上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第6話(4) 凍る魂

 長岡市内の工場の敷地内に四人は潜入した。

 

「工場の敷地はほぼ完全に狭世に覆われているな」

 

「何の工場なんだ?」

 

「食品製造・加工等を行う工場だ」

 

「この施設を利用して何をするつもりなのでしょう?」

 

「分からんが、どうせ人間にとっては有益なものではないだろう」

 

 御剣は振り返って、三人に告げる。

 

「現在この敷地内にいる妖は全て根絶対象とする。一体たりとも逃がすな」

 

 三人は頷く。愛が問う。

 

「作戦はどうしますか?」

 

「無い」

 

「え⁉」

 

 即答する御剣に愛は驚く。

 

「レーダーを見る限り、妖はほぼ一か所に集中している。そして、こちらにはまだ気が付いていないようだ。一気に叩く!」

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

「多分な!」

 

「大雑把過ぎません⁉」

 

「兎に角、あの一番大きな建物の中に入るぞ!」

 

 走り出した御剣に三人が続く。建物の入り口に差し掛かったところ、その上から紫色の巨体が飛んで襲い掛かってくる。

 

「!」

 

「危ない!」

 

 人によく似た巨体が繰り出した拳を勇次が金棒で受け止める。しかし、その衝撃を完全には受け止めきれず、勇次は後方に吹っ飛ばされる。

 

「勇次君!」

 

「くっ……なんて馬鹿力だよ」

 

「奴は『剛力』という種族の妖だ! その名の通り、力自慢だ!」

 

 刀を構える御剣に対し、すくっと立ち上がった勇次が声を掛ける。

 

「ここは俺に任せて下さい!」

 

「何⁉」

 

「今回の親玉は奥にいるんでしょう? 逃げられる前に早く!」

 

「……分かった、貴様に任せる。愛、行くぞ!」

 

「良いのですか⁉」

 

「ああ、三尋!」

 

 御剣は三尋に目配せする。三尋は頷く。

 

「!」

 

 自身の脇を通り抜けようとする御剣らを剛力は阻止しようとする。

 

「お前の相手は俺だ! デカブツ!」

 

 勇次は飛び掛かり、金棒を剛力の右肩辺りに叩き付ける。

 

「よっしゃ、手応えあり……って、うおおっ⁉」

 

 剛力が振り返り、うなり声を上げるとともに拳を振りかざす。

 

「どわぁっ!」

 

 勇次は再び大きな拳を金棒で受け止める。吹っ飛ばされそうになるが、今度はなんとか踏み留まる。勇次は舌打ちする。

 

「ちっ、力比べでは不利か、どうすれば……!」

 

 剛力が拳を振り上げて、勇次に向かって殴りかかろうとする。

 

(パンチスピードが速えっ! ガードが間に合わない! ⁉)

 

 次の瞬間、剛力がバランスを崩し、その場に膝を突く。

 

「な、何だ⁉」

 

「奴の両脚の腱を斬った! これで立ち上がれん!」

 

「三尋か!」

 

 黒い風を巻き起こしながら三尋が勇次の横に並び立つ。

 

「勇次、覚えておけ! 例外もあるが、妖も生きている。特にこの人に似た種族はほとんど人体と同じような肉体構造をしている! つまり弱点もまた同じということだ!」

 

「! 分かったぜ!」

 

「ただ皮膚は相当固いぞ! 力を一点に込めるイメージだ!」

 

「おっしゃあ!」

 

 勇次が力を込める。頭部には角が生え、体全体を赤い光が包み込む。その姿を間近で見て、三尋は驚く。

 

「そ、それが鬼の半妖の力か……噂には聞いていたが、ほんのりと赤いな……」

 

「まだほんのりか……それじゃあ、やっぱり完全には覚醒しきれてないってことかな……まあいい! てめえを倒すには十分だ!」

 

 そう言って、勇次は上空に勢い良く飛び上がり、金棒を剛力の脳天目掛けて思いっ切り叩き付ける。剛力の頭部はスイカのように真っ二つに割れ、残された胴体は霧消する。

 

「……助かったぜ、三尋。お前が居なかったらヤバかったぜ」

 

「隊長がお前を援護しろと合図を送ってきたからな。お礼は隊長に言うんだな」

 

「隊長が……ちぇっ、なんでもお見通しってわけか」

 

 勇次は悔しそうに頭を掻く。三尋が問い掛ける。

 

「ところで勇次……質問があるんだが?」

 

「何だよ?」

 

「入隊間もないにも関わらず、隊長はお前のことを下の名前で呼んでいるな……」

 

「? ああ、そうだな」

 

「俺でも半年はかかったというのに……」

 

「? それがどうかしたのか? 千景も万夜も億葉も俺のことを名前で呼ぶぜ。いや、億葉の場合はちょっと違うか……」

 

「⁉」

 

 驚愕の表情を浮かべる三尋。

 

「心を通わせたのか……俺以外の女と……」

 

 そう言って、あからさまに落胆する三尋に勇次は戸惑う。

 

「ちょっと待て! 何に対して、どうショックを受けているんだ、お前は⁉ 行くぞ!」

 

 勇次は肩を落とす三尋を置いて、建物内に向かって走り出す。

 

「……隊長、あれは?」

 

 物陰に隠れて奥の様子を窺いながら、愛が御剣に尋ねる。奥には様々な体色をした人間よりはやや小柄だが、頭部は人間よりも大きい不思議な人型の妖が集まっている。

 

「あれは『魂喰(こんじき)』という妖だな。生物の魂を喰らう種族だ」

 

「魂を……⁉」

 

「ああ、そして食品製造工場を根城にしている……連中の狙いが見えてきたな」

 

「……それは話が早くて助かります」

 

愛と御剣の背後に青色の魂喰の姿があった。

 

「⁉」

 

「しまっ……!」

 

 青色の魂喰が両手を二人の体内に突っ込む。そして、白い綿菓子のようなものを二人の体から取り出す。御剣たちは力なく、その場に崩れ落ちる。

 

「? どうしました、課長?」

 

「お喜び下さい、部長。妖絶士の魂を二つほど取って参りました」

 

 青色の魂喰が赤色の魂喰に二つの魂を見せる。赤色の魂喰が驚く。

 

「ほう! これは大変なお手柄ですよ、課長! 特にこの大きい方の魂は、相当な値で売れるでしょう! 早速、この工場で加工し、市場に流通させるのです!」

 

「工場の稼働は明日からの予定では?」

 

「そうも言っていられません! 前倒しで作業を始めましょう! 別室で待機している職員を皆呼んできて下さい!」

 

「分かりました!」

 

「さあ、忙しくなるぞ!」

 

「……部長、魂喰以外の妖も魂を喰らうのですか?」

 

「直接喰らう種族は我々を含め、そこまで多くはありません。用途は様々ですが、主にその体内に取り入れる種族が多いようですね」

 

「成程……勉強になります」

 

「勉強熱心なのは結構ですよ……って、えええっ⁉」

 

 赤色の魂喰が振り向くと驚いた。そこには魂が抜かれてもぬけの殻になったはずの御剣が立っていたからである。

 

「お、お前は妖絶士⁉ 何故、そのような状態で動けるのだ⁉」

 

「私は氷の術者でもあってな。魂を六分の一ほど凍らせて、体内に残しておいた」

 

「そ、そんな馬鹿げた芸当が……!」

 

「やってみたら出来たな……それより貴様に聞きたいことがある」

 

「な、なんだ?」

 

「貴様らの種族は人さらいをするのか?」

 

「そ、それはまた別の種族だ! 貴様らに目をつけられるような余計な真似はしない! 我々はどこからか流れてきた人体から魂を抜くのだ!」

 

「そうか……ならば用はない」

 

「!」

 

 御剣は刀を赤色の魂喰に突き刺す。

 

「ぐっ……か、課長! 何をしている!」

 

 ドアが開き、青色の魂喰がゆっくりと姿を現す。

 

「おおっ! 課長、早く皆でコイツを……⁉」

 

 青色の魂喰はバタっと倒れ込み、霧消する。その後ろからやや長目の黒髪をかき上げながら、三尋が顔を出し、御剣に告げる。

 

「隊長、全て俺と勇次で片付けました」

 

「ご苦労だった」

 

「ぐっ、お、おのれ……」

 

 赤色の魂喰はガクッと頭を垂れ、やがて霧消した。御剣が倒れ込む。

 

「た、隊長!」

 

 勇次が慌てて御剣の体を支える。御剣は目を閉じている。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

「落ち着け、勇次」

 

 両手に白い魂を持った三尋が大きい方を勇次に差し出す。

 

「これを食わせろ、そうすれば元に戻る。俺もよく分からんが、そういう理屈だ」

 

「お、おう、分かったぜ……って結構難しいな、これ」

 

「鼻をつまめば口は開く。俺は曲江さんの方を……」

 

 三尋は要領よく愛に魂を食わせる。愛がぼんやりと目を開く。

 

「ん……た、隊長! ⁉」

 

 愛の方からは倒れ込む御剣に顔を近づける勇次の背中が見える。愛が叫ぶ。

 

「ハレンチオンザドサクサマギレ‼」


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