上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第6話(3) 忍び過ぎた結果

 勇次のさほど広くない部屋で、四人の男女がひしめいている。その中でも押入れから突如現れた闖入者に対して、勇次はまだ警戒心を緩めてはいない。闖入者は忍者を思わせるような黒い装束を身に纏っていて、勇次よりも細身かつ長身で見様によっては女性かと思うほど端正な美しい顔立ちをしている。

 

「そういえば、初顔合わせになるか、挨拶でもしたらどうだ?」

 

 御剣が何の気なしに提案する。勇次はそれに応ずる。

 

「……初めまして、鬼ヶ島勇次です。よろしく」

 

「初めまして、だと……!」

 

「え?」

 

 黒装束の男が怒りを含んだ表情を見せてくることに勇次は戸惑う。

 

「あ、あのお名前伺っても……?」

 

黒駆三尋(くろがけみひろ)だ!」

 

「あ、ああ……」

 

「な、名前を聞いても分からないのか⁉」

 

 脇で眺めていた愛が助け舟を出す。

 

「ほら、勇次君、野球部の……」

 

「! あ、ああ~キャッチャーの! お前、あの三尋か⁉」

 

「やっと思い出したか……」

 

「むしろ、どうして忘れられるのよ……」

 

「いや~なんでだろうな~記憶からすっぽり抜け落ちていたみたいだぜ」

 

 勇次は申し訳なさそうに後頭部をポリポリと掻く。

 

「まったく……女房役として濃密な時間を過ごしたというのに」

 

「え? 女房役?」

 

 愛が二人から距離を取る。

 

「思い出すなあ~あの夏の日のお前の握ったタマを受け止める俺の掌!」

 

「タ、タマ……握った……」

 

 愛は顔を赤らめる。

 

「思い出すなあ~あの夏の日の熱い抱擁!」

 

「ほ、抱擁!」

 

 愛が尻餅をつく。勇次は誤解を解こうとする。

 

「いや、愛、野球で言う女房役というのは例えであってだな……」

 

「女性に限らず男性まで手当たり次第……破廉恥の二刀流!」

 

「落ち着け!」

 

「シャワールームで互いの身体を入念に洗い合ったものだな!」

 

「ヒィッ……!」

 

「三尋、お前ちょっと黙っていろ!」

 

「知り合いだったか、旧交は温められたようだな」

 

「かえって、無用な混乱を生みましたよ!」

 

 腕を組んでうんうんと呑気に頷く御剣に対し、勇次は否定の声を上げる。

 

「……しかし、三尋がこの隊にいたとは驚いたな」

 

「私よりも更に早く、この上杉山隊に入隊していたのよ」

 

 なんとか落ち着きを取り戻した愛が勇次に説明する。

 

「なんでまた入隊したんだ?」

 

「そうだな、話せば長くなるのだが……」

 

 勇次の問いに、三尋は顎に手をやり勿体つけるように話す。御剣があっさり説明する。

 

「私を暗殺しようと忍びこんできた所をあっけなく返り討ちにあった。自分には帰る場所が無いというので、隊に所属させてやることにした」

 

「「えっ⁉」」

 

 愛と勇次が同時に驚く。

 

「そ、そんな経緯があったのですか?」

 

「今サラッと暗殺って……穏やかな話じゃないなあ」

 

「まあ、妖絶講内にも色々あるということだな」

 

 御剣が事もなげに言うが、勇次と愛は戸惑いを隠せない。

 

「色々あるって……」

 

「今更ながら不安になってきたわ……」

 

 勇次が思い出したように尋ねる。

 

「そういや俺が入隊するとき、千景や万夜なんかは随分と反対姿勢でしたね? 男をこの隊に加えるのは如何なものかとかなんとかって」

 

「ああ、そうだったな」

 

「三尋については何も言わなかったんですか?」

 

「うむ……恐らく単純に存在を忘れていたんだろう」

 

「ええっ⁉ そんなことがあるんですか?」

 

「少し抜けている所もあるが、基本的には相当腕が立つ忍びだからな。見事に忍び過ぎて、容易に存在を感じさせない境地までに達してしまったのだろう」

 

「まさかとは思いましたが、本気で皆さん忘れていたんですね……」

 

 呆れ顔の愛に御剣が尋ねる。

 

「むしろよく覚えていたな?」

 

「任務が一緒になることが多いですし……最近もご一緒しましたから」

 

「成程な」

 

「言っておきますけどその任務を命じたのは隊長ですよ?」

 

「そうだったか?」

 

 首を傾げる御剣を見て、勇次は苦笑する。

 

「ははっ、案外抜けた所があるよな、隊長は……って三尋?」

 

 三尋が部屋の片隅でしゃがみ込んでいじけている。勇次が恐る恐る声を掛ける。

 

「お前……ひょっとして落ち込んでんのか?」

 

「落ち込まないと思ったのか⁉」

 

「そりゃあ忍びとして優れているとプラスに考えてだな……」

 

「お前も忘れていただろう!」

 

「存在感消すのが上手すぎんだよ、全く敵わねえなあ」

 

「フォローになってないぞ、それ!」

 

「兎に角だ、三尋」

 

 御剣が口を開く。

 

「今現在はこうして貴様の存在をきちんと認識している。それで良いだろう?」

 

「まあ……はい」

 

「納得しちゃった⁉」

 

 頷く三尋に愛が驚く。御剣が話を続ける。

 

「それで貴様に命じた任務……進展があったのだな?」

 

「ええ、この長岡市内の工場で、妖が不穏な動きを見せています」

 

 三尋も真剣な顔つきになる。

 

「工場施設を用いて、何らかの活動を行っているということか」

 

「調べた所その様です。ここ数日、今くらいの時間帯になると活動し始めます」

 

「ふむ、逢魔(おうま)(とき)……狭世が発生しやすい時間帯だな……」

 

 御剣が窓の外を眺めながら呟く。勇次が愛に小声で尋ねる。

 

「青玉ねぎってなんだ?」

 

「逢魔が時よ……夕方の薄暗くなる、昼夜の移り変わる時刻のこと。大体午後六時位ね。黄昏時とも言うわ。古来より妖の動きが活発化しやすい時間帯なの。その為霊力の低い、或いは全くない人でも、“魔”と“出逢う”ことが多いのよ」

 

「成程な……」

 

 勇次が頷く。御剣は三尋に質問する。

 

「活動の詳細は?」

 

「残念ながらそこまでは……ただ恐らく、人に危害を加える類のものでしょう」

 

「捨て置けんということだな」

 

「そうなります」

 

「結構……であれば一度、隊舎に戻り、即現場に向かうぞ」

 

 勇次と愛が頷く。御剣が叫ぶ。

 

「出動だ!」


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