにこう言った。
「ふぅ…まだくたばられちゃ困るんだよ。こっちはまだ、テメェに聞きたいことがあるからな。」
「ぞ、ぞれは゛ごっぢの台詞だッ!!娘゛と買゛い物をしていた時に゛ぃ、いきなり襲って来やがって、お、お前は一体何者で何が目的なんだ!!!」
「俺の質問に答えてくれりゃ、テメェーの質問にも答えてやるよ。」
「じ、自分勝手もいい加減に…グフっ!?」
男がそう言いかけるも、青年のローキックが男の腹部にめり込み、低い呻き声をあげる。
「おーっとすまねぇな。足が滑っちまったよ。じゃ、まず1つ目。人間が住まうこの町でおっさんは何してやがった?」
「……な、何って、娘と買い物に決まってるだろ!!それなのにいきなり貴様が娘の首を絞めて、それから「家族ごっこは楽しかったかい?」って私のことを殴り飛ばして来たんだろうが!!」
男が目を血走らせそう言うが、青年は「あ〜悪りぃ悪りぃ。ちょいと意地悪な質問だったかな。」っと軽く笑う。
男は、先程からの人を小馬鹿にした青年の態度に痛みも忘れ怒り狂った。残る力を振り絞り、絞め殺してやろうと青年の喉元向けて手を伸ばすが、その手は虚しくも捻りあげられてしまう。そして、ゴキリという音と共に男の指は不自然な方向へと曲げられた。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
「ったく、まだ人の話が終わっちゃねーだろうが。まぁいいや。そんじゃ2つ目の質問。アンタが連れていたあの子なんだけど、本当にアンタの子どもかい?」
「なっ!?……そんなの、当たり前だろうがッ!!!」
「へぇー。いやでも。娘さんの顔見ると全然アンタと似て無いんだよな。」
「それがどうしたんだ!!……ま、まさか、顔の似ない親子が居たからってだけで私を襲ったのか!?貴様、正気じゃないな!!」
痛む指を抑えながら、目に涙を浮かべ男は青年を責め立てるも、当の本人はまるで聞き入れる様子は無い。それどころか男が傷つき喚く様を楽しんでいるようで、クククと、口元に笑みを浮かべる始末である。
すると男は、
お前は気の狂ったサディストだ。
ああ、私は娘の顔さえ拝めずに、貴様のような狂人に殺されるのか!!冗談じゃ無い!!
お前のような異常者はロクな死に方はしない!!
死ね!死ね!!死ねぇッ!!この腐れ外道がッ!!
っと、この異常な青年を非難し罵倒する言葉を吐き散らしてゆく。
一方、青年の方はというと、その言葉に呼応するかのように目から笑みが消えていき口は真一文字に結ばれていった。
はぁ…はぁ…っと、叫び疲れた男に青年はゆっくりと近づくと、男の眼前でゆっくりとこう言い放った。
「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。この
瞬間。
男の肩がピクリと跳ね上がったかと思うと、そのまま顔を伏せ黙りこくってしまった。そして、そのわずか数秒の沈黙の後……男の様子は一変した。
「フ、ヒ! フフフ、フハハハハハハ!!!」
先程まで苦悶と怒りの表情を浮かべガタガタ震えていたことが嘘のように、男は目を見開き口を三日月状に引き攣らせて、高笑いを始めたのである。
その姿に、青年は「とうとう本性表しやがったな…。」っとぼやいた。
「ヒヒヒ、私が悪魔ねぇ…。兄さんアンタかなり鋭いよ。フフヒヒヒ!!」
「へっ、夕暮れ時に人の血の匂いこべりつかせた男が、行方不明になってる子どもを連れ歩いてたら、そりゃ猿でも疑うさ。ま、周りにいた人間には、催眠だが魔力だか使って誤魔化してたみたいだが、俺はそんな小細工は通用しねーよ。」
「ハハハ、しかし、その慧眼が君の死期を早めたみたいだね。」
「ほぉー。さっきまで、ボロ雑巾みたいされて半ベソかいてたくせに、やけに威勢がいいじゃねーか。」
「いやいや、獲物を釣る為には、餌にギリギリまで食いつかせなければならないだろう?
今までの醜態は全て、この時の為への撒き餌だよ。それに、悪魔とってこのくらい傷はどうということはない。」
そういうと、男の背中から漆黒の羽が飛び出し、おどろおどろしい邪気が彼を纏ってゆく。ふと見ると、ひしゃげていた脛に折れた指は真っ直ぐ元通りになっており、それらは、悪魔の驚異的な回復力を物語っていた。
青年は、しまった!っと後方に飛び退くが、時すでに遅く。男……もとい悪魔は漆黒の羽を羽ばたかせながら、異様なスピードで詰め寄った。
「さぁて、追い込んでいたつもりが、逆に自分が追い込まれていたことにも気づかない馬鹿なエクソシスト君には、あの小娘の両親と同じように無様な死を贈呈してやろう!!」
男がそう言い終わる前に、ヒュン!!という風切り音が鳴ったかと思うと、青年を凄まじい衝撃波が襲い、地面に叩きつけられた。
肺の空気が一気に吹き出し、呼吸のリズムが乱れゴホゴホと咳き込むも、次の攻撃に備えて立ち上がる。が、直ぐにガクリと膝をついてしまった。
それもそのはず、悪魔は人間の何倍もの身体能力があり、羽で煽られただけでも人間の体は軽く宙に待ってしまうほどだ。
そんなとんでもない力を受けた人間が無傷で済むはずはない。
「さぁ、君はどんな声を聞かせてくれるのかなぁ?悲鳴か、それとも怒声か?せっかくここまでお膳立てしたんだ。良いものを期待しているよ!ヒヒヒ。そら!そら!そら!」
悪魔は追撃の手を緩めることなく、衝撃波が青年の周りを削って行く。上空から一方的に行われる羽からの斬撃に、青年は、なす術なくただ膝をつくことしかできなかった。土煙が舞うほど苛烈な攻撃に戦う事を諦めたのか、青年はコートを深く被ったまま一言も発しない。
その反応が面白くない悪魔は、急降下とともに思い切り拳を振り下ろした。
ドガァアン!
っと地面に悪魔の拳がめり込み、おびただしい血があたりに飛び散る。
「はぁ……つくづく救えないねぇ。」
土煙が晴れ、あたりが露わになるとそこには、ぐちゃぐちゃに潰れた青年が……
「どうしてこう、慢心しちまうんだろうかねぇ?
ブシャァァァ!!!
噴水の如く血を流し、「こ、こひゅ!?」っと情けない声を上げる悪魔の喉元から、俺は手斧を抜く。そして、空いてる方もう一方の手で、腰元にある新しい手斧を手に取り、悪魔の素っ首目掛けて振り下ろした。ゴロリと悪魔の頭が地面に転がり、首から下は膝から崩れ落ちる。
「かん……ぺ だっ…たのに…な…ぜ…?」
頭と体を切り離したのに、まだ喋る余力が残っているとは……こりゃ平伏するぜ。流石は化け物、俺たち人間とは比べ物にならない生命力だ。
確かに、この悪魔の策略は完璧だった。人間の子どもを使いエクソシストを誘き寄せ、自分の有利な環境で嬲り殺す。実に効率的で非人道的な計画だ。加えて演技も一級品。となると、光力や神器に頼ってる
だが、殺しに快楽を覚えおまけに弄ぶまでになったコイツは、俺がコートに三重からなる鎖帷子を仕込んでいたことにも、手斧を懐に忍ばせ自分の射程に入ってくるまでじっと待っていたことにも気づかなかった。
それは、俺を馬鹿なエクソシストと勘違いし、その認識を信じてやまない余裕…いや、慢心が招いたの結果だ。
「……きさま、ただ……の、人…げ…じゃ…いな?」
残念だが俺はただの人間。
神から授けられた神器もなければ、天使からの祝福も受けちゃない。正真正銘、何処にでもいる無神論主義の日本人さ。
それでも、納得いかずに知りたいのなら冥土の土産に覚えておけよ。
「俺はエクソシストなんつーひ弱な宗教信奉者じゃねぇ。そう、俺は、テメェら悪魔を地獄に叩っ返すために存在する……」
「ま、ま……さ……k…」
「悪魔処刑執行人だッッ!!」
ドガッッ!!
宵の駒王町に頭が割れる音が響いた。
***
「ひと足、遅かったようね。」
数十分後…
先程まで、
彼女は目の前の悪魔の死体と、そこらをベチャベチャに濡らす血溜まりを見て、思わずため息をつく。
「はぁ…本当に容赦無い…」っと、彼女がため息混じりにそう呟くのも無理もない。何故なら、目の前にある死体の状態が見るも凄惨な殺され方をしていたからだ。死体の首から下はガソリンでもぶっかけ燃やしたのか、黒焦げになっており、その横に置いてあった首から上……
つまり、頭の部分はカッパリと真っ二つに割られ、脳みそがビチャビチャと飛び散っている。
こんな惨状を直視して何も思わない者は、この悪魔を殺した「奴」ぐらいしかいないだろう。
奴……「悪魔処刑執行人」と名乗る謎の人物によって、数ヶ月前から頻繁に悪魔狩りが行われている。
主に狩られる対象は、はぐれ悪魔と呼ばれる主人を持たない無法者であった為、自分達が手を下す手間が省けると黙殺していた……のだが、
近頃になって、転生悪魔や純血悪魔にまで被害が及ぶ事案が発生。
これを受け、駒王町の統治者リアスは、自身の領地で勝手に行われている「悪魔狩り」へと制裁を下すべく、この街路路に駆けつけたのである。
しかし、時すでに遅く、路地には無残に惨殺された悪魔の死体が転がっていただけで、肝心の「処刑人」の姿は無かった。
一応、今回犠牲になった悪魔は、はぐれ悪魔であったため、こちらへの実害は無いが……
実際これを身内にやられたらと思うとゾッとする。
ますます奴を野放しにはできない。
リアスがそんな薄寒さを背筋に感じていると、カツカツ…と、靴音がこちらに向かってくる。ふと、後ろを振り向くとそこには、自身の眷属悪魔、姫島朱乃が立っていた。
「朱乃、何か手がかりは見つかった?」
「いえ、残念ながら何もありませんでしたわ。」
「そう…やってくれるわね。」ギリッ
今回もしてやられたと思うと、無意識に歯軋してしまう。
これ以上、自身の領内で好き勝手に暴れられては、名門公爵家である「グレモリー」の名に傷がつく。なんとしてでも、奴の情報を集め対処しなくては…
「明日、会議を開くわ。放課後、部活のみんなには勿論のこと、ソーナ達にも連絡して頂戴。」
「わかりましたわ。うふふ、悪い子にはお仕置きしなくてはならないですからね。」
「ええ、次こそは必ず…」
朱乃は久々に己の加虐欲求を満たせると高揚し、リアスは静かに拳を握りしめた。
同刻
ピリリリリリ
1通の着信がポケットの中の携帯を震わせる。
山の上流でコートを洗濯していた俺は、一旦手を休め電話取った。
相手は上司。
声色を伺う限り、何やら苛立ちを隠せない様子だ。それとなく聞いてみると、どうやらあの悪魔に連れられていた子どもが発狂してしまったらしい。
それもそのはず、あの悪魔の所業をまとめた資料を事前に見たが、あれは、凄惨を極めるの一言に尽きる。
全容はこうだ。
まず、エクソシストを誘き出すための舞台装置として、善良な一般市民から幼い子ども連れの親子を抽出し、目の前で両親を殺害する。
パニック状態に陥った子どもに特殊な催眠術を施し自分の操り人形とした後、それを餌とし頭のふやけたエクソシストを釣る。
ちなみに、何回も同じ子どもで行っていると身元が割れると思ったのか、定期的に子どもは変えられ、いらなくなった子どもは殺されていた。
今回の被害者は、命のこそは助かったものの代わりに性的暴行まで受けていたらしい。
<お前ぇ、ちゃんとそのクズ野郎は始末したんだろうな!?>
「ええ、パーペキっす。頭かち割って脳みそぶち撒いた後、おまけにガソリンぶっかけて燃やしてやりましたからね。ここまでもやっても生きてたらゾンビっすよ。」
<まだ詰めが甘ぇな。今度からは、追加でタマキンに鉄杭を突き立てるようにしろ。>
「おー怖っ。で、"用件"はなんですか?まさか、そんな胸糞話聞かせるためだけに電話してきたわけじゃ無いでしょ?」
<ああ、実はな。最近うちの諜報班が駒王町をお散歩してたところ、新たなゴミ屑共の姿を確認したそうだ。>
「えぇ!?ただでさえ犯罪者リストがパンクしそうだってのに、また増えるんですか!?やってらんねーすっよ!」
<ガタガタ抜かすな!!とにかく、そいつらに関してはこっちでも身元を照合してる最中だが、お前の方からも何かあったら逐一報告するようにしろ。わかったな!>
「了解。」
<じゃ、切るからな。……あ、そうだ。>
「どうしたんです?」
<行方不明の幼馴染、見つけるまで死ぬんじゃねーぞ。>
「…はい。」
そう言って俺は、ブツリと電話切る。
…「悪魔処刑執行人」の業務を平たく言えば、悪魔にぶっ殺されるか自分がぶっ殺すかの境界線を反復横跳びするようなものだ。
俺も上司もその境界線を飛び損なって死んでいった仲間達を大勢知っている。
だからだろうか?普段口が悪く粗暴な上司から出た、何気ない「死ぬなよ」という一言はひどく重く心に突き刺さった。
「へ、言われるまでもねぇ。」
チャリ…っと胸にぶら下げたロケットペンダントを取り出すと、処刑執行人は優しくそれを握りしめる。
「"あーちゃん"を探し出すまでは、ドブ水啜ってでも生き残ってやらぁ。」
青年は自分に言い聞かせるよう闇夜の月に向かってそう吠えた。