上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第3話(4) どことなくほんのりと赤い

 困惑する勇次をよそに万夜は気勢を上げる。

 

「さあ、かかってらっしゃい! わたくしの鞭の餌食にしてくれますわ!」

 

「威勢のいいことね」

 

 蟷螂型の女妖は嘲笑交じりに呟く。

 

「長い鎌を持っているとはいえ、この鞭ならリーチの差がある!」

 

 万夜が二、三度素早く鞭を振るい、妖に鋭く的確な攻撃を当てる。

 

「ぐぬっ!」

 

「ほ~ほっほっほっ! 鎌も足も出ないでしょう!」

 

「……あまり調子に乗らないことね!」

 

「⁉」

 

 妖が両の鎌を振るうと、離れていたはずの万夜の腕や脚に傷が付く。勇次が驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

「斬撃を飛ばした……⁉」

 

「あら、案外察しが良いのね」

 

 万夜の言葉に妖が感心した様子を見せる。

 

「ただ、気付いたところで貴女程度じゃどうにもならないけどね……!」

 

 妖が再び両の鎌を振るう。万夜は肩と頬に傷を負う。

 

「ぐっ!」

 

「へえ、首と心臓を狙ったのに上手く躱したのね……生意気な」

 

「万夜さん、こっちです!」

 

 勇次が近くの部屋に万夜を連れ込む。

 

「物陰に隠れる……そういうのを無駄な努力って言うのよ!」

 

「何⁉」

 

 妖の繰り出した斬撃が扉やその周りの壁を破壊し、勇次たちの姿があらわになる。

 

「面倒だから二人まとめて始末してあげるわ!」

 

「うおおおっ!」

 

 妖が攻撃するのを見た勇次が万夜の前に出て、金棒を振るう。次の瞬間、部屋の上部が崩れ落ちる。妖が驚く。

 

「な、なんですって⁉」

 

「斬撃を弾き飛ばした⁉ どうやったんですの⁉」

 

「よ、よく分かりません! やってみたら出来ました!」

 

「出来たって……貴方、その頭!」

 

 万夜が振り返った勇次の頭を指差す。勇次は自分の頭を触り驚く。

 

「うおっ! また角が生えてる!」

 

「そ、それに貴方……」

 

「ま、まだ何か⁉」

 

「どことなくほんのりと赤いですわよ⁉」

 

「いや、なんすかそれ……うおっ、マジだ! どことなくほんのりと赤い!」

 

 勇次は部屋の中の鏡を見て驚く。自分の体から赤色の湯気のようなものが湧いており、体自体もほんのりと赤みがかっていたからである。万夜が不思議そうに呟く。

 

「妖力の極端な発露かなにかかしら……?」

 

「妙な気配をしているとは思っていたけど、鬼の半妖とはね!」

 

「うおりゃ!」

 

「!」

 

「ま、また弾き飛ばした!」

 

「野球部だったんで! 斬撃は確かに速いですけど、軌道が素直で読み易いです!」

 

「か、簡単におっしゃいますけど……」

 

「小癪な……ならば連撃はどう⁉」

 

 妖が両の鎌を素早く何度か振るう。幾つもの飛ぶ斬撃が勇次たちを襲う。

 

「くっ⁉ ⁉」

 

「二人とも、良く耐えた!」

 

 両者の間に飛び込んできた御剣が刀を一閃する。妖の放った飛ぶ斬撃が御剣の術によって氷漬けになり、地面に落下する。

 

「ば、馬鹿な! 斬撃を凍らせた⁉」

 

「さ、流石は百戦錬磨の姉様! 豊富な経験が成せる業ですわね⁉」

 

「よく分からん! やってみたら出来た!」

 

「まさかのアドリブ⁉」

 

 御剣の思わぬ返答に万夜が驚愕する。

 

「おのれっ!」

 

「遅い!」

 

「!」

 

 妖との距離を一瞬で詰めた御剣が刀を袈裟切りに振り下ろす。妖の胴体が二つに別れ、力なく崩れ落ちる。御剣は刀を納め、勇次たちに声を掛ける。

 

「すまん、遅くなった」

 

「い、いえ……」

 

「東棟で丁級を倒したのだが、そいつも囮だったようだ」

 

「ということは?」

 

「今の奴は丙級だ。万夜ですらあまり遭遇したことはないだろう。丙級ともなると、斬撃を飛ばすなど、常識外れの行動を取ってくる。対処することは難しい。間に合って良かった」

 

「隊長も十分常識外だと思いますけどね……」

 

 勇次が呟く横で、万夜が悔しがる。

 

「全く歯が立たなかった……大変な屈辱ですわ!」

 

「その屈辱を今後の糧にしろ……それでは帰投する――‼」

 

「姉様!」

 

「隊長!」

 

 勇次たちは自身の目を疑がった。御剣が背中から脇腹を剣で貫かれたからである。

 

「ちっ!」

 

 御剣が振り向き様に刀を振るうものの、フードを被った急襲者は既に距離を取っている。

 

「随分気を抜いていたようだチュウねえ……正直拍子抜けだチュウ……」

 

「き、貴様が何故ここに⁉」

 

「何故かねえ? 最初は通りすぎようと思ったけど、折角だし、ご挨拶に来たんだチュウ♪」

 

 急襲者はフードを取って顔を露にする。端正な顔立ちの中では特徴的な突き出た二本の前歯が目立ち体格も小柄な、コートに隠された肌も鼠色の男のようである。勇次が身構える。

 

「隊長! 知っているんですか! この鼠男のこと!」

 

「ああ……! 勇次、横だ!」

 

「えっ⁉」

 

 次の瞬間、棍棒を持った大柄な存在が、勇次に向かって殴りかかってくる。巨体に似合わないその俊敏な動きに面食らう勇次だったが、金棒でその攻撃をなんとか受け止める。

 

「ぐおっ……お、女⁉」

 

 この存在はフードなど被っていない。整った顔立ちの色は白く、立った耳の上に短い角が生えている。前髪で隠した右目には黒い大きなぶちがある。問題はコートを羽織っていない体の方である。その豊満な褐色の肉体を、白黒の柄のビキニで覆っているだけなのである。

 

流石にこの相手を「人ならざるもの」だと認識した勇次だったが、そのナイスバディには一瞬ではあるものの、目を奪われてしまう。それを察した万夜が叫ぶ。

 

「露骨な動揺が感じられますわよ! 集中!」

 

「くっ!」

 

「!」

 

「どわっ!」

 

 相手の攻撃を再び受け止めた勇次だったが、桁違いの力で吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。相手はすぐさま距離を詰め、その手に持つ棍棒を勢い良く振り下ろす。すぐに体勢を整えた勇次は金棒で防ぎ、今度は何とか堪えてみせる。

 

(なんつー馬鹿力だよ、この牛女! いや、この場合は牛力なのか?)

 

「勇次!」

 

「おっと、助太刀には行かせないチュウ!」

 

(速い!)

 

 御剣の前に鼠男がすぐに回り込む。

 

「ならば押し通る!」

 

「出来るものなら!」

 

 御剣の繰り出す刀を鼠男の剣が難なく受け止める。二か所で鍔迫り合いが起こっている状態である。御剣は舌打ちをして、指示を飛ばす。

 

「勇次! 隙を見て、万夜を連れて撤退しろ! ここは私が何とかする!」

 

「そ、そんな!」

 

「こいつらは甲級の妖! 今のお前らには荷が重い!」

 

「こ、甲級⁉」

 

「ならば、この鼠と牛はあの……ここで絶やすが好機ですわ!」

 

「万夜⁉」

 

「又左さん! 例のアレを!」

 

 次の瞬間、部屋の棚のガラスから『例のアレ』と言われる物体が、万夜の手に届く。勇次はそれを見てまたも自分の目を疑う。

 

「はぁっ⁉ メガホン⁉」

 

「アーアーテステス……よし、行きますわよ!」

 

「勇次、両耳を塞げ!」

 

「ええっ⁉」

 

「早くしろ!」

 

 御剣の唐突な指示に従い、勇次は両方の耳を塞ぐ。次の瞬間、万夜がメガホンで叫ぶ。

 

「わたくしの術、『リサイタル』! ご清聴なさい、ア“~ア”~」

 

「!」

 

「! な、なんだ、このダミ声は⁉」

 

「姉様、彼奴ら、わたくしの歌声にメロメロですわ! 今です!」

 

「そうだな、そういうことにしておこう! 勇次!」

 

「おおおっ!」

 

 御剣と勇次は万夜の歌声にたじろいだ相手との鍔迫り合いを制し、すぐ攻撃を加えるが、すんでのところで躱され、かすり傷を負わせる程度に留まってしまう。鼠男は口を開く。

 

「思わぬ伏兵の登場だったチュウ……まあ、今日はこの辺で失礼させてもらうチュウ……」

 

「逃げんのか、鼠男!」

 

「流石は半妖、礼儀知らずな物言いチュウね……僕は『子日(ねのひ)子日』。そしてこちらが『丑泉(うしいずみ)』……以後お見知り置きを。もっとも次会う時が君らの最後だけど……」

 

 そう言って、二体の妖は姿を消す。勇次が御剣に問う。

 

「追いますか⁉」

 

「いや、無駄だ……奴らは神出鬼没。捕まえるのはまず無理だ」

 

「姉様、あいつら……」

 

「ああ、目覚め始めたようだな、『干支妖(えとのあやかし)』……」


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