上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第30話(2) あえて泳がせておく

「そうか、秘書だったのか……それなら納得だな」

 

 御剣が頷く。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 隊長、こっちに!」

 

 勇次が御剣の腕を引っ張る。勇次と一美と一慶で御剣を壁際に囲む。

 

「な、なんだ……?」

 

「なんだじゃないですよ……!」

 

「尊い!じゃなくて、あの少年管区長、あまりにも無警戒です!」

 

「それにあの美人秘書、羨ましい!じゃなくて怪しいぜ!」

 

「三人で一斉に喋るな……」

 

「あ……」

 

「あと……」

 

「は、はい……」

 

「近い」

 

「す、すみません……!」

 

 御剣に睨まれ、勇次たちが御剣からさっと離れる。

 

「まあ……関係のない言葉も聞こえてきたような気がするが……お前らの言いたいことはよく分かった」

 

「そうですか……」

 

「ああ、アナスタシアは美人で尊い!」

 

「ぜ、全然分かっていないじゃないですか⁉」

 

 御剣が右手を勇次の前に突き出す。

 

「……冗談だ」

 

「冗談にしてもですね……!」

 

「折を見て、その辺の話については貫太郎、もとい、中田管区長とは話をしてみよう……」

 

 御剣が貫太郎の方に視線を向ける。

 

「ねえ~アナスタシア~」

 

「管区長、私のことはアーニャとお呼びください」

 

「じゃあ、アーニャ~」

 

「どうかしましたか?」

 

「今日もお風呂で洗いっこしようよ~?」

 

「ふふっ、管区長は甘えん坊ですね~」

 

「ダメ~?」

 

「いえ、良いですよ、それも秘書の大事な務めですから……」

 

「……」

 

「た、隊長……」

 

「……大五郎丸副管区長とお話しするとするか」

 

「そ、それが賢明かと……」

 

「善は急げだな……」

 

 御剣が五郎丸の方に向かう。勇次がそれに続く。一美もそれに続こうとする。

 

「あ……古前田隊長……!」

 

「お風呂で洗いっこだあ~? あのガキ、いよいよもって許せねえ……」

 

「ち、血の涙を流している……!」

 

「俺は許せねえよ……」

 

「とにかく、血涙を拭いて下さい。」

 

 一美が一慶にハンカチを渡す。

 

「す、すまねえ……」

 

 一慶が血の涙を拭く。

 

「それ、差し上げますから」

 

「え? ちゃんと洗って……」

 

「差し上げます!」

 

「あ、う、うん……」

 

 一慶がなにやらしょぼんとする。

 

「……アナスタシアが怪しい?」

 

 五郎丸が御剣に視線を向ける。

 

「ええ、そうです。大副管区長」

 

「……五郎丸で良いです」

 

「え?」

 

「言い辛いでしょう。大とか、フルネームで呼ぶ方もいますが……名前だけで構いません」

 

「では、五郎丸副管区長……」

 

「……アナスタシアのことですが、百も承知です」

 

「ええ?」

 

「狭世にある我が隊舎の前で倒れていたのです。うっかり迷い込んでしまったというようなレベルの話じゃない」

 

「それならば……!」

 

「今のところ、妖の反応などは感じません……」

 

「身体検査などは?」

 

「当然行いました。異常は見られませんでした……」

 

「それでも……!」

 

 御剣に対し、五郎丸が大きな掌を広げて、落ち着かせるように話す。

 

「ご心配頂くのは当然のことです。もちろん、我々としても、十分に警戒しております」

 

「十分に警戒……」

 

「ええ、今はあえて泳がせている段階なのです」

 

「あ~アーニャ! プールで水泳訓練しようよ!」

 

「わ、私は泳ぎが不得意で……」

 

「大丈夫、僕が手取り足取り教えてあげるから! スイスイと泳げるようになるよ!」

 

 五郎丸たちの前を、アナスタシアの手を引っ張る貫太郎が通り過ぎる。御剣が冷ややかな視線を五郎丸に向ける。

 

「……あえて泳がせているとはそういう意味ですか?」

 

「い、いや……貫太郎!」

 

「なに~?」

 

「本日は他にも客人が来る! 訓練などはその後だ!」

 

「え~」

 

「え~じゃない! 転移鏡室に向かうぞ!」

 

 五郎丸に続き、御剣たちも室内に入る。勇次が声を上げる。

 

「転移鏡が結構赤く強く光っている!」

 

「それなりの霊力の持ち主が複数来るようだな……」

 

 光が治まった次の瞬間、隊服に身を包んだ紅色のツインテールの少女が姿を現した。

 

「あ~はっはっは! 出迎えご苦労! 北海道管区の諸君!」

 

「どうも~♪」

 

その後ろからミディアムロングの髪型をした黒髪の美人が笑みを浮かべながら現れる。

 

「えっと……誰だっけ?」

 

 貫太郎の言葉にツインテールはずっこけそうになる。

 

「さ、さすがは管区長、子供の癖になかなか良い度胸をしておるな……此方は北陸甲信越管区副管区長、武枝隊隊長、武枝御盾(たけえだみたて)じゃ!」

 

「そして、関東管区管区長、星ノ条隊隊長、星ノ条雅、『永久の十八歳』よ~♪」

 

「……」

 

「いや、だからそこは『またまた~』でしょう?」

 

「そのやりとり二十年前からやってるって聞いたけど……ぶおっ⁉」

 

「十八歳よ~?」

 

 貫太郎が雅に両頬を思いっきり挟まれて持ち上げられる。御剣が口を開く。

 

「茶番は良いとして……貴様までこちらに来たのか、愛」

 

「は、はい……武枝副管区長が強引に……あ、上杉山隊所属、曲江愛です!」

 

 二人の後に続いてきた愛が慌てて敬礼する。御剣が五郎丸に視線を向ける。

 

「これはどういうことですか?」

 

「……現在の北海道管区の置かれている状況を説明しなければなりません。まだ全員お揃いというわけではありませんが……とりあえず皆さん、会議室へどうぞ……」

 

 五郎丸が皆を会議室へと促す。

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