上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第5話(3) 衝撃は突然に

「愛ちゃん、お帰りなさい。あら、勇次君、お久しぶりね」

 

「和子さん、どうも……」

 

 元気な声で帰宅する娘を出迎える愛の母親、和子に勇次が軽く頭を下げる。おばちゃんと呼ぶと機嫌が悪くなるためである。

 

「えっと、そちらは……」

 

「ご無沙汰しております。上杉山です」

 

 御剣が丁寧に頭を下げる。

 

「あ~隊長さん! 愛ちゃんと同じ制服だから全然気が付かなかったわ。今日はどうされたの? 愛ちゃんが何かやらかしちゃいました?」

 

「お母さん!」

 

「いえ、愛さんはよくやってくれています」

 

「そうですか……それじゃなんでまた?」

 

 愛は言いにくそうに口を開く。

 

「き、今日、この二人が私の部屋に泊まるから」

 

「え……? 隊長さんと勇次君が?」

 

 和子はきょとんとした顔になる。

 

「だ、ダメよね、やっぱり……」

 

「愛ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

「おめでとう! 遂にこの日が来たのね」

 

「は?」

 

 和子は勇次の方に向かって正座し、三つ指を突いて頭を下げる。

 

「不束な娘ですが……どうぞよろしくお願いします」

 

「ちょっと待ちなさいよ! それは私の台詞……でもないわよ!」

 

「さあさあ、勇次くん、ご飯にする? お風呂にする?」

 

「あ、すいません、飯はさっき食べてきたんですよ……」

 

「じゃあお風呂ね、どうぞ、一番風呂よ!」

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 和子は勇次の腕を引っ張っていってしまう。呆然と立ち尽くす愛に御剣が声を掛ける。

 

「お邪魔する」

 

「あ、ああ、二階ですから、私の部屋……」

 

「分かった」

 

「あ、先にお風呂頂いたぜ……」

 

 体を火照らせながら、勇次が愛の部屋に入ってくる。愛が冷ややかに話し掛ける。

 

「子供のころならともかく、図々しいでしょ」

 

「和子さんが強引で、つい……」

 

「ふっ、幼馴染というか、もはや家族同然の扱いだな」

 

 愛の学習机の椅子に腰掛けながら御剣はフッと微笑んだ。

 

「で、どうするんだ?」

 

「私が聞きたいわよ!」

 

「鍛錬でもつけてやるか?」

 

 御剣が部屋の真ん中のテーブルに片肘を突いて構える。

 

「え?」

 

「知らんのか? 腕相撲だ」

 

「知ってますよ、それくらい……えっ、俺と隊長がやるんですか?」

 

「他に誰がいる」

 

「わ、分かりました」

 

 勇次は戸惑いながら、御剣と向かい合わせになって手を組む。勇次は考える。剣術は勿論のこと、体術さばきにおいても今の御剣には到底叶うまい。ただ、純粋な腕力勝負ならば、自分に分があると判断した。その結果……

 

「ふん!」

 

「ぐおっ⁉」

 

「これで隊長の30勝0敗ね、どうする、まだ続ける?」

 

 愛が呆れた声を上げる。勇次は床を叩く。

 

「くそ! どうして⁉」

 

「当然、腕力は貴様が上回っている。ただ力の使い方、込め方、そして、勝機の見極め方がまだまだ甘いな」

 

「くっ……」

 

「要はタイミングだ、何ごとにおいてもな」

 

「タイミング……」

 

 勇次が自身の手を見つめながら悔しそうに呟く。雰囲気を変えようと、愛が提案する。

 

「息抜きにゲームでもしませんか? 楽しいですよ!」

 

「ゲーム?」

 

「ええ、『桃〇』とかどうですか?」

 

「お、良いな、『〇鉄』! 懐かしいな~99年プレイやろうぜ!」

 

「そんなのやっていたら寝る時間が無くなるでしょ!」

 

 勇次の無謀な言葉に愛が突っ込む。

 

「もも……てつ……?」

 

 御剣が首を傾げる。愛たちが驚く。

 

「え、ご存じないんですか、桃〇⁉」

 

「『太ももが鉄のように硬い男てつ〇』、略して、ももてつなら知っているんだが……」

 

「いや、なんでクソゲーの方を知っているんですか⁉」

 

「億葉から教えられた」

 

「ロクでもないこと教えているな、アイツ……」

 

「まあ、5年プレイでやりましょうか」

 

「……これは私の勝ちか?」

 

 数時間後、御剣がゲーム画面を見ながら呟く。

 

「ば、馬鹿な……ことごとく青マスに、サイコロの目の出も良すぎる……」

 

「カードの引きも抜群……強運の域を超えている、もはや豪運……」

 

 勇次と愛はがっくりと肩を落とす。しばし間を置いて愛が首を左右に振って御剣に向き直って尋ねる。

 

「隊長、そろそろ本当のことを教えてくれませんか?」

 

「ん?」

 

「今日私たちの学校に来た理由です。まさか本当に気まぐれな訳がないでしょう」

 

 真っ直ぐ自分を見つめてくる愛に対し、御剣はふっと笑う。

 

「流石に誤魔化せんか」

 

「当然です」

 

「えっ⁉ 普通の女の子みたいにハイスクールライフを体験してみたかったんじゃないんですか⁉」

 

「勇次君、黙っていて! ……どうなんですか?」

 

「……これを見て欲しい……ん? 画像はどうやって表示するんだ?」

 

 御剣が自身のスマホを取り出すが、不慣れの為か操作に戸惑う。愛が手を差し出す。

 

「貸して下さい」

 

「すまん。通話はなんとか覚えたのだが……」

 

「……この方々は⁉」

 

「見覚えがあるだろう?」

 

「ええ勿論、先日の会議でお会いしました。どうされたのですか?」

 

「妖の襲撃により、二人とも命を落とした」

 

「‼」

 

「え……」

 

 愛は驚きの余りスマホを落とし、勇次は言葉を失う。御剣は淡々と説明を続ける。

 

「この二人と貴様には明確な共通項がある。妖はそれを狙って動いているようだ」

 

「……共通項?」

 

 勇次がスマホを手に取り、首を捻る。画像に映っているのは男性と女性だった。

 

「……俄かには信じがたい話です。妖がそこまで計画的に動いていると?」

 

 愛はなんとか冷静さを保ちつつ、御剣に尋ねる。

 

「長い歴史を紐解いてみれば、無くも無い話だ、連中はただの獣とは違う。多少知恵の働く輩も出てくるだろう」

 

「干支妖の仕業ですか?」

 

「それはまだ分からん。だが、手口から見て上級の妖が動いているようだ」

 

「……次の狙いは私ですか?」

 

「彼らはそれぞれ福島と群馬で殺られた。地理的に考えれば、次は新潟の貴様だと考えるのが妥当だろう。必要以上に怯えさせたくはなかったから黙っていた、すまん」

 

「いいえ……」

 

 頭を下げる御剣に対し、愛はゆっくりと首を振る。勇次が堪らず口を挟む。

 

「そ、それならほとぼりが冷めるまで隊舎にいた方が良かったんじゃないですか?」

 

「……このご時世、妖絶士というのはあくまでも陰の仕事だ。陽に当たる道を歩ける者にはその道を歩いて欲しい。私の分もな……」

 

「隊長……」

 

「今のも半分本音だが、もう半分の本音を白状すると……愛には囮役になってもらおうと思っていた。私の管区でケリをつけられるならそれに越したことはないからな」

 

「そ、それはまた随分な本音で……」

 

「許してくれとは言わん」

 

「いえ……私が隊長なら同様の判断を下したと思います」

 

 愛は小さく呟く。御剣は立ち上がる。

 

「ちょっと厠を借りる……今日、兄君たちは不在か?」

 

「え、ええ、長兄は東京に会合で、次兄も新潟の方に……トイレは階段を降りて左です」

 

「そうか。失礼する」

 

 御剣は部屋を出る。愛と勇次は黙る。階段を降り、廊下を歩きながら御剣は思考する。

 

(不在とはいえ、かなりの霊力、いや、神職の場合は『神力(しんりょく)』か。神殿を中心に強い結界を張っているのが感じられる。こんなところに襲ってくるはずも無いか……)

 

 御剣は考えながらトイレに入る。

 

(次に狙うとすれば山梨のアイツか? 一応注意喚起しておくか、いや、アイツが私の言うことに素直に耳を傾けるとは思えんな……⁉)

 

 御剣は僅かな異臭を感じ、鼻を抑える。

 

(しまった! 眠りの香か! 馬鹿か私は! 油断した……)

 

 意識を失った御剣はドアにもたれかかるように倒れ込んでしまう。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、和子さんが外に出ているんだけど……」

 

 勇次が窓の外を指し示す。愛が覗き込む。

 

「境内の警備かしら?」

 

「警備?」

 

「賽銭泥棒とか罰当たりな奴がいるからね。境内を見て回っているのよ。でも変ね……兄さんたちが居ない今日は泊まりの職員さんもいるのに……」

 

「……ちょっと、見てくるわ」

 

「あ、勇次君、私も行くわ」

 

 勇次たちは玄関を出て、和子の後を追いかける。

 

「和子さん! 警備なら俺が代わりますよ」

 

「お母さん! 買い物なら明日でも良くない?」

 

 勇次たちの問いかけに反応した和子はゆっくりと振り向く。

 

「境内から出たな……この時を待っていた!」

 

 和子が猛然と愛に襲い掛かる。勇次が咄嗟に愛をかばう。

 

「! 危ない!」

 

「⁉ 勇次君!」

 

 勇次が脇腹を右手で抑えてしゃがみ込む。抑え込んだ部分には血が滲んでいた。

 

「ぐっ……」

 

「ちっ、今のに反応するとはな……」

 

「お母さん⁉」

 

 和子の手には血の付いた包丁が握られている。


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