上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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ひとまずのおわり

                 終

 

「ふ~ん、御剣っちからの報告書と併せて大体のことは分かったわ」

 

 御盾の通信での報告に画面上の雅は頷く。御盾は俯きながら呟く。

 

「すみません、干支妖は一体とり逃してしまいました……」

 

「これまで千年近くも封印することが精一杯だったんだし、そう気にすることは無いわよ。一体倒しただけでも上々だわ」

 

「……」

 

「なにか気になることでも?」

 

「いえ、曲江実継が形成したと思われる狭世は奴自身によって崩されてしまいました」

 

「よく逃げられたわよね~下手したら、本当に世の狭間に落ちてっちゃったかもしれないんだから。間一髪だったわね、御盾ちゃん」

 

「宿敵……上杉山管区長が拾って下さいましたので……此方と山牙だけでは到底無理だったでしょう。全く不甲斐ない話です」

 

「まあまあ、そういう時は助けあいよ。あまり気に病まないの。貴女はよくやったわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 御盾は頭を下げる。

 

「それで? 気になることは?」

 

「はい。狭世が発生していた跡地を探査していたのですが……上杉山管区長が凍らせた干支妖の骸は一応確認出来ました。ただ、天狗の半妖の方が……」

 

「大体の場合において、妖は霧消したりするものだけど……」

 

「それでも消失跡というものは感知することが出来ます。妖力の高い者ならば尚更です」

 

「成程、それはひょっとしたら面倒かもね……」

 

 雅は両手で頬杖を突く。

 

 

 

「ぐっ……」

 

「やっとお目覚めかい?」

 

 とある山の中で天狗の半妖が目覚めると、白いスーツ姿の男が覗き込む。

 

「狂骨か……寝覚めにてめえの顔は見たくねえな」

 

「狭間に落ちる所を助けてあげたのにあんまりな言い草じゃないかい?」

 

 狂骨は肩を竦める。天狗の半妖は体を起こして尋ねる。

 

「あの御方は?」

 

「それをこれから確かめに行こうと思ってね。移動は君がいた方が便利だからさ」

 

「俺は足代わりかよ……まあいい、借りは返す」

 

「それじゃあ宜しく頼むよ、烏丸君」

 

「その名で呼ぶな……」

 

 烏丸と呼ばれた天狗の半妖は狂骨を睨みつける。

 

「はいはい、失礼しましたっと」

 

 狂骨は首を竦め、帽子を目深に被り直す。

 

 

 

「おい、億葉! どこに行くつもりだ!」

 

 千景が億葉の背中をガシッと掴む。

 

「い、いいえ、決して旦那様の所にお義姉さまのことでお見舞い申し上げて、旦那様の好感度ポイントをたんまり稼ごうなどとは思っていませんよ?」

 

「思ってんじゃねえか! 大体てめえの私物運びだろうが! なあ、黒岩⁉」

 

「黒駆です……」

 

 荷物の入った段ボールを運びながら、三尋が悲しげに呟く。

 

「で、ですから、その辺に適当に置いておいてもらえば、後の荷解きは時間の空いた時にでもやりますから……」

 

「せっかくこうしてアタシらが手伝ってやってんだ! 今やりやがれ!」

 

「ぐ、ぐえ……わ、分かりましたから首を絞めないで下さい……黒住さん、助けて……」

 

「黒駆です……」

 

 三尋は再度悲し気に呟く。

 

「全く何をやっているのやら……」

 

 そんな様子を見て、万夜が自室に私物を運び込みながら呆れる。

 

「副隊長、移転作業は順調そうだにゃ」

 

「ああ、又左さん。ええ、後は各員の私物を運び込めば、晴れて隊舎移転完了ですわ」

 

「流石は副隊長、見事な手腕だにゃ」

 

「ほほほっ、褒めても何も出ませんわよ……ところで、又左さんにちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」

 

 万夜は荷物を置いて、又左に小声で尋ねる。

 

「どうしたのにゃ?」

 

「勇次様のお姉様は今どちらに?」

 

「……詳細は分からにゃいが、身体検査等も含めて、東京管区の方の医療施設でその身柄を預かっているそうにゃ」

 

「根絶対象にはなりませんの?」

 

「御剣……というか、星ノ条管区長が色々と根回しをしたみたいだから、そのあたりの心配は当面は無用だにゃ」

 

「そうなのですか……」

 

「ただ、弟の勇次でも面会はなかなか難しい状態そうだからにゃ~あの二人を出し抜いて自分だけお見舞いに行こうとしても無駄だということにゃ」

 

「そ、そんな卑怯なことは考えておりませんわ!」

 

 万夜は首を振って慌てて否定する。

 

 

 

「愛、改めて……申し訳なかった」

 

 新しくなった隊長室で御剣は愛に頭を下げる。

 

「そんな、頭を上げて下さい。次兄は……実継は大分妄執に憑りつかれていたようですから。それにまだあの人が死んだとはどうしても思えないのです……」

 

「……正直同感だ。身柄を拘束する前に逃すとはとんだ失態だ」

 

「愛、家にはどう説明するつもりなんだ?」

 

 勇次が愛に尋ねる。

 

「長兄には流石に伝えたわ。ただ、母さんにはどう言ったらいいか分からなくて……」

 

「だよな……」

 

「サイドビジネスとして友人の会社を手伝っていたみたいだから、その関係で長期出張をしていると伝えたわ。いつまでも誤魔化せるものではないと思うけど……」

 

「そうか……」

 

 自身の席に座った御剣が俯きがちに口を開く。

 

「話は変わるのだが……勇次、貴様はこれからどうする?」

 

「どうすると言いますと?」

 

「妖絶講に入った目的は姉上の行方を突き止めることだろう? とにもかくにも姉上は戻ってきた。貴様が妖絶士を続ける理由も無いのではないかと思ってな」

 

「ああ、そのことですか。勿論、続けますよ」

 

「そうか、続けるか……なにっ⁉」

 

 驚いた御剣が顔を上げる。

 

「そんなに驚くことですか?」

 

「危険が伴うんだぞ?」

 

「何を今更……折れかかった骨っていうじゃないですか」

 

「乗り掛かった舟ね……」

 

 横に立つ愛が小声で訂正する。

 

「億葉に頼んでこれも作ってもらったし!」

 

 勇次は御剣の机に大きな黒いケースをドカッと置く。御剣が訝しげに尋ねる。

 

「……さっきから気にはなっていたのだが……なんだこれは?」

 

「金棒ケースです! これで学校でもどこでも金棒を持ち歩けますよ!」

 

「! ふふっ、はははっ! ほ、本当に作ったのか⁉」

 

 御剣が声を上げて笑う。次の瞬間、隊長室に警報が鳴り響く。御剣が真顔に戻り叫ぶ。

 

「上杉山隊、出動だ!」

 

「「了解!」」

 

 走り出す御剣の後に勇次と愛が続く。

 

                  第一章~完~


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