上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第1話(1) そんなにレアって訳じゃない

                   壱

 

「はっ!」

 

 目覚めた勇次がガバっと飛び起きる。一呼吸置いて自らの状況を確かめる。

 

「ベッド? 俺は道路で寝ていたんじゃ……ひょっとして、ここがあの世ってやつか?」

 

「残念にゃがら、この世にゃ……あの世ではわざわざ病院服も病院食も用意されにゃい」

 

 黒猫が勇次のベッドにヒョイっと飛び乗る。

 

「まあ、ワシも死んだことにゃいから知らんけどにゃ」

 

「お、お前は……変な猫!」

 

「いや、直球な物言いだにゃ⁉」

 

 黒猫は驚いた様子で勇次の顔を見る。

 

「だって他に言い様が無いだろう……」

 

 勇次はベッドの脇のテーブルに置いてあったバナナの皮を剥き、頬張る。

 

「いくらでもあるにゃ! 『人の言葉を話す賢い猫ちゃん!』 とか!」

 

「賢いっつーか、正直不気味だ」

 

「『俺を幸せに導く運命の黒猫だ!』 とか!」

 

「今の所……不幸に巻き込もうとする化け猫だな」

 

「ば、化け猫⁉ 言うに事欠いて、このガキ……」

 

「お? やるか?」

 

 バナナを頬張りながら、勇次はファイティングポーズを取る。

 

「目が覚めたと思ったら、もう親睦を深めているのか、結構なことだ」

 

「「⁉」」

 

 ベッドの脇にいつの間にか白髪の女が立っている。刀は腰の鞘に納められたままで、空いた右手には紙袋が下がっている。

 

「あ、アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ! 何で俺を問答無用で殺しに来たんだ? 半妖ってなんだよ? 根絶対象ってずっとそのままなのか⁉」

 

 ベッドから転がり落ちそうになるほどの勢いで迫る勇次を女は白手袋を付けた片手で制し、ゆっくりと話し始める。

 

「アンタでは無い、私には上杉山御剣という名がある」

 

「じゃ、じゃあ、上杉山さん? 御剣さん?」

 

「名前で呼ばれるのは私の立場上あまり好ましいものではないな……」

 

「ど、どうすれば……」

 

「隊長と呼べ」

 

「た、隊長……ぶほっ!」

 

 御剣は勇次の顔に紙袋を押し付ける。勇次の答えを待たずに、淡々と告げる。

 

「それに着替えて、十分後、第二作戦室に来い。分からないことはこの変な猫に聞け」

 

「変な猫って言うにゃ! ワシには又左(またざ)って名前があるんにゃ!」

 

「それは失礼。では又左隊員、新入りの指導をよろしく頼む」

 

 軽く敬礼をして御剣は部屋を出ていく。

 

「むう……にゃんだか面倒を押し付けられたような……と、とりあえず着替えるにゃ。詳しいはにゃしはそれからにゃ」

 

「いまいち状況が掴めねえんだけどな……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、勇次は水色の病院服から黒い軍服調の制服へと手早く着替える。そして、自らの服を指先でつまみながら呟く。

 

「これは……?」

 

「妖絶講の男性用隊員服にゃ」

 

「えっ⁉ 俺、妖絶講に入れるのか⁉」

 

「……その辺りは廊下を歩きにゃがらはにゃすことにしよう。第二作戦室はここから意外と遠いからにゃ」

 

 自らの名前を又左と名乗った黒猫は部屋から出ていく。勇次も病院服をベッドの上に畳んで置き、又左の後に続く。

 

「ここは病院かなにかか?」

 

「妖絶講の北陸甲信越管区……通称『第五管区』の隊舎の一つ、拠点施設にゃ」

 

「妖絶講に拠点なんてあるのかよ?」

 

 勇次の質問に又左は露骨にため息を突いて、逆に質問する。

 

「そもそもとして……君は妖絶講についてどれ位知っているのにゃ?」

 

「妖を絶やすための組織だろう?」

 

「また随分とざっくりとした認識だにゃ……」

 

「しょうがねえだろう、つい最近までは都市伝説みたいなもんだと思っていたんだからな、大真面目に調べたことは無えよ」

 

「その信じるか信じにゃいかは貴方次第!の都市伝説をどうやって突き止めたのにゃ?」

 

「ある人に聞いたからだ……それが誰なのかはその人に迷惑が掛かるから言えねえけど」

 

「大方見当はつくけどにゃ」

 

 又左が鼻で笑う。勇次は驚く。

 

「マジかよ⁉」

 

「まあ、それは良いにゃ。改めて聞こうか、にゃぜに妖絶講に入りたいのにゃ?」

 

「……姉ちゃんが行方不明事件に巻き込まれた。俺はそれを妖の仕業だと踏んでいる」

 

「ふむ……」

 

「妖のことをよく知っているのは妖絶講だ。そこに入れば、姉ちゃんのことも何か分かるかも知れない……そう思って、お前らへの接触を試みた。正直半信半疑だったけどな」

 

「にゃるほどね……ただ結果として、君は根絶対象になってしまったと」

 

「それだ、その根絶対象ってどういうことなんだよ⁉」

 

「簡単なことにゃ、君が半妖と認定されたからだにゃ」

 

 又左が淡々と答える、

 

「半妖?」

 

「君は半分人間で半分妖ってことにゃ」

 

 衝撃の事実に勇次はしばし愕然とするが気を取り直して尋ねる。

 

「……で、でも俺の両親は人間だぜ⁉ 爺ちゃんも婆ちゃんも!」

 

「残念ながら血筋の問題では無い」

 

 勇次が声のした方を見ると、廊下の先に腕を組んだ御剣が立っていた。

 

「妖力の高い人間はよく生まれる。そう珍しいことでは無い」

 

「そ、そうなのか?」

 

「確率としては……そうだな、百人に一人位だな」

 

「え、多くね⁉ 百万人に一人とかじゃねえのか⁉」

 

「いいや、百人に一人だ」

 

「マジかよ……それじゃあそんなにレアじゃねえじゃん……」

 

「え⁉ そこにガッカリするのか⁉」

 

 肩を落とす勇次に又左が驚く。勇次がハッと顔を上げる。

 

「で、俺は何で生きているんだ?」

 

「お前はそう珍しくは無い半妖の中では結構珍しい種族の半妖だと判明したからだ」

 

「や、ややこしいな」

 

「他にも色々と理由はあるのだが……とにかくひとまずは生かしておけとの命が下った」

 

「ひ、ひとまずって……」

 

「立ち話もなんだ。作戦室に入れ」

 

 御剣は首を振り、勇次に部屋に入るように促す。勇次は視線を又左に落とす。

 

「どうした? 又左が気になるか?」

 

「いや、こいつもつまり半分猫で、半分妖怪ってことか?」

 

「なかなかどうして察しがいいにゃ、そう! ワシは妖猫(ようびょう)にゃ!」

 

「半妖一人と半妖一匹が妖絶講の施設内に……マズくないのか?」

 

「施設内の妖レーダーが反応し、侵入した妖に対し即座に対応出来るようになっている」

 

「そのレーダー、確実にポンコツじゃねえか! もしも俺らが暴れ出した、ら……!」

 

「その時は私が責任を持って始末する。余計な心配は無用だ」

 

 声を荒げる勇次の首先に御剣があっという間に刀を突き付ける。勇次は押し黙る。

 

「鬼ヶ島新隊員、作戦室に入れ……」

 

「り、了解……」

 

 勇次は御剣に続いて部屋に入っていく。


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