上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第5話(4) 影の狙い

「どういうことなの……?」

 

「死ね!」

 

 和子が再び愛に向かって飛び掛かる。

 

「させるか!」

 

「くっ!」

 

 勇次が再び愛をかばい、和子を抑え込む。

 

「まだ動けるか、貴様!」

 

「ふん……!」

 

 愛は混乱した頭を何とかまとめようとする。

 

(狙いは私だったのに! 呑気に出て来るのは迂闊だった! それにしてもお母さんはどうしたというの? 操られているの?)

 

「どけっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 和子が勇次を突き飛ばす。その様子を見て、愛は驚きながら考えを巡らせる。

 

(お母さんの腕力で勇次君を突き飛ばすなんて、普通は無理! 身体ごと乗っ取られているということ? でも一体どうやって?)

 

「くたばれ!」

 

「!」

 

「⁉ 煙玉⁉ 小癪な真似を!」

 

 三度飛び掛かろうとした和子に向かって、愛は煙玉を投げつける。和子の周囲に煙がもくもくと立ち込める。その隙を突いて、愛は勇次を引きずりながら、わずかばかりではあるが距離を取る。

 

「お前、あんなもん持っていたのかよ……最近のJKの流行りなのか?」

 

「どんな流行りよ! 知っている人から最近貰ったのよ。まさか使うことになるとは思わなかったけどね……」

 

「奴の狙いはお前だ! 俺のことはいいから!」

 

「そういうわけにはいかないでしょ! ちょっと黙っていて!」

 

「な、何を……⁉」

 

 愛が勇次の脇腹の傷に両手をかざす。愛の両手と勇次の傷口が青白い光に包まれる。

 

「こ、これは⁉」

 

「……ふぅ、とりあえず応急処置よ」

 

 愛が額の汗を拭いながら呟く。

 

「応急処置って……傷が塞がっている⁉ 痛くねえ⁉」

 

「これが私の術よ」

 

「お前も術持ちだったのか……!」

 

 煙が晴れて、和子が襲い掛かってきた。勇次は愛を抱きかかえるようにして、その攻撃を横っ飛びで躱す。

 

「大丈夫か⁉」

 

「ちょ、ちょっと、何処触っているのよ⁉」

 

 勇次の手が愛の胸に触れていた。勇次は慌てて手を離す。

 

「わ、悪りぃ! 不可抗力だ!」

 

「頻繁に不可抗力が働くことで……」

 

「す、すまん……」

 

「でも助かったわ。ありがとう」

 

「お、おう。それで話は変わるけど、さっき隊長が言っていた明確な共通項っていうのはもしかして……その術か?」

 

「そうよ、細かい種類は違うけど、二人とも私と同じ治癒・治療系の術を有していたの」

 

「そうなのか……」

 

「妖を相手にして全く無傷でいるというのは難しいからね、妖絶講の各管区、各隊、必ず一人二人は回復系統の術を持った隊員がいるわ。前線に出る出ない等の差はあるけどね」

 

「そこを狙ってきたってことか……」

 

「どこで知り得たのかは分からないけどね」

 

「女め! 貴様を始末すれば! この地域の妖絶士など恐るるに足りん!」

 

 和子が包丁の刃を愛に向けて叫ぶ。

 

「くっ……和子さんの姿っていうのがどうにもやりにくいな……どうする? 腹パンでもブチかまして気絶させる……って訳にはいかないよな?」

 

 勇次は横目で愛に尋ねる。

 

「気を失わせるのは悪くないけど、お母さんの身体が保たない恐れがあるわ。回復すれば良い話だけど、母親を痛め付けるのは気が進まないわね」

 

「だよな……」

 

「ここは……」

 

 愛が視線を境内に向ける。

 

「一旦、境内の中に戻るわよ!」

 

「おう!」

 

 愛と勇次は境内に向かって走り出す。

 

「させるか!」

 

「ぐっ⁉」

 

「な、何⁉ 身体がほとんど動かない……!」

 

 和子が手をかざすと、勇次と愛の身体が何かに縛り付けられたように止まってしまう。

 

「ふふっ、境内から引き離した意味が無くなるからな……」

 

「くそっ!」

 

「ふん、流石は下っ端でも妖絶士ということか、動きを止めるのが精一杯とはな……まあいい、後は心の臓を貫くだけだ」

 

 妖は和子の声で笑いながら、包丁を片手に勇次たちにゆっくりと近づく。

 

「やべえ! くそ、どうする⁉」

 

「!」

 

 次の瞬間、境内中の照明が一斉に点灯する。御剣の叫び声が響く。

 

「影だ! 二人とも、互いの影を思い切り踏め!」

 

「! 影⁉」

 

 照明に煌々と照らされ、勇次たちの背後には影が伸びている。勇次と愛はなんとか足を動かして、互いの影を思い切り踏み付ける。

 

「それ!」

 

「えーい!」

 

「ぐえっ!」

 

 叫び声がしたかと思うと、勇次たちは身体の自由を取り戻した。

 

「お、動けるぞ!」

 

「どういうこと⁉」

 

「妖、『影憑き』の仕業だ……」

 

 御剣が姿を現す。

 

「隊長!」

 

「なっ! 貴様は眠らせたはず⁉」

 

 妖は驚きの声を上げる。

 

「起きた、無理矢理起こしたと言った方が良いか……」

 

「き、貴様⁉ 自らの身体を傷付けて……⁉」

 

 御剣の太ももから血が滴り落ちる。

 

「完全に眠りに落ちる寸前に、小刀で太ももを突き刺した。痛みでパッと目が覚めた」

 

「隊長、大丈夫⁉ ……じゃないですよね?」

 

「私の太ももは鉄の様に固くはないからな。まあ、かすり傷の範囲だ」

 

「ちょっと待って下さい!」

 

 愛が御剣の下に駆け寄り、しゃがみ込んで傷口に向かって両手をかざす。青白い光が御剣の太ももを包み込む。

 

「……これで大丈夫です……」

 

「愛!」

 

 倒れ込みそうになった愛を勇次が支える。

 

「この術は霊力、私の場合は神力かしら……力を結構消費するから、短時間に連続して使用するにはちょっと不向きなの……」

 

「愛、ご苦労だった。後は任せろ」

 

 御剣は刀を構える。勇次が叫ぶ。

 

「どうするつもりですか⁉」

 

「知れたこと、妖を絶やす」

 

「ど、どうやって⁉」

 

「勇次、周囲に目を配れ、大事なのはタイミングだ……」

 

「えっ……⁉」

 

 御剣が和子に向かって飛び掛かる。和子は包丁を振るうが、御剣はそれを難なく躱し、和子の影に刀を突き立てる。

 

「ぐええっ⁉」

 

 悲鳴とともに、和子の影から黒ずくめで人間の様な姿をした妖が這いずり出てくる。

 

「ふ、ふん、馬鹿め、急所を外したな!」

 

「ああ、わざとな」

 

「な、なんだと……?」

 

「誰の差し金だ?」

 

「何?」

 

「貴様らの種族がこうも大胆に動くのは珍しいからな。治癒の術を持った者を狙うやり口を見ても、貴様単独とは考え難い。黒幕がいるはずだ、教えろ」

 

「ふ、影の黒幕か……誰が素直に教えるものか!」

 

 妖が自身の頭部を刃状に変形させて、御剣の顔を狙う。御剣が叫ぶ。

 

「勇次!」

 

「!」

 

 御剣の脇から飛び込んできた勇次が金棒を振りかざし、妖の頭部を薙いだ。首をもがれた妖は霧消する。力なく倒れ込む和子の身体を御剣は片手で支える。

 

「良いタイミングだったぞ、勇次」

 

「会話で相手の注意を引く隙に又左に金棒を投げ込んでもらうとは……俺が気付かなかったら、どうするつもりだったんですか?」

 

「まあ、その時はその時だ。和子さんを運んでくれ」

 

 御剣は笑いながら、和子を勇次に預け、家に戻る。

 

「……隊長は影憑きの仕業だと分かっていたんですか?」

 

「……報告からある程度の推測はついていた」

 

 愛の問いに御剣が天井を見ながら答える。

 

「文献などでしか知りませんでしたが、影憑きって結構、上級に位置する妖ですよね? 何故、家の中で仕掛けて来なかったんでしょうか?」

 

「兄君たちが張った結界がかなり強力なものだからな。この結界内では和子さんの身体に憑いて、動くのが精一杯だったんだろう」

 

「成程……すみません、注意を促されながら、不用意に外に出てしまいました」

 

「貴様を囮にしようとしていた私などに謝る必要は無い。むしろ母君を危険に晒したことをこちらが謝罪せねばなるまい。済まなかった」

 

 御剣が愛に頭を下げる。

 

「そんな……まさかこんなことになるとは誰も思いませんでしたから……」

 

 愛が手を軽く左右に振る。そして俯きながら呟く。

 

「妖絶講に入ると決めてから、自分なりに覚悟は出来ているつもりです。でも、誰にも傷付いて欲しくありません。もし傷付いたら、私の術で治してみせます!」

 

 愛の力強い言葉に御剣はフッと微笑む。

 

「頼もしい限りだ」

 

「ええ、もうドンと頼りまくって下さい!」

 

 愛が自分の胸を叩く。

 

「よし、折角の機会だ、背中を流してやろう」

 

 御剣が立ち上がって湯船から出る。愛が戸惑う。

 

「い、いや、そんな、自分でやりますから!」

 

「遠慮するな。シャワーを貸せ」

 

「良い湯だな♪ 良い湯だな♪ アハハン……」

 

 風呂のドアを開けた勇次がシャワーを巡り裸で揉みくちゃしている御剣らと目が合う。

 

「あ、汗かいちまったから、もう一回シャワー借りようと思って……」

 

「破廉恥の塊!」

 

 愛がシャワーを勇次の顔面に思い切り投げ付ける。


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