「ただいま! って、誰もいないか……」
「ご家族は不在か?」
「親父は単身赴任、おふくろは病院の当直、爺ちゃん婆ちゃんは敬老会の旅行です……」
「成程、お邪魔する」
御剣はさっさと家に上がる。
「あの……躊躇いとかは一切無いんですね?」
「何がだ?」
「いや、誰もいない家に男と二人きりですよ?」
「貴様に組み伏せられるほどか弱くはない」
「い、いや、そんなつもりは毛頭ないですけど……」
御剣は洗面所で手洗いうがいを済ませ、妙に肩を落とす勇次に尋ねる。
「貴様の部屋は?」
「2階です」
「そうか」
(って、まさか、マジで泊まる気か?)
階段をスタスタと上がっていく御剣に勇次は戸惑いながら続く。
「ふむ、意外と片付いているな……」
「それはどうも……」
御剣は椅子に腰掛ける。勇次は床に正座する。
「貴様の部屋だろう。もっとくつろいだらどうだ?」
「い、いえ、なんというか、その、落ち着かないと言いますか」
「おかしな奴だな?」
しばらく沈黙が流れた後、勇次が口を開く。
「飲み物を持ってきます!」
「そうか、すまんな」
勇次が台所から飲み物を持って、二階に戻ってくると、廊下に御剣が立っている。
「どうかしましたか?」
「こっちの部屋だが……」
御剣が勇次の部屋の隣の部屋を指差す。
「あ、姉ちゃんの部屋です……」
「入ってもいいか?」
「は、はい、どうぞ……」
御剣がドアを開けて中に入る。テーブルの上には可愛らしい雑貨、ベッドにはぬいぐるみなどが置いてある、ごくごく普通の若い女性の部屋である。
「行方不明になってからそのままにしてあります」
「ふむ……」
「なにか分かりますか?」
「残念ながら特には……」
「そうですか……もしかして、ウチに来たのはこれが理由ですか?」
「半分な」
「半分って、もう半分は?」
「なんだったろうな……もう少しで思い出すはずだ。部屋に戻ろう」
二人は勇次の部屋に戻る。飲み物を御剣に渡しながら、勇次が尋ねる。
「そういえば気になっていたんですが……」
「なんだ?」
「俺の親が妖絶講のことを聞いてこないのはどうしてなんですか? 普通、息子が何日も家を空けていたら、問いただすと思うんですが……」
「……例えば、妖絶講には嗅ぐと記憶が改竄される作用を持つ香がある……」
「それを嗅がしたんですか⁉」
御剣は少し間を空けて答える。
「……取りあえずそういうことにしておこう」
「何ですかそれ⁉」
「現状不都合は無いだろう? それとも一から懇切丁寧に説明するか?」
「い、いや、面倒なのでいいです……」
それから約一時間後、愛が鬼ヶ島家のドアを開ける。
「開いてるし……不用心な……こんにちは!」
愛が挨拶するも返事は無い。
「誰も居ないのかしら? お邪魔しますよ~」
愛は洗面所で手洗いうがいを済ます。子供の頃から何度も来ている家なので勝手知ったるものである。愛はふと考える。
「ああ、おば様は当直かしら……って、それじゃあ部屋に二人きり⁉ 破廉恥の匂い!」
愛は急いで階段を駆け上がり、勇次のドアの前に立ち、聞き耳をたてる。
「はあ……はあ……」
「まだだ、勇次。それでは全然足りないぞ……」
部屋からは勇次の荒い息遣いと御剣の囁き声が聞こえる。
「! 何をやっているんですか⁉」
愛がドアを思い切り開ける。そこにはうつ伏せになった勇次の背中に跨り、首から顎を掴んで勇次の体を海老反り状に引っぱり上げている、所謂プロレス技の『キャメルクラッチ』を仕掛けている御剣の姿があった。愛が叫ぶ。
「本当に何をやっているんですか⁉」
落ち着きを取り戻してから勇次が尋ねる。
「隊長が来ているって、よく分かったな」
「お母さんが見かけたって言うから……」
「そうか……隊長、もう半分の目的は思い出せたんですか」
「う~む、それがとんと思い出せんのだ」
御剣が腕を組んで、首を捻る。
「案外一眠りすれば思い出すかもしれんな……よし、寝るか!」
「早っ⁉ ま、まだ6時前ですよ⁉」
「起きていてもやることないだろう?」
「そ、それは……まあ、寝ますか」
「ダ、ダメよ、そんなの! 一緒の部屋で眠るだなんて!」
愛が首を左右に振りながら大声で否定する。
「昨日も貴様の部屋に泊まっただろう」
「ハレンチ・ザ・ロックには結局客間で寝てもらったでしょう⁉」
「リングネームみたいに言うなよ!」
「仕方ありませんね……私も泊まります!」
「何故そうなる⁉」
「では勇次、貴様には廊下にでも寝てもらうか……」
「部屋の主が追い出されるんですか⁉」
「真に申し訳ない」
御剣が深々と頭を下げる。
「そんな謝られても! そ、そうだ! 押入れだ! 俺は押入れで寝ますよ! うん! それがいい!」
「ドラ〇もんか!」
愛のツッコミを余所に、勇次は立ち上がり、押入れに入ろうとする。
「いや~なんか子供の頃を思い出すなあ~! って、ひえええっ⁉」
勇次は悲鳴を上げる。押入れに黒装束に身を包んでいた男が眠っていたからである。
「ん! 曲者か!」
黒装束の男が目を開けて、身構えながら押入れから出てくる。
「く、曲者はお前だ!」
混乱する勇次とは対照的に愛と御剣は冷静な反応を示す。
「あ、黒駆さん……」
「そうだ、三尋、お前を呼んでいたのだったな」
「「え?」」
勇次と黒装束の男は御剣の顔を見る。
「忍ばせすぎて貴様の存在を完全に忘れていた」
「「ええっ⁉」」
勇次と黒装束の男は揃って驚きの声を上げる。