上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第27話(3) お義姉さんと呼ばせて下さい

「連日の出動、大変だな」

 

 勇次の声に一美が首を振る。

 

「昨日はほとんど樫崎さんと三尋くんが片を付けてくれたから……」

 

「え? 三尋いたっけ?」

 

「いや、帰りに会話交わしていたでしょう、あなたたち……」

 

「全然記憶にないな……」

 

「三尋くんのステルスっぷりが凄いのか、あなたの記憶力がヤバいのか……」

 

「う~ん、両方かな」

 

「ヤバいのを否定しないのね……」

 

 一美が困惑気味に笑う。

 

「まあ、いいや、それより急ごうぜ」

 

 勇次が部屋の中央にある大きな六角錐状の鏡を指し示す。

 

「転移鏡……この鏡を通れば、例えばこの隊舎からならば佐渡ヶ島を含めた新潟県全域や長野県北部の各地に飛ぶことが出来るのよね?」

 

「ああ、鏡や何かを反射するものがある場所ならばどこでもな」

 

「一体どういう仕組みなの?」

 

「さあ、それがさっぱり分からん」

 

 勇次が首を傾げながら答える。

 

「把握していないものを使っているのね、私も人のこと言えないけど……」

 

「便利だからな。行こうぜ」

 

 勇次が鏡の中に吸い込まれていく。一美もそれに続く。

 

「ファッ! ファッ!」

 

 キッチリと揃えた前髪とキチンと着た制服と長いスカートが印象的な黒髪ロングの女性が、口に咥えていた棒付きの飴を舐めながら、もう片方の手で鞭を自由自在に振るい、妖たちを軽々と撃退していく。

 

「お~これは、援護は必要なしって感じか?」

 

「あ、勇次さま♡ ショ、そんなことはありません、とっても心強いですわ」

 

 女性が鞭を振るいながら、赤らんだ頬に手を当てる。

 

「さすがですね、上杉山隊の副隊長、苦竹万夜(にがたけまや)さん……」

 

「こ、これは、お義姉さま! お疲れ様です!」

 

 万夜と呼ばれた女性はスレンダーな体をピシッとさせて、一美に頭を下げる。

 

「お、お義姉さま? あ、あの、苦竹さん、私のことは一美で構いませんから……」

 

「そ、そんな! 勇次さまのお身内を呼び捨てだなんて恐れ多いことです……」

 

「義姉のニュアンスもなんだかちょっと引っかかるものがありましたし……」

 

「それはわたくしが飴を舐めているからですわ」

 

「それはあまり関係ないような……」

 

「これは失礼しました。人一倍、喉のケアが必要なものでして……ご容赦ください」

 

「は、はあ……」

 

 再び頭を下げる万夜を一美は戸惑い気味に見つめる。勇次が周囲を見回す。

 

「本当に片付いちまったな、これでも急いだつもりだったんだが」

 

「まあ、なんてことのない相手でしたわ」

 

 万夜が鞭をしまう。一美も周囲を見回して呟く。

 

「しかし、この『狭世(はざまよ)』というのは不思議な空間ですね……」

 

「普通の人間が暮らすのが『現世(うつしよ)』……妖たちがいるのが『幽世(かくりよ)』……その間に存在するのがこの狭世といった空間だ」

 

「妖絶士は妖とは主にこの狭世で戦うことが多いのです。普通の人間にはこの空間を認識することや立ち入ることは出来ません。ただ、透明なものとして通り過ぎるだけです。つまり、ここではっきりと存在を認識出来るものが妖絶士もしくは妖なのです」

 

 勇次と万夜が簡単に説明する。一美が重ねて尋ねる。

 

「広さは一定ではないのですね?」

 

「ええ、極々狭いものもあれば、我らの隊舎のような立派な建物を設置出来るほどの広さをもった空間も存在します」

 

「広さはまちまちということですね」

 

 一美が頷く。万夜も周囲を見回し、ポンと両手を叩く。

 

「そうですわ! なかなかの広さを持った空間ですし、勝どき代わりにわたくしの歌をお二人に聞いてもらいましょう!」

 

「ええっ⁉ い、いや、いいよ、戻ろうぜ……」

 

「遠慮なさらずに!」

 

 万夜は腰のベルトにぶら下げていたメガホンを手に取る。一美が慌てて声を上げる。

 

「わ、私、念の為にあっちの方を見てきます!」

 

「あ! 姉ちゃん、ズルいぞ、俺も行く!」

 

「後は若い人同士で……」

 

「お見合いかよ!」

 

「せっかくお許しを頂いたのですから、勇次さま、わたくしの歌を聴いて下さい!」

 

 万夜が勇次の体をガシッと掴む。

 

「! な、なんて力⁉ ま、万夜、それはまた別の機会にだな……」

 

「ごゆっくり~」

 

「ま、待ってくれ、姉ちゃん!」

 

 一美は足早にその場を離れる。

 

「ふう……味方の能力でダメージを負ったら世話ないわ……ん?」

 

「武枝御盾……お貸し給へ……『風林火山・火の構え・火炎』!」

 

 黒髪のポニーテールの女子が、主に神事などで用いられる、人の形をした紙、形代を自身の胸に当てて叫ぶと火炎が噴き出し、妖を燃やし尽くす。一美は拍手する。

 

「さすがね、上杉山隊親衛隊長、曲江愛(まがりえあい)さん……」

 

「あ、一美さん……なんですか、親衛隊長って」

 

「いや、愛ちゃんだけ肩書がないのもあれかなって思って、考えてみたの」

 

「要らないですよ、そんな肩書……」

 

「しかし、凄いわね、今の炎は別の隊の隊長さんの能力でしょう?」

 

「一度話をした人の力はお借り出来ます……ここまで強力だと結構消耗しますけど……」

 

 一美の問いに愛と呼ばれた女子は若干苦しそうに答える。

 

「大丈夫?」

 

「これくらいなら、自分でも回復出来ますから」

 

 愛は自分の胸に手を当てる。やや乱れていた呼吸が整う。一美が感心する。

 

「そういえば治癒能力もあるのね」

 

「隊の回復役も担っています。一美さんもどんどん頼って下さい」

 

「あまりお手を煩わせないようにはしたいわね」

 

 胸を張る愛を見て、一美が微笑む。愛が苦笑する。

 

「まあ、治癒能力もそれなりに消耗するので、多用は出来ませんが……」

 

「しかし、まさかかわいい幼馴染の愛ちゃんが妖絶士とはね」

 

「……ごめんなさい」

 

「いやいや、別に謝らなくてもいいわよ」

 

 頭を下げる愛に対し、一美が手を振る。

 

「いえ、私の次兄、曲江実継(まがりえさねつぐ)のことです……」

 

「ああ……」

 

「兄、いえ、あの男は己の掲げる理想を体現しようとしています」

 

「理想……?」

 

 一美が首を傾げる。

 

「ええ、あの男は生き物と妖……その両方の血を持つ半妖こそ、この世で最も崇高なる存在、世を統べるに相応しい存在だと考えています。半妖が世を統べる世界をこの目で見てみたいと言っています。その為には世を正し、人を排することも厭わないという……そのような危険な思想の持ち主です」

 

「過去形ではないのね……」

 

 一美が呟く。愛は首を左右に静かに振る。

 

「先日の東京や山形の騒動では顔を出しませんでしたが、あの男の配下、もしくは同盟のような関係性である半妖たちが健在であるということは確認出来ました」

 

「ああ、確か天狗の半妖さんだったかしら?」

 

「ええ」

 

 一美の言葉に愛が頷く。一美が苦笑する。

 

「先の上越での戦いでは、私も実継さんの下であなたたちと交戦したけど、その辺りの記憶がもうおぼろげなのよね……」

 

「そうですか」

 

「申し訳ないわ」

 

「いえ、仕方がありません。恐らく操られていたのでしょう」

 

「ふむ……」

 

 一美が腕を組む。

 

「推測の域を出ませんが……あの男もまだ生きていると考えて間違いないでしょう」

 

「……ということは?」

 

「そう、世にも珍しい半妖の姉弟である一美さんと勇次君を自らの掌中に収めたい……そのように考えているはずです」

 

「また私たちを狙ってくるということね?」

 

「……恐らくは」

 

「それは困ったものね……愛の告白なら歓迎だったのに」

 

「え?」

 

「結構タイプだったのよ、実継さん」

 

「……冗談ですよね?」

 

「……そういうことにしておこうかしら」

 

 一美が肩をすくめる。俯きがちだった愛が顔をパッと上げる。

 

「……ともかく、私はあの男の野望をなんとしても打ち砕く。そしてお二人のことを必ず守ってみせます!」

 

 愛の言葉に一美が口笛を鳴らす。

 

「頼もしいわね。でも……」

 

「でも?」

 

「私も勇次もただ守られているばかりではないわよ」

 

 一美が背中に背負った鎌を指差す。愛が笑う。

 

「ふっ、そうでしたね……」

 

「もちろんまだまだだけど、勇次なんか大分たくましくなったと思うわよ……⁉」

 

「あ、愛、回復を頼む……」

 

 二人の下にほうほうのていでたどり着いた勇次が倒れ込む。愛が苦笑する。

 

「ああ、万夜さんの歌に酔っちゃったのね……」

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