上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第4話(1) 破廉恥の擬人化

                   肆

 

「はあ、はあ……いくつか質問宜しいでしょうか?」

 

 糸魚川市の病院での任務から数日後、隊舎のトレーニングルームで勇次が上半身裸で腕立て伏せをしながら、御剣に尋ねる。

 

「良いぞ」

 

「怪我の方は大丈夫なんでしょうか?」

 

「治癒治療が迅速に行えたからな、傷は既に癒えた。もう少し静養せよとのことだが」

 

「そ、それは良かったです……。あ、あと、あのサドの駄菓子屋でしたっけ? 奴らは一体何者なんですか?」

 

「……『えとのあやかし』だな、なんだその怪しげなサービス店は……」

 

「もしかして……干支って、子牛虎卯……ってやつですか?」

 

「そうだ」

 

 勇次の適当な言葉に御剣は少し呆れ、頭を抑える。勇次は重ねて尋ねる。

 

「本当に何者なんですか?」

 

「簡単に言えば、人に仇なす妖の中でも最上級種の『甲級』に類する妖たちだ。奇妙なことに干支の動物たちを模した格好をしているため、いつからか干支妖と呼ばれるようになった。その妖力は他の下級の妖と比べれば桁違いだな」

 

「よく、そんな相手にその程度の怪我で済みましたね?」

 

「本気じゃなかったということだろう」

 

「ええっ⁉ あれで本気じゃなかったんですか!」

 

「まあ、その辺りの詳しい話はアイツに聞いてみろ」

 

「ア、アイツですか?」

 

「そうだ、さっきも言ったアイツだ」

 

 御剣は腕を組みながら答える。勇次が再び質問する。

 

「最期にもうひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「何故に、俺の背中に座っていらっしゃるのでしょうか?」

 

 勇次の言葉通り、腕立て伏せをする勇次の背中に御剣は優雅に腰を下ろしている。

 

「トレーニングをつけろとは貴様からの要望だろう?」

 

「それはそうですけど、例えば組手とか……」

 

「医療班からはまだ無理はするなと言われているのでな。仕方ないなと思っていたところに……お前の背中が寂しそうだったからな」

 

「そんなに哀愁漂わせていたつもりはないんですが!」

 

「こちらにいらっしゃいましたか、隊長。確認したいことが―――」

 

 トレーニングルームに入ってきた愛は絶句する。その眼に四つん這いになって、背中に御剣を座らせている上半身裸の勇次の姿が映ったからである。それでも愛は、隊長の御剣の手前、何とか平静さを保とうとする。

 

「隊長、例の件なのですが……」

 

「そうだな……この会議は本来なら私も同行したいところだが、生憎こういう状態だ」

 

 御剣が自身の腹の包帯を指し示す。

 

「申し訳ないが、一人で向かってくれないか?」

 

「ひ、一人で、ですか?」

 

「? なにか問題があるか?」

 

「い、いいえ、別に何も問題はありません!」

 

「? それでは頼む」

 

 御剣が立ち上がって、勇次の方を振り返る。

 

「千景に課せられたメニューは消化したのじゃないか。少し休んだらどうだ?」

 

「は、はい……」

 

「勇次さま~♡」

 

 万夜が猫撫で声を上げながら部屋に入ってくる。勇次が戸惑う。

 

「な、何っ?」

 

「はい、ど~うぞ」

 

 そう言って万夜はドリンクボトルを手渡す。

 

「こ、これは……?」

 

「わたくし特製のオリジナルブレンドドリンクです! 水分補給と栄養補給を同時に高い質でまかなえる、スペシャルなドリンクです! 是非ご賞味あれ!」

 

「い、いただきます……! うん、独特な舌触りだけど、喉ごしはさわやか! 不思議な感覚ですね! これを万夜さんが?」

 

「万夜さん、だなんて……万夜で宜しいですわ」

 

「えっ?」

 

「だって、あの日二人は……きゃっ、恥ずかしい!」

 

「隊長!」

 

 勇次たちのやり取りを見ていた愛が御剣の方を向く。

 

「先日の任務、あの二人に何があったんですか⁉」

 

「……簡単に言えば、股ぐら探検を敢行したようだな」

 

「ま、股ぐら⁉」

 

 愛と御剣の会話に気付いた勇次が慌てて弁解する。

 

「い、いや、あれも咄嗟のことで、不可抗力だったんだ!」

 

「股ぐらミステリーツアーは否定しないのね!」

 

「ミ、ミステリーツアーって! ほ、ほら万夜さ……万夜も何か言ってくれ!」

 

 勇次に促された万夜は顔を赤らめながら叫ぶ。

 

「……わたくしはもう、勇次さま以外の方のお嫁にはいけませんわ!」

 

「な、何を言っているんだ!」

 

「~~~! もういいです! 失礼します」

 

 愛が部屋から出ていこうとする。

 

「ま、待て、愛!」

 

「待ちません! 話しかけないでもらえますか! 『破廉恥の擬人化』さん!」

 

「ぎ、擬人化って……!」

 

「少し落ち着け、愛」

 

「隊長……」

 

 御剣が歩み寄ってきて愛に声を掛ける。

 

「見たところ私が勇次の背に座っていたことも、どうやら気に入らなかったのだろう?」

 

「そ、それはちょっと驚いたというか……」

 

「順を追って説明しよう。私がトレーニングルームに入ると、勇次は上半身裸になり、腕立て伏せを始めた。まるでこの上に座ってくれといわんばかりだった」

 

「そ、そんな……」

 

「時系列は間違いないけども! 隊長の主観が混ざっていませんか⁉」

 

「や、やっぱり、『破廉恥の擬人化、破廉恥人』だわ~~~!」

 

 愛は部屋を飛び出して行く。御剣が呟く。

 

「かえって誤解は深まってしまったようだな」

 

「本当ですよ! 何を言うかと思ったら……!」

 

「まあ、女心はなかなか難しいものだ、あまり気にするな、破廉恥人」

 

「破廉恥人って言わないで下さい!」

 

 御剣は勇次を落ち着かせながら、咳払いを一つして、話題を変える。

 

「勇次、貴様の体力は千景に、精神力は万夜にみてもらい、それぞれ大いに高められたようだ。昨日行った抜き打ちの体力テスト、メンタルテストも悪くない結果だった」

 

「は、はい……」

 

「よって、次に鍛えるべきは『知力』だ。妖力の仕組みなどについて、理解を深めることはとても大切だ。先程も言ったが、アイツの所へ向かえ。話はしてある」

 

「は、はい……」

 

 しばらくしてトレーニングルームを後にした勇次は『研究室』と名札が付いた部屋の前に立っていた。ドアをノックしようとした次の瞬間、部屋の中から物凄い爆発音が聞こえた。勇次は驚いて急いでドアを開ける。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

「大丈夫、大丈夫、研究に失敗はつきものですから……ドゥフフフ……」

 

 そこには頭が豪快なアフロヘアーになった赤目億葉の姿があった。

 

「それにしてもおかしいですね……計算上なら隊舎ごと吹っ飛ぶはずなんですが……」

 

「ちょ、ちょっと待った! 何の研究をしている⁉」


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